少し健気な上司と健気な部下

 







あの人ならいつかやると思ってたよ。え、SE? ううん、経験からだけど?(三門市・Jさん)
これで少しくらいは懲りてくれるとオレとしては助かるんだがなぁ(三門市・Aさん)


放課後、教室にいたのは3人の生徒だった。ボーダー隊員の出水、米屋、三輪である。任務までの時間を教室で潰すことはしばしばあったが、その場に三輪がいることは珍しかった。
「なー、秀次?」
「なんだ」
単語帳をめくる三輪に米屋が尋ねた。三輪は一番後ろの席に座り、米屋はその前に席に座っていた。椅子の後ろ2本の足だけに体重をかけて、逆さまに三輪を見た。出水は、米屋の正面、椅子に後ろ向きに腰掛けゲームをやっていた。他に誰もいない教室に、固まって、しかも3人縦に並んでいる様は少し妙だった。
「今日の任務って終わるの何時だっけ?」
「任務自体は8時半だが、そのあとにミーティングをするから9時くらいだろうな」
「だってよー、出水」
ガタン、と椅子の足を鳴らして姿勢を戻す。どうして出水? という顔をした三輪だが、すぐに単語帳へ視線を移す。どうせ、どうでもいいことだろうと判断したのだ。
「ちょっと黙ってて」
背筋をぴんと伸ばして、タッチペンの上の方を掴み、二つ折になるゲーム機を最も開くところまで開いて机に置いていた出水の表情は真剣そのものだった。タッチペンのペン先液晶にを置いては、すっと持ち上げる。それを何度か繰り返したあとにひとつ息をついて、目の前の米屋を見た。
「わりい、なに?」
「狩りだ、狩り!! 今日こそ、ひと狩りしよーぜ」
「あー、今日? できるか分かんねえ」
「今日もレポートかよ」
「いや、太刀川さんの部屋に忘れ物しちゃって、取りにいかないといけなくてさぁ、たぶん、そのまんま泊まると思うんだよな」
お母さんは心配してねえのかよ、と思わなくもなかったが、太刀川の実績だけを見れば有能な上司に見えるだろうし、むしろ、安心でもしているだろうか。太刀川に接したことない人間には「ボーダーのA級1位、つまりめっちゃすごいひと」という認識しかないことはよく分かっている。実際に接してみれば分かる、あれはひとことで表現すれば軽度のクズだ。
「なら、しゃーないか。つか、なにやってんの?」
人としてどれだけダメであっても、戦闘においての技術とセンス、(本人にその気がなくとも)人を上手く使う能力がある(自分がしたようにするために人を動かした結果が、功績に繋がっただけなのは明白である)。それを毎日、目の前で見てきた出水が尊敬し憧れないはずがないのも分かっている。だから、太刀川に関することは「しゃーない」のだ。
小さく細いタッチペンをくるくると器用に弄ぶ出水の手元を覗き込む。
「美文字トレーニング」
「……楽しいのか?」
「リハビリしてんだよ! あの人のせいでな!!」
あー、やっちまった。米屋そう思った。出水の惚気スイッチがカチリと入る音が聞こえた気がした。通称、米屋的には地雷、が発動された瞬間であった。
「字が汚くなったんだっけ?」
これから話される内容が聞きたくもない友人とその上司の酷く中睦まじい様子であることは百は承知であったが、きちんとその方向に話を展開するのである。
「そうなんだよ、しかも太刀川さんの字が綺麗になってんだぜ? 許せねえ……」
「喜んでいいんじゃね? あのアラビア語みたいなのを、日本語にしたってやばくね? お前じゃなきゃできてねえと思うわ」
「それでオレが被害出るなら意味ないの! オレってあの人のなんなわけ?」
むきっー、という文字が出水の横に見えるんではなかというような、怒りっぷり。ちら、と後ろの三輪を見るが、表情ひとう変えずに単語帳を見ていた。三輪も巻き込んでやろうと思ったのだが、ガラスの壁が見えないようで見えていた。こっちにくるな、話しかけるな、邪魔するな、とその顔に書かれている。
「オレと近界民、どっちが大事なの?! とか言いそー! もう言っちゃってたりしねえ?? 平気?」
「近界民とオレがいないと死ぬって言われたけど、オレはそんなこと言わないわ! 近界民いてこその太刀川慶だっつーの」
「んん? あ、そう? つーか、太刀川さん、らしすぎるだろ」
出水が犬の如く太刀川を慕っていたはずだろう。それがまさか、出水の方がこんなにも冷静に太刀川の本質を捉えていたとは。しかも、太刀川の方が、出水を必要しているとは。全く、ややこしい上司と部下である。うちは、穏やかでいいなぁ、とぼんやり思った。米屋が勝手に太刀川隊を穏やかでないものに仕立て上げているだけだが。
「陽介、行くぞ。出水も適当なところで切上げろよ」
三輪が立ち上がり、かばんを背負った。単語帳は依然として、その片手に収まっていた。
慌てて米屋もかばんを掴んだ。出水はひらひらと手を振って、教室出ていくふたりを「いってらっしゃーい」と送り出した。


そして、次の日。
教室へ入ってきた米屋がおはよう、と言い切る間もなく、その胸ぐらを掴まれたまま連行された。
連行したのは出水であった。
リュックも下ろせていないというのに、何があったのか。
連れていかれた先は、廊下だ。連行という距離ではなかった。リュックを背負った背中を窓ガラスに押し付けられるような形となった。廊下を通る学生たちは、一瞬だけ「なんだ?」という視線を投げていくが、たとえ友達であってもなんでもなかったかのように過ぎていった。助けてくれ、とは言わないが、誰かが茶々を入れてくれることを願った。
「あのー、出水くん? 朝から情熱的すぎて米屋くん、ちょっとテンション追いつかないなー?」
「すごい自己嫌悪」
「……え、お前が?」
あの自信のかたまりのような天才肌の出水が? という意味が込められている。米屋のその言外の意味を感じたのか、自分で自分の性格を理解しているからか、まはたその両方か。
出水は、長いため息をこぼした後、米屋から腕を離した。
「自分が自己嫌悪に陥いるような人間だったこともショック……自己嫌悪連鎖やばい……ぷよぷよだったら良かったのに」
「最近、ぷよぷよやってねー! 唐突にやりたくなってきた」
「米屋、話を聞いてくれ」
「聞いてるよ」
「まず、結論は自己嫌悪やべえ。で、端的に説明すると、太刀川さんが部屋で女とヤってるところに遭遇してしまった……!!! ゆーしー?」
「あいしー」
なんて、答えはしたが、結論と説明が端的すぎて繋がらない。
出水は「何に」自己嫌悪しているのだろうか。いろいろと思いつきすぎるが、どうにも偏った主観が混じり過ぎていて正しいとは思えなかった。
ただ、具体例を羅列するならば、健全な童貞男子高校生の出水が本物の情事というものを初めて間近に見てしまって、色々と思うことがある、思っているうちに興味と現実との間で自己嫌悪。これはなかなか妥当だろう。次に、太刀川がそういうことをしていてショックを受けた。ショックを受けた理由がよく分からないが、それがさらにショックで、という自己嫌悪。ちなみに、これなら、太刀川が大人だということは分かっていたけど、そういうことをしているのを見て、大人って汚いな、という可能性が大きいと考えた。もうひとつは、上司を奪われた、という幼いやきもちか。
おまけは、その場面に直撃して太刀川への恋心が発覚したというものだが、さすがにないだろうと判断した。そして、そんなことを考えてしまった米屋自身も自己嫌悪しそうである。腐女子かよ、というツッコミが自身を鋭くえぐる。
「もうちょっと、具体的には?」
「あーその……いろいろあるんだけど、あのひともオトナだったんだなぁって。いや、上司だって知ってるよ、尊敬もしてるし、あのひとが女の人とよく遊んでるっつーのも知ってるけど、どっかで友達っていうか、同等? みたいに思ってるところがあったっぽくて、それが分かって落ち込むだろ。んで、友達っぽく感じてた太刀川さんが、がっつりヤってるの見ちまうじゃん、謎の置いてかれた感にはい、ショックダブル。しかも、なんか実際のセックス、微妙だった……一瞬しか見てねえけど。それもショックだし、そんなこと言いつつ抜けたオレをぶん殴りたいくらいだし……。極めつけは、深夜にまさかの太刀川さんからのフォローの電話あったことだな。完ペキにガキ扱いされてた……ぶっちゃけ、一番これが堪えたかも」
一気に喋り終えた出水。聞いている米屋も息つく暇もなかったほどだ。ぱちくり、ひとつ瞬いて、米屋は口を開いた。
「相手は? 美人だった?」
「でかかった」
「まじか……! で、今日の任務どうすんの?」
「それな」
ふたりの間に沈黙が流れた。出水が意味もなく窓を開けてみたりした。吹き込んできた風に目を細めた。そんな出水を横目に、どうしたらいいのだろうか、と思った。
「ひとことでまとめると、やきもち?」
バッと、勢い良く米屋を見た出水は目を見開いて、ぱくぱくと金魚みたいに口を開閉した。それだ!! と出水の表情が告げている。あまりにもピンときてしまって、声も出ない、と言ったところか。
「………………うわぁ、オレ、太刀川さん大好きかよ……おえぇぇ、きもちわる」
なんて情緒不安定なのだろう。出水は窓枠に手をかけて、その場にしゃがみこんでしまった。その表情は暗かった。
かける言葉が見つからない。
チャイムが鳴り、どうしていいか分からないまま、とりあえず出水の襟を引っ張って教室へ入ることにした。


さらに次の日。
太刀川は歩く良心とすら呼べる男、嵐山を捕まえて飲みに来ていた。(嵐山は未成年なので、酒は飲まないが、太刀川が飲まねえとやってられねえ、とごねたため仕方なく付いて来た)全国チェーンの居酒屋である。
すでにうっすらと頬を赤くし、結露したグラスに指ではなまるを書いている太刀川。相談がある、と言ったきり、どうでもいいような話をぐだぐだと続けている太刀川の様子に何が出てくるのかひやひやしていた。とはいえ、太刀川のことだ、ろくでもないことをしでかしたのだろう。そう思いながら、太刀川の半分ほどのペースでジュースとつまみを進めていた嵐山。ポケットの中の携帯電話が鳴り、出てみると迅からだった。
壁で仕切られた半個室のような一角を出ようとしたら、太刀川が気にするな、と制したので、そこで電話に応えることにした。
「もしもし、迅か? 何かあったか?」
『どこにいる? 太刀川さんも一緒だろ』
「ああ、そうだけど……駅の裏手の居酒屋」
『今から行く』
「お前が来たら、どうにかなると思っていいのか?」
なんだよ、迅かよー、とぼやいている太刀川を盗み見る。大方、未来視のサイドエフェクトで何かが見えたのだろう。わざわざ、赴くということは、今の太刀川が迅にとって面白いものであるということだろう。それ以外は考えられなかった。
『三人寄れば文殊の知恵ってやつだよ』
「まあいい、とりあえず待ってる」
迅が来るって、と告げる。太刀川は一度、渋い顔をしたがすぐに生ビールをのグラスを煽った。果たして、何杯目だっただろうか。太刀川はすぐ顔に出るだけで、決して弱いわけではない、むしろ強いくらいなので、その心配はなかった。どちらかといえば、財布の中身の方が心配だ。世間の大学生の中では異質なほどに高給取りであるくせに、財布の中身が空っぽということが頻繁にある男なのだ。
「迅に話すのは嫌だ」
「なんだよ、突然。じゃあ、今話してくれよ」
「ヤってるところを出水に見られた」
飲み干したグラスの間に突っ伏して言った。
嵐山は、もう一回、と言う。太刀川は一言一句違わずに繰り返した。
「どういうことだよ?! 健全な高校生になんてことをしてるんだ!! そんな趣味を持ってたなんて、俺は知らなかった……!」
「ちょっと待て!!? 見せた、じゃなくて見られたんだってば、話を聞け」
「どっちにしろ、太刀川さんに弁解の余地はないだろう?」
うっ、と言葉を詰まらせた太刀川。そこに迅がやってきた。
「あ、修羅場?」
「ちげえよ」
こんなにも早く来るとは。これは当たりを付けていたな、と太刀川と嵐山は思った。太刀川は迅を軽く睨みつけ、嵐山は荷物を奥にやり、迅を座らせた。
成人ひとりと未成年ふたりで居酒屋にいるというのはおかしな構図であったが、先輩、上司に連れられてこういう場にくることはよくあるので、ふたりとも違和感は抱いていなかった。
「で、なんで太刀川さんはそんなに落ち込んでるの?」
「出水に情事を見られたらしい」
「うっわ、最低……可愛い部下にそういうことするんだ」
肩を寄せ合い、ないよな、ないね、と囁き合うふたりにため息を付く。隊服を着ていたら、色違いか! と突っ込んでいたところだった。
「そういうことってなんだよ、不可抗力だろ……オレも被害者だ」
「いやいやいや、自分の部屋だろ? 鍵かけてなかったのか?」
「かけてなかった、けどフツー入ってくるか?……ん? あいつはいつも来るから、フツーか」
太刀川は首を傾げた。何かに気付けそうだった、がやはり分からない。喉に魚の小骨が引っかかっているようなもどかしい感じである。
迅が、注文をしつつ(つまみとジンジャーエール)、横から嵐山が追加(オレンジジュース)をした。
「出水にレポート書かせてるって本当だったんだ、忍田さんにバレたら殺されるね、確実に」
「その前に、迅、お前を殺す……!」
「ふたりとも物騒だな、全く。けど、太刀川さんは一度怒られてくるべきかもしれないな」
「怒られるじゃ済まねえから、その話はナシだ。分かったな、嵐山」
キリッと表情を作ると、嵐山もいい顔でああ! と頷いた。迅が隣で、苦笑いをしていたが、話を戻した。
「で、出水に見られて落ち込んで、それだけために呼んだの?」
「迅は呼んでない」
「まあまあ。俺に話して気持ちが軽くなるならそれでいいんじゃないか? それよりも出水は平気なのか?」
「電話して謝った」
「え、フォロー済みなの。らしくないじゃん、太刀川さん」
それぞれが飲み物を受け取り、迅が合流したということで、意味もない乾杯をした。
「なんかこう、あるんだよ……出水だったから、まずい何かがあんだよ……もう考えるのやめようかな」
「ちょっと待つんだ、太刀川さん。そういうのは諦めちゃ駄目だろ」
「松岡修造ぽい」
「黙れ、迅。太刀川さんは、どうして謝ったんだ?」
顎に手を当てて、うーんと唸った太刀川。あの時は、とにかく申し訳ないと思ったのと、罪悪感から早く謝って説明をせねばと思ったのだ。実際、見たままの通りであって、説明も何もなければ、お互いに不幸でしかなかったという結論に達したのだが。
「よくよく考えると、事故だったんだけど、なんか、その時は急がねえとって思ったんだよ」
「浮気現場見られた時の太刀川さんじゃん」
「あー、それ近いわ。つーか、なんでお前は見たことあるかのように喋んだよ。見たことねーだろ」
「結構前にSEで視たけど?」
「知らせろよ!! いつのだか知らねえけど、言えよ!!」
はっはっは、とわざとらしい笑い声をあげて、ジンジャーエールの強い炭酸に、わずかに眉を寄せた。
「まさか太刀川さんが、高校生に見せちゃったのがまずいって考えるはずもないし……だが、俺にそれしか思いつかないな」
申し訳なさそうに、項垂れた嵐山にまあ、お前じゃ仕方ないよな、という太刀川と迅の視線が向けられた。自分が軽くけなされていることに太刀川は気が付いていない。
「出水に嫌われると思ったんじゃないのか? なんだかんだ言って、出水の前ではかっこいいオトナでいたかったんだろう?」
「お前に言われるとむかつくな。でも、近いような気がする」
文句もたくさん言うし、果たして上司として認められているのかというような言動も多々あるが、それと同じくらいに出水は素直に、羨望と尊敬の眼差しを向けてくる。それに気が付いていたし、ここ数年は、その視線がこそばゆくも心地が良かった。他人からの評価など、気にはしない質だと思っていたが、出水だけは例外だと言うのか。
「まだすっきりしない?」
「あと一歩ってところまで来てる」
「太刀川さんにとって出水がなんなの分かればいいんじゃないか?」
「出水が、なんなのか? 部下だろ、うちの射者だろ、トリオン量多いやつで、割と気持ちいい戦い方するよな、ちょっとセコいのもオレは嫌いじゃない。背中を預けられるから、信用はしてるし、レポートもオレよりも全然上手いから、そういうところは尊敬してるな。あとはうるさい。いっつもギャーギャーなんか言ってるしな。オレのおやつ食うし、この間は勝手にもち食ってたな、あれは有り得なかった、あーもう分からん」
安っぽい着色料の緑が目に痛いチューハイなみなみ注がれたグラスを傾ける。一気に半分ほど飲み干したところで、迅が太刀川に何かを向けていた。
嵐山は随分とにこやかに微笑んでうんうん、と頷いている。対して、迅は神妙な表情だ。ただし、わずかに上がった口角が面白いと思っていることを隠し切れていなかったが。
「あんた、まだ酔ってないんだよな?」
「ああ、別に」
ぽちり。迅がボタンを押す。
『部下だろ、うちの射者だろ、トリオン量多いやつで、割と気持ちいい戦い方するよな、ちょっとセコいのもオレは嫌いじゃない。背中を預けられるから、信用はしてるし…………』
「さっきのオレが言ったことじゃ……え、まじでこんなこと言った?」
「ああ、言った」
にやにやと迅がリピートボタンを押し続けるのを、うわぁー! と押さえにかかった。
「太刀川さんは、出水ことを本当に可愛がってるんだな!」
にっこりと嵐山が太刀川トドメを刺した。
酔っていないことは、誰よりも自分がよく分かっていた。酒が回って、口の回転もよくなっているのは事実だったが、今言ったことも確かに事実だった。が、しかし、それをはっきりと言う自分ではないはずだった。たまに思うことがあっても、滅多に口には出さない。恥ずかしいとか、そういうことではなく面倒くさいからだ。あとは、出水を迂闊に喜ばせるのが嫌だった。
「出水を喜ばせる……?」
「ん? ああ、出水が聞いたら照れて真っ赤になるんじゃないか?」
「お、太刀川さん。なんか分かったのか?」
「お前には言いたくない」
「そればっかりだな、じゃあ俺にだけ教えてくれ」
「絶対に、迅に言うだろ。嫌だ」
「嵐山よりも俺の方が役に立つだろ? こういうことならね」
つまみの唐揚げを口に放りつつ、迅が嵐山に笑いかける。その笑みに同じように笑みで応えてから、そうだぞ、と嵐山は真面目なトーンで太刀川を促した。
「こうやって思ってること言ったら、出水が喜ぶだろ。それが嫌だったっぽいんだが、やっぱり理由が分からん……」
そろそろ考え過ぎてオーバーヒートを起こしそうだった。しかも、こんな答えのないようなことを考えるのは面倒くさい。なにも白黒つけなくてもいいじゃないか、と脳の片隅から聞こえてくる。しかし、白黒つけたくて嵐山を誘ったのはほかならぬ自分だった。
「佐鳥から聞くには、出水は褒められて伸びるタイプのようだから、もっと褒めてやればいいのに」
「だから……なのかは微妙だけど、嫌だったんだろ。話聞いてんのか、嵐山」
あっけらかんと言う嵐山の口に自分が食べようとしていたイカリングを詰め込んだ。
「太刀川さん、あんた、出水のことすごい気に入ってるんだよな?」
「……ああ、そうなるな」
「褒めて、強くなった出水が自立するのが怖い、とか……?」
「え、オレってそこまで出水のこと気に入ってんの? あいつとずーっと一緒に戦いたいの?? んなわけねーだろ」
「でも、出水に尊敬されていたいんだろ? できる上司として」
「もう考えるのは辞めだ。模擬戦しようぜ、本部へ戻ろう!」
嵐山はもぐもぐとイカリングの咀嚼に忙しいなか、首を横に振った。迅もやれやれとため息をついた。
「今日は? 任務の時、どうしたんだ」
「いつもどおりだったな。謝っといてよかったって思った」
「出水の方には変化なし、か。あ、今の時間なら風間さんいるよ。俺も嵐山ももう帰るよ。未成年だしね」
ふたりの未成年を駅まで送り、太刀川はボーダー本部に戻ることにした。得すぎた情報をどこかへ追っ払うべく、体を動かしたかった。風間がいるという迅の言葉を胸に(風間がいなくとも誰かしらいるだろうとも思っている)、騒がしい街から閑散とした住宅街へと歩を進めた。


太刀川が嵐山、迅と居酒屋で飲んでいる頃、出水と米屋はひと狩りしていた。出水の部屋で、である。
出水の任務が終わるまで、適当な人間引っ掛けて模擬戦やっていた米屋と共に帰宅。流れで「うち泊まっていけよ」ということになり、今に至る。米屋に、息子が上司のところにばかり行っていて寂しかった、と素直に言った出水の母。米屋はオレも寂しかったと半ば嘘でもないようなことを返した。
ちなみに出水は盛大に照れていた。
出水の母の手料理をおいしく頂き、ふたりは出水の部屋で転がってゲーム機を突き合わせてはいたが、ゲームは選択画面まま進められてはいなかった。
「普通に任務はこなせたんだろ? あとはもう、お前自身が吹っ切れるしかねえじゃん」
「分かってるよ、んなこと。結構、成長したと思うんだけどなぁ……」
「いやー、もうそれは歳の問題じゃね?」
「うーん、オレが太刀川さんから一本でも取れりゃ話は別なんだよな」
「狙うは風間さんポジか。目標たっけーな、おい」
ゲーム機をベッドの上に置いて、床をごろごろと左右に転がる出水を米屋不思議なものでも見るような目で見た。
「風間さんに弟子入りするか?!」
「お前に風間隊は無理だろ」
「だよなー、うちのゆるさヤベーもん」
「じゃあ、迅さんは?」
「あのひと、捕まんないじゃん」
米屋はゲーム機の電源を落とした。
「あと、そんなことしたら、もっと三輪に嫌われそう」
「秀次、別にお前のこと嫌ってねえって。興味無いだけだな、ありゃ」
「嫌いよりも無関心の方が傷付くわ。明日、模擬戦な」
立ち上がり、押入れから布団を出した。それを米屋投げつける。米屋は米屋で、床に置いてあった荷物を端に寄せていたため、後頭部に布団が直撃した。わりい、と出水が謝ったが、その出水飛びかかり、まだ畳まれたままの布団の上でサソリ固め食らわした。
「久しぶりにやる気スイッチ入った?」
ギブギブっ! と叫んだ出水を解放した。ふたりで布団の端を持ち、シーツを被せていく。
「太刀川さんがヤってるところ見て、やる気スイッチ入るって、上手いこと言うな」
「そんなつもりはなかったけどな!! つーかそれ、太刀川さん見てヤる気になったみたいで、出水アウトーー!!」
親指を立てて、ドヤ顔を決める。
「きもいこと言うな、寝ろっ!」
押入れに残っていた枕を出水が投げつけたのに始まり、ふたりの枕投げは白熱していった。気が付いたら、枕はふたつになり、出水の母親が「うるさい! 寝なさい!!」と言いに来るまで続いたのだった。

翌朝、あるブースの中でこんこんと眠る太刀川が発見される。その額にはマジックで「先に帰る」と書かれていた。









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