この翼をあげるから.03




(宮高表現あり)

結局、黒子から宮地に関することはほとんど何も聞くことができなかった。本人から聞けの一点張りである。黒子に会ってから数日、何も変わらない日々が続いてた。宮地も緑間にも特に目立ったところはなく、いつも通りだった。緑間は宮地に関して何かを疑うような視線を向けていたが、それも次の日には引っ込んでいた。疑いは晴れたのだろうか。
高尾は自分自身でも不思議だったが、今までずっと憧れてやまなかった翼主がすぐ近くにいることをつい数分前に思い出していた。宮地が翼主だと分かった時はそれどころではなく、そもそも翼主への思いが緑間との出会いで霧散してしまっていたと思っていた。しかし、改めて、自分の先輩が翼主なのだと考えると、一度でいいからその翼を、飛行しているところを見てみたいなど宮地の背中に熱い視線を送ってしまう。あの背に翼があるのだ。
「さっきからお前キモいんだけど」
「バレてました?」
「思いっきりな。なんか用?」
宮地をちらちらと窺いつつ着替えていると、当の宮地がワイシャツのボタンをしめながら、声をかけた。部室はざわざわとうるさい。部員をどかしながら、宮地は高尾の隣までくる。
「この後、時間あります?」
「は? あるけど……」
部室をぐるりと見回した。緑間と裕也を目線で示す。
「進路のことでちょっと。理系行きたいんすけど、宮地サン理系すよね?」
「お前、理系くんの? うっわ、頑張れよ」
「ちょっと、まだわかんないでしょ!! 笑わないでくださいよ」
鼻で笑った宮地の肩を掴んで、前後に揺する。ははは、と感情のこもらない笑い声で高尾をあしらう。玄関で待ってろ、と言って自分のロッカーに戻ってしまった。
緑間に一緒に帰れないと伝えなければいけない。今朝は小雨が降っていて、リアカーの付属した自転車は緑間宅でお休み中である。
「真ちゃん、オレ、宮地サンに進路相談してくるから一緒に帰れねーや」
「ああ、それは構わないのだよ。しっかり話を聞いてくるといい」
「安定の上から目線!!」
「進路は重要だ。お前みたいなのには特にな」
言ってくれるねぇ、と呟き、高尾はロッカーを閉める。緑間はまだ着替えの最中だ。丁寧なのかなんなのか、緑間は着替えるのが遅い。かばんを引っ掛け、高尾は先輩たちに声をかけながら部室を出た。宮地が先に出たのをついさっき、横目で確認した。待たせるわけにはいかない。
部室から小走りで玄関に向かう。
「遅い」
「すみません!!」
「マジバでいいよな? それとも、どっか用意した方がいいか……?」
「どの程度からがマジバじゃまずいのかわかんないんすけど」
高尾を手招いて、宮地は膝を少しだけ曲げる。横を向いて、自分の耳を指差した。耳打ちしろということである。
とりえず、聞こうと思っていたことをふたつ、みっつ告げて離れる。
「うち来るか」
「わーお、黒子ん家に続いて宮地サンとこまで。でも、いいんすか?」
「黒子にどこまで聞いたのか知らねーけど、とりあえず、うちは緑間には手出しできないところにあるから」
ふーん、と頷きながら宮地の隣に並ぶ。玄関を出て、駅へ向かい歩き出す。
「まずいんすか?」
「グレーゾーンは全部アウトだ。俺は猫又じゃなくちゃなんないの、絶対にな」
「……誰のために?」
「は? 俺のためだろ。俺が危ない橋は渡りたくないだけだ」
決して澄んではいない空にぼんやりと星らしき光の粒が見えた。宮地は空を見上げていた。高尾も、それが宮地の逃げであることに気付きながらも倣う。高尾に全てを話す義理はないのだ。
「セックスしましょうって言ったらしてくれます? まあ、やりたくないすけど」
「なんだよ、薮から棒に」
「ちょっと気になって」
「普通のゴム使う限りはしてもいいぜ。まあ、しないけど」
駅に近くなってくると人通りも増え、話題は他愛もない方へ。教師がうっとうしいだの、友人の面白かった言動だのと日常的なことばかり。
電車に乗り込み20分くらいで着いてしまった。乗り換えもなく、近いところに住んでいるものだと高尾はぼんやりと思った。
「チャリ通しないんすか?」
駅を出て、道を渡ればすぐに住宅街だった。ここだ、と示された家は極々普通のマンションだ。まだ新しいのか、どこかしこも綺麗だった。
「1年の時はチャリだったんだけどな」
エレベーターに乗り込む。宮地が3のボタンを押した。ぐおんぐおん、という低い響きとともに動き出した。
「裕也サンは?」
「あいつはもう少し遅いな」
「へー、自主練とかかなぁ」
「すぐそこにコートあんだよ」
「え、羨ましい!! 練習し放題っすね!」
「本当にバスケ馬鹿だよなぁ」
感心したように漏らす。ぽん、と高尾の頭を撫でた。と同時にエレベーターの扉が開いた。
「そこ」
エレベーター降りて、右手2つ目。表札には確かに宮地、と書かれている。宮地はポケットから鍵を取り出した。チャリ、と鍵についた小さな鈴がなった。
お邪魔しまーす、と声を掛けながら、靴を脱ぐ。誰もいねえから、と宮地はさっさと進んでしまう。玄関からまっすぐ廊下を進んだ先の白い枠に曇りガラスがはめられたドアを開ける。
「そこらへんに荷物置いとけ」
「外からして、綺麗だったけど、なんか洒落てますね」
「ここは黒子の父親が経営してるマンションだ」
「緑間が手を出せないっていうのは、そーいう……」
「おふくろが黒子の遠縁でな」
ソファーの横を指さされ、指示通りそこにかばんをおろす。宮地のかばんもすぐ近くに置かれる。脚の低いテーブルに向かい合って座った。が、すぐに宮地は席を立ち、キッチンへ向かう。
「宮地サンのおふくろさんっつーと? 裕也サンのではない……? どっち?」
「ほんとに、どこまで聞いてきたんだ?」
呆れた、というようにため息をつく。その手にはコップが2つ握られている。あざっす、高尾が頭を下げる。テーブルに置かれた、それらはさっそく汗をかいていた。冷房のスイッチはさっき、宮地がいれていたが、流石にまだ暑い。
「何が知りたいのかと、その理由を言え」
「裕也サンはどこまで知ってるんですか? あと、どうして全部伝えられていないのか。理由は、」
高尾は理由は、ともう一度繰り返したところで口ごもってしまった。麦茶の水面が目に入る。
「ざっくり言うと、オレも家族に隠しごとされてて嫌だったから、気になるなぁって」
「ふうん、それ聞いてどうすんの?」
「うーん、どうするんすかね。知的好奇心に理由はないのだよってやつです」
「あいつ、そんなこと言うの」
「いや、言いそうだなって」
「あー、言うかも」
宮地は麦茶をごくごくと喉を鳴らして飲み干した。残った氷が音を立てる。
「そうは言っても、大した理由はねえんだけど?」
「とりあえず、家族構成どうぞ」
「おふくろと裕也が血が繋がってて、黒子の血だな。俺と親父が血縁関係あって、俺と裕也血縁関係はナシ」
「おふくろさんは知ってるんですか? 宮地サンが翼主だって」
「俺のことを知ってるのは、親父と黒子の中枢だけだな」
「親父さんも翼主?」
ああ、と応えた宮地。再び、大きくため息をついた。高尾は、目を伏せて顎に手をあてた宮地に見入った。次の質問をするタイミングを窺おうとしたのである。
「高尾」
「はい?」
「お前、セックスしたことあんだよな?」
童貞じゃないんだよな、と聞かないあたりが斑類である。
「うえ? あ、はい」
「じゃ、いいか」
何が、と言おうと開いた口は驚きに閉めるタイミングを逃してしまった。急に高尾の後ろに回り込んだ宮地が高尾を横抱きにした。あまりにひょい、と抱えられてしまって男としての矜持にヒビが入った気がする。目線が高くなり、はじめてこのマンションに入った時に感じていた違和感の正体に気が付いた。ロビーから部屋まで、軒並み天井が高いのだ。
宮地は高尾を抱いたまま、リビングを出た。廊下に出て、どこかの扉を開けた。何事か分からずに宮地をガン見しているうちに投げ出される。
「宮地サンの部屋っすか?」
片付いてるなぁ、なんて呟いてしまう。自分でも分かっている。現実逃避だということくらいは。ここまでされて、状況が分からない高尾ではない。このあと、行われるだろうことは予測がついた、しかし、なぜ、このような結果に至ったのかは分からない。
「つばさ。それ見たら、納得できるだろ」
「え、うわっ」
カーテンを片手で荒々しく閉める。中途半端に閉められたせいで、部屋の中はぼんやりと夕焼け色だ。その手で、ぐっと、肩をベッドに押し付けられる。高尾は思わず声を出した。すぐに口を塞ぐためだと言わんばかりのキスをされ、もう片方の手は高尾のシャツのボタンを外しにかかる。くちびるを合わせる角度を変えながら、その間に宮地は高尾のベルトまで緩めてしまう。
「マジで?! 本気でヤる気なんすか!?」
「おう、それが一番早いかなって」
「いやいやいや!! あんたが昼寝でもしてくれればいいと思います!!」
宮地がわずかに離れた瞬間、その腕をはねのけて、上体を起こす。ベッドの上で向かい合うような形になった。宮地の肩を掴み、声を荒らげる。
「昼寝なんてしようと思ってするもんじゃねえしなぁ。そもそも他人の前で寝るとか無理」
「大人しく魂現出して!?」
「あーもう、うるせえ」
体重をかけられてしまえば、抵抗はできなかった。10kg以上の体重差、筋肉量が違う。再び、ベッドに仰向けになる。橙色の光を宮地が遮った。
「その気ならいいっすよ、オレも男だし」
「はは、やっぱ、俺らって本能のまま生きてるよなぁ」
宮地が自虐的に笑った。高尾は苦笑いで応えて、宮地のシャツを脱がしにかかった。

予想外に、いや、考えればすぐに分かったのだが、宮地と高尾が第2ラウンドを終えた頃に裕也が帰ってきてしまった。宮地が部屋で、情事の最中だとすぐに悟ったのか、裕也は
「あと3時間で帰ってくるからな!!」
とひとこと怒鳴って、また出ていったようである。
ふたりして、笑い出して、しまいには高尾がベッドから落っこちた。ひとまず終わりにしようとジャンケンでシャワーの順番を決めた。
「よくあることなんすか? なんか裕也サンの感じからして、そんな感じ」
「極々たまにな。基本はホテルだよ」
「うっわー、引くんすけど」
「仕事だよ、仕事」
「へ、仕事? ブリーフィングすか?」
男ふたりで横に並ぶには狭いセミダブルのベッドに落ないように気を付けながら、寝転がっていた。高尾は起き上がって、宮地の柔らかい髪に手を伸ばした。
「これは黒子には内緒だぞ? コレ見たさに金を払うやつとヤるるんだよ、黒子の父親のとこのバイト。結構、儲かる」
そこに翼は見えないが、均整に筋肉のついた背中を指さした。
「ドン引きなんですけど……」
「若いオンナ限定な」
「そういうことじゃないっしょ!!」
「俺の趣味とかじゃねえよ、親父さんの気遣いだよ」
「趣味じゃねえのもまずいと思いますよ……」
「取っ替え引っ替えするのは趣味じゃねえよ。んー、まあ、セックスには興味ねえな」
「男子高校生じゃないっすね」
宮地の髪をぐしゃぐしゃと撫で回し、その手で耳に触れる。ついさっき、宮地は耳が弱いことを知った。耳の輪郭を指でなぞり、耳たぶをぷにぷにと弄ぶ。されるがままの宮地は、時折、顔をしかめた。
「飽きるほどヤってるからな。溜まる暇ないぞ」
「ドヤ顔しないでください、不潔とは言いませんけど、らしすぎるほどに不純っすね」
「こんなバイト如きで済んでんのは、黒子のおかげだろうなぁ。アイツ以外は、それこそ俺は精子にしか見えてないだろうし」
高尾の手をゆっくりと下ろさせる。自分を腕を高尾の腰に回して、引き寄せた。すぐ目の前に迫った高尾の腰にキスをして、軽く吸って赤い跡をつけた。しかし、すぐに消えてしまう。くすぐったさと、どこか物寂しさを感じた。
「そういえば、黒子との繋がりってなんなんすか?」
「なんて言えばいいんだろうか、うーん……俺の実の母親が結婚したのが黒子の縁者で、その旦那が黒子の当主にチクったのがはじまり? 俺の生まれる前の話な」
「現段階では大量の疑問しか残ってないんですけど」
「まあ、聞けって。そんで、黒子っていうデカい一族に翼主が生きてるってことがバレまして、母親は何人、生んだんだろうな……黒子の所有物にされたんだって。その女に兄がいることがバレて、兄も回収。妹を盾にされたら逆らえなかったんだってよ。たったふたりの兄妹だったらしいし」
宮地はそこまで言って、寝返りをうった。そして、枕に顔を埋めた。枕が圧迫されて、ふしゅう、と間抜けな音を出した。
「なかなか翼主は生まれなくて、最後の賭けに出て、その兄妹に子供を作らせたのが俺だな。だから、俺も黒子の所有物ってわけ」
「めちゃくちゃサラッととんでもないこと言ってません?」
「俺は生まれた時から、黒子のモノだし、翼主として生きてきてるからな」
高尾はだからか、と漏らした。なにが? と宮地が首を回して、高尾を見る。
最中に見えた宮地の翼は白かった。ついさっき宮地の言った金を払うやつ、という言葉にも今なら納得することができる。大きな翼が、少しずつ広がっていく様は、浮世離れしていた。しかもその翼は純白なのだ。冗談抜きで、天使だと呟きそうになった。もはや赤の方が近いのではないかという濃密な朱色の光の中で白さを際立たせている姿に、思わず性欲なんてものは引っ込んだし、魅入ってしまった。こんなにも純粋に何かを綺麗だと思ったのはいつぶりだっただろうか。
鳥に詳しいわけではないので、はっきりと断言することはできないが、宮地の魂現はハヤブサだろう。ハヤブサに白い種類はいないはずだ。しかし、宮地が近親相姦で生まれたのならば納得がいく。
「アルビノ……ってやつっすか?」
「物知りだな、お前。そう、アルビノ。でもまあ、白いのは魂現の時だけだから。先天性白皮症ってやつな」
「黒子の言ってた定期検診って……」
「アルビノって、遺伝子から色んなものが欠けてるからな、免疫とか弱いみたいで、しょっちゅう体調、崩してた」
前はな、と口角をあげて、にやりと笑う。その表情が話題にはそぐわず、あまりにも痛々しい。
「おかげで、バイトぐらいで済んでるんだ。俺の遺伝子は欠けてるし、もう俺と親父しかいないからな」
「ふたりだけ?」
「ああ、……流石に親父との子供を作れとは言われないって信じてる」
「緑間の家にバレたら、どうなるんですかね」
「婿入りじゃね?」
「わあ、真ちゃんと親戚っすか?」
「下手すりゃ、緑間本人にかも」
「なにその笑えない話」
宮地は横に向き直った。高尾の胴体をぺたぺたと手のひらで触りはじめる。何がしたいのか分からないが、放っておいた。たまに、先ほどまで弄られ続けて敏感になった突起に触れるのはわざとだろう。必死に平静を装って会話を続ける。すぐにそれが楽しくてやってるのだと気付いた。
「あ、そうだ。痛かった? 後ろ、あんまりやったことなかったっぽかったけど」
「あんまり、って……。妙に具体的で怖いんですけれども、おっしゃるとーり、3回目? っすね、たぶん」
「はじめてとはちょっと違うけど、慣れてはいないなぁっていう感じがした」
「えろおやじか」
「ひでー。ただの経験則に基づく事実を述べただけだろ」
「経験っつーのも伊達じゃないっすね、意識飛ぶかと思いましたよ……」
「それ、褒めてる? なんにせよ、ヤるんだったら気持ちいい方がいいだろ」
しっかり、高尾も楽しんでしまった以上、他にも方法があっただろうとはもう、言える立場ではない。しかし、部活の先輩と一線超えるというのもどうなのだろうか。明日から、どんな顔をすればいいのか分からない。もちろん、互いにどうもしないのだが。
「そりゃ、そうでしょうよ」
高尾はベッドから降りて、床に散らばった自分の服を回収する。
「シャワー借りますね」
「タオルは右下の引き出しな。分かんなかったら、全部開けろ」
宮地はひらひらと手を振った。


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