[こちらはネタ、シチュエーションなど書き殴りを捨て置く場所です。大体、リサイクルされます。CP名は一応、表記しますがその他の表記は特にしないのでお気を付けください。基本、黒バスになるとは思いますがジャンルはバラバラです。]


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2015.9.19.sat.08.26






[宮地パパと息子テツヤと甥っこ緑間の日常]の過去パラレル

宮地(23)
緑間(16)
高尾(15)

恋をしたのは年上で社会人でOBで相棒の伯父さんだった。しかも、既婚者。OBなんて、鬱陶しいだけだろうが、とまた練習に来て欲しいとせがんだオレに面倒くせえなんてぼやきつつもちょっと嬉しそうに笑っていた。その顔が忘れられなかった。
 相棒ほどは大きくなかったけれど、それでも、190越えというのはやっぱり大きくて、はっきり言ってオレから見れば二人の身長差なんてあってないようなものなのだけど、彼は相棒に身長が越されてしまったことが悔しくて仕方がないらしく、身長の話をすると物騒な言葉を投げつけてくる。それを知っていて話を振るやつはオレくらいしかいないようなことを言われて、どうしようもなく嬉しかった。本当は、上手く話が繋げられない時は無理矢理に身長の話を持ち出して。それくらいしか、手段がなかったっていうだけなのだけど。

彼がうちの学校に訪ねてきたのは久しぶりのことらしくて、監督のテンションがほんの少し高かった。はたから見ればなにも変わっていないだろうけど、練習メニューが少しきつくなった、つまり、機嫌がいいか悪いかのどちらかだ。怒っていようが機嫌が良かろうがメニューが増えるなんて理不尽だが、理不尽に怒ることはない。ただ、今回みたいに嬉しくてメニューを増やされていては堪らない。相当、機嫌がいいときにしかそんなことはしてこないが。監督にとって、大事な教え子だということなのだろう。
話によると彼は23歳。社会人だという。そこまで年が離れてしまえば、知っている後輩もいないだろうに、なぜ来たのだろうか。練習中、部員たちはちらちらと、仲良さげに話すそのOBの彼と監督が気になっているようだった。オレも同じで、相棒(本人の了承はまだ得られていない)である緑間になんとはなしに聞いたのがはじまりだった。真ちゃんとあの人、どっちが背高いかな、と。 
「オレの方が4pも高いのだよ。清志さんの身長なんてとっくのとうに越しているのだよ」
え、あれ。なんかムキになってる? どうして? というか、キヨシさんって言うの? 突然、どうしたんだよ、緑間……なんて思っていたらOBの彼は、監督に待ってて下さい、というようなジェスチャーをしてから爽やかな笑顔でこちらへ歩いてきた。ドヤ顔で待ち受けている緑間と笑顔で近付いていてくるOBさんの間を視線をさまよわせるしかなく、やっと目があった中谷監督は口ぱくで「放っておけ」と伝えてきた。
「真太郎?なんで今、ケンカ売ってたの?意味ないよね、それ?轢かれたいの??」
「オレは事実を言ったまでですけど?」
「あーはいはい。こういう時くらい大人しくしてろって言ってんだよ。俺のことなんてシカトしとけ、轢く」
 険悪な雰囲気が漂ったのも一瞬で、やれやれと息をつきながら緑間の頭を軽くはたいた。そして、苦笑いでバカだなぁとOBさんが呟き、オレに視線を降ろす。相変わらずどうしていいのか全く分からなくて、きょとんと彼を見上げていた。色素が薄くてふわふわしている髪と身長の割に童顔ぽくて、その原因は大きめの明るい色のひとみのせいだと気付く。二階のカーテンの隙間から漏れてきた光に一層、その色を淡く見せていた。眩しそうに目を細められた琥珀色の瞳。軽くひそめられた眉。うわぁ、かっこいいな。口にだしそうになって慌てて言葉を飲み込む。オレにはあんまりテレビには出ないけれど、好きな俳優さんがいるのだが、その俳優と彼はどことなく雰囲気が似ていた。
 「おま……君が高尾?」
「うぇ?!あ!はいっす、高尾です」
「いつも、真太郎のことありがとな。こいつ意味分かんないだろ。つーか、変人だろ。お疲れ様」 
ぽんと、オレの肩に手を置いた。とにかく何か言わなくてはと思い、そんなことないっす、とこくこく頷くことしかできなかった。
なんつーの、電波? なんて言いながら、頭の上に人差し指を角のようにした。びびびとなぞの声をあげて緑間にその指を向ける。なんだこの大人。というか、真ちゃんの知り合いなの?誰なのよ。うちのOB?知ってる。それは知ってるけどさ。怖いよ。はっきり言って怖い!高身長にはもう慣れているけど、さっき緑間(緑間に本気で睨まれるのも結構怖い。身長的なものを抜いてもあの見下すような冷たい目が容赦なく心に刺さってくる)と睨み合っている姿がなかなか離れなくて、怖い人という印象がばっちりとついてしまった。笑顔すら怖い。むしろ、笑顔怖い。だって、この人、社会人さん。オレたちつい数ヶ月前まで中坊だよ?ねえ!!
「あ、悪い。怖かったか。俺は、真太郎の親戚の宮地清志だ。ここのOBでさ」
「突然、猫かぶって気持ち悪いのだよ」
「うっせ。てめえのせいで怖がられたんだろうが!!せっかく、お前みたいな変人と友達になってくれた子がいたって姉ちゃんから聞いたからあいさつしにきたんだぞ!」
「それはご苦労様です。俺は頼んだ覚えはないんですけどね、『清志おじさん』」
「んで、高尾くんだっけ、ほんと、こんなやつの相手してくれてさんきゅな」
あ、はいっす。好きでやってるんで、えーと、大丈夫です。さっきからこんな受け答えしかできていない。オレのコミュ力はどこへ隠れてしまったんだ。
緑間の親戚というなら、納得できる部分もあった。しかし、あんまり似ていないなとは思った。緑間は髪の毛どう見たってストレートだし、どちらかと言えば重い髪質っぽい。(この間、おんぶしてもらった時に撫でた。怒られた)頭上で繰り広げられる言い合いは長い時間を感じさせるものがあった。緑間がいつになく子供っぽいことを言い、それに応えるOBの彼、宮地さんはちらちらと片面のコートで3on3をしている先輩の様子を見ていた。OBっていうのはもちろん、秀徳の、という意味ではなく、バスケ部のということだろうから、宮地さんもバスケをしていたのだろう。ポジションはどこだったんあだろうか。体格いいけど細い感じがあるし、センターという雰囲気はない。緑間みたいにシューティングガードだったりするのだろうか。まあ、見た目だけでポジションが判断できてしまうほど単純なものではないので、深く考えはしない。
「おじさん、バスケしましょうよ。せっかくなんで」
「次、おじさんって言ったら姉ちゃんにお前のエロ本隠してる場所教えるから」
「……清志さん」
「よし」
緑間は持っていたボールを宮地さんに預け、監督のもとへ走った。監督も老けたなーとボールを指先でしゅるしゅると音を立てて回していた。コミュ力が高いとよく評されるオレだが、なんでか、今日ばかりはなんの話題も浮かんでこなかった。カーテンが風に揺れる度に光が宮地さんに当たっていた。はじめのうちは右に左に、ちょっとずれてみたりしていたのだけど、もう諦めたのか、たまに差し込んでくる強く細い光にぎゅっと険しい表情をするのだった。なにやら、監督と話し込んでいて、オレはぼーっとしていた。宮地さんをぼーっとガン見していた。
「どうかしたか?」
「っ?!なんでもないっす!!そ、そういえば!宮地さんはどこだったんすか?」
「ん、オレ? 俺はSFだよ。お前はPGだっけ?
「え、なんで知ってるんすか?」
緑間が母親に話したことがあったらしく、緑間の母親の弟である宮地さんにその話が伝わったらしい。さっきの『清志おじさん』とはそういうことか。緑間は何を話したんだろうか。緑間のお母さんとは何度か話したこともある。それ以前に毎日、あんなもの引いて迎えに行っていれば覚えられもするだろう。言われてみれば宮地さんとは似ていて、身長も170は越えていたと思う。緑間はお父さん似なのだろうか。身長的に考えれば、お母さん似であると思われる。これは今度、緑間のお父さんに会うしかないな。
「清志さーん、高尾ー。おーけーなのだよー」
体育館の逆端から、呼ばれた。監督と緑間が無表情で腕で大きな丸を作っていた。その様子に思わず吹きそうになったが、隣で宮地さんが笑っていいのか、怒ったらいいの分からないという複雑な顔をしていて、それを見たらなんだか引っ込んでしまった。と、思ったが、やっぱりオレに笑いを堪えるなんてことはできなくて。
「ぶふふぉ、真ちゃん…………!監督まで、な、にやってんすか……!」
「…………アレ、そんな面白いか?」
腹を抱えて、過呼吸気味になったオレ。いつもどおりなのはオレや先輩にとってだけであって、宮地さんにとってはそうではなく、大層驚いた表情で問われてしまう。
「……そいつ、すごいツボ浅いんですよ」
過呼吸を引き摺りながら、先輩のフォローにうんうん、と頷く。ひとしきり笑い終わった頃には、緑間、宮地さん、オレ対先輩(現レギュラー)で3on3することになっていた。先輩たちは微妙な顔をしていて、それはオレと緑間が同じチームであるせいなのだろう。監督、ずるいっすよ〜と先輩の一人が言うと、隣で宮地さんはだるそうに
「そんなことねーと思うんだけどな」
と漏らした。
どういう意味なのだろうか。多分、ОBが入ることにずるいなどと先輩たちが言っている訳ではないことにこの人は気付いている。
「宮地は膝を故障している。あまり良くない言い方だが、いいハンデになるだろう」
苦い顔をした監督。それに対して緑間はにやりと不敵に笑って見せて、その緑間を宮地さんはまたぽかりと殴り、お手柔らかにな〜と先輩たちに少し困ったように微笑んでいた。緑間の表情を見たら、なんの問題もないことが分かる。

結果から言えば、オレたちは圧勝した。先輩たちは監督を恨めしそうに見ている。監督は何も言わないが、少し誇らしそうだった。先輩たちはオレと緑間のプレイスタイルなんて分かっているから、とにかく、緑間にボールを回させないことに重点を置いていたようで、特にオレのパスには気を遣っていた。しかし、それも無駄なくらい、宮地さんはぽんぽんと緑間にボールを回すし、軽々とシュートも決めていた。脚を痛めているとは思えないくらい、先輩たちやオレたち現役高校生と変わらない動きをしていた。自分でもゴールできるだろうって時にもほとんど、オレか緑間にボールを回してくれた(先輩たちには、それも「余裕だから」としか映らなかったようだった)。どうしても、自分で決めなきゃいけないような時だけ、レイアップで決めていた。あまりジャンプをしない姿を見て、やっと、ああ、本当に膝を痛めているんだな、と分かるくらいには自然にプレイをしていたので、先輩たちはそれに気付いていないだろう。どこが故障だよ……という宮地さんの脚に視線を送っている。
「真太郎……お前、ほんと変人だな。轢きたいわ、まじで」
「突然なんなのだよ!! 勝ったんだからいいじゃないですか」
「いや、あれはないだろ。うん、あれはない。センターラインよりも後ろから撃っただろ?!」
あ、そのこと知らなかったんだ。どおりで、はじめは手前の方にボール集めていたわけだ。すぐに、センターライン付近でも緑間に回していたからてっきり知ってはいるのだと思っていた。なかなか気付けるものだと思えないのだが(常識的に考えておかしいからね)、それに気付けたのは緑間とバスケをしてきたからなのか、適応力が高いのか。
「そんなこと聞いてねえよ……普通にスリーポイントラインにボール回しちゃったじゃん。なんか、お前ら随分、さがってんなぁとか思っちゃったじゃんかよ」
「そういえば、言ってなかったのだよ」
「え、真ちゃんってずっと昔からその変な3P撃ってたんじゃないの?小学生の時とか」
「お前は馬鹿なのか?」
「むしろ、俺はいつからそんなシュート撃てるようになったのか聞きたいんだけど?」
この間会ったときはそんなもの撃ってなかったよな?隠してただろ?なあ、おい!! と緑間の肩を掴んでがっしがっしと揺さぶる。
「宮地、うるさい。大人げない」
監督にひと睨みされ、宮地さんは反射的に、と言えるほどにすばやく姿勢を正したい。けれど、どこか不満そうな顔をして、
「……すみません」
と謝るのだった。


 





2015.8.12.wed.16.44.




及影は『I love you』を『深海で息をする』と、訳しました。 http://shindanmaker.com/324271


自分が溺れていくのが手に取るように分かった。
ほんの少し潜ろうと思っただけなのに、体は思いのほか重くてコントロールなど効かなくて、あっという間に周りは陽の光も届かない海の底。
体内に残った僅かな酸素を少しずつ吐く。ゆっくりと体内から絞り出される泡と一緒に体を締め付けられるような感覚が襲った。
もう、間に合わない。

及川は、隣で爆睡している後輩の背中を見た。白い背中は滑らかで、骨の凹凸が艶やかな影を作っている。中央のなだらかなくぼみに人差し指を這わせると、ぴくり、と肩が動いた。
規則正しい寝息に加えて、鼻でも詰まっているのかぴーぴーと間抜けな音を立てて眠っている。その表情は見えないけれど、穏やかなのだろう。あちこち痛む体を癒そうとしてなのか、それ以外に一切のエネルギーを使わないように深く眠り込む。いつもそうだった。
眉を寄せて、唇尖らせて。いかにも「嫌々です」という顔をして、突然、押し入ってきては自分ばかり言いたい放題ぶちまける。大人しく聞いてやっていれば、今までのわがまま王様っぷりはどうしたのか、色っぽく迫ってくる。いや、色っぽいなどと捉えてしまうのは自分だけかもしれない。
及川は数時間前を思い返して苦笑を漏らす。
愚痴の延長。ただ、自分にだけ弱音を零す後輩の寂しそうな困り顔が自分には酷く艷めかしく見えるのだ。
ずっと、ずっと昔、この後輩と出会って間もない頃から。
後輩の少ないボキャブラリーに笑い、馬鹿にして、一度は怒るくせにバレー以外であればすぐに引っ込んでしまう。
及川さんなら仕方ない、とたびたび漏らすその声を聞くたびに、のどの奥が閉まって苦しくなる。からだの内側から圧迫され、外からも圧力がかかる。どうしていいのか分からない鈍痛がどこかを襲う。気付かぬ間にどろっとしていながら透き通った何かの中に沈み込んでいたのかもしれない。
心か、脳か。どこか分からないが、水圧に負けて弾ける日は近そうだ。






2015.7.5.sun.02.50




溶けた。【まこはる】





2015. 3.15.sun.21.41





【宮福】

ほい、と差し出された手のひら。よく分からないまま、同じようにほい、と手のひらを重ねた。
「いや、お手じゃない」
「いやいやいや、こっちもお手じゃない」
なんだ、手を繋ぎたいのかと思ったのに違ったのか。
「うー、さみ」
グレーのマフラーに顔を半分、埋めた。目を細め、周囲を見渡してから福井は俺の手を握った。
やっぱり、手を繋ぎたかったんじゃないか。
「ところで、宮地くんや、今日は何の日だね」
「ホワイトデーだろ」
「分かってんなら、寄越せよ」
足元から吹き登ってきた冷たい風に俺も上着のえりに首を引っ込めた。
福井がぎゅ、と手を握る力を強めた。と、思えばその手を引っ張って、自分の側に俺を引き寄せた。わずかにたたらを踏んでしまった俺は、福井を睨む。
「チャリ」
「……悪い」
福井の言った通り、自転車が俺たちの横を抜けていった。
「今のオレ、彼氏っぽかったわ〜」
「あー、少女漫画的なアレね」
「そうそう、で、ホワイトデー」
もう一度、じっと睨み付ける。見上げるように、福井も睨み返してくきた。
睨み合いながら、歩いたところで崩れることのない歩調に、なんだか時間とそれに伴う慣れを感じつつ、歩いていく。
行き慣れた、マンションから一番近いコンビニへ行くだけだ。
川沿いの道、障害物はなにもないことはよく分かっていた。こんな時間に誰も歩いていないことも、いたとしても、気にも留めないだろう。そもそも、少ない街灯の下、ひとが二人並んでいることくらいしか分からないはずだ。
互いの表情もよく見えないまま、ただ、睨み合っていた。
「あんな男女差別の権現みたいな行事は滅べばいいと思うよ」
沈黙に耐えかねて、俺が口を開いた。俺の負けだ。福井がドヤ顔をしているのが見えないようで見える気がして、ちょっとイラッとした。
「あんだけもらっといてか」
「……だからだろ。職場に女の子ふたりしかいないのに、向こうはふたりで『これ分けてください』で、こっちはひとり300円徴収だぜ? 3倍どころじゃねえっての」
ケチくさ、と福井が呟いた。
「それに加えて、義理とも本命とも分かんないのが他の部署からくるってどういうことだよ…… 個人的に返すのとか、ほんとまじ無理……福井のつむじ押そ……」
「押すな!!!!」
福井の頭に空いた手を置く。つむじを押しはせず、ぽんぽんと軽く撫でた。
「やきもちとか焼いてくれた?」
返答はない。
街灯が近付いてきた。顔を覗きこむと、なんだか苦そうな顔をしていた。眉間にしわを寄せて、くちびるを少し突き出して、まるで拗ねているにたいだった。
ここでやっとピンとくる。今までのが全部、やきもちか。そうそうか、これだから福井は面白い。いや、可愛い。まあ、どっちを言っても怒られるから言わないけれども。
「ふーん、で、健介くんは何が欲しいわけ?」
「おい、ドヤ顔やめろ」
うっすらと頬が赤くなっていた。
福井の頭に置いた手を、耳を辿って頬へ降ろしていく。触れた頬は冷えていて、しかし、僅かながら俺の手よりも暖かった。じわり、と痛みに似た感覚が指先から伝播していった。
「欲しいものは?」
「あめ」
あめ……? ああ、飴か。マシュマロとかクッキーとか、そんなやつか。昔、どっかの女子に教えられた記憶があった。
「キスじゃだめ?」
「だめ。誰かさんのせいで、喉が痛いのでのど飴買ってよ、一石二鳥じゃね?」
確かに、と頷き、俺は自分の影の中に福井を入れた。夜風に晒された福井のくちびるは、柔らかくはなくて、少し血の味がした。
のど飴だけじゃなくて、リップクリームも買ってやろう。


バレンタインデーにイラストをくれた方に書いたお返しのホワイトデーのお話。宮福はじめて書きました。
宮高中心サイトです、とか嘘じゃねーのって最近気付きました雑食サイト(宮地多め)ってとこですね!!!






2015.3.11.21.44





【とうらぶ】へしべと審神者。

日中のうちに任務は一通りこなしてしまったと、出陣で負傷した刀剣たちを手入れしながら審神者は言った。そろそろ日も暮れ始め、第二部隊、第三部隊、第四部隊の遠征の帰りを待つだけとなり、本丸には夜が訪れようとしていた。
「長谷部、あしたの朝ごはんの仕込みをしておいて」
第一部隊に配属され、先ほど戦から帰還し、刀装を外してジャージに着替えたへし切長谷部を廊下で捕まえた。長谷部はかしこまりました、と頷いて厨房へと方向転換した。
「あ、終わったら居間においで。その頃には私も手入れも終えているだろうから」 何かあるのだろうか。よく分からないがはい、と返す。すると、曲がり角から鶴丸国永が現れた。よっ、と片手を挙げて微笑んだ。審神者と長谷部の顔を交互に見つめ、審神者の肩に手をかけた。
「本当に主は長谷部で遊ぶのが好きだな!」
「なんのことかな? 鶴丸、適当なことを言うと、戦装束で馬当番させるぞー」
「おおっと、それでは戦装束までも赤ではなく茶に染まってしまうな。それは避けたい」
審神者がしっし、と飛んでいる蝿でも追い払うような仕草をすると、鶴丸は笑いながら再び角へと姿を消した。長谷部はその背中を見送りながら、元気だなぁと間抜けなことを考えていた。
「鶴丸のやつ、負傷隠してやがったな……あとで呼ぶ」
「あれで、怪我してるんですか……全く丈夫なひとだ」
「ああいう気遣いがむかつくよね。長谷部も怪我したらすぐ言いなさい。腕によりをかけて治してやるから」
まあ、怪我なんてしないにこしたことはないんだけど。審神者はそう付け加え、庭へと目を遣った。池の鯉がぽちゃり、と水音を立てた。
「主の手入れは怪我をするより痛いんじゃないかって短刀たちが言ってましたね」
「その分、早いから許してやってくれって言っといて」
手入れの方が痛いとあっては、そう簡単に傷など負えぬと短刀だけではなく、本丸にいる刀剣たちはみな、この審神者のせいで気を引き締めるはめになった。結果的には良い効果をもたらしていたりする。
「じゃ、長谷部、任せた。歌仙のやつを遠征に出しちゃったのは失敗だったかなぁ。誰に晩飯作ってもらおうか」 専ら料理は歌仙兼定と燭台切光忠が仕切っている。審神者も作ろうと思えば、作れるらしいが上記のふたりの方が美味しく作るらしいので、任せきりだとか。この本丸に来てからあまり長くない長谷部は、この審神者の作る食事を食べたことはなかった。
「俺が作っても構いませんよ」
「いいや、昼のうちに仕込みはさせてから遠征に出したんだ。そのくらいは私がやろう、たまにはね」
「それこそ、俺が」
「長谷部だって、私のメシ、一回くらいは食べてみたいだろ〜?」
なんと答えるか迷ったが、素直に「はい、食べてみたいです」と言った。よしよし、とまるで小さな子供にするように長谷部の頭を数回撫でた。長谷部よりも低い身長の審神者が手を伸ばしたので、つま先立ちさせるような形になってしまった。すぐに申し訳ありません、とわずかに膝を曲げた。
「ほんと、お前は照れないよな……」
「照れる、と言いますと?」
「これは内緒だけど某倶利伽羅は撫でたら顔赤くした」
なにひとつ隠せていない。某、と付けたところで丸々名前を言ってしまっているではないか。とりあえず、そこはスルーして、あの倶利伽羅が? いまひとつ、ピンこない長谷部は首を傾げた。
「そのあと、楽しくてからかいまくってたら光忠に怒られたんだけども。ま、それはいいや。急いで残りの手入れに行かねば!」
審神者は廊下を走って行ってしまった。 長谷部から見て、今の主、審神者は「読めない」という印象が最も強い。他に特に目立つものはなかったというのが大きいのだが。真顔で冗談を言うし、逆に声をあげて笑いながら大真面目なことも言う。そういう訳で、表情からも言葉からも、その感情を読むことができないことが多かった。または、表情と語調が合わないことがしばしばあるので、どちらが本心に近いか判断しかねる、いったところか。これは先日、月を肴に三日月宗近と飲んだ時に、三日月が言っていたことだが、
「審神者とは非情、または薄情でなければ務まらんものよ」
とのことだった。ただの言わぬ武器に感情と肉体を与え、それを武器とも人とも扱うことのできるこころというのは、どういうものなのだろうか。ついこの間まで、武器として感情や痛みなどというものとは無縁でやってきた長谷部にはわからないものだった。 あとは、鶴丸とよく組んで暇さえあれば何かをしているのでひとを驚かせることが割と好きなようだ。 長谷部が、朝食の仕込みを終えて居間の襖を滑らせると、中には審神者しかいなかった。
「ほかのみんなは?」
「いま、畑に野菜取りにいってるのが今剣と藤四郎組。洗濯物取り込みには山姥切と三日月。んで、遠征組を迎えにいったのが清光と安定、あとにっかりかな」
なんやかんやと長谷部と審神者以外は出払ってしまったようだ。
「茶でも飲む?」
茶櫃の蓋を開けて、湯呑を取り出した。お願いします、と部屋の隅に積み上げられた座布団を審神者の向かいに置いた。大きな楕円の食卓は壁に立てかけられていて、今、長谷部と審神者の間にあるのは、小さな卓袱台だ。 「長谷部さぁ、もうちょい笑って」
「へ?」
「私が鶴丸とアホなことしているのは、きみたちの色んな顔が見たいからなんだけど、断トツで長谷部が表情変わらないんだ。つまらん」 ほら、また。長谷部は、審神者の顔をまっすぐと見ながら思う。まるで拗ねているかのような物言いだが、表情は、うっすらと笑みを浮かべて、何かを慈しむようだ。時空の間を行き来するような空間で年齢について触れるだけ詮無きことなのかもしれないが、見た限り審神者はまだ年若い。子供ではないが、それほど年月を、経験を積んできているようには見えないのに、その言動の端々から、若さに似合わぬものがにじみ出ている。
「さっきも照れなかったしなァ。いや、あそこで照れるもんだっていう感覚がないのか……」
「自覚がないのでなんとも言えませんね」 顎に手をあて、自分の表情について思考を巡らせてみるが、日頃から鏡を特に見ることもないし、考えつくことは何もない。審神者も、同じ姿勢でうーん、と唸っている。
「長谷部、きみはね、ビビりすぎ。私はきみを置いていくことはないよ。あーうん、きみを殺してしまう可能性はなくはないんだけど、置いていくことはない。それは、絶対」
「あ、はい……そう言って頂けると、嬉しい? です」
殺すかも、と言われてしまってはただ素直に嬉しいとは受け入れ難い。もちろん、主である審神者が望むのならば一切の抵抗も違和感もなく受け入れるが。 ただなァ、と審神者は言葉を続ける。
「私は先に死ぬ。どうしたって、時の流れ方が違う。朽ちる速度が全く違うからね。そこは許してくれるね?」
それは自分が許すようなことなのだろうか。自分の許可が何かの意味を成すのだろうか。許す許さないの問題ではないはずだ。 長谷部、なんていうんだろうね、俯き考え込んでしまった長谷部を呼んだ。顔を上げると、審神者はほとんどが
「死ぬときゃ死ぬんだけど、その時にどんだけすっきり逝けるかって話なんだよ。ま、お前に死なないでくれって言われたらそれはそれで私は嬉しい」
全く答えにくいことばかりを問うてくる主である。ため息をついて、湯呑の底、揺れる水面の奥を見る。
「出会って数日の俺にもそんなことを言ってくれるんですね。もちろん、主には死んで欲しくないですし、俺が死なせません。だから……主も俺をうっかりで殺さないでください」
長谷部がこの本丸にやってきた日、審神者に「隠しごとと気遣いはなしだ。なんでも言いなさい」と睨みをきかされている。この審神者に何かを隠そうとしても無駄なような気がしていた。とはいえ、主に尽くす、というのは長谷部の性格ゆえ、そうそう変えることはできなかった。気遣い、という部分だけはどうしようもなかったが、隠しごとはしない、思ったことは素直に言う、を心掛けている。それが審神者にとって、迷惑かもしれないと考えることは少なからずあったが、それ以上に思いを伝えないと審神者が嫌がるということを学んだ。それに関して、めちゃくちゃ説教された(もといねちねちと嫌味を言われた)、というだけだが。
「ああ、うっかりぽっくり、なんてことにはならないようにするよ。気を付ける」
「はい」
微笑む審神者に釣られ、長谷部も頬を緩ませた。 忘れてた、と手を打った審神者。がっしりと長谷部の肩を掴み、顔を近付けた。
「なあ、長谷部、かくれんぼをしよう。範囲は本丸の中だけ。庭はなしだよ。君が鬼だ」
突然なんだ。長谷部は驚きで目を真ん丸くした。
「それは構いませんが、かくれんぼですか? しかも、俺と?」
それ以前にふたりで? という疑問は飲み込んでおく。
「ああ、夕飯が終わったらやろう。じつはかくれんぼは得意でね。夜の本丸はなかなか楽しいぞ〜」
「主がそう言うのなら、俺に断る理由はありませんが、今剣なんかにバレたらずるいと言われそうだ」
長谷部はまだ知らなかった。彼の主の言う「夜の本丸」というものがどれだけ恐ろしいのかを……。

遠征に行っていた刀剣たちが帰ってくると、わっと騒がしくなった本丸も夕食時を過ぎてしまえば、各々の部屋に引っ込んでしまうため、再び静かになる。 居間には酒を探しにきた次郎大刀、後片付けを任された燭台切光忠、それを手伝わされている大倶利伽羅がいた。廊下からは、三日月が鶴丸と呑んでいるだろう笑い声が聞こえていた。
「あ、長谷部。やろうか、かくれんぼ」
「はい、やりましょうか」
「じゃあ、数え始めて。三十数えたらおいで」
両手で視界を塞ぐ。真っ暗だった。こんな風に数を数えたことはなかったなぁ、と思いながら、すぐ近くで「あいつは何をやってるんだ……?」と怪訝そうな倶利伽羅の声が聞こえてきたが、放っておく。 数え終わり、さてどっちへ行ったのかな、と縁側に出た。何を肴にしているのか分からないが、徳利を傾けてはお猪口を飲み干して、というもはや流れ作業をこなしている三日月と目があった。
「主はあっちへ行ったぞ。絶対に見つからない自信があるから、尋ねてもよいそうだ」
そうして、へし切り長谷部の長く恐ろしい夜がはじまった。

ていう、審神者が鶴丸と組んでひたすらへしべを驚かすというギャグを書くつもりで書いた冒頭が、思ってないような方向へ転がしたので、飽きてぽいしました。





2015. 2.27.fri.16.47





奈良荒さにわ珍道中。
※奈良坂と荒船が一緒に審神者をするお話。


ここ、どこだ……? と呟いたのは荒船だった。どこまでも続いていそうな野原と青空。だだっ広いのひとことに尽きる。周囲を見回すが、何も見当たらなかった。
「荒船さん、俺たち、さっきまで昇降口にいましたよね?」
「俺、まだ片方上履きなんだがどう思う?」
荒船が自分のつま先を指差し、奈良坂もそちらを見た。確かに片方は革靴で、もう片方は上履きだった。
「ご愁傷様です」
学校からそのままボーダー本部に向かおうとしていた奈良坂はちょっとした用があって、荒船を探していた。本部まで行けば会えることは分かっていたが、学校に関することだったので、できれば校内で済ませたいと考えていた。一日の授業が終わり、部活に向かう生徒と帰る生徒、ぼんやりと居残りをしようとしている生徒に別れ始めた。荒船はまっすぐにボーダーに向かうだろうから、居るなら玄関だろう、急いだ方がいいな、と階段を降りて玄関へ。案の定、玄関に設置された靴箱で今まさに靴を履き替えようとしていた荒船を見つけ、声をかけた。そこで話を始めると同時に、爽やかというにはいささか強い風の吹く、野原へと景色が変わっていた。
「幻覚でも見てるか、夢を見てるかだな」
どちらにせよ、ふたりで同じものを見るというのはおかしな話だ。どちらかが、どちらかを勝手に脳内で作り上げている可能性もいなめない。
「頬でもつねってみます?」
「このリアリティだと無駄な気もするな」
風にそよぐ下草を一瞥した。荒船は自分の左頬へ、奈良坂は荒船の右頬へ、腕を伸ばす。
「おい。自分の頬にしろ」
上履きの裏が奈良坂の脛へ衝撃を与えた。
「冗談じゃないですか」
「お取り込み中のところ、少しばかり失礼してもいいだろうか?」
ふたりしかいなかったはずなのに、背後から声が聞こえた。隠れる場所もないはずだ。戦闘職種なだけあって、他人の気配というものに過敏であるふたりが全く気付くことなく背後を取った人間がいるというのか。
「誰だッ?!」
勢い良く振り向き、同時に大きく飛び退く。互いの手にトリガーが握られていた。起動せずに済んだのは、振り返ったところにいたものが、瞬時に理解できなかったからだろう。
「僕は歌仙兼定。いろいろと話したいことがあるんだけど、手違いで今はそんな時間がないみたいなんだ。とりあえず、僕は文系名刀だって覚えておいてくれ」
「ブンケイメイトウ……?」
漢字の脳内変換が追いつかなかった奈良坂が首を傾げた。すぐに荒船が「文理選択の文系に、名のある刀で名刀じゃないか?」と囁いた。
「あまり納得いかないんですが……」
「そうか? だって、そこで喋っているのは刀だぞ」
文系はよく分からねえけどな、と奈良坂を見る。色々と意味が分からなさすぎて、深く考えることを互いに放棄したようだ。
「……俺には、カラフルな男性に見えますが」
歌仙兼定と名乗ったそれ、奈良坂には男性に見えていて、荒船には刀に見えているものは、はっはっは、と笑い声をあげた。
「帽子のあなたが、主なんだね……」
「あるじ? 帽子って俺か?」
歌仙兼定がどこか悲しげに微笑んでいるように奈良坂には見えていた。荒船は自分とは違うものが見えているらしいので、その表情は見えていないのだろう。そう思って歌仙兼定をちら、と窺うと、歌仙兼定はくちびるに人差し指を当ててウィンクして見せた。
「おーい!! こんのすけー、見つかったぞー!!」
そして、大きな声で空に向かって叫んだ。
「お手数おかけしましたぁぁ!」
声と共に小さな狐が空から降ってきた。器用にも作務衣を着て、三角巾を被っている。歌仙兼定が、帽子の彼だよ、と告げると、こんのすけと呼ばれた狐は着地してすぐに荒船を見上げ、荒船の上履きの上にぽん、と軽く触れた。よく分からないまま、こんのすけをじっと見つめた荒船。きつねはイヌ科だったろうか、ネコ科ではないよな……?
そんなことを考えていると、目の前で直立していたはずの刀が霞に包まれた、と思った瞬間に音もなく人に変わっていた。縹色の着物に明るい灰色の袴、裏地の華やかなマントを羽織り、その留め具には薄紅色の花が使われている。腰には武具をまとっていた。奈良坂の言う通り、カラフルの男がそこにいた。
「うわ、刀が……!?」
目を大きく開いて、ぽかーんとしている。歌仙兼定はドヤ顔で「文系名刀だよ」と再び言った。
荒船から一歩離れ、恭しく手を三角についたこんのすけ。ちらちらとせわしなく周囲を確認し、落ち着かない様子だ。
「こんのすけと申します。案内と説明の任で遣わされたものでございます。とりあえず、ここは危ないので本丸へと御案内させ、」
「こんのすけ、遅かったようだよ。もう、主との契約は済んでるね?」
「一時的なものではございますが……!」
歌仙兼定はすっと目を細めて、遠くを見た。つられて奈良坂と荒船もそちらを向く。数十メートル先に黒い影があった。
「百聞は一見に如かず、だ。ふたりとも黙って見ていてくれるかな」
ふたりとも戦い慣れているようだからね、そう言われてしまっては、手の中のトリガーを仕舞わざるをえなかった。
ガシャガシャと金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。まるで鎧をきた武者の行進のような音だった。その音が徐々に大きくなり、禍々しい光を灯す、金属でできた骨格だけの蛇のような怪物が近付いてきた。見たこともないものの出現に、奈良坂と荒船は、無意識に戦闘体勢に入る。ポケットの上からトリガーを握っていたらしい。ズボンにぐしゃり、としわがついていた。荒船が帽子のつばを引っ張った。
痛いと感じてしまうほどに張り詰めた空気は、今まで感じたこともないほどの強い殺気のせいだった。その殺気は怪物から惜しげもなく発せられていた。
「すぐに片をつけるよ」
歌仙兼定が腰の刀をゆっくりと抜いた。

大きな平屋作りの家に通された荒船と奈良坂。広い中庭を囲むように建っているらしい。中庭には、手入れの行き届いているだろう植物の緑が目に眩しく、庭の真ん中には池があり、橋までかかっている。少し目を凝らせば魚影が見て取れた。
「僕がお茶をいれてくるよ。こんのすけはふたりに話すことがたくさんあるだろう?」
歌仙兼定はそう言い残して、襖を閉めた。深緋色の座布団に正座をしたふたり。向かい側にはこんのすけだ。こんのすけは、自身の大きさにあったふたまわりほど小さい同じ色の座布団を使っていた。
「お二人の名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「荒船哲次だ」
「……奈良坂透」
先程までの歌仙兼定の言葉を思えば、自分は名乗る必要はないのではないか。奈良坂は、隣の荒船へそっと視線を遣った。何を思っているのか荒船はまっすぐにこんのすけを見ていた。
「単刀直入に申しますと、お二人に審神者としてこの地で戦って欲しいのです」
こんのすけは続けた。
歴史の改変を目論む「歴史修正主義者」によって過去への攻撃が始まった。時の政府(荒船、奈良坂の住んでいる時代よりもずっと先らしい)がそれを阻止するため審神者という者を各時代へと送り出す。審神者となる者とは、眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる、技を持つ者。その技によって生み出された付喪神「刀剣男士」と共に歴史を守るため、審神者は過去へ赴かねばならないのだという。
「歴史とは幾重にも選択を重ねてできるものです。選択肢はいつの時代であれ、たくさんございます。その中には民衆に選ばれることのなかったものも、勝ち取ることのできなかったものもあるのです。そして、その分岐点を狙って歴史を覆そうという輩が現れてしまいました。対抗できるのは審神者のみ……!」
話の内容は理解できた。にわかには信じ難かったが。ふたりは顔を見合わせた。先に口を開いたのは奈良坂だった。
「審神者の……その資格みたいなものは荒船さんにしかないのでは?」
「いえ、この土地に足を踏み入れることができた段階で、あなたは審神者の器をお持ちございます。そこにおります歌仙兼定の主が荒船さまだったのです。奈良坂さまもじきに会われることになるでしょう。あなたの刀剣男子に……」
襖に影が写った。歌仙兼定が盆に湯呑を乗せ、襖を滑らせた。もう平気かな? と部屋の中をぐるりと見渡して、湯呑をそれぞれの手元へと渡した。こんのすけに並んだ歌仙兼定は先程までの服装とは変わっていた。前髪をあげて、白い着物の袖は紅白のたすきで邪魔にならないようにまとめられている。
「まさか、他に審神者の器を持つ方がすぐ近くにいるとはつゆとも知らず、荒船さまだけのはずが、奈良坂さまもお呼びしてしまったようです。わたしの不手際にございます……!! 」
ひとつの時代に、ふたりも審神者がいること自体が珍しいという。しかも、それが知り合いということなど今まで一度もなかったとか。時代と審神者の器だけを選択して呼び寄せた結果が、未だに某政府に認知されていなかった奈良坂までもをこの地へ転送された、とのことだった。メカニズムは全く分からないし、問い詰めようという気にもならなかった。
「申し訳ありませんでした。しかし、結果から言わせていただけば、遅かれ早かれ、器である奈良坂さまもこの地に呼ばれていたでしょう。ここの本丸は荒船さまのために用意したもの。早急に奈良坂さまの本丸もご用意いたします。少々、お時間を頂けるでしょうか?」
改めて頭を下げるこんのすけ。
「まだ受けるとは言ってない」
荒船はぴしゃり、と言い切った。
「この地の時の流れは特別でございます。今から、元の世界にお帰りになられても時は一秒とて進んではおりません。その点はご安心ください。現に荒船さまと奈良坂さま、お二人の審神者がいらっしゃいますように、他にも審神者はいらっしゃいます。常にこの空間に拘束されるということもございません」
こんのすけが必死に説明する。奈良坂は、小さな狐があせあせと説明している姿が可愛くなってきてしまった。はっきり言って情が移り始めていた。それだけで引き受けようなどという迂闊さを奈良坂は持ち合わせてはいなかったが、もうひと押しされたら引き受けてしまうだろうとは感じていた。
対して、荒船の表情からは頑なな拒絶が窺えた。
「断ることはできるか?」
「はい、無理強いできることではございませんので。刀剣男子は付喪神、もとは意思の存在しないものとはいえ、今や自ら戦う運命の元に生まれた存在です。自らの意志で戦う決意を固めたものたちですから、指揮官である審神者がやる気がないのでは、その本丸には破滅しか残されていません」
「自らの意志で……」
荒船のつぶやきは、もはや荒船の陥落宣言に等しいものだと気付くことができたのは、当然だが、奈良坂だけだった。
「他にも審神者がいるとは言いましたが、審神者の器を有する方というのはとても稀有な存在です。決して多くはないのです」
奈良坂は荒船を見た。荒船はゆっくりと頷いた。
「引き受けよう。具体的な話をしてくれるか?」
「はい、もちろんでございます!」
審神者は刀剣男子を率いて戦場に赴くだけではなく、手入れだとか鍛刀だとかもやらねばならないらしく、それらの方法を教わりながら、こんのすけと歌仙兼定が本丸を案内した。厨房に入ると歌仙兼定は「料理は得意なんだ、任せてくれ」と笑った。
「本丸の造りはほとんど変わりませんので、奈良坂さまはこちらである程度のことを覚えていっていただけると助かります」
「そのことなんだが、俺もここを利用することはできないのか? いいですよね、荒船さん?」
「その方が安心だしな。なにかと便利そうだ」
「俺のこと、コキ使う気満々ですか」
「もちろん、平気でございます。ただ、少々、手狭になってしまうと思いますが、それでもよろしいですか?」
構わない、と首を縦に振る。
本丸、と呼ばれた屋敷内をぐるりと一周し、元いた部屋に戻ってきた。茶を入れ直してくる、と盆とこんのすけを左右に抱えて歌仙兼定は部屋を出ていった。じたばたと短い手足で暴れるがまるで何も見ていない聞いていないという風だった。部屋を後にする際、足の指を引っ掛けて襖を閉めたのを荒船は見ていた。

「こんのすけは忙しいからね。あとは引き受けようと思って」
すぐに戻ってきた歌仙兼定は、出会った時の服装だった。小脇に抱えていたこんのすけは見当たらなかった。
「これを飲んだら出陣しよう。習うより慣れろ、だね。あなたを主とする刀が近くにあらわれているはずだから。早く回収してあげないと」
奈良坂に目線を送った。曖昧に頷いて応える。
いま、荒船、奈良坂、歌仙兼定の三人がいる部屋が居間である。他にもいくつもの空き部屋があり、というよりはこの屋敷は無人で、空き部屋しかなく、それぞれに植物の名前が付けられていた。まるで旅館みたいだと、奈良坂が言うと、その方が便利なんですよ、とこんのすけは答えていた。そして、この居間からあまり離れいない桜の間を荒船に、菫の間を奈良坂に使ってもらいたいとのことだった。どの部屋を使っても構わないそうだが、特に部屋の大きさや内装に違いは見えなかったので、言われたとおりに使わせてもらうことにした。
「部屋の箪笥に着物が一式入っているから、それに着替えてくれ。戦装束だよ。といっても、そんなに気負うようなものではないから。準備ができ次第、行こうか」
「……あなたで戦うのか?」
なんと呼んでいいか分からず、当り障りのない二人称を使った荒船が歌仙兼定を見る。
「なんと呼んでくれても構わないよ、主。戦場に行けばわかるが、そうだね、審神者は自ら戦いはしない」
「そうか。着替えてくればいいんだな?」
空になった湯呑を置き、立ち上がった。

白い着物に紺の袴、黒い漆塗りの木でできた靴、神主が履いている浅沓というおそろいの出で立ちとなった、荒船と奈良坂。見慣れない服装で、互いにコメントのひとつも出てこなかった。
「着替えには手間取らなかったかい? 着物の文化は衰退してしまっているのだろう?」
「きちんと着れているのかも分からないくらいだ」
歌仙兼定の問いにため息をついたのは荒船だった。奈良坂は履き慣れない硬い履物をじっと睨み付けていた。
「ぱっと見た感じだと、大丈夫そうだよ」
じゃあ、行こうか。歌仙兼定が外へと目線を向ける。
玄関を出ると、相も変わらずのだだっ広いだけの草原があった。


ゼロからスタートなんてするんじゃなかったと後悔。続きは書きたいと思ってます。うーん、でも書かないな……。あと、こんのすけは全裸です。なんとなく作務衣を着せてしまった……。顔に朱は差してるけど。




2015.2.23.mon.14.52





【クロ月】

宇宙ってなんだろうか、突然の問いかけに月島蛍は何も答えなかった。答える言葉を持ち合わせていなかったし、そもそもひとつの答えが存在するものでもない。この問いは、哲学か物理かどちらを求められているのかも分からない。フィジカルとメンタルという対義語の上に成り立っている両者が揃うと、いらぬ議論を勃発させかねない。
とは言っても、宇宙という概念に至ったのは決して科学者ではなく哲学者であるとされている。しかし、哲学者とは科学の租である。人も科学される対象のひとつであり、結局のところ、互いに延長線の先でつながっているという話なのだが、とりあえず、科学者でも哲学者でもないこの男の問いに答えるつもりはないのであった。
「おい、シカトすんなよ」
「じゃあ、もう少し楽しい話題でも振ってください」
手元の雑誌を適当に流し読みする。ソファーに横向きにあぐらをかいて、肘置きで雑誌を支える。たまに、ずる、と雑誌が滑る。
「楽しいって……」
うーん、とわざとらしく唸る。顎に手を当てて、体を斜めに傾ける。月島の後ろ、もとい隣、ソファーに正しい向きで座った黒尾鉄朗はにやりと笑う。月島は首を元の向きに戻し、視線は誌面の文字へ。どうせろくなことじゃない。月島の背に黒尾の肩が触れた。つきしま、と耳元で声が聞こえる。
「「セックスでもする?」」
見事にふたりの声が揃った。
「バレた?」
「バレバレです。そればっかりですね、あんた」
ため息をついて、雑誌を閉じる。紙が僅かな風を起こした。体を捻り、すぐ後ろの黒尾の顎を捉える。くちびるの表面を撫でるように軽く触れ合わせ、すぐに離れる。これで満足だろう、とばかりに薄く微笑む。黒尾は一度、瞬きしてから、片手で顔を覆う。
「お前のそういうところ、好きだよ」
どうも、と前に向き直す。


この文字数が私のメモ帳アプリのちょうど1P分で、スクショするとぴったりという。大体600字。






2015. 2.23.mon.14.48






意味分かんねえよ、と吐き捨てた宮地に黒子はため息を漏らした。まだ、理解する気があったのか。できると思っているのか。自分でも分からないことが赤の他人に分かるわけがないだろう。

「……はじめからあなたに理解されようなんて思ってない」

悔しさと悲しさのようなものが混じった表情をする宮地の方が黒子にとっては理解し難かった。なぜ、当の本人よりも傷ついているのか。なぜ、自分のためなんかにあなたが心を傷めなくてないけないのか。放っておけばいい。そこらに投げ捨てたところで僕は傷つくことも壊れることもない。そのまま、何事もなかったかのように生きていくだけだ。誰も困らないし、円満解決だろう。

「意味なんか、ないんですよ」

珍しく笑みが零れた。


危なっかしくて見ていられない、そう言って宮地は黒子の世話を見るようになった。後輩の元チームメイト、今は大学の後輩。それだけの関係だった。黒子は宮地が同じ大学だということは高尾から聞いていて知ってはいたが広いキャンパス内、違う学部だろうから会うこともないだろうし、会ったところでむこうは気が付かないだろう、と思っていた。黒子自身、宮地のことは朧げにしか覚えていなかったのですれ違ったとしても分からないと考えていた。しかし、向こうはそうでもなかったらしく、すれ違いざまに声をかけられた。一瞬、誰だか分からなかったがあの高身長と染めているのか地毛なのか分からないような明るい髪色。あとは、瞬時に思い出さなくてはならないと感じさせてきた笑み。思わず背筋が伸びた。

「あ、えっと。秀徳のミヤジサン……」
「おう。誠凛の黒子、だよな?高尾から聞いてるぜ」

一緒にいた友達に先に行っててくれと伝えて、宮地のもとへ数歩、駆け寄った。

「お前、次、講義ある?」

今日はもう何も入っていないので、素直に首を横に振った。すると宮地も一緒にいた人間と別れ、なぜか二人で昼食を取るという流れになった。まっすぐ家に帰ってこの間買った本でも読もうと思っていたのだが、仕方がない。
まだ昼食というには早い時間なので、食堂は案の定ガラガラだった。黒子は日替わり定食を頼み、宮地は豚汁定食を頼んだ。突然、プリンを手に取るから顔に似合わず甘党なのか、いや、結構甘党っぽい顔してるか、なんて考えていたら軽く頭を叩かれた。オレのじゃねえよ、入学祝いに先輩がプリンを奢ったる、と顔を赤くして言った。疑問、というよりは違和感が募る。

「どうして……」

適当なテーブルに向かい合わせに座り、割り箸に手をかけたところで口を開いたはいいが、なんて尋ねればいいか分からなかった。何がおかしいのか。何に違和感を抱いているのか。多分、赤の他人に等しい自分に対する距離感がおかしいのだ。優しさを越えて、馴れ馴れしいとさえ思える。

「ん?」
「え……あ、僕のこと、知ってたんですね」
「あ?ああ、そりゃあな。知らないわけないだろ」

その言葉をどう受け取っていいのか悩む。帝光中でシックスマンをやっていた頃の話なのか、数回試合をした高校の後輩なのか。はたまた、それ以外なのか。

「文句言うなら高尾に言えよ?あいつがやたらお前のこと話すから……」

それ以外、か。高尾くんのことだから悪口ではないだろうけど、と納得する。黒子自身、高尾のことは嫌いではなかったし、むしろ好感を抱いていたが、苦手だった。共に居て困らせられたこともないのだが、頼ってもいないのに頼らされているというのか、頼る前に全て高尾がどうにかしてしまっていることが黒子にとって疲れるのだった。楽ができている筈なのに、逆に疲れてしまう。しかも、高尾はそれを無自覚で成すから尚、性質が悪い。

「高尾くんのことですから、手放しで僕のことを褒めたでしょう?」

随分と買い被られたものである。高尾が褒めちぎった言葉が宮地の中での黒子のイメージとして出来上がっているのだとしたら、嫌だと思った。何もしていないのに失望されるなんてまっぴら御免だった。どうでもいいと言っても問題ないくらいには赤の他人に等しい人間ではあるが、やはり期待外れだったと思われたくはない。

「あー、まあな。べた褒めだったな」
「実際は何もない影の薄い人間ですよ」

今日の日替わり定食は和風ハンバーグだった。ハンバーグにのった大根おろしに醤油をかける。個人的はポン酢だったんだけどな。

「はは、コメント困るわ。俺はお前のこと何にも知らねーから、そうだとも言い切れねえしよ。高尾を疑うわけじゃないけど、なんつーのかな。まだよく分かんないっつーか」

「まだ、ですか」

知るつもりがあるのは嬉しい、高尾くんの言葉をただ鵜呑みにするのではなく、自分で見て決めようというその考え方は好きだと黒子は思った。でも、僕のことなんて知る必要もなければ価値もなく、結局は失望に落ち着いてしまうと思うのだ。空っぽで薄っぺらい人間だということは他でもなく僕自身が痛いほどに感じている。そんな自分は嫌いじゃないし、そんな自分を嫌いになれない自分は嫌いだった。成る様に成るか。一度、美味しそうに豚汁を食べている宮地を見た。

「おう、これから、よろしくな。黒子」
「……よろしくお願いします。宮地、先輩」

先輩、と黒子が呼べば嬉しそうに頬を緩ませた宮地。とても素直でいい人のようだ。この身長と何度か試合で聞いた物騒な言葉のイメージから怖い人を想像していた。怖い、というのは語弊があるが雑な人なのかと考えていた。高尾が宮地に黒子について話したように、宮地についても黒子に話していた。「他人にも全く容赦ないけど誰よりも自分に対して厳しいよ。あそこまでいくと、自虐趣味でもあるんじゃないかって本気で思っちゃうよな。尊敬してる」黒子と宮地にあまりにも接点がなかったため、多く語ったことはないが、そんな風に話していた。


ちょっとシリアスな宮黒を書こうとして挫折した残骸。
宮地ってどこまで行っても先輩なんだなぁって思いながら書いた記憶があるようなないような……。









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