忘れてもいいのは年だけ

 








「今年はなんのピザ食べる?」
国近が椅子のキャスターを回して振り返る。手元の小型ゲーム機から目線を上げずに言った。
「もうそんな季節っすか。早いなぁ」
「ああ、忘年会か……。酒は禁止なんだよなぁ」
「自業自得っすけどね」
ここは太刀川隊の作戦室である。一通りのシミュレーションその他を終え、防衛任務までの暇潰し中であった。深夜の任務のため、模擬戦に付き合ってくれる隊員もおらず、各々がぼうっとしているわけである。
「太刀川サンタは、今年の予算はいくらくらいの予定っすか?」
「なんで、毎年恒例みたいな扱いにしてんだよ。やだよ、今年は出水がサンタやれ」
「うっわ、うっわ。ないわー、夢見る男子高校生にそういうこと言わないでくださいよ」
「どこに夢見る要素あった」
「まず高校生にたかろうとする考えが間違ってるから。柚宇さんも思うでしょ?」
「柚宇ね、欲しいソフトが2本あるんだけど〜」
穏やかな声とは裏腹に、親指人差し指は高速でボタンの上を滑るように動いている。音は消してある分、よけいにボタンを押すカカカカッという音が際立つ。出水も太刀川もいつゲーム機が壊れるんじゃないかと心配でならなかった。太刀川は一切、ゲーム類やらないが(麻雀やボードゲームは別である)出水はたまに米屋とモンスターを狩りに行ったりする。しかし国近ほどの激しい指遣いをしたことはなく(したくてもできない)、ゲーム機の限界というのは予想以上に遠いのだと知った。
「あ、オレはね。新しいサイフが欲しいんすけど、あ、唯我は作戦室にトイレ欲しいって言ってましたー」
「それは俺に言ってもムダだろ」
「いっそ、現金支給はどうすか? 今年のポチ袋まだ余ってますよね? ああ、来年も使うからダメか」
「お年玉もらう気満々かよ。城戸さんからもらってきなさい。ああ、忍田さんもくれるよ」
「太刀川さん、もう大学生なのにまだ忍田さんからお年玉もらうんすか?」
「ううん、太刀川さんはクリスマスプレゼントも忍田さんにねだるんだよ」
「……へえ」
「出水? いや、誤解だから。ちょっと飯くらいおごってもらおうかなってさ! クリスマス寂しいもの同士だし!」
太刀川に侮蔑の視線を投げている出水。あわあわと両手を使って見るからに言い訳をする太刀川は暴露をした国近に険しい表情を向けた。しかし、国近の視界には画面しか映らない。
「唯我がアボカドのピザ食いたいって。オレはカニの食べたいっす」
「りょーかい、頼んどくね。ジュースとかお菓子は任せるよ」
「うーっす」
「……唯我にトイレはムリだって言っとけよ」
「あ、太刀川サンタ決定? 太刀川さん大好き!!」
出水はトランプタワーを作っていた太刀川に横から抱きついた。トランプタワーはあっさりと音もなく崩壊する。
「コレ終わったら、柚宇も大好きやるから、太刀川さん、ちょっと待ってて」
「……やらなくていいよ。おい、出水」
「すみません、えーと二段目までっすよね?」
ちょっと待っててください、と簡単にトランプを組み立ててしまう。太刀川は出水の意外な特技を見た。どこもかしこも文句を言いたいことばかりなのに、何から言っていいか分からず太刀川はため息をついた。

いつもの作戦室のいたるところがキラキラと照明を反射させていた。壁にはリボンやらモールやらが乱雑に飾り付けられていた。ちなみに毎年、同じものを使いまわしている。
「こっちはいいぞ」
「飲み物おっけー?」
「ポテチ盛り終わったす」
テーブルの上にはコップや皿が並べられ、中央にはピザと2Lペットボトルが何本かあった。
ソファーから立ち上がり、手に持ったコップを掲げる。
「今年もお疲れ様でしたー、かんぱい」
「「「かんぱーい!!」」」
太刀川の声に合わせて、プラスチックのコップがコツンと各々の間で鳴った。
「……すみません、俺、ちょっとトイレに」
「お、唯我またトイレか。ピザなくなる前には帰ってこいよ!」
出水に送り出されて、唯我が部屋を出ていった。
「柚宇さん、成績はどんな感じでしたー?」
「うーん? 普通に4とか5とかばっか」
「情報は10でしょ?」
炭酸飲料を紙コップに注ぎながら、国近は微妙な表情で出水を見た。出水は学ランの内ポケットから、一枚の紙を出した。国近が覗くと案の定、それは成績表だった。
「ひょえー、8ばっか。悪くないけど、あとちょっと」
「それは言っちゃダメなんすよ」
「先生受けいいよね」
「身も蓋もねーこと言う。ま、それで稼いでるんですケドね」
ちらっと、太刀川を窺う。
「実際、頭悪いわけでもないんだもんね、出水は」
じっとりと、太刀川を窺う。
「どうしてこっちを見るんだ」
太刀川はひとり、シャンメリーを注いでは飲み干しを繰り返していた。使っているのは、この部屋に常駐しているマグカップである。白い地に紺の縦線が数本入ったシンプルなデザインのものである。出水、国近、唯我からのいつぞやの誕生日プレゼントだ。他3人の使っているマグカップも誕生日プレゼントだったりする。誕生日プレゼントが全てマグカップだった年があったのだ。
「なんか、太刀川さん寂しい」
「全体的に哀れ」
「なんだよ、お前らだって一緒だろ。クリスマス、一緒に過ごすやつもいないのか」
ビンの狭い口をのぞき込んでから、太刀川はシャンメリーをラッパ飲みした。もう一本空けてしまったのか、国近は少し呆れながら冷蔵庫に手を掛ける。
「クラスのやつらとは、もう一昨日にクリスマス会したんで」
「柚宇も一昨日だったよ、奇遇だね」
「寂しいのは太刀川さんだけ、ですね」
だけ、という部分を強調しつつ、出水が申し訳なさそうに目を伏せる。しかし、その口にはポテトチップスが2枚、くちばしのようにくわえられている。そんな出水を見て、そそくさと国近もポテトチップスをくちびるで挟む。
くちびるを突き出して、つまり、「う」の口をして笑い合っている高校生ふたり。若いなぁ、可愛いなぁ、と甲斐性はないのに、親戚のおじさんの気持ちを味わう太刀川だった。
「お前ら俺のこと舐めすぎ。太刀川さん、泣いちゃうんだから」
「世間のクリスマスオーラにあてられちゃいました?」
出水が2枚のポテトチップスを差し出した。口を軽く開けると、出水と国近と同じ状態にされる。
「はははっ、太刀川さん、めちゃくちゃ似合う!!! やばっ!! ねっ、柚宇さん、コレさくっつけられないかな」
文字通り腹を抱えた出水。国近も出水ほどではないが、十分に爆笑と表現できるほどに笑っている。
シャンメリーを抱え、無表情でポテトチップスくわえているのが、なんともいえない程に様になっていた。いかにも、『さびしいクリぼっちの成人男性』を体現している。最も、ひとりでそんなクリスマスをする人間がいるとは思えないが。そして、太刀川はひとりでクリスマスを祝っているわけではない。
「あははっ……!! 太刀川さん、ソレ、おもちより似合ってるからっ……! いますぐやる。ちょっと待ってて」
国近の突然の仕事モードに、出水の笑いも少しづつ落ち着き始めた。国近はデスクへ移り、キーボードを叩き始める。もしかして、次にトリガーを起動した時には自分の口にポテトチップスが装備されているのだろうか。太刀川は今までにない不安感じた。
出水は、あっ、と声をあげた後にズボンの後ろのポケットから携帯電話を出した。
「太刀川さん、こっち向いて」
「なんだよ」
ぱしゃっ、というシャッター音。目の前にはキス待ち顔(ポテトチップス付き)の出水。
「見て見て!! ちゅーできた!! 米屋に送り付ける」
携帯電話の画面を見せられ、思わずポテトチップスを口の中へ取り込んだ。口の中で割れたポテトチップスの一片が口内に刺さる。
「米屋困るだろ」
「大丈夫すよ。三輪隊、いま、任務中だから」
「それはそれで……」
なんだか可哀想だな、という気もしなくもなかった。三輪隊は全員が高校生だというのに(月見にクリスマスという概念はなとい決めつけている太刀川だった)、任務が終わってみれば同級生が騒いでいる写真を送り付けられて寂しくないだろうか。いや、寂しいだろう(反語)。
「ちょっと出てくる」
太刀川は部屋の入口付近に乱雑に置かれた紙袋を掴んだ。
「トイレっすか?」
「メタモルフォーゼしてくんだよ」
「了解っす」
片手でピザを頬張りながら、もう片方で敬礼して見せる。国近も、いってらっしゃい、と声をかけた。
数分後、ドアを開けて入ってきたのは、真っ赤なサンタ服に身を包んだ太刀川だった。いつものヒゲ面に、さらに上から白いもふもふのヒゲを付けており、出水が「ひげオンひげだっ!!!」と涙を流すほど笑っていた。クリスマスモードでテンションが上がりきっているのである。
「はっぴーめりーくりすますー。サンタ敬え」
「ハッピーとメリーってイミかぶってません?」
そう言った出水の頭に薄い箱の角が刺さった。かなり痛かったが、感謝を込めて、文句を言うのは辞めておいた。太刀川は国近にきれいにラッピングされた(と言っても包装紙はトイザ〇らスである)ゲームソフトを渡して、定位置に座った。
相変わらずマグカップにシャンメリーを注いでいた。ビール飲みてえというぼやきは、包装を剥がした出水の歓声により消された。
「うっわ、まじか!!! オレが欲しいって言ったやつの高いやつじゃん!? あー、うれしすぎて泣く〜〜。どーしよ、太刀川さん、好きっす!! うわ〜尊敬してます、ううっ」
途中から嗚咽まじりになり、太刀川に抱きついて、ヒゲに額をぐりぐりと押し付けている。うえーん、すきー、と馬鹿みたいに繰り返している部下は、超絶可愛かった。
太刀川は、よしよし、と出水の背を撫でて、お金の力のすごさを痛感していた。援助交際がはやるのも納得だった。
「太刀川さん、ありがとう……」
静かに近付いてきた、国近。そっと太刀川に抱き着き、
「あたしも大好き〜〜太刀川さん、うわーん!」
と、突然、テンションをマックスまで引き上げ、出水と同じようにヒゲにぐりぐり攻撃を始めた。左右からぐりぐりと額を押し付けられて、そろそろ顎が痛くなってきたが、もふもふのヒゲのおかげでもう少しは耐えられそうだった。
ひと通り、感動の波が引いたらしく、ようやっと離れた高校生ふたり。
「あ、オレ、着替えてくるわ」
「え、もう行っちゃうの?柚宇、もう少しもふりたかった」
「どうせ、来年もきてくれるんだからいーじゃないすか、ね?」
「そだねー」
来年は国近も大学生になるはずだが、太刀川が最年長という事実は覆らないので、諦めることにした。
このまま、唯我がたまにトイレから帰ってきて、四人で飲み食いを続けて、最終的には唯我にアボカドのピザを箱ごと託した。唯我はトイレでアボカドのピザ堪能することができたらしい。
赤は落ち着かない、黒がいいと、いつも通りの黒づくめに戻った太刀川には、高校生3人(この時も唯我はトイレであったが)から、クリスマスプレゼントということで、それなりに値の張りそうな黒い革の手袋が贈られた。
「こんな洒落たの、太刀川さんじゃ活かせないかなーとも思ったんすけど」
「太刀川さんは、きりっとし黙ってればかっこいいから平気かなって」
「「ねー」」
と、仲良く微笑み合うふたりをまとめて抱きしめた。
太刀川が、歳を感じた瞬間だった。大人になったもんだなぁ、としみじみと感じたのであった。



「あれ、太刀川さん、サンタ服はどうしたの?」
「廊下で着替えてたら、城戸司令にあってな……」

任務から戻って、帰ろうとしていた三輪隊に、至って真面目は表情をしていながらサンタ服という、城戸司令から焼肉の割引券が贈られた。感激した三輪は涙を流し、奈良坂に城戸とのツーショットを撮らせ、月見が一番はじめ、次に米屋の腹筋崩壊し、翌日に筋肉痛を起こさせるほどの爆笑地獄に追いやり、奈良坂と小寺は反応に困るあまり、頭痛を引き起こしたという……。 (米屋談)







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