溶けた。【まこはる】





(Fr/ee! 1期の1話を見た直後に書いたまこ+はるです。)



ハルちゃんが、溶けた。



水、というのは不思議なものだ。そんなことは誰もが一度は思うことだろう。泳ぐことが好きとか嫌いとか以前に人間は水がないと生きていけないし、俺たちが生きているのはなんたって、『水の惑星』だ。まあ、地球をそんな風に名付けたのも人間なんだけど。とにかく水に惹かれない人はいないんだと思う。俺だって、もちろん水が好きだ。好き、というのはちょっと違うかな。やっぱり、惹かれているっていうのが一番しっくりくる。
俺なんかよりも強く魅せられてこじらせたのが、遥。俺の比じゃない。多分、水を失ったら死んじゃうと思う。なんで陸に、肺呼吸する生物に生まれてきちゃったのか。そんなことを真面目に考えるやつだから、相当には水が好き。大好き。(人間は胎児の時、魚類、爬虫類と進化の過程と同じ形態を辿って人になる、みたいな話を理科で習った日。珍しく考え事してるなーと思ったら、どうしてオレはハチュウ類になっちゃったんだろうって。あの頃のハルちゃん可愛かったな。)
ハルには、俺とは違うものが見えてるんだろう。俺の見える水とは違うんだろう。ハルに見える水はどんなだろう。考えたことはあるけれど、同じものが見てみたいとは思ったことがない。俺は、ハルとは仲がいい方だとは思うし、長い付き合いだ。大抵のことは知ってる。それでも、遥の頭の中は知らないし、知りたくない。嫌なわけじゃない。知れるんだったら知ってもいいけど、くらい。知らない方が面白い気がするんだ。多分、教えてもらったとしても俺は理解できない。あれは『遥のせかい』だから。


渚とハルと俺で、海に行った日の帰り。渚は用があるって急いで走っていってしまった。シャワーで流したとはいえ、ペタペタと触れば手のひらに肌が吸いつくような感覚がした。ビーサンの付け根には砂が挟まっているのか歩く度に足がちょっと痛い。乾くまでの辛抱だ。乾いてしまえば、砂は面白いように足や腕から剥がれ落ちていく。
「ハルちゃん、こっからどうするの?」
「帰る」
「水風呂直行ってわけか」
まだ、午後になったばかり。よく、こんなに早く海から上がってくれたもんだと思う。(朝五時から泳いでました。主に遥が一人で遠泳してた)まだ泳ぎ足りないようで、少し不機嫌だ。
「プール行く?」
今まで半開きだった目があからさまと言えるほどにぱっちりと開いて輝いた。一瞬にして背筋も伸びた。
水しかハルを動かせない。
「ちょっと遠いんだけどさ、隣町のさ、市民プールあるでしょ? 今日、あそこ無料開放してるらしいよ」
「行く」
「うん。電車賃ありそ?」
ジーパンのポケットを手を突っ込んでじゃらじゃらと鳴らす。よく、見もしないでそれだけで分かるな。というか、まだズボンにお金入れてたのか、と呆れる。いつでもどこでもプールがあると聞けば服を脱ぐので、小銭を直でポケッに入れておくと後が大変なのだ。主に俺が。(突然、半裸、いやほとんど全裸の男とその足元で地面に這いつくばって小銭探している男がいたらもう、どこからつっこんでいいか分からないでしょ)コンビニの袋でいいから、何かに入れおいてくれないかな、ほんと。
「早く行こう」
どれだけ泳げば気が済むのか。一生泳ぎ続けていたって飽きないだろうし、むしろ本望なんだろう。俺が出会ったハルはもう水がないと生きていけない人間だった。どんな生活をしていると、こんな人間が出来上がるんだろうか。
早くしろよ、とつっけんどんに言われてしまう。謝りながら、少し急ぎ足でハルのとなりへ並ぶ。


そこにあるのは、ハルの水着と小さな水たまり。
ハルの濃紺の瞳を水にほんの一滴だけ垂らし込んだような淡い色の水、があった。純粋な水じゃない。ちょっと、とろみがあって軟らかそうだった。ゆっくりと手を伸ばす。人さし指でほんの先をつつく。

ぷるん

なんだこれ。
表面に薄い膜が張っていた。手のひらでそっと覆うようにすると火照った手にひんやりと冷たかった。
さあ、今の状況を考えよう。なにが起きた。ちょっと目を離した数秒に……!
ここは隣町の市民プール。海に引き続き、泳ぎ続けていたハル。俺もゆっくりと泳いでいた。ついさっき、監視員の笛により、10分の休憩時間となった。ハルにとって、最も嫌いな時間と言えるだろう。 強制的に泳ぐことを中断され陸に上げられる。 ハルは(俺もだけど)1時間毎の休憩が必要なような体はしていない。自分の体のことくらい自分で分かるだろ、とため息をつきながらプールサイド、俺の横に腰を降ろしたのはついさっき。休日だし、無料開放だから人は多いのだが、ほとんどの人は隣の25mのプールを使うのでまだ空いている方だった。俺たちが使っているのは50mのプール。ここらへんで少し大きい大会をするとなると絶対にこのプールだった。バックが得意な俺にはターンする必要がないからすごく嬉しかったりする。昔は距離掴むまでターンの度に頭から突っ込んでたんこぶを作っていたりしたものである。そんなことはどうでもよくて、俺はその時、隣のプールを見ていたのである。家族連れが目立つなぁ、って。何時まで泳ぐ? と答えの分かりきったことを聞こうとハルを見た。そして、そこのに水着となんかスライムみたいな液体。
全く分からない。
予想できることは、ハルは現在、全裸でどこかへ行ってしまった。この液体はなんでもないただのスライム。次、なぜかハルが水着を置いてどこかへ行ってしまった。ただし、水着は違うの履いている。(ハルがこれ以上変態扱いされないためのフォローのつもりだけど、フォローになってない気もする)最後に、ハルがこのスライムの可能性。溶けた。ハルが溶けた……?
いや。いやいやいやいや。ハルならありそうだけど、流石にないって。溶けた、とか。え、なに。これ?このぷにったのがハルなの?! 真琴くん混乱してるよ!?
ひとりでどっか行くやつじゃないしな……。プールだったら殊更、いつでも入れるように、水から離れたくないって動くとは思えないし。水着だけ置いてどこかへ行くとは流石に思えないしな……。
プール全体を見渡す。ハルらしき人は見えない。探しに行こうかと、少し腰を浮かしたところで動きを止める。

これ、置いていってもいいの……?

ハルの水着の横に体育座りをし直して、膝頭に頭をうずめるように突っ伏す。とにかく、訳がわからん。
「真琴……」
「え?!ハル!?って、ぎゃーー!!」
声が聞こえたから顔をあげたら、いた。全裸のハルちゃんが……!思わず叫んじゃったし、タオル投げつけちゃったし。俺、ナイスプレー。
「いつっ……」
「ちょ、ハル!!今までどこいたの!?」
幸い、こんなに騒いでいても元から人の少ないプールだ。隣のプールのちびっこの対応に忙しい監視員は気づく様子がない。こんな姿を見られたら通報か、よくて出禁にはなるんじゃないだろうか。小学生くらいまでは多めに見てもらえると思うけど、高校生はアウトだろ。アウトだよ!!
「ここ」
きょろきょろとあたりを確認してから何事もなかったかのように水着を履きだした。何事もなくないけどね。なにひとつ何事もなくない。プールサイドのあまち綺麗とはいい難い時折、塗装の剥げた床をまっすぐ指さした。
「ん、ああ、下の休憩所……?」
「いや、ここだって。お前の隣だけど?」
「うん……?」
「ずっと、ここにいただろうが」
よく濡れた水着をあっさり履けるよな。魚みたいに皮膚ぬるっとしてるんじゃないの、もしかして。俺、ぱっつんぱっつんなって、履くの大苦労だったのに。というか、よく湿った海パンの上からズボン履くよな。びしょびしょにはならないことは俺もわかってるけど、それでも気持ち悪いもんだと思うんだけどな。
「真琴?」
「ハルちゃんさ、もしかして願い叶った……?」
いつもより機嫌がいいのは明白だった。目が輝いてる。それでもどこか腑に落なさそうなのは、多分、戻ってしまったから。
「……ちょっと違った」
何に照れているのか、頬を少し赤くしそっぽを向いた。図星、ではないらしい。確かに、あれはハルの望む形とは違うんだろう。ハルのせかいは分からない。でも、ハルが望むものは俺にも見える。触ることもできる。
「よかった」
思わずそんな言葉を漏らしてしまう。ハルは睨みも怒りもせず、ただ俺を驚いたように見た。そんな顔されると俺がショックなんだけどな。あの日と同じ言葉を返したのに、驚かれてしまうのか。
「あの日、ハルは俺に『水になりたい』って言ったよね」
「ああ、いつだか分かんないけど言ったと思う」
「俺がなんて返したか覚えてる?」
そう聞けば、ハルはまっすぐに俺を見た。
「『ハルちゃんは消えるの?』」
「お、よくできました。覚えてたか、恥ずかしいな」
聞いたくせになんなんだよ、とハルは苦い顔をしたが、俺も似たような表情をしている気がする。少なくとも、笑えているとは思えない。
俺は、ハルの言葉を聞いて、怒った。水なったって、そこが地面だったらハルは蒸発していなくなってしまう。なくなっちゃうよ、空気になっちゃうよ、と肩を掴んで思い切り揺すって問い詰めた。何を言ってもだんまりを決め込み、やっと俺が手を離した時にハルは言った。

『蒸発したら、水蒸気になって空まで登って雲になって雨になって川に降って、海に行ける。ずっと水でいられる』

理屈としては合っている。水の循環だか、大気の循環だかだ。こんなことを小学生が言っていたと思うとお兄さん悲しい。というか、理科大好きだったのね、幼き日のハルちゃん。それに対して、俺は 『ハルちゃんは消えるの?』と返したのだ。だから、消えないって言ってんだろと殴られ納得できずにどうしてと食い下がった。本人だって未だに説明できないことを聞いたってもちろん、無駄なのだが。
「あ」
ぽちゃん、という音ともにそこには再び水着と液体。もうどうしていいか分からない。ひとまず、深呼吸をする。そして、水着にスライムを掴みあげて包んでプールサイドを走って(監視員に怒られた)シャワー室に滑り込んだ。ここならもし、戻ったってどうにかなる。
「どういうことなんだよ、はるぅ……」
狭いシャワー室のカーテンを締めてから呟く。腕の中の ものを見て、床に置くわけにはいかないとはいえ、持っているのもどうかと思えてきた。思ったよりしっかりしてるよな、なんてスライムをつついたら一気に俺の腕に何十倍もの重さがかかった。慌てて力を込める。
「ハルちゃん、俺、泣いてもいい?」
「……俺だって」
まあ、予想は出来てなくもなかったんだけど、まさかそうなるとは思わなかった事態が起きた。こんなことになるんだったら、さっさと床に捨て置けばよかった。ちくしょう。
俺の腕の中で人型に戻ったハルは俺にお姫様抱っこされている。たださえ、湿気で暑いのにほぼ全裸で抱き合って、顔も近い。どんな嫌がらせだよ。どうして完璧全裸の野郎をお姫様抱っこなんだよ……。勘弁してくれよ。カーテンの隙間からハルの足が飛び出していた。降ろそうにも狭くて、叶わない。ああ、もう嫌だ。嫌だ。なんでこんな狭いところで……!広けりゃいいなんてことではない。もちろん。
「真琴、出ていってくれないか」
この状況から考えて正しいこと言ってるんだけど、あまりにも理不尽な気がしてならない。外から声は聞こえないから誰もいないだろう。ハルが足でカーテンを開けて一度、外へ出る。よっこいせ、とハルを降ろして俺は更衣室のベンチに座って、ため息をついた。ハルはすぐに水着を履いて出てきた。だからどうやって、濡れた水着をそんなにすぐに着られるんだよ。
「行くぞ」
「どこにだよ」
「決まってるだろ」
「決まってないよ!!」
ほら、意味わかんないって顔してるよ。お前に危機感とかないのか。今やんなきゃいけないことはなんだよ……。


その日はすぐに帰ってハルの家でスライムになる練習した。(ここでスライムにならない方法を考えずにスライムになる方法を考えるのがハルクオリティ)どうしてなるのかはよく分からないが、たぶん、水分不足だとなるようだ。水泳はずっと水の中にいるから気がつかないことが多いが、たくさん汗を流している。陸上で運動している時と同じくらいには汗をかいている。目に見えないし、感じないから気がつけない。つまり、スライムになるということは、危険信号なのだろう。自分の体の管理が云々言っていたのに恥ずかしい。
戻る方法は簡単だった。オレが触ればいい。どうしてオレなのかは分からない。
オレは水筒をいつも2本持つようになったし、意地でも水を飲ませるようになった。
突然、ハルの服が落ちていても違和感はないから、スライムになっちゃう方はいいのだ。でも、戻った時の全裸はまずいだろう。全裸は。通報されるからね。絶対、通報される!

「まこちゃーん!!はるちゃんが!!」
「ええ?! またなの? もう、ハルの自己管理能力どこいったの?!」



       [ ハルちゃんは とける をおぼえた! ]


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