宮地パパと息子テツヤと甥っこ緑間の日常








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『居候の友人がうざい件について』


「おっじゃましまーす」
「じゃまだって分かってるならはじめから来るなです。轢くぞこら、なのだよです」
「なにその語尾……! っっっぷは!!! 受け継いでるねぇ、テツヤくん!!」
「おひきとりねがいたいしょぞんにて」
「おい、高尾。帰れって言われているぞ? 帰れ」
「二人ともひどい。なんなの、オレのなにがいやなの??」
「「ぜんぶなのだよ」」
「ドヤ顔やめ……!」
「バニラシェイク飲めてお兄さんを家に入れるのと、バニラシェイク飲めなくてお兄さん帰るのどっちがいい?」
マジバの紙袋をこれ見よがしにテツヤの目の前に差し出す高尾。緑間に抱かれたテツヤの視線はなかなか高い。
「えんこーなんてまっぴらごめんです。バニラシェイクだけ置いて帰れ、このしょっかくやろう」
「真ちゃん、どうするとこんな小さい子の語彙力磨けるの?」
「テツヤは本が好きなのだよ。だからだと思うのだよ」
「そうなのだよー。ねー、しんたろうくん」
首を斜めに傾けながら、もう一度「「ねー」」と二人で笑いあっている。テツヤは緑間の額に自分の額をくっつけた。「しんたろうくん、しんたろうくん」と甘えたような声で繰り返す。
「どうした?」
ちらり、と無言で高尾を見て、その視線を再び緑間に戻す。
「このひと、いつまでいるのだよ?」
「オレの名前知ってる? テツヤくん」
「……」
「知らないのか、知ってるけどいいたくないのか。どっちだと思う?」
「お前の名を口にしたくないのだろう」
「更にひどい言い方する意味あるの?!」
じいっと、無表情でただただ黙って高尾を見つめるテツヤと緑間。
「どうして二人して無言なの!?その表情こわい!!」
「お前のコミュ力をもっても懐かないなんて、」
「流石だな……」(いい笑顔。とても爽やか)
微笑み合う2人。
真ちゃん……、と遠い目をした高尾はテツヤの頭を撫でようとてをのばしかけたところで当のテツヤに腕をはたき落とされた。
「そういえば、何をしにきたのだよ?」
テツヤの脇の下に手を入れて、ソファーにそっと両足を揃えて降ろす。 足の低いテーブルに向かい合って座る緑間と高尾。緑間の後ろ、ソファーの上で膝を抱えているテツヤはリビングの奥、ダイニングテーブルの上に置かれた赤と黄色の紙袋にちらちらと視線を送っていた。
「レポートやろうぜー!!」
降ろしたリュックサックから、クリアファイルと13型のノートパソコンを引っ張り出した。がちゃがちゃとusbメモリやらシャープペンシルなどをリュックサックのポケットから取り出す様を緑間はあり得ない、という表情で見つめるが気にしていないようだった。
「しんたろうくんなら終わってますよ?」
「え。っていうか、なんでテツヤくん知ってるの?」
「ぼくも手伝ったからです」
さらっと、紙袋から視線を一切逸らすことなくいったテツヤ。暑いわけではないが、中のシェイクの結露によりじわりじわりと紙袋が湿気っていくのを見て、心中穏やかではないらしい。
「真ちゃんんんん?!」
「見事なホチキス止めだったな……」(再びいい笑顔)
「ホチキスだけかよ!! って、ちげえよ! 二人してボケ続けんな!!」
「帰れば?」
苛立つこともなく、虎視眈々といつになったらシェイクを飲んでいいのかとそのタイミングだけを狙い続ける。
「テツヤくん語尾ぃぃい!」
「あ」
「ダメだろう、テツヤ。語尾というのは個性の一つだ。大切にしなければならないのだよ」
テツヤがどこを見ているのか、緑間も納得したようで、たしなめるように言った。その優しい語調に安心したのか、紙袋から視線を外した。
「あいあいさー! なのだよ」(高尾見て、ドヤ)
「きよしさん、今日は早いのだよです。たしか、ていじなのだよ?」
「え、早いの? 宮地さん帰ってきちゃうの?! オレ、死亡フラグ立った!! 今!!」
ガタッ、と大きな音(膝を机の縁に思い切りぶつけた音)と共に立ち上がった高尾が叫んだ。うるさい、という言葉さえなく二人は紙袋を見た。
「お、帰るか」
「森へ帰るのです」
「このうちの人はどうしてそんなにオレが嫌いかな?!」
心底困ったように高尾を見たテツヤと緑間。 というか森ってなんだよ!森って!!とまっとうすぎて面白みがない上にうるさいだけのツッコミを叫ぶ高尾にため息をついた。そのテツヤと緑間のシンクロ率が更に高尾の声を大きくさせる。
「理由ないの?! いっそ、明確な理由があって嫌われていたかった!!」
「ドMですか?」
「気持ち悪い」
「お巡りさんのとこ行かなくては」
「だぁからっ!!」
「分かっているのだよ、高尾」
「高尾くん、ちょっといじめすぎちゃいましたかね。ごめんなさい、これも好意からくるものなんです。僕もしんたろうくんも……」
「テツヤくん……真ちゃん……」
ぷい、とあからさまに顔を窓の方へ向ける緑間とえへへ、とはにかんだテツヤ。典型的すぎる言動とセリフ。もちろん、分かっている。どうせ、持ち上げておいて落とすんだろう?知ってるさ、知ってるけど嬉しいんだよおおお、という高尾の葛藤を知ってか知らずか、予想通り突き落としに来た二人。
「「なぁんて言うかよなのだよ、馬鹿め」」
「うん。だよね。知ってたよ……。でもね、俺の鋼のハートもそろそろ亀裂が入ってきた気がするよ?? 折れるよ?砕けるよ?」
「砕けたらいいのだよ、ですね」
閉じたままのパソコンにべたーと突っ伏した高尾は何かを呻いていた。テツヤはソファーに寝転がり、もう、だめです、限界です、ボクのとうげんきょうはそこにあるのに……と小さい体にもあまり広いとはいえない幅をごろごろとすばやい左右の切り替えを見せていた。
よく考えてみたらどうしてシェイクがお預けになっているのか、意味が分からなかった。それは緑間も高尾も同じで流れで、という一言に尽きる。
「高尾くん、ダメ……ですか?」
ソファーから起き上がり、高尾の横まで行く。両膝をついて、高尾の腕をそっと掴んで首を傾げる。
「なにこの、あざとかわいいの。なんのマンガ読んだの。セオリー押さえすぎだろ……テツヤくん、かわいい。かわいいよ。狙ってるのがもろ分かるけど、むしそれがかわいいていうか、天然ならぬ人口だね!!その人工的なのがかわいい。かわいいよ。……はぁ」
テツヤをかかえ込むようにぎゅうっと抱きしめて、テツヤの頭に顎を乗せて何やら喚く高尾に緑間が本気の表情で威嚇をしているがやはりスルー。むぐむぐ、と苦しそうにしているテツヤの声が聞こえていた。賢者モードに入った高尾は緑間にへにゃぁ、ととろけきった笑顔を向ける。
「たっ、だか……高尾、ぐん…………ぐる、じいのだよ……」
「……高尾、轢かれたいか」
「とっさになのだよ、が出るテツヤくんもあっさりと轢くとか言ってる真ちゃんも、ほんと流石だね」
ごめんねー、と軽いノリで高尾が腕を緩める。即座にダイニングテーブルへ走り紙袋へと手を伸ばした。結露によりびしょびしょのバニラシェイクをがさがさと取り出して、これでもか、という笑顔でストローを半透明の蓋にさした。両手でしっかり、容器を掴む。そのてのひらに伝わってくる冷たさも水滴の感触も、ある程度溶けたことによって生まれるのどごしも増した甘み、ときおり現れるごくごく小さな氷の粒、すべてがテツヤにとってバニラシェイクを摂取するという行為は生きる上で欠かせない行為ではないかと錯覚させるほどの中毒性を持ち、そのことに気がつきながらもやめられない。そのことを恥じるどころか、誇りに思っている。ファーストフード店に出回っているシェイクというものが、原価を抑えるために脱脂粉乳などの乳製品は一部にしか使われておらず、ほとんどがコーヒーフレッシュと同じ植物性油脂が使用され、それすらミルクの風味をつけるためだということも、その他大部分が乳化剤、ガムシロップでできているのだと知っていても尚、この味が好きなのだと、ただただ幸福感を貪るばかりである。
もちろん、溶けてなどいない、店でだされたばかりのシェイクも愛しているし、きちんと牛乳、卵黄、バニラ、砂糖を凍らせつつ撹拌するという、王道であり、ファーストフード店などでゃ見られることのできないバニラシェイクだって愛している。バニラシェイクという存在全てを肯定し、愛しているのだと。その思いがいつかバニラシェイクに伝わると信じて今日も今日とて、バニラシェイクを飲むのだった。
「うっわー、幸せそー」
「テツヤのバニラシェイクへの思いは俺のおしるこ愛を超えているのだよ」
「え、真ちゃん、おしるこに愛があったの」
「知らなかったのか」
「あれが愛なのか……愛ってなんだろう」
ずず、とシェイクを飲み切ったテツヤは容器をキッチンの奥のゴミ箱に捨て、裸足とフローリングが生み出す、小さな足音を立てながら、高尾の横へ再び向かう。
「高尾くん、ありがとうございます。ごちそうさまでした」
緩んだ頬を無理やり、きりっと真剣な表情をした。つま先をきっちりと揃え、深々と頭を下げる、テツヤ。
「おいしかった?」
「はい、とっても!!」
さっきまで高尾の心を滅多刺しにしていた幼児が警戒心忘れて年相応に微笑んでいる、そんな当たり前のはずのことが嬉しかった。可愛かった。幸福感が有り余っているのか、自分の手よりも大きな高尾の手を両手で頑張って包み、ぎゅっと握って、上下にぶんぶんと振っておいしかったです、とてもおいしかったんです、と高尾に抱きついた。
「今なら、死ねる。俺、さりげなく子供って嫌いだったんだけど、撤回しようかな。かわいいわ。もう、やだ。意味わかんない」
ーーこうして、何も知らない、いや、テツヤの好物がバニラシェイクだということしか知らなかった大人たちはテツヤに骨抜きにされていくのであった。
余談だが、お土産にバニラシェイクをもってくるという行為は宮地に規制されている。
麻薬みたいなもんなんだよ、うちの息子はな。しかも、お代は安っちいバニラシェイク一杯ときてる。はっきり言って、いつか誘拐でもされるんじゃないかと毎日、不安で不安で……と宮地パパは語るのだった。



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