おまけです









学校で大量のキムチをもらい、センパイたちにキムチ臭いと言われつつ、誕生日サービスに練習メニューを1.5倍にされ……していただいた後、いつも通り緑間にじゃんけんで負けてチャリをこいで帰ってきた。
緑間がプレゼントにくれたTシャツ(洗濯しても落ちない墨を使った直筆で『キムチ』と書かれたオレンジ色のTシャツである。多分、真ちゃんはこういうTシャツが好きなのだろう。何枚も持っているし恥じることなく練習に着てくる)をリュックに放り込んだ。
頂きもののキムチ各種はうちの冷蔵庫の一角を占拠した。母さんと妹ちゃんの冷ややかな目線が刺さったが大目に見てもらおう。オレの好みに一番近かった酸っぱ辛さに定評のあるキムチをひょいとつまんで気付く。これからひとに会いに行くっていうのに何食ってんだ。好きなひとにキムチ臭いなんて思われたくないっていうか、ちょっとちゅーとか期待しちゃってるオレ、ちょっと黙れ。そわそわするな。期待するなあああ。想像すんな。ちょ、まって。
冷蔵庫の前で深呼吸をしていると、台所に立っていた母親が怪訝そうな顔をした。

「和成、今日ばんごはんいらないんだっけ?」
「うん、いらない。友達と食ってくる」
「ケーキは明日でいい?」
「うん、いいよ」
「風邪ひかないでね」
「え?あ、うん。今日寒いもんなぁ」

ちらりと時計を見るとまだ余裕はあった。ダッシュで洗面所に走る。透明な柄の歯ブラシに赤青白の歯磨き粉をつけて口に突っ込んだ。しゃかしゃかと高速で手を動かす。そんな姿が鏡に映って、なんだか肌色だなぁなんて思った。何故か。オレが上半身ハダカだからだ。え、マジで。オレいつの間に脱いだの。いや、まさか無意識で脱いだわけではなく、黒子に会うからせっかくだし私服で会いたいなって思ったんだ。どうして着替え途中でキムチを食べてしまったんだ、オレ。なにもかもが間違っていたんだ。まず私服で会いたいっていうのもおかしい。どんな心情だ。女子か。オレの私服なんてなんの価値もない。下手すると引かれるだけだろう。黒子そういうこと興味ないし。泡ぶくぶくになった口をすすぎ、再び洗面所を走り出る。
リビングに戻ってさっき妹ちゃんに「部屋で着替えてよ」と怒られながら脱ぎ捨てたシャツを羽織る。リビングを出て階段を登って部屋に入ってすぐのクローゼットからパーカー出す。赤パーカーに腕を通しながら学ランとリュックを取りにリビングへ。ドタバタ大きな足音と勢い良くドアの開閉する音が混ざりあってうるさかった。妹ちゃんがテレビ聞こえないー!って言っているのが聞こえた。妹ちゃん、反抗期なのかな。最近、オレに冷たい。
結局、制服かよ。財布とケイタイを確認するためにケツを二回ぱんぱんと叩く。自転車を出しに駐車場の奥へ向かう。久しぶりに出したオレのチャリ。最近ずっとママチャリだったから。後ろにリアカーと怪しいメガネ野郎のっけて。
秋も中盤。寒さも際立ってきた今日この頃。落ちきった夕陽の名残がじんわりと紺の空の下の方が滲んでいた。深く濃い橙はどんどん紺に染め替えられていく。頭上には黄色い月が満月を少し細くし輝いていた。低い位置の月は大きく、重たげではっきり言って好みの月じゃなかった。オレは、白くて遠い月が好きなんだ。月から少し離れたところには金星と思われる星が出ていた。あのはっきりさは金星だ。多分。実は天文が苦手な俺にはよく分からない。ただ、金星が大きかったり小さかったりすることは知ってる。知ってなきゃ高校生なんできてない。もう乗り初めて3、4年経つマウンテンバイクのギアを変える。そろそろ坂道だっていうのに重いギアにした。かちり、という音と共にぐんとペダルが重たくなった。いっそう足に力込めて踏み込む。ハンドルを握る素手が白くカサカサになっていて、冷えていく指先に手袋に存在を思い出す。自転車用のグローブを実は持っているのだが、ママチャリ如きでするには恥ずかしくてここ最近はお世話になっていない。たまにはサイクリングにも行きたいし、大学生になったらダウンヒルとかやってみたい。ダウンヒルって知らない人多いんだろうか。うちだとメジャーなんだけどな。思いっきり山道駆け下りるなんて楽しいだろうな。
ゆるやかな坂は終りを見せ、先の公園に人がいるのを確認した。黒子だ。やっぱり遅刻か。向こうも気が付いたらしく手を振ってくれている。両手で振り返したらぎょっとしたように危ないですよ!と声がかかった。黒子、両手離しできねえのかな。

「遅れてごめんな!」
「いえ、たかが数分ですし。僕もさっきですよ、きたの」
「ふーん。嘘つき。こんなに顔冷たいのに」

黒子の頬に手を伸ばす。オレ、こういうキャラで良かったな。こんなことを真ちゃんがもしやったら容赦なくガチだと思われるだろう。オレなら、そこまでの敷居がかなり低い。ただし、その分本気だとは思われないし、冗談で片付けられる。うーん、メリットもデメリットもあったな。

「なっ!? 急に顔なんて触らないでくださいよ……びっくりします」
「ごめんごめん。黒子のほっぺ、ぷにぷにしてっから思わずな!」
「それ以上言うとプレゼントなしですよ?」

黒子は紙袋をひとつだけ持っていて、それがオレへのプレゼントなのだと知る。ぶっちゃけ男子高校生って誕生日にプレゼント交換なんてしないと思っていたのだけど、そんなこともないらしい。センパイたちなんにもくれなかったけど。黒子はマフラーも手袋もせず制服姿で、寒そうだった。

「なになら喜んでもらえるかわからなかったし、残るものもあれかなと思って食べ物にしました」
「……せんべい」

しかもキムチ味。オレのキムチ好きっていう情報はどこからそんなに出回ってたの。というか、もう完璧にオレの好きなものがキムチ以外もんな知らないだけだろ。他にもちゃんとあるからね。黒子にキムチが好きだと言った覚えはないから、大方、真ちゃんに聞きでもしたんだろう。オレのキムチ好きは黒子とバニラシェイクほど病的に深い関係でもなければ真ちゃんのように愛と義務(おしるこは一日一個)を織り交ぜたような関係でもない。これじゃオレ、こいつらと同じレベルのキムチ信者だと思われてるんじゃ……。

「甘いものはあまりお好きでないと聞いたので。おせんべいにしてみました」

おせんべいじゃなくて濡れせんべいの方がよかったですか?と首を傾げた黒子にオレはなんて突っ込んでいいか分からない。せんべいから離れろよ、なのか、 甘いものでない(命題における否定)がどうして、せんべい一択なんだ、なのか。 濡れせんべいってキムチ味あるのかよ、なのか。

「もうひとつ、あると言えばあるんですけど、どうします?」
「どうしますって、どうします?」
「うーんとですね、場合によってはご迷惑とお互いに深い傷と溝を築くことにます。深い傷を築く……キタコレです」
「キタコレてないから。なんにもきてない。んで、どういうこと?」

黒子は困ったようにさっきオレが触れた頬を指で掻いた。その白い頬は寒さからかどこか痛々しく朱に染まっていた。色素の薄い瞳を伏せて、息を吐いた。なにを言いたかったのか想像がつくようなつかないような。的外れだった時の予防線を自分自身に張りながら、次の言葉を待つ。

「僕は君に告白をしてもいいですか?」

ん?

「君が僕に好きだと言ってくれてから結構な時間が経ってしまっていますし、まだ僕のことを好きだと思っていてくれているのなら、プレゼントのおまけくらいになるんじゃないかなーって」

オレが固まっていると黒子はおろおろとうろたえ始めた。決まり悪そうに、そして申し訳なさそうにオレのことを盗み見ている。

「黒子。冗談なら……」

念のため。オレのため。
こんな時にはいつもの勢いも茶化すような言葉も全く出てこない。使えねえなぁ。黒子がそんなこと言う奴じゃないことは知っている。黒子をずっと見てきた、その自信が裏付けてくれる。オレがビビってるせいで、現在進行形で黒子を不安してるし、傷付けてる。

「僕が冗談苦手なの知ってますよね」
「……オレ、そんな軽い気持ちでお前のこと好きなわけじゃないよ?」

どう考えても言葉のチョイス間違ってる。これじゃ、黒子が適当にオレに告白してんじゃないかって疑ってるみたいじゃん。違うんだよ。逃がさねーぜって。逃げらんないようにしちゃうだろうから、オレ、独占欲強いから。
ぐるぐる言葉がまわる。

「あー!もう!!なんなんですか?!学校も違ければライバルだっていうのに、お互いにくっそ忙しいっていうのにべたべたアピールしてきて挙句の果てに好きだとかいいやがったくせにいざとなったらコレですか?!このヘタレが!!」

「はいっ!??」

黒子が怒鳴った……?!
確かにその通りなんだけどさ。黒子は両手ともしっかり拳を握り、ぶんぶんと大きく振っている。冷たそうな赤い頬がそれとはまた違う赤さに染められていく。あ、と漏らした黒子は片手で顔を覆う。そんな姿を見せられて黙ってちゃ男がすたるってもんだ。
よし、ここは男らしく、

「………!?!!??」
「僕が束縛しないタイプとは限りませんよ?」

だから大丈夫です、耳元から離れていく声。黒子の肩に手を伸ばそうとした瞬間に、自分の肩に手が置かれて視界が暗くなり、すぐに明るくなった時には黒子の声が吐息がみみにかかるほど近くて、今離れていってる。
うん?
何があった。リップクリームをさりげなく毎日塗っているおれだが今日は忘れてしまって、ガサガサの上、部活中に切れてしまった唇の中央にはぱっくりと皮膚の裂けた跡が残っている。そうでなくてはいけないのに、オレの唇には微かな潤いとこの寒さだっていうのに レモンともミントとも取れない涼しげな香りが漂った。

「あの……固まられてしまうと、照れ隠しが成立しないんですが」
「あ、うん」

オレ、歯、ちゃんと磨いてきてよかったなぁ。





高尾くん、Happy Birthday!!




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