忍田さん経由でさくらんぼが届きました

 








忍田さん経由で太刀川隊にさくらんぼが届きました。

太刀川隊作戦室のドアを肩で押し開けて入ってきたのは太刀川だった。そして、忍田さんにさくらんぼもらった、と言った。
「忍田さん、どうして炭水化物魔人の太刀川さんにさくらんぼなんて……」
出水と国近が驚いたような呆れたような表情で太刀川を見ていた。
大学帰りだという(太刀川隊の誰もが信じていない)太刀川の手には高さはあまりないが面積のあるダンボール箱があった。側面には佐藤錦と書かれている。それを読み上げた出水。
国近はピザの配達バイトみたいだなぁと思いながら、その箱を受け取り、机の真ん中に置いた。棚から皿とコップを出して、さくらんぼを食べる準備をする。
「これ、うちだけで食べていいんすか?」
「らしいな、俺の成績が上がったおかげだな」
ドヤ顔をして見せる太刀川を数秒まじまじと見つめてから、ぽんと手を打った。
「え、太刀川さん、成績あがったんすか?! まじで!? オレも忍田さんに褒めてもらってくる!!」
「やめろ、出水!! さくらんぼ没収されるぞ! バカ!」
「イヤ、完ペキにオレのレポートっすよね、これ!」
さくらんぼに向かってびしっと指をさした出水。
何やら言い合いを始めたふたりを放って、国近は箱を開けて、中を覗いた。きれいに並べられたさくらんぼ群は照明につやつやと輝いている。赤というには明るく、ピンクというには深い、鮮やかな色をしたそれら。茎つまんで、口に運ぶ。
「あ、柚宇さん、ひとりで食べたー!」
「国近、だから、それ俺のだってば」
「は? だったら、オレのっすよ。太刀川さんに食べる権利ないでしょ」
「何言ってんだよ。俺の成績が底辺だったから、さくらんぼが食えるんだよ! 俺のおかげだろ、ホラ」
「間違ってねえ!!!」
頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ出水。ついでと言わんばかりにひょい、とさくらんぼひとつ頬張った。
「ねえ、俺も食うよから」
「あ、太刀川さん、見て見て〜」
いつの間にか、ひとりで黙々とさくらんぼを食べ進めていた国近が舌を出した。そこには片結びされたさくらんぼの茎があった。
「お前、それ以上、エロ要素増やしてどうすんの」
「柚宇さん、器用っすね。オレもやろーっと」
「出水は無理そうだな」
机を挟むように設置されたソファーに腰かけて向かい合う、太刀川と国近。出水は机の脇にしゃがんだままだ。
「そういや、唯我は」
太刀川の質問に国近と出水は声をそろえた。
「「トイレ」」
「ストッパ効かないとか、あいつの肛門括約筋なにでできてんだろうな」
「ないんじゃないすか?」
「まだ、緩いとは決まってないよ、便秘かもしれないじゃない」
それきり3人は黙ってしまった。向かい合ったまま、ひたすら口をもごもごと動かしている。
「できた」
はじめに口を開いたのは太刀川だった。べえっと出された舌の上に蝶々結びされた茎が乗っている。
「すっげえ、柚宇さんよりもエロいってことっすね、太刀川さん」
素直に感心している出水に、太刀川は微妙な顔をしたが、特に言うこともなかったのか、先ほど、国近が用意してくれた皿に茎を出した。しかし、太刀川には出水の言葉にトゲが含まれているような気がしてならなかった。
「太刀川さん、柚宇にキス教えて〜」
間延びした声で国近はすごぉい、と言った。ちらり、と出水を見てから国近は席を立って、太刀川の隣へ移動した。
「柚宇さん、ずりい。太刀川さん、オレも」
出水も国近とは逆隣に、太刀川を挟む形でソファーに座った。大きくないソファーに3人で座るのはぎりぎりだった。
「……唯我、遅いな」
太刀川は、次のさくらんぼに手を伸ばしつつドアを見た。その両頬を出水が手で挟んで、にっこりと笑って見せる。ごくり、と咀嚼したさくらんぼが喉の奥消えたのが分かった。
「太刀川さん、こんなもじゃヒゲの年齢詐称してるとしか思えないダメ大学生なのに、そーいうの上手だから、遅刻とかするんすかね? 睡眠時間削ってっから、遅刻しちゃうんすよね? ねっ、柚宇さん」
ぱっと出水が手を離す。次の瞬間、思い切り逆方向に首が回された。首から聞こえてはいけない音が聞こえたような……。きっと気のせいだ。今度は国近の顔が目の前にあった。
「ほんとうにね〜? 太刀川さんのそういうダメ過ぎるところが良かったりするのかな? 柚宇はいくら強くても、自分よりも頭悪い年上ちょっとなぁ」
「高校生の部下にレポートさせるし、遅刻するし、本部に女連れ込みかけるような上司だけど、太刀川さん強いから、オレらにさくらんぼくれますよね」
「太刀川さんは強いし、地味に高給取りだから焼肉も奢ってくれるよね。この間もひとりでざくざく狩ってたし」
左右からの圧力に目の前のさくらんぼの列を見ることしかできなかった。
「ねえ、太刀川さん、オレらが何言いたいか分かるっすよね?」
「柚宇もね、結構、怒ってるんだけど」
「どれについてでしょうか……」
「「全部」」

さくらんぼは結局、個数をきちんと数えた上で3等分されることになった。出水はその場で全て食べてしまい、国近と唯我はタッパーにそれぞれ持ち帰ることになった。
忍田にさくらんぼの感想を聞かれた太刀川は苦い顔をすることしかできなかった。





other