この翼をあげるから

 









がっかり、した。
それはもう、とにかくがっかりしたのだ。

高尾和成は蝙蝠だった。蝙蝠は、哺乳類で唯一、鳥類に引けを取らない飛行能力を有する。しかし、その容貌はどんなに贔屓目に見ても、美しいとは言えない。
それでも、蝙蝠には翼がある。昔から青く遠い空へ憧れて、翼を望んだ人類はその黒い歪なものをどう捉えるのか。
翼を持たない人類と偽りの翼を手にした者達の憧れ。対象は同じであれど、その思いは違うのだ。
緑間。日本にいる斑類で知らぬ者はない家の一つである。古来より、その長を天狗と称す習わしがあるらしい。その起源は多くは蛇の目だが、数代にひとりは翼主が生まれる家系として有名だからだった。久しく生まれていないというが。
高尾がその名を知ったのはいつだっただろうか。ただ、自分は偽物で、本物が存在するのだとずっと聞かされてきた。自分が紛いものと罵られても、それは本物があるからこその紛いものなのだ、と信じてきた。高く遠く、明るい世界を悠々と飛行するその姿があるのならばと。いくら醜くとも、同じ翼をもったものとしての誇りを持って生きてこれた。

あの日、緑間の名を持つ男がその手からボールを放った時、すべての期待が打ち砕かれた。
高い身長に見合った長く、しなやか筋肉のついた腕に目を奪われた。決して軽くはないボールを14m以上もの距離、あの高さを維持させることのできる、腕と肩の筋肉に想いを馳せた。
敵だろうが、そんなことは関係なく、緑間の名を持つその男に、今までの自分の人生全てを否応なしに賭けていた。
見えてしまった。あっさりと理性をひっぺがしてしまう重々しく大きな蛇の姿を。緑青色の鱗がぎらぎらと、体育館の照明に光るのを。
高尾は腰を抜かすかと思った。ほんの一瞬だったとはいえ、頭の中に湯気がこもったように熱くぼんやりとして、体中に張り巡らされていたはずの緊張や集中の糸が緩まるような感覚。体の中央をぴりり、と細やかな電撃が走る。筋という筋がたるみ、立つことさえままならないかとさえ感じ、恐怖した。


15年の人生を勝手に懸けて、勝手に落ち込んだ高尾がそんな因縁の相手である緑間真太郎という斑類、重種の蛇の目と2度目の出会いを果たした春。
「お前さぁ、いいとこの坊っちゃんのクセに魂現の扱いなってねえんじゃねー?」
「……試合の時だけだ。そもそも、俺の顔を知らない者なのいないのだよ」
「言うねえ。オレは名前しか知らなかったけどな」
部活を終え、緑間と高尾は駐輪場へ向かっていた。振り返ると、大きな校舎のどこの教室も真っ暗で明るいのは職員室のあたりだけだった。私立高校らしい、広い敷地。白を基調とした校舎は月の光にぼんやりと光っていた。真っ暗な体育館を見ながら、体育館を最後に出てきたであろうバスケ部の三年である宮地清志の姿を捉える。
「あ、宮地サンだ」
「宮地さんは電車じゃなかったか?」
「だよなぁ」
駐輪場がある裏門と駅が近い正門は真逆に位置し、電車通学の宮地が裏門へ向かう道を歩いているのを疑問に思った。しかし、そんなこともあるだろう、と二人の話題は戻る。
「本当にびびったんだぞ? 突然、フェロモン出すとかありえねえって」
「だから、すまないと言っている。中学の頃からずっと直そうとはしているのだが、上手くいかないのだよ」
「軽種に対して失礼だろ。力あるものはなんちゃらって言うし」
「意味が分からないのだよ。……ん? もしかして、ノブレスオブリージュのことか……?」
「そう!! それ!! 真ちゃん、ナイス!」
高尾が両手を打って、真ちゃんすげー、と自分の言いたいことが伝わったことにテンションをあげて騒いでる横を宮地が通り抜けた。ほとんど全力疾走に近かっただろう。一瞬、減速して、緑間と高尾をびしっと指さす。
「お前らさっさと帰れよ! じゃあな」
お疲れ様です、とぎりぎり間に合ったかだろうか、という距離で声をかけて二人は顔を見合わせた。宮地の表情は練習中以上に険しかった。携帯電話を耳に当てて、誰かと電話していたようだ。
「やっぱ、あの人、いい人だよなぁ。最近、あんま怖くない」
「ああ、初めから間違ったことは何も言っていない」
「お前もびびってたくせに、よく言うよ。にしても、どーしたんかね」
「知らん」
真ちゃん、ひでー!! と意味もなくゲラゲラ笑う高尾にうるさい、と視線を送るがもちろん、そんなことで高尾の笑い声が収まるわけが無い。ため息がひとつこぼれた。
「ごめんて、おい! 置いてこうとすんなっ! 誰が漕ぐと思ってんだよ」
身長差11cmは伊達ではなく、緑間が歩くスピードを少し早めただけであっという間に高尾との距離ができてしまう。高尾もスピードをあげて歩くが途中から半ば駆け足のようになってしまった。
高尾が追いついたところで緑間は速度を戻した。手を頭の後ろに組んで、高尾は緑間の暗い色の瞳を仰ぐ。
「そういやさぁ、宮地さんネコの匂いしない?」
「そうか? ただの猫又が猿に成る必要があるか? 」
「あー、いや、気のせいかな。別に嗅覚が鋭いわけじゃないし」
  「蛇よりは猫の方が鼻は効くだろう」
ぽつぽつと数台の自転車しか停められていない駐輪場は閑散としていた。その隅っこに自転車とリヤカーは停めてあった。そこにあっても違和感がないのは、すぐ近くに草刈り機等が納められた倉庫があるからだろう。いつか、主事の人に撤去されてもかしくはない。
「よっしゃ、いきますか」
「ふん、どうせ俺の勝ちだがな」
「やってみなきゃ分かんねーぜ。って、これ何回言ったかな……」
高尾はじゃんけんに負けて、大人しく銀のママチャリにまたがった。高尾の荷物と一緒に緑間がリヤカーに乗り込んだのを確認して裏門を出た。
はじめのひと漕ぎだけ、力を込めればあとはすいすいと漕げるものである。自転車という小さな力、ひとの脚力程度でここまでのもの運ぶことができる文明に感謝だ。春も末だというのに冷たい風を顔に受けながら、高尾は頭上をぱたぱたと、通り抜けた小さな影に視線を遣った。
「真ちゃん、蝙蝠だ」
「そうだな」
「羽が小さいから、ひらひら飛んでんのかな、あいつら」
「ひらひら、か。確かに蝶に近い」
蝶に近い。風に煽られれば吹き飛びそうな覚束無い羽の動きのことを指しているにしても、その表現はあまりにも似つかわしくなかった。しかし、そのひとことに酷く感動した。そうだね、とぼんやり応える。影より深い闇の色をした小さな獣が消え去った先を見つめ、こらえられずに上がる口角を押さえようと手で口を覆う。
「真ちゃんのそーいうロマンチックなところ好きよ」
「なっ、ロマンチックなどではないのだよ!!」
「急に立ち上がんなって!!」
荷台で寛ぐ緑間を振り返って声を張る。がたん、と大きく揺らいだ荷台のせいで高尾はバランスを崩しそうになった。


まだ梅雨にも入っていないというのに、その日はとても気温も湿度も高かった。制服の移行期間はまだ先で、登下校は原則として学ランを着用しなければならない。7月に入らなければ冷房は入らないし、窓を開けたところで風など吹きはしない。長袖のシャツを捲ってはみるが、もちろん、そんなもので対応できる暑さではなかった。
「真ぢぁぁん、あづいよぉぉぉ」
「うるさいだまれ。暑苦しい」
「ひっでぇ!! これも温暖化のせいか……」
部活となれば、半袖半ズボンになれるだけ制服よりも幾分かましだったが、結局それ超える運動量なので、結果はプラスどころかマイナスである。こめかみから伝う汗を手の甲で拭うが、ぬるり、と滑るばかりだった。
「今日さー、1時間しか寝てないから、そろそろオレ死んでもおかしくない」
「アホなのだよ」
「あれっ?」

ばっったーーーん。

大きな音を立てて、派手に転んだ高尾。
人ひとりが無抵抗に重力の成すままに崩れ落ちる。
寸前まで、会話をしていた緑間さえ何が起きたのか分からず、フレームの下の瞳をぱちくりと瞬かせた。留まることなく聞こえていたドリブルの音やバッシュの鳴る音が全て止まり、突然、訪れる静寂。
「高尾っ!?」
一番早く動いたのは宮地だった。脇に抱えていたボールを捨て、うずくまって動かない高尾に駆け寄った。部員の動きを止めた音の原因は壁にぶつかったボールかごで、高尾はボールかごの足元で背を丸めている。
「俺が保健室、運ぶから」
宮地を含む誰もが何が起きているのか分かっていない。高尾が転んだだけなのかもしれなくとも、あの高尾が声ひとつ上げずにいることが、それだけ高尾にダメージがあったのだと知らしめていた。普段の高尾なら、そう、意識のある限り『自分は平気だ』と何らかの方法で示しているはずなのだ。
宮地は高尾の半身を起こして、横抱きにした。その時、改めて高尾が気を失っていると分かった。他の部員たちもひとまず高尾に外傷がないことは見て取れたので、ほっと胸を撫で下ろす。
「緑間、監督に言っといて」
「あ、ハイ。わかりました……」
颯爽と体育館を後にした宮地にぽかーんとする部員たち。丁度よく監督が体育館へ戻ってきた。宮地が「緑間に聞いてください」とすれ違いざまに声を掛けた。

宮地が保健室へたどり着いた時、保健医は居なかった。しかし、ドアは施錠されていなかったので、すぐに帰ってくるだろうと踏んで、宮地は高尾を勝手にベッドに寝かせた。自分もすぐ横に適当な椅子を運んできて座る。
自分でもよく、こんな迅速に動けたものだと感心しながら心を落ち着かせる。気絶すると人間の呼吸が止まってしまうかどうかなど、見たことがないので分からないが、高尾は正常に呼吸をしているように見えるし、寝ているようにしか見えなかった。
部員たちにはさぞ冷静に見えたのではないかと思うが、実際は動揺しまくりだし、後先考えずに抱えてきてしまったのも色々な理由がある。もし、高尾が頭を打っていたのだとしたら宮地の判断は間違っているし、あの時やらねばならなかったことは、真っ先に保健医を呼びに行くことだっただろう。
宮地は、限りなく個人的な理由で高尾を気にしていていた。同じ部活だからでもなければ、学校の後輩だからでもなかった。その理由のせいで今、訳もわからないまま、こんな状態になってしまった。
すやすやと寝息を立てているようにしか見えない高尾の額から汗が伝った。ついさっきまで運動をしていたせいで、Tシャツは汗でびしょびしょだし、いくら保健室には冷房がかかっているとはいえ、そう簡単に汗は引かないだろう。逆に汗が冷えて風邪でも引きかねない。綺麗なタオルが見つかれば良かったのだが、宮地はあいにく保健委員などになったことがない。仕方ない、と自分が丁度、首からかけていたタオルでその額を拭う。少し離れたところから手を伸ばしたせいで、手首が高尾の鼻先に触れてしまった。起こしてしまうかと思って急いで手を引こうとしたのだが、どうしてか、がっしりと高尾に腕を掴まれていた。
「高尾?! 起きてたのか……?」
宮地の腕を両手でホールドするようにぎゅうっと体を密着させ、手を顔の前に持ってくるようにした高尾。
半分だけ寝返りを打った背中に黒い小さな黒い翼が生えていた。
やっぱりか。
宮地は呟いてから、空いている片手で高尾の背中の翼に触れた。羽に覆われているわけではない。どこかひんやりと冷たい、皮膚に近い触り心地。
まだ寝ぼけているのか、無意識の行動なのかは分からないが、高尾は宮地の手首の内側、脈拍を取るときに押さえる血管の集まった箇所に鼻先を近付けた。少しして、口を大きく開けたかと思えば、がぷ、とそこに噛み付いた。
「っっわぁああ?! なんじゃこりゃ??!」
突然、宮地の腕を投げ捨てて、運動部の腹筋を全力で活かして勢い良く起き上がった高尾。宮地も驚きのあまり後退しようとし、椅子を倒してしまった。高い金属音を響かせて転がる椅子、その音に自分自身大いに驚いてしまう。
「宮地サン……? あれ、オレ、いま……」
「俺の腕に噛み付いてましたケド……」
「な、なんと……!!」
「なんと、じゃねえよ、このでこっぱち」
今さっき、放り投げた手を取り直し、しげしげと自分が付けた噛み跡を眺める高尾の額にデコピン一発いれた。ばちーん、と小気味いい程の音をさせた額は赤くなった。目に涙を浮かべて宮地を見る。
「……やっぱり、お前、蝙蝠なのか」
「痛烈なデコピン対する謝罪はなしっすか」
「KYかよ」
「あえて空気読んでるんですよ!!」
保健医がなかなか帰ってこない。宮地は保健室の入口に目を向ける。
「聞いてます!?」
「はいはい、で、お前は俺に謝んないの?」
「謝んないすよ。なんで、オレが」
「ひとを食おうとしたからだろ」
あれ? とひとことの後、高尾は何かをぶつぶつ言いながら考え込んでしまった。その様子を見つつ、思いのほか察しが悪いものだと宮地は答えを教えてしまいたくなった。しかし、自ら教えることは禁止されている。どっちにしろ、バレてしまったら宮地自身、相当には怒られる。
「…………宮地サンは、なんなんすか……? ん? ネコ?……いや、さる??」
「猿だろ。それ以外の何かに見えるか?」
「見えない、デス」
そういうことだよ、と薄く微笑んで高尾の頭を軽く撫でた。同時に保健医が扉を開けて入ってきた。
「あれ、バスケ部? どうしたの?」
「一年が倒れちまって」
「暑いものね。大丈夫? 怪我はしてない?」
「怪我は平気っす。寝不足っすね。もうちょい寝かしておいてもいいですか?」
構わないわよ、と保健医はカーテンを少し開けて、ベッドの上の高尾を覗いた。高尾は会釈をし、気まずそうに目を逸らした。
カーテンの外で成される宮地と保健医の会話は世間話に移ったようだ。
寝不足と突然の気温の変化で、体調が悪かったのは事実だが、まさか倒れるとは思ってもみなかった。体はまだまだ睡眠を欲している。さっき起こったアクシデントのせいで目が覚めてしまった。眠ってしまいたいのに眠れない。頭の回転もなんだか遅いし、考えがまとまらない。
宮地はさっき、なんと言っただろうか。自分に『蝙蝠』だと告げた。確かに自分は斑類で、その魂現は蝙蝠だ。しかし、高尾は蝙蝠であることを隠しており、重種の緑間ですら高尾をただの猫又の軽種だと思っている。それは高尾が猫又に成り魂しているからである。宮地はそれを見抜いた。そこはまだ、理解できる。決して、高尾も魂現の扱いが飛び抜けて上手い訳ではないので、目敏い者には分かってしまうだろう。
問題は、さっきのアクシデント。どうして自分が宮地の『血を吸おうと』したのか、ということだった。世界に蝙蝠は1000種近く存在する。その中でも、吸血する蝙蝠はたった3種だ。有名なのはナミチスイコウモリだろう。主に家畜の血を吸い、人の血を吸う可能性もあるからだ。残りの2種は主に鳥類の血液を吸う。こちらはテレビなどでも取り上げられることはなく、ネットでもほとんど書かれていることがない。高尾は後者にあたる、ケアシチスイコウモリという種類だった。
つまり、高尾は鳥類の血液にしか反応しないはずなのだ。寝ているときは魂現のコントロールが最も弱まる時であり、同時に動物の本能に限りなく近い。ただの人間、猿の血液に反応するなどという間違いを本能が犯すはずがないのである。
導き出される答えはひとつだった。
「まだ仕事あるらしいから最後に鍵だけ掛けてこいって。寝ていいぞ?」
「宮地サンは、あの……」
「うん?」
宮地は椅子には座らず、ベッドの縁に腰掛けた。冷房の風にゆっくり揺れる黄ばんだカーテンを見ていた視線を高尾に向ける。優しい声色にはどういう意味が含まれているのかは高尾には分からない。
「飛べるんですか……?」
「飛べない。俺は、飛べない」
「でも、翼はあるんですよね?」
「何を証拠に」
「オレがコウモリだから、じゃダメすかね?」
「なに勝手に説明省いてんの? 轢くぞ?」
にこやかに物騒な言葉を吐きつつ、高尾の頭を片手で握る。指先がこめかみに当たり、ぎりぎり、と痛む。
「っいた、いたいす、みやじさ、いたぁっ!!」
「説明したくなった?」
「大したことじゃないですよ……」
高尾は自分が吸血蝙蝠の一種であることとその対象を話した。そんなところだと思った、と宮地は高尾の肩の辺りをじっと見つめていた。首を傾げた高尾の肩を指差す。
「さっき、翼出てたぞ」
「見た……?」
「見たから知ってんだよ」
「……じゃあ、宮地サンのも見せてよ」
「いや、何言ってんの。さっきのはお互いに不可抗力だし……ちょっと、引くわ。ごめん嘘。かなり、引くわ」
斑類にとって、魂現を見られることは全裸見られるようなことである。つまり、高尾は宮地に『宮地サンの真っ裸見せて』と至極真面目に言ったわけである。宮地が引くのも納得だろう。
「じゃあ、素直に認めてくださいよ」
「なにを」
「宮地サンが翼主だってこと」
やれやれと言わんばかりに肩をすくめる宮地を高尾は睨みつけた。高尾が何をそんなにむきになっているのか分からない。
宮地は斑類の上位階級の世界に関わることがないので詳しくは知らないが、蝙蝠が迫害の対象であることは知っていた。なぜ迫害されるのかは分からなかったが、昔からの習慣のひとつなのだろうと考えていた。日本人は、いや、人間全てに共通しているのかもしれないが、異なるものを罪悪感も感じずに排斥し、理由もなく古いものに囚われる。
理由もなく追われることとと、ただその血統、果ては精子という種だけを求めて追われること。どちらが『まだマシ』なのだろうか。
「あのさぁ、俺がなんなのかお前は理解してるんだろ? お前が蝙蝠だから迫害されるように、俺はこんなものを持ったせいで命狙われんだよ。何が言いたいか分かるよな?」
宮地の自嘲混じりの言葉は真剣そのもので、いつも以上の気迫に高尾は息を飲んだ。空気が凍てつく。一瞬だが、重い圧力を全身で感じた。
とっさにあの半年前の試合を思い出す。ふたつも同時に夢を破られた中学校最後の大会を。体の中央を走る甘い電撃と体中を強ばらせる恐怖。
顕れたのは能力の差であり、階級の差だ。
「誰にも言ったりしませんよ、そもそもオレだって猫又ってことになってますしね」
「それな。にしても、お前、成り魂上手いよな」
似たような境遇のふたりは斑類談義に花を咲かせていた。目下、気にするとしたらお互いに緑間だけなので、その緑間が部活を抜けてくる筈がないと分かっていれば盛り上がりもする。成り魂のコツに始まり、果てはヤったことはあるかだのなんだの、と斑類らしい、生殖に関する方向へ転換していく。
「宮地サンが翼主で良かったぁ」
「そうだな、つーか、そろそろ戻んねえと」
俺は至って元気だしな、と苦笑いする。保健医から預かっている鍵をじゃらり、と指で回す。
「オレもずっと喋ってたんじゃ、ココにいる意味ないっすもんね」
「じゃあ、オレ戻るから、一眠りしとけ。あ、鍵任せる」
椅子を持ち上げて、所定の位置に戻した。鍵は放物線を描いて、高尾の手に収まる。ひらひらと手を振って宮地はカーテンを開けた。あざっした、と高尾が言った時にはカーテンの隙間は閉じられてしまう。
おやすみ、と保健室の扉を閉めた。その小さな声は高尾には届いていなかった。

宮地が体育館に戻ると、片面ずつでゲームが行われていた。ひっきりなしにプレイヤーが入れ替わる。緑間は、コートの外でボール片手にぼんやりとしていた。
「緑間、おつかれ。監督はなんて?」
「特には。遅かったですね」
「別にサボるつもりはなかったんだけどな」
「高尾はどうでした?」
「案の定、寝不足だな。今頃、寝てると思う」
本人がそう言っていたのだよ、と緑間がぼやく。宮地を数秒見つめ、首を傾げる。宮地は気が付いてはいるが、視線を逸らした。早くゲームに参加したいとコートだけを見る。何か気になることがあるのだろう。そこまでこっちが気を遣う必要はないと、コートの逆端にいる大坪に宮地は手を振った。大坪の元へ向かおうと足を踏み出した時、緑間が宮地の腕を掴んだ。
「んだよ」
「あの、あ……やっぱり、いいです」
「意味分かんねえ。お前もバテたんじゃねえの? きちんと水分取れよ」
緑間は言葉にならない何かを振り払うように、頭を数度、左右に振ってみる。
宮地は大坪に何かを話しているようだった。大方、高尾の状態だろう。そんなことを考えながら、宮地から視線を外す。緑間はTシャツの襟元で首筋を伝う汗を拭った。






→2

letters:965