オレじゃなくてアイス!!

 







一連の流れを終え 、やっと落ち着ける、と夜久はぼんやりと霞んだ意識で息をついた。夜久ひとりでは広いベッドで大の字になり、天井の四隅に視線を巡らせる。乱れ汚れたシーツの中から丸まったTシャツを見つけ出すが、着る気力はなかった。
冷房の風に少しずつ冷めていく体の表面に対して、内側は火照ったままだ。素肌に直接、冷風が当たるとやはり寒くて、せめて、とTシャツを腹にかける。何とはなしに額に触れると、汗で滑った。体はぺたぺたと湿っていて、気持ちが悪いがいい加減に慣れてきた疲労感は決して嫌いではなかった。昔、水泳の授業のあとに訪れるまんべんない疲れ、それによるふわふわとした眠気にまどろむ。ただし、似ているとはいえ、腰の痛みがあるので水泳の方がいいような気がする。
夜久をそんな状態にした黒尾と言えば、少し前にベッドを出ていったきりだ。水を飲みに行くと言っていた。

「夜久、お待たせ。ほい、水」

コップ片手に戻ってきた黒尾ベッドに腰掛けた。一度、ベッド脇のランプの下にコップを置いて、夜久の上体を起こすのに手を貸した。黒尾の手がコップの結露のせいか冷たく濡れており、ぞわりと背中に寒いものが走る。

「おい、手、冷たい」
「わり。それ、着させてやろうか?」
「うるせえ」

ニヤニヤと笑う黒尾の顔面にTシャツを押し付けた夜久。ばんざーい、と言われ、大人しく両手を上げた。首が通った瞬間に、額にそっとキスをした黒尾の腹にすかさず夜久の拳が入る。黒尾に無言で睨みつけられるが、目を逸らす。風が当たらなくなるだけで、随分と温かくなる。黒尾のむき出しの背中に寄っかかる。そこから、じんわりと体温が伝わってきた。

「これ、お前のじゃねえか」
「ああ」
「俺のは」
「さっき、洗濯出してきた」
「あっそ」

記憶の彼方に自分のTシャツの酷い様子を思い出す。例え、手元にあったとしても着たくはないような惨状だっただろう。シーツよりもダイレクトに体液その他もろもろを吸っているはずだ。
黒尾があ、と何かを思い出したように再び立ち上がる。バランスを崩してベッドから転がり落ちるかと思ったが、黒尾が腕で支えて出ていった。おかげで、今度はベッドに倒れ込んだ。

「なんだ、あいつ」
「やくー、アイス食うー?」

夜久がぼやいたところで、廊下から声がかかった。寝室のドアは開けっ放しで、ぬるい空気が流れ込んできた。今度は自力で起き上がって、水を飲んだ。喉を通り過ぎる感覚が、いつもよりも強く、どうしてか『リアルな感覚』だと思った。

「食う」
「だよな」

答える前に黒尾はスプーンとアイスのカップを持って部屋の入口に立っていた。夜久は手を伸ばして、アイスを受け取ろうとしたのに、アイスはコップの横に並べられてしまう。疑問の表情を浮かべつつも、自分でアイスを取ろうとしたところで黒尾が夜久を押し倒した。

「アイス」
「すぐに食わせてやっから」
「溶けるだろ、バカ」

抵抗したところで圧倒的にウェイトで負けているので、無駄である。ついさっき着たばかりのTシャツの裾からするすると黒尾の手が登ってくる。へそのまわりをくるくると撫で、産毛にだけ触れるかのような朧げな手付きでその指先は小さな突起に到達する。

「ん……アイスっつってんだ、っぁ」

捲れていく布地さえもくすぐったい。既にぷっくりと存在感を主張しているそこは、何度も何度も弄られたせいで僅かな刺激では鈍い痛みにしかならない。薄暗いから腫れているのかは分からないが、熱を持っているのは確実だった。

「物足りない?」

楽しそうな黒尾に頭突きをかまして、そっぽを向く。黒尾が鼻で笑ったのを感じて、もう一発頭突きをお見舞いしようとしたところで、わりい、と頬骨の上に軽く口づけをした。と同時に、服の下では突起を摘む指に力を入れてぐり、と左右にする。夜久はひぅ、と息を詰まらせることしかできず、肯定も否定もかなわない。

「見てるだけで勃ってくんだけど…」
「っんの絶倫……んで、そこば、っかぅ、あ」
「褒め言葉」

じゃあ、と言わんばかりに下の昂りを握った。不意打ちの刺激に肩が跳ねた。内側から鼓動が聞こえてくる。黒尾にそれが聞こえているはずなどないのに、そのリズムに合わせてゆっくりと指に力を込める。根元から先端にかけて、熱を絞り出すかのように扱いた。

「溶けるって言ってんだろうがこのねぐせやろうっ」
「分かった分かった、アイスな」

覆い被さった黒尾の脛を蹴り上げて、一息に怒鳴る。夜久の膨らみ出した中心から手を離した黒尾は、夜久の肩に手をかけた。そして、よいしょ、と若者らしくないことをつぶやきながら、夜久の腕を片手でまとめ、次いで、どこかから出てきたハンカチで腕を結ぶ。夜久は大きな瞳をぱちくりとひとつ瞬きした。

「なにすんだよ!!」
「なんとなく」

黒尾は夜久の腕を押さえつつ、右手でアイスのカップを開けた。横に置いてあったスプーンで一口分掬う。ほら、あーん、と夜久の口の前まで持ってくるので大人しく口を開く。冷たい甘さが口の中に広がる。寝っ転がった状態で嚥下するのは少し苦しかった。けれど、気を抜くと引っ付いてしまいそうな喉には気持ちが良かった。アイス以上に冷たいスプーンが舌の上をざらりと撫でて、引き抜かれた。その先端を黒尾は舐め、再び掬う。しかし、今度は夜久の口に運ばれることはなく、黒尾に口に消えることもなかった。

「ちょっとくらい溶けてた方がいいと思ったんだよね」
「……っ、いゃ、黒尾っ、ちょ、つめた、」

スプーンの上のバニラアイスが一滴垂れた。捲れたままのTシャツのせいで、アイスは夜久の腹、それも素肌に落ちる。なおも腕を傾ける黒尾。溶けかけたアイスがぼたり、と重力に負けた。
アイスは、腹の溝を伝い、狭い窪みに溜まっていく。汗が流れていくのとは違い、純粋な冷たさに鳥肌が立った。
黒尾は夜久の腹に顔を近付け、舌を伸ばした。小さく形のいいへその穴に舌をねじ込み、その周りを先ほど、指で触れた時のようにくるり、と舐める。へその下、薄い皮に歯を立てた。唇を押し付け吸う。じゅる、と溶けたアイスはぬるかった。黒尾の口内は甘ったるいものに満たされる。

「オレもやりたい」
「ん?」

押さえられた腕のせいで身を起こすことはかなわないが、首を精一杯上げて自分の腹を見ていた夜久が言った。

「にがっ」

腹の中央、薄い筋を舐め上げて顔をしかめた黒尾。夜久は再び、黒尾の脇腹に蹴りを入れる。曲げた膝の間に割り入っている黒尾は自分の胸の下あたりのわずか熱を帯びている夜久の息子の先端を尖らせた唇でつついた。

「こことおんなじ味する」
「てめえのそうじ不足だ、死ね。アイス食わせろ」

縛られた腕をぶんぶん、と振り回しての猛抗議である。解こうと思えば、すぐにでも解けるような結び方をしてある。だから、それをしないということは夜久も満更ではないのだと黒尾は判断している。

「アイスばっかだな、おい」
「お前が食うこととヤることを混同させるからだろ。今は、食いたいの!」
「でも、お前、さっき……」
「アイス食えるならなんでもいいかもしれない」

夜久は遠い目をしていて、静かに告げた。ふむ、と黒尾はひとつ頷いてから、夜久の腕の拘束を解いた。そして、もう一度、後ろ手に布を巻き付ける。

「黒尾……お前はオレにどんだけアイスを食わせたくないんだ?」

背中側で纏められた腕を肩越しに一度見る。
もはや、その顔には純粋な疑問の色が現れていた。黒尾は苦笑いで答えつつ、夜久を自分の腿の上に座らせる。体を重ねた枕に預けながら、夜久とは違って自由の効く手で、自分の腹にアイスを垂らす。

「はい、食っていいよ」
「お前なぁ?!」
「なんでもいいって言ったのはどこの誰だったかな〜」

顔を寄せて、シーツに流れ落ないように、せっせと夜久は黒尾の腹を舐めた。ちろちろと先端でくすぐるようにするのも、アイスが伝っていくのもくすぐったくて、笑うのを堪えようとすると、腹に振動がいってしまい、その度に夜久が黒尾を睨んだ。

「黒尾、つぎ」
「ハイハイ、まじで色気ねえな」
「オレはあくまでアイスを食ってるだけだからな」
「そうでした。じゃあ、こっちも舐めて」

え、と大きな瞳を真ん丸くしてから夜久はため息をついた。黒尾は今までと同じように自分の体にアイスを落とす。ただし、今までは腹だったのが、今度は随分と高い位置である。夜久は黒尾の腹の上を少し前進した。

「お前、ここ感じねーだろ」
「それな。俺の方がやりたかったわ。なんでやんなかったんだろ」
「アイス食い終わったら、オレは寝るからな?」
「分かってるってば」

自分の乳首にアイスを垂らすという、なんとも虚しいことをしているという感覚はあったが、それよりも眼前の光景に黒尾は息を飲んだ。
自分の何も感じはしない、敢えていうならくすぐったいと思う程度の乳首を恋人が舐めているのだと思うと、ぐっとくるものがあった。

「黒尾?! オレは寝るからな!!」

自分の下で、あるもの反応したのを感じ取って、夜久は声を荒らげた。

「ごめん、やっぱり無理だわ」
「え、なに、急にマジ顔してんの……? は、ちょ、あ」


翌朝、侘びとしてサーティワンのアイスケーキを奢らされた黒尾だった。一人でアイスケーキをワンホール食べる夜久の胃袋が少し心配だったが、「冷たいアイスが食べたい」というなんとも実感のこもった恨み言を言われてしまい、返す言葉もなかった。













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