爪先だって立派な

 





※R18表現あります。高校生含む18歳未満の方は閲覧しないでください。


ぴ、ぴ、とテレビのチャンネルを意味もなく切り替える。ニュース、ドラマ、ニュース、バラエティ、バラエティ……。ぐるぐると何周かしたとき、木兎の後ろから怒声が飛んできた。

「うるせえ! 見ないなら消せ!!」

もはや万年床となったうすっぺらいせんべい布団の真ん中で膝を抱えていた木兎は勢いよく声の方を振り返る。
築二十年をゆうに超える、ひとたび火の粉でも飛んでこようものなら、一瞬にして燃えて崩れ灰に還りそうなアパートの二階のとある一室の主人である黒尾だった。六畳一間。部屋の一角のカラーボックスと布団、もはや希少種とすら思われる箱型のテレビーー厚みがあり、まだ中にブラウン管を有しているだろうことは明白だったーー以外のものは見当たらなかった。しかし、敷かれた布団がそれなりの面積を占めているせいか、決して綺麗という印象を与えることはない。

「おかえり、なあ」
「やらねえつってんだろ」
「まだ、何も言ってないだろ?!」
「お前の言うことは、やろうか、やりたいか、セックスしようぜのどれかなんだよ、ちんこもげろ」
「もげねえし!! いま、おかえりって言ったし!!」

うるせえ、ともうひとこと。黒尾は狭い玄関にスニーカーを捨てるように脱いだ。並行して、リュックをカラーボックスの前に放り投げ、同じ軌道でパーカーも後を追った。
Tシャツとジーンズという姿になり、大きな欠伸をしつつベルトのバックルを外した。え! と木兎が嬉しそうな声を上げるや否や、鋭い視線が飛んできた。

「どけ、寝る」
「まじか」

木兎は布団の端へ移動した。ちら、と黒尾を見上げると、その平時から人の悪そうな、常に何かを企んでいそうな、鋭くさわやかさの欠片もない目にさらに暗いものが影を落としていた。うっすらと隈が見え、元々そんなものはなかったと言ってしまえばどうしようもないが、いつになく覇気というものが感じられなかった。
どさり、と半ば倒れこむように布団へ寝転がった黒尾。

「痛くねえの?」

こんな薄い布団だ、重力と体重のままに倒れると、かなり痛そうじゃないか。木兎は素直にそう思って聞いたのだが、答えはない。枕ではなく丸めたバスタオルに顔を伏せ、それの下に入れた両手で自分の顔を挟んでいた。これが黒尾の寝相である。窒息するんではないか、と思ったこともあるが、今日まで黒尾が元気に生きいるのが証拠である。つまり、窒息はしない。
耳までしっかりと隠されてしまえば、声は聞こえないだろう。
明日の朝でいっか、木兎はテレビの電源を落とし、黒尾の横に転がった。狭かったが、気にしない。どうせ、明日には互いに畳の上で寝ているのだ。黒尾に関しては器用にも枕(仮)との位置関係は一切崩すことなく、布団から外れていくのだ。


はっと、目が覚めて体を起こすと外はまだ薄暗かった。どこかに放られているはずの携帯電話を探して、周囲をばんばん、と叩く。ひりひりと頬が痛いのは、畳のせいだろう。鏡でも覗いてみれば、畳の目の跡がしっかりくっきり残っているに違いない。
手のひらに何かが当たって、持ち上げてみれば黒尾の携帯電話だった。時間が分かればなんでもいい。黒尾の携帯電話で時間を見た。まだ午前四時を迎えたばかりであった。
朝である。当然、勃つものが勃っているわけで、しかも前の晩には断られていたわけで、そう、木兎は身も蓋もなく言えば欲求不満であった。
そもそも、木兎と黒尾の関係と言えば、友人兼セフレなのである。セフレもフレンドということで、そんな意味も含めての友人関係が数年続いていた。ヤりたい時に相手の家に行く、それだけだった。今回の黒尾のようにどちらかが断ること(木兎が断ることはない)もあれば、行ったはいいが帰ってこないなんていうこともあった。しかし、普通の友人であるので、普通に遊びにでかけることも飲みに出かけることもあった。
昨日の木兎は、とにかくもうヤりたくてしかたなくて黒尾の部屋へと赴いたのだった。
黒尾は、まだ寝ていた。下半身はせんべい布団の上だったが、枕と頭は布団から斜めに飛び出し、畳の上であった。
ひとりで抜くのはしのびない、そう思ったからここにいるのである。
手くらい借りようか、と木兎は立ち上がり、黒尾のすぐ横まで二歩ほど移動した。昨日の疲れ加減を思うに、簡単なことでは起きないだろうと踏んだわけである。
タオルの下から、片腕を引っ張ってみるが、これがどうしたまったく抜けない。

「うそだろ……」

もう寝ぐせはばっちりついてるからいいだろ、腕一本くらい貸してくれよ……。恨めしそうな視線を黒尾の後頭部に送った。
その後頭部から、視線をスライドさせていく。
うなじが見え、密着性の強いTシャツの下の筋肉がその存在を主張する背中、腰穿きのジーンズ、尻まで行ったところでため息が出てきた。とりあえず、意味もなくTシャツをめくってみたり。
背中にこすりつけたらやっぱり怒られるよなぁ。
ジーンズの後ろを引っ張り、黒尾の尻を覗き込んで戻し、足先まで視線を遣った。
できそうなことはいろいろあったが、どれも怒られそうだった。木兎にとって、いまこの熱を放出することは確かに重要であったが、一番重要なのは、黒尾が起きたあとに快くセックスに同意してくれることなのである。つまり、目先の欲にかられて黒尾を怒らせたりすれば本丸転倒、目的が達成できなくなってしまうのだ。イければなんでもいいわけないのだ。どれだけ気持ちよくイけるかが、どれだけ大切か。
黒尾でイきたい、そこは譲れない。
もう一度ため息をつき、自分の息子とアイコンタクト。いや、息子に目はないが。
とりあえず、目の前の男の先日のあられもない姿などを脳裏に上映し、それをおかずにすることに決めた。
カラーボックスからティッシュ箱を出し、自分の隣にセッティングする。とりあえずモノというモノはすべてこの箱におさまっているのだ。何を探す時もこの中だけを見ればいい、というのはある意味でとても楽だと木兎は知った。見かけによらないとよく言われるが、これでいて木兎は片付けが苦手ではない。まめにやるかと言われればそうではないので、やはり片付けを得意とは言えないのかもしれないが、一気に出して、一気に片付ける。散らかっている時間はそう長くない、それで十分だと思っている。
むしろ、黒尾の方が片付けは下手なのではないのだろうか。要はものが少ないことと、箱という範囲の中におさまっていれば許容できる精神が、床やそのほかになにかを散らかすことがないだけである。ぶっちゃけると、カラーボックスの中になんでもかんでもが適当にぶち込まれているにすぎない。
ズボンとパンツをおろし、早朝の空気にさらされた木兎の息子の立ち上がりは半分と言ったところだ。木兎は、一番最近である三日前の情事に狙いを定め、記憶を展開していく。


布団にバスタオルを敷いて、その上に四つん這いになった黒尾。その顔が見えないのは残念であったが、木兎はそれどころではなかった。すぐ近くに転がっていたチューブからどろり、と粘性を持ったローションをてのひらへ落とす。わずかの間に、てのひらの温度であたたまったそれを、空いた片手で押し開いた黒尾の双丘の間の後孔へと塗りこめる。奥へ、とローションをまとわせた人差指を孔へ埋め込んだ。ゆっくりと広げるように外へ外へ、と入口を丹念に解す。木兎を受けいるのは、これが初めてというわけでもなかったが、その日の一回目はきちんとすると、なんとはなしに決めているというだけだった。
広げると同時に、中へローションを招き入れるように指を動かしていく。中は柔らかく熱い。このぐじゅぐじゅという音はどんな風に黒尾に聞こえているのだろうか。どんどん、黒尾の熱を奪って同じように熱くなっていくローションを孔の奥へと押し込んだ。
左手は、前に回して勃ちあがりはじめた黒尾の竿に当てた。片手だけで竿をしごきつつ、すぐに柔らかくなった後孔に、指を増やす。

「もうっいい、挿れろっ、」

竿から先端へ、先端の裂け目を指の腹で割るように撫でれば、そこは湿ってくる。すぐに流れ出した先走りが、指の根元へと伝っていく。わざと裂け目を避けるように周囲を円を描くように撫でたり、竿を根元から絞り出すように力を込めて握ったり。黒尾が息を詰めたのが、後孔の中からさえ感じ取ることができたような気がした。とどめをと言わんばかりに、ぐり、と力を込めて裂け目をなぞれば、すぐに黒尾の吐き出したものの半分くらいが手の中にあった。それも後ろに流し込み、入りきらなかったローションと白濁とが混じり合い太腿の内側を伝っていた。それを見ただけで腰が疼いた。まだ、おろしてもいないズボンの下で自身が苦しかった。
ボタンはすべて外されたシャツの背をめくりあげ、おもむろに噛む。それは木兎の癖だった。薄い皮膚の下の弾力のある筋肉を歯で口で感じるのが好きだった。
後孔のある一点を指先で捉え、軽く押す。ひゅっ、と黒尾の下手な呼吸がひときわ大きく聞こえた。
膝までおろされただけのズボンは、黒尾の脚を中途半端に固定しており、大きく開かせはしない。

「黒尾、挿れる」
「ああ、いいぜ?」

ちら、と振り向いた横顔。寄せられた眉と、乱れた髪と、それでも妖しい光を放つ目はどこまでも艶っぽい。べたべたとした手、なるべく指先だけで急いでバックルを外し、ズボンを下ろす。触ってもいないというのに、黒尾に触れていただけで完全に勃起した自分の息子に苦笑いがこぼれた。そこらへんにばらまかれたうちのひとつをさらい、手早くコンドームを装着した。
黒尾の袋を自身の先端で突き、そこからゆっくりと上へと滑らせていく。後孔へ、触れた。
はやく、と黒尾の声にならない吐息がこぼれた。

「そう、煽んなよっ……!」

先端は容易に孔へと埋まった。ゆっくりと進めていく。熱い。指が感じた程度の熱さではない。黒尾は息を止めていた。木兎も、息を飲んだ。静かな室内にたまにぐちゅり、と粘性を持った音がした。

「はいった」
「相変わらず、きつっ……」
「それはこっちのセリフだっつーの」

ぼくと、と呼んだ。それが合図だった。木兎は黒尾の腰に手を添え、動き始めた。緩急をつけて、奥まで一気に突き、入り口だけを何度も往復し、孔を広げるように動く。腰から、前に遣り、再び頭をもたげはじめている黒尾の息子も撫でた。

「焦らすなっよ……ん、くっ」
「まだイけんの?」
「本命はこっからだ、ろ?」

わざと避けてきた黒尾のいいところ、を躊躇なくピンポイントで突いた。一度、抜くか抜かないかのぎりぎりまで引いてからの一気である。「っぐぁ、死ねっ!」とかわいらしさの欠片もない、喘ぎ声というよりもはるかにうめきに近い声を黒尾は漏らした。

「まだイくなよっ!!」
「分かってる、って!」

あ。いま笑ってるわ、こいつ、そう思うと楽しさを感じ、それはダイレクトに性的な興奮へと変換された。何度も何度も執拗にそこだけを責め続ける。浅く、一度抜いてから、そこまで勢いだけ貫き、を繰り返す。そのたびに、泡立ったローションの細かな泡がはじける音がしていた。ときおり、あたためていないローションを垂らすと、黒尾の中が締まるのだ。ひっ、と肩と腰が跳ねるのを腕の力で抑えつけて引き付けて、最奥まで突っ込む。
声もなく、黒尾がイった。中がこれ以上ないというほどに締まり、まだ奥があるのか、と思うほどに内側へと引っ張り込まれるようだった。すぐあとを追うように、中で木兎が弾けた。どろりと熱いものがゴムの中にあった。
少々の気持ち悪さには目をつむり、「ぁ」などと小さな喘ぎをこぼした黒尾の中をすぐさまかきまわす。イったばかりの黒尾の陰茎をしごき、こすり、同時に黒尾のいいところへと突きを繰り返す。イったばかりのところへ追い打ちをかけられるのが黒尾は好きなのだ。自慰をするときだって、そうなのだ。セックスでそれが嫌いなわけがない。すぐに元の大きさに復活する自身にいまさら驚きはしないが、どうにかならないものだろうかとその性欲にはほとほとため息が出る。まあ、こうして、受け止めてくれる先があるのだから心配することは何もないのだが。

「っは、っあ、あっぼく、ぼくとっ、ぐ、っん……!」
「黒尾、声おさえんなっ」
「うぁあっ……!!」

がくん、と黒尾の腕が折れた。何度目かの絶頂の中でも一番強くイった。木兎からすれば、一番強く締め付けられ、引き込まれた。食い千切られそうなんていうのは、もはや比ゆでもなんでもなかった。
一層高くあげられた黒尾の尻から自分をずるりと引き出し、その入口にそっと当てる。ひくり、と脈打つ赤く、半ば腫れた菊花。白く泡立つローションと黒尾自身の精液が無機質な照明にその菊花を下品にぬらりと光らせていた。

「おつかれ」

コンドームを外して、口を結ぶ。バスタオルに顔をうずめた黒尾は「本当にもげろ」と縁起でもない、ツンデレなのかなんなのか、とりあえず褒め言葉を残した。


自身なんて見ても楽しくも何ともないので、強く目をつむって脳内の黒尾だけをひたすら追いかけ、果てた。さすがに自分の息子とするこんな営みもレベルとしてはアマチュアは卒業してプロの仲間入りを果たしている。自分のタイミングはよく分かっていた。ティッシュが間に合わないなどというへまはしない。
柔らかい紙の中に吐き出すと、長い息を吐いた。

「なにやってんだよ」
「うわぁっ?!」

黒尾がじっとこっちを見ていた。
タオルのおかげで黒尾の頬に畳の跡はない。
木兎はそそくさと自分の息子を仕舞って、朝の一本! と笑顔で答えてみた。

「オレで抜いたわけ?」
「黒尾以外で誰で抜くんだよ」
「あっそう、じゃあ、ヤる?」
「ヤる!!」
「あとでな」
「な!! 持ち上げて落とすのヤメテ?!」
 
ずるずると布団の上に戻ってきた黒尾。すぐ横に並ぶ。背を向けた黒尾の背にぴたりと沿って「なあ黒尾ってば〜」と呼びかける。いやだ、とそれしか答えない。しかし、タオルに顔を埋めてない以上、本気で寝るつもりもないはずだ。上手く押せば落ちるところまできた。射的で言えば、あと一撃で仕留められる、なんだか獲物がぐらついてきたところまできていた。

「まだやんねえっつってんだろ!!」
「えー、ちょっとだけ」
「ちょっとってどこまで」

首だけがぐるりと回り、木兎をにらんだ。

「ちょっとはちょっと!!」
「当てんのヤメロ」
「当ててんのよ」
「知ってる」

あ、と思った時には遅かった。黒尾の足裏が股間に入った。黒尾も男だ、それなりの力加減であったとはいえ、痛いものは痛い、とにかく痛い。男のくせにそこに蹴り入れるっていうのは卑怯すぎやしないだろうか?! 声も出なかったし、息も止まりかけた。

「おっふ……! おま、それは禁則事項だろ……」
「手加減したろ、ほれ」
「あ!! 足!!」
「……? あ?! 足コキなんてしねえからな!?」
「お前ならできる!! 黒尾なら信頼できるわ、踏まれても平気だと思う……!」

こいつ、こんなに馬鹿だっただろうか。黒尾は、まだ疲れの抜けきらない重い脳でぼんやりと思った。同時にこいつを黙らせるならさっさとやってしまった方がいい、とも。

「OK、やってやる」
「よっしゃあ?!」

少々、軽率すぎたかもしれない。そうは思ったが、やってみたことのないことに興味があったのだ。もちろん、おくびにも出しはしない。木兎は気付きもしないだろう。そして、どこまでできるのかという挑戦的な自信があった。
体を起して、頭をかいた。さて、どうしようかという感じである。とりあえず、ジーンズの裾をまくった。洗濯物は増やしたくなかったし、ジーンズは洗った分だけだめになっていくものである。特別いいものを穿いているわけではないが。

「ナマで踏んでも雰囲気出ねえよな……パンツの上か?」
「ズボン脱げばいいの?」

布団の上であぐらをかいた木兎はズボンを脱ぎ、その正面に黒尾は立っていた。わくわく、という擬音が聞こえてきそうなほどのらんらんと輝いた目で木兎は黒尾を見つめていた。
寝起きのせいか、片足を上げるとバランスを崩して倒れそうだったがそれは一瞬だった。もし。ここで自分が転んで木兎を踏みつけでもしたら、下手をしたら木兎は一生使いものにならないかもしれない。それはあまりにもかわいそうで、我ながらぞっとしたので、思考は一気に覚醒し、バランス感覚も平常時と同じだけにはなった。

「よっしゃ、いってみよー!」
「朝っぱらから元気なやつ……」

そうっとつま先で、パンツの上から木兎に触れた。親指の腹でぼんやりと中心を探るように動かした。ここ? と指先で軽く突き尋ねる。うなずいた木兎の視線は黒尾の脚であった。指との間で、手で言うところの握るという動作に当たる動きをしてみる。手の指と違って短いせいで、先端ばかりを揉むことしかできなかった。指を開いて、親指と人差し指で挟もうとするが、挟むことはさすがにできなかった。先だけを滑ってしまう。

「ムズいなー、これ」
「黒尾、すげー顔エロいから気にすんな」
「わけ分かんねえし」

木兎がなんと言おうとそれどころではない。思っていたよりもかなり上手くいかなかった。黒尾のプライドがそれを許さなかった。指の腹をメインに使い、土ふまずを中心に足全体を回して圧をかけてみた。たまに強く押す、いや、踏むと木兎が顔をしかめるのが面白くなってきた。布越しの柔らかさが、これまた、はっきり言うと気持ち悪い。まだ、完全に勃ち切っていない木兎の息子をしいたげているような感覚は、楽しかったが。文字通り足蹴にしたわけだ。
木兎からすれば、こんな角度からの黒尾はあまり見たことがなく、かなり真剣に試行錯誤しているようだった。決定的な刺激がないのは確かに満足にはほど遠かったが、焦らされているようなものだし、なによりも「できない」ことに苛立っている黒尾の表情と、その合間合間に見せる、嗜虐的な笑みがかかりそそった。オレ、Mだったのかも、と思ったが黙っておいた。言ったら、楽しんでいる黒尾を萎えさせそうだ。

「希望あったら言ってみ」
「どうにかしごけねえの?」
「あーだよなぁ……うーん、なんかこう、なんつーのかな……」

ぐにぐに、と踏みつけながら黒尾は首を傾げた。その眼は木兎を見てはいない。わき見運転は危ないだろう、と木兎は少々どきりとした。こんなことに初めても何もあるのかどうかよく分からないが、黒尾は初めてにして上手いんじゃないだろうか。なんでもとりあえず器用にこなすやつである。たまに強く踏まれると、とくにそれが別のことを考えている最中に、ふと行われると、どうしてかクるものがあった。
黒尾は顎に手をあて、うーん、と再びうなった。そして、親指でパンツのゴムをひっかけ、突然パンツをおろしてしまった。

「ナマですか!!」
「やっぱ、ナマだな、雰囲気だけじゃだめだわ。布越しなんてのは、童貞にやるもんだな」

黒尾の脚は骨張っていて、皮が薄く、肌の色は薄いわけではなかったが、太い血管の色は見てとれた。
やんわりと頭をもたげていた木兎自身に恐る恐るといった体で触れた。顔色は一切変えずに、きもっ、と言った。傷つきはしなかったが、ひどいとは思った。それよりも、手とはまったく違った固い皮膚の感触が新鮮だった。

「ローション出せ」
「まじ?!」
「気持ちいい方がいいだろ」
「なんかやべえって、うわー興奮してきた」
「朝から変態はいらねえ」
「お前も十分に変態だわ」

木兎は体を仰け反らせて、カラーボックスに手を伸ばし、そこからローションの入ったボトルを投げてよこした。手に取ったはいいものの、一瞬、どうするか迷った。しかし、すぐにふたを開け、そのままの高さから垂らしてみた。風なんてもちろんなく、それなりの重さがある。まっすぐ落ちてくれるだろう、という思いの通りに自分の足先と木兎の陰茎にしっかりとかかった。

「つめてえ」
「いま、あっためてやるから」

ぐり、と指の間の隙間に先端を当て、動かす。五指をばらばらに上下させつつ、竿の方へと這わす。ぬちゃ、という音を足の指の間に入ったローションが立てていた。そのぬるさがかなり不快だった。指の間から、滴るのも、角度を変えるたびに足裏を伝っていくのも気持ちがいいとは言い難い。全部、木兎自身に塗りたくるように押しつけた。
親指の爪で裏筋を根元からなぞり、足つりそうだな、と考えつつも黒尾はひとつの回答に達していた。

「片足ってのが舐めてるんだろうな」
「え、両足でやってくれんの」
「イかせねえことには寝れねえしな」

べとべとのあしを布団に置くのは嫌で、木兎の腿に乗せ、黒尾も布団に座った。木兎と真正面から向き合う形である。もう片足の裾もまくりあげ、さっそく、両足の裏で木兎の息子を挟んだ。

「黒尾が脱いでりゃ絶景なのに」
「それは……間抜けすぎんだろ、やだよ」

両足に均等に力をかけ、根元からしごいていく。たまに、左右に転がしてみたりしながら、普通に手でやった方がはやいし、楽だし、もうやらないなと木兎の表情を窺う。
ばちり、と目があった。

「あのさ、黒尾」
「なんだよ」
「両足の方がキモチイイんだけど、景色的には立ってた方が好きだな。あと、立ってる黒尾の足に出したらエロいと思うんだわ」
「……Mなの?」
「いやーお前すごいわ! 新たな扉開いたな!!」

純粋な感心に対して真剣な表情で木兎は言った。呆れて返す言葉が思いつかなかった。ちなみに木兎は足フェチでもなんでもない。女の子に対してであれば一番は胸、次は太ももと至って普通な趣味を持っている。黒尾は女であれ男であれ、どこが好きとか、そういうピンポイントなこだわりを感じたことがなかった。責めて楽しいところ、責められて気持ちいい部分はあったが、それとは違うだろう。
そんなふたりだったので、かなり正統派なセックスしかしない。たまに変なものを持ち出すこともあったが、それはすべて触れたことのないものへの好奇心だけである。

「両足べったべたなんだけど」
「どうせ洗うんだろ?」
「ふーん、そんなに踏まれんのキモチよかったんだ?」

馬鹿にしたような、人の悪い笑み。本当に? という疑いの、冷たい眼差しと、自分が与えた快感に対する自信はにやり、と上がった口角に表れていた。装われた、大して興味もない、そういうニュアンスを含んだ語気。

「やっぱ、オレ、Mなのかも……お前のそういう顔、すっげえ好き」

照れたら負けである。ついでに褒められてはいない。そう判断する。
黒尾ははあ、と息をこぼしてから、ローションでぬめる足で立ち上がった。

「さっさとイケよ、手ぇ使っていいから」
「っていうと?」
「俺の足とお前の手でやりゃイケんだろ。それとも、なに。踏んだだけでイケんの?」
「まだオレにそこは早いかな〜」
「早漏だけどな」
「黒尾にだけは言われたくない」

死ね、とかかとが入った。木兎の腹に指先を置いて、足の重さを支えつつ、かかとをぐりぐりと先端に当てた。
勃起した陰茎に垂直に力をかけるというのは、かなり御法度に近い行為だとは分かっていたが、自分なら上手く力加減できるだろいうという自信と、いまの木兎は少しくらい痛い方が気持ちいだろうという自信とが、根拠もなにもなく黒尾の胸にはあった。

「ちょっとくらい痛い方が良かったりしねえ?」
「そっちの道は開きたくねえ……!!」

目をつむって、ふっ、と熱っぽい吐息を洩らす。言葉とは裏腹に痛みに「感じて」いるのは明白だった。面白い、自分でも頬が緩んだのは分かった。できると思ったことが事実、できた時ほど面白いことはない。

「もー少しいけんだろ、ほら」
「……っん、今度、ソフトSMもの買おう?」
「うわ、ヨユーかな、木兎クン?」

にやり、薄ら紅潮した顔に浮かべられる笑みは、楽しそうだ。お互いに許容範囲が広いのか、相性がいいのか、はたまたその両方か分からなかったが、楽しくて気持ちがいいタイミングが同じだった。だから、お前とのセックスは楽しい。黒尾は、絶対に口には出せない言葉を脳内で一度響かせてから、わずかにかかとにかける力を強めた。あっ、と甲高くも可愛げもない喘ぎを聞いて、自身の奥が疼いたのには知らんぷりを決め込んで、足裏を竿に沿わすように動かす。木兎の大きな手のひらが、黒尾の足も含めて包み込んで、しごく、というのには少々不格好に上下に動き始めた。

「先、さわって」
「りょーかい」

手を使ったことでやっと、絶頂目前まできていた木兎が言った。木兎の手の中から抜け出し、ローションが短く糸を引くのを見ながら、木兎の赤い先端、照明に濡れて光っているそこに親指をあてがい、ぐっと押し込んだ。とどめになるように。
ビュッ、と白いものが自分の影の中で飛び散り、足の甲に生温かいものがそれなりの重さを伴って付着した。

「ああ〜〜きもちよかった!」
「そりゃあようござんした。あとで、洗濯してきてね、コレ」

真下、つまり布団を指差す。はあい、と間延びした返事をしながらティッシュで拭った息子をパンツに仕舞った。
買った当時は、こんな風に汚れるとは考えてはなかったが、普通に生活するうちに、という想定で買った丸洗いできる布団。たまにシーツだけ洗濯すればいい、という状態を超えることがあった。(大半は、セックス中にそこらへんにあった缶の中にビールが残っていて、布団にぶちまけるなどという事故である。)シーツはあるのだが、三日に一日はかけられていない。面倒くさがったり、その前のセックスでどろどろになっていたりといくつかの理由があったが、昨日は疲れていたため、怠った。その結果がこれである。
この足をどうするか。なめさせてもいいかな、なんていう考えも一瞬、頭をよぎったが昨日、風呂にも入ってない足というのは、ナシだということになった。
黒尾が、そんなことを考えているうちに、木兎がその足を取り、丁寧にティッシュで自分が吐き出した精液もぬめるローションもふき取ってしまった。指の間までしっかり、とだ。小さな罪悪感が生まれた。

「悪かったな、もうちょい上手くやれると思ったんだけど」
「ん? やー、良かったぜ? このあと寝れないのキツいけど」
「はじめから畳で寝てたようなもんだろ」
「どろどろついでに、このまんまヤろうぜ」
「午後は寝かせろよ」

黒尾が汚れた布団を二つに折って、端に押しやり、木兎がカラーボックスの衣類が収まっている方からバスタオルを二枚ほど取りだした。それを敷いている木兎を見ながら、黒尾はジーンズを脱ぐ。

「木兎、ばんざーい」
「ばんざーい」

両手を勢いよくあげた木兎のTシャツを脱がせて、適当に放った。
と、同時に木兎は黒尾をバスタオルに押し倒し、Tシャツの裾から手を侵入させた。

「あ、そうだ」
「なんだよ」
「乳首開発してみねえ?」
「お前が?」
「黒尾が、あ、やっぱ、一緒にやる?」








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