HAPPY NEW YEAR!!【宮+高】




おせちを冷凍庫から冷蔵庫へ移して、紅白はあと少しだったが録画した。ついでに母親に頼まれていたカウントダウンライブも録画。
ストーブにこたつ、ガス等々。家を出る準備は整った。
壁の時計を見る。時間にきっちりとしたあいつのことだから、もう数分もしないうちにチャイムが鳴るだろう。
コートも着てるし、マフラーも巻いてるのに、ぼうっとソファーに座っている。
受験生の1分1秒を無駄にしたくないという思いから、早めに準備をしたが、さすがに早すぎたか。
両手で顔を覆った。暖房は切ったが、まだ、部屋の中は温かい。そんな中で、これだけ着込んでいるのだから暑くてもしかたない。頬の内側に熱がこもっているように火照っている。末端冷え性気味の指先で触れる。
チャイムが鳴った。インターホンに出ると、ぴしっと敬礼をした高尾がレンズの向こうで笑っている。
「宮地サン、お迎えにあがりましたー!」
すぐ行く、と宮地はテーブルの上の財布をズボンの後ろポケットに突っ込んだ。

いつもより少しうるさい住宅街。どこの家も電気がついていて、クリスマスの名残のイルミネーションや、大小様々な正月飾り。同じ方向に歩いている人も何人かいた。行き先は同じだろう。
「お疲れ」
うっす、と肩をすくめて、パーカーのフードを寄せ集めて首に巻き付けるようにしている。パーカーの上に着ているPコートは学校に着ていっているものと同じだ。なんでコイツ、こんな薄着なんだと思いながら、宮地は自分のマフラーを外しにかかる。
「順調か?」
「たぶん? もーよく分かんないっす。だって、あと1ヶ月ないし」
「はは、俺は怖かったよ、この時期」
自分のマフラーを高尾に渡して、睨みをきかせる。言いたいことがあったようだが、宮地の視線に黙って頷いた。いそいそとマフラーを巻く。その姿に思わず笑ってしまい、今度は高尾が宮地を睨み付けた。
宮地と高尾は横に並び、ゆっくりと歩く。
「マジすか!? 宮地サン、余裕そうだったじゃないですか」
「はぁ?! お前と変わんねえスケジュールだったよ、ちくしょう。ウィンターカップの日程、やっぱえぐい」
「元の脳みその作りじゃないんすかねぇ」
「俺が教えてんだから、お前は落ないの!! 落ちたら、捩じ切る」
にっこりと笑顔を浮かべて、ぞうきんでも絞るかのような仕草をして見せる。高尾は、ぷいとそっぽを向いた。
「……マフラーあざっす」
「受験生としての自覚なさすぎんだろ。certainは?」
「確信して」
宮地は高尾に手を差し出した。高尾は当たり前のように単語帳を渡す。ぱらぱらとめくりながら、目に付いたものを適当に読み上げる。
「Virtue」
「美徳〜」
「Immediately」
「すぐに!!」
人がにわかに増え始め、赤い鳥居が見えてくる。道なりに出店も出てきた。
「相変わらず、無駄に発音いいっすね!」
「無駄にってなんだよ。お、甘酒売ってる。あとで奢ったる」
「宮地サンが飲みたいだけっしょ、ソレ」
うっせえ、と高尾の頭を軽く叩く。ぺしっ、と軽い音がした。
「あー、やっぱ叩きやすいとこにあるよな、お前の頭」
「失礼な!! 成長止まった宮地サンと違って、これでもオレ伸びてるんすからね!」
鳥居をくぐると、その先はずっと階段だった。数段登ったところで、列に加わることになった。
「先は長そうだなぁ……」
高尾が呟いた。そうだな、と応える。
宮地は卒業したあとも何回か修徳高校のバスケ部に顔を出していた。弟の裕也がいるので、部の情報というのは、聞くまでもなく耳に入ってきた(実家住み)。裕也の受験も無事終わると同時に、高尾の志望校が宮地が通っている学校だと伝えられた。そして、高尾から、勉強を教えて欲しいという連絡が入ったのだ。高尾はもちろん、レギュラーで、ウィンターカップまでしっかり残るという。自分と同じ状況に、どこかもの寂しさを感じながら、1ヶ月に1回会うか会わないか程度だが、勉強を教えていた。つい先日、そのウィンターカップを終え、宮地は見に行っていたが、その結果を知っていたからこそ連絡を取ることができなかった。そのまま年を越そうとしていた時に高尾から初詣の誘いがあったのだ。
「今日が最後っすかね。いいかげん、受験までノンストップ」
「部活ないのって、やっぱり変な感じか?」
「変な感じって……まー変っちゃあ、変すね。時々、アレ? ってなります」
「受かったら、どっか連れてってやるから」
何が高尾のモチベーションになるのかは分からなかったが、とりあえず高校生にはなくて大学生にはある金にものを言わせることにした。
「どこでもいいんすか?!」
「海外とか言うなよ? つーか、どっか行きたいとこある? あ、モノでもいいぞ」
「太っ腹っすね……勉強してる時は行きたいトコもやりたいコトもいっぱいあるんどなぁ。煩悩消えちゃいましたかね」
「まだだろ。まあ、有効期限は長いからいつでもいいけどな」
列が一段進む。ざわざわとうるささが一瞬だけ増した。
「長いって、いつまでっすか?」
「俺が卒業するまで、かな。受かるんだろ、お前」
「そーいうことっすか。受かりますよ、そりゃ。落ちたら、なんだっけ? まず、轢かれて、次にシメられて、燃やされて、撲殺されて圧縮されて沈められて埋められて、そうそう、捩じ切られちゃうんで」
高尾は宮地に見せつけるように指折り数える。まだまだあったなぁ、と楽しそうに笑った。
「なんか、余裕そうなんだよな。ちゃんと焦ってる?」
「焦りまくりですよ。ぶっちゃけ、試合前よりもこえーっすね」
「恐怖の種類違うだろ?」
また一段。よいしょ、と石段を登る。じじくせえ、と高尾が言ったので、デコピンした。
「受験終わったら、って考えると楽しいんだけど、すぐに終わるかなって思っちゃうんすよね」
「あー分かる」
「いま、やりたいこと、思い付いた!! オレ、宮地サンと飲みに行きたいっす!!」
「期間ギリギリじゃねえか。今度は俺が就活で死んでそうだな」
強くないからなぁ、と宮地がぼやくと高尾は納得したというように声を漏らす。
「ぽいっすね。弱そう」
「お前も強くなさそうだけど」
「いやー、おふくろもおやじも強いんで。オレも強そう」
「まじか。あんまり飲みたくないわ」
「なんで」
「後輩の前で酔いたくねーもん」
一気に三段進んだ。ふたりの身長ならば、鈴と紐の上の方くらいならば見ることができる。列の進みは割と早かった。ただ、階段が急なだけで、随分と混んでいるように見えただけらしい。
「うっわ、酔ってる宮地サンとかスゲェ見てみたいんすけど!!」
「お前は酔ったらさらにうるさそうだな」
「木村さんとかに聞いたら教えてもらえるかな……」
「物騒なこと言うな! 聞かなくていい! いちょう切りすんぞ」
「物騒なのはアンタ!! 隠されると気になっちゃうじゃないすか〜」
ずるずると列が進み、もう目の前に賽銭箱があった。宮地は財布を開けて、五円玉を用意する。
「あ、百円玉しかねえ……!! 五百円玉もある……」
「五百の縁もアリじゃないか?」
「オレに必要な縁はひとつだし、縁が百じゃないでしょ。五円で御縁がありますよーに、っすよ!!」
自分の手の中の五円玉を高尾の額に押し付ける。代わりに高尾の手から五百円玉を取る。
「俺の念がこもった五円玉をやろう」
「あ、ちょ、それ投げちゃダメ!!」
宮地が手を離し、それによって重力に従わざるを得なくなった五円玉をあわあわと空中でキャッチする。叫ぶと同時にちゃりーん、と宮地の手から硬貨が放たれる。
「なーんてな」
宮地が五百円玉をつまんで見せる。
「ビビらせないでくださいよ!!」
「ニ礼ニ拍手一礼の間ってしゃべってよかったのか……?」
「いまさら!! ていうか、御縁はオレが実力で勝ち取るんで、大丈夫っすよ」
「それ、ここで言ったら落とされんじゃねえの?」
「かもしれないっすね」
「お前はしっかり、ニ礼ニ拍手一礼する!」
「ハイ!?」
背中を思い切り叩く。高尾がびっくりしたように目を丸くして、礼をした。その隣で宮地はガラガラと鈴を鳴らす。

階段を降りて、道路に出た。町内会が出している屋台には、しるこ、甘酒、おでんがあった。しるこの文字にふたりで「緑間……」と呟いた。そこで話題が緑間になる。緑間は相変わらず、おしるこを愛してやまないらしい。
甘酒をふたつ買い、片方を高尾へ。あざっす、と宮地のマフラーにうずめていた顔を出して、受け取った。
「宮地サンは何をお祈りしたんすか?」
「お前が受かりますように、に決まってんだろ」
紙コップの中の甘酒は熱くて、白い湯気がゆらゆらと立ち上っていた。持っている手も熱い。
「オレのことなんか祈っちゃって、なんかもったいなくないすか?」
「いいんだよ。お前には受かってもらわなきゃ困る」
あちっ、と甘酒から顔を離す。ぎゅっと目をつぶって、舌を出した。
「べろ、やけどひまひた」
「ばかだな、気を付けろよ」
舌を引っ込めた高尾は、真面目な表情をして宮地の顔をのぞき込む。ふい、と目線を逸らしてしまった。視界の端に甘酒の湯気が見えた。空は深い深い青で、少し目を凝らせば星が点々と捉えることができる。
「で、何が困るんすか?」
「あ、聞き流してくれて良かったんだけど?」
「ふぅん……」
「受かったら教えてやるよ」
後ろから鐘の音が聞こえた。
「宮地サン、あけましておめでとうございます」
「ああ、あけましておめでとう」
春になって、桜が散り終わる頃を思う。自分は、この後輩になんて言葉をかけているのだろうか。好きだ、なんて素直な言葉を告げることができるのだろうか。
とりあえずは、合格してもらわなくてはいけない。
がしっ、と高尾の肩に手を回した。突然の重みににうわっ、と高尾は声を上げた。
「落ちたら、本気で轢くからな?」



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