Cinderella Day【赤黒】




「やっほー、テツヤ」
「すみません、テツヤ違いです。ボクは武田鉄矢ではありません。人という文字はね、なんて言いませんから」
「うん、面白くない」


せっかく人がやっとあったまってきた炬燵で紅白を楽しんでいたというのに、チャイムが鳴った。何かが届くという話も聞いていないし居留守をしても許されるだろう。まだボクも子供だ。親がいない時はチャイムなっても出ないことにしてるんです、が通る年だ。炬燵だけれど、そのお供はみかんではない。ガリガリ君だ(どやぁ)もはや言い古された言葉だが『寒い中食べるアイスの良さ』であり『炬燵でぬくぬくと食べるアイスの良さ』である。乾燥にぴり、と火照る頬の内側ばかりが冷え、潤うこの感覚。しゃくしゃくと溶け気味のガリガリ君を棒から崩れ落ちてしまわないように少し食べる速度をあげる。あ、綾瀬はるか、また噛んだ。
ピンポーンピンポーン
まだ居たのか。粘るなぁ、と思ったところでぞくり、と一気に背筋に悪寒が走った。アイスから寒気ではない。これは……

赤司くんの気配です……!!!

新年を(できるだけ)穏やかに過ごしたいのでボクは諦めるこにした。ガリガリ君を片手に炬燵から足を出した。まだ、カーペット。許容範囲である。もこもこ靴下をはいたボクに死角などない。リビングを出るときに内側がもこもこのスリッパも履いて、いざ玄関へ。靴下とスリッパのもこもこダブルコンボでさりげなく足取りが覚束無い。ふわふわと地面を掴めていない。


玄関を開けるとそこには赤司くんの姿があった。シンプルで品の良いコートと玄関の暗いポーチライトに白いマフラー。にっこり、と何を考えているのか分からない笑みが影をつくる。やっほー、じゃねえんですよ。ボクの年末を返せ。まだ奪われてないけど。奪われてないけどね。絶対に奪われるから。ボクには……視える!

「年越しはゆく年くる年派だろうか?」
「残念。ジャニーズカウントダウンTVです」
「そうか。僕は、毎年、帝国劇場から中継されるタッキー待ちでね」
「ボクは、あの雰囲気が毎年恒例なだけですけど。母さんがマッチが見たいって」

ということで、とボクの前に差し出されたのは黄色い紙袋。よく見るが、実際買っていく人はあまり知らない。もらったこともそんなにないし。美味しいので好きですが。最近は東京ばなな、とかなのだろうか。言われてみれば東京にはなんでもあるからこそ何もないことに空港駅に行くと気付く。スカイツリーも東京タワーも何か違うような気がする。少なくともそれを食べ物にしたところで、という話だ。古い、とも言えるがだからこそ浸透している訳で、東京を表すならば正しいお菓子であろう。しかしだ。

「どうして、東京に住んでいるボクに東京土産なんですか」
「テツヤ……僕は残念だ」
「は?」
「鳩サブレは鎌倉土産だよ……」

………………やらかした。恥ずかしい。なにこれ。穴があったら入りたいとはまさにこのこと。

「で、えっと、今日はなんですか?」
「テツヤと年越したいな☆って」
「へえ、どちらのホテルに泊まってるんです?駅まで送りますよ」

紙袋を押し返して、そっと玄関の扉を閉めにかかる。いっそチェーンでもかけておけばよかったと思う。

「つれないこと言うなよ。ホテルはディズニーリゾートだ」
「…………ミッキーには会えましたか?」
「なかなか会えないものだね。さすが、世界を飛び回る鼠だよ」
「きみがネズミとかいうと洒落にならないんで辞めてください」

ほとんど閉まった扉のすき間にはお約束、つやつやと黒光りする革靴が挟まっている。ボクみたいな一般庶民が傷付けてはいい代物ではないのだろう。知ったこっちゃない。その分、ボクみたいな一般庶民が想像のつく範囲を超える収入を得るのだろうから。

「お邪魔するね?」
「…………はい」

渋々、ドアノブに込めた力を緩める。寒さに体をきつく自らの腕で抱く。ぎゅっと。半纏の袖に腕を交互に突っ込んで、中国の人みたいにする。靴を脱いで、ボク後ろへ続く赤司くんは、もう昔みたいに物珍しげな視線は向けてこない。懐かしむような、そんな昔を想うような目をしていた。変わらないな、そう呟いたのをこの距離で聞きもらしはしない。そんなに簡単に変わりはしませんよ。変わってたまりますか。一番、変わってしまって、そして何も変えることができていなかった彼。変化という面においては、ボクは進化という変化を迎えてきていたと自分でも思っている。ただ、赤司くんは自他共に変化に失敗していることに気付いていた。だからこそ、変化に敏いのか。

「炬燵だぁ……!」

コートのボタンを外しながら目を輝かせた赤司くんに返事をしつつ、キッチンへ向かう。付けっぱなしのテレビには、ふなっしーとくまもんがぶつかり合う映像が流れていた。だめだろ……ゆるキャラのゆるくない部分が垣間見えてる。赤司くんはそれどころではないのか、かじかんだ冷たい手で急いでコートジッパーをおろしにかかっている。ボクは冷蔵庫から牛乳を出して、レンジにかけた。お客さん用のマグカップは一時期、赤司くんがよくうちに来るせいで買ったマグカップだ。お客さん用とは名ばかりの赤司くん用のマグカップだった。家に人を招くことなんて、友達の少ないボクにはほとんどなかった。両親共に忙しい人だし、余分なものがないというか、家に居ることを前提としたものが少ないというのか……。

「テツヤ、お邪魔するね!」
「いま、ココア持っていきますね」

さっきとは打って変わって、ワクワク感溢れ出る声で赤司くんが告げたその足はもう炬燵の中だった。森永のココア粉を溶かしながら、彼はバンホーテンがいいとか言いそうだな、と考えた。赤司くんはインスタントココアなんて飲みません。そうでした。

「テツヤのココア好きなんだ」
「誰のココアも同じですよ。牛乳に粉溶かすだけですよ」

零さないようにゆっくりと歩くもマグカップの中のスプーンはカチャカチャ、と音を立てる。首を後ろに倒してボク見る赤司くん短い前髪がぴょんと重力に逆らい跳ねている。流石に屈託なく、といほど可愛げのある笑い方はしないけれど、中学の頃に比べたら柔らかく微笑むようになった。ボクへ向けられた笑顔はぎこちない。十分、笑えているのに、更に笑おうとしているから酸っぱいような苦いような顔になってしまっている。

「いま、頑張って笑おうとしてるでしょう」
「少しだけね。満面の笑みだよ」
「ひきつってますけどね」

カップを置いて、赤司くんの頬を両手でつねった。まだひんやりとしているすべすべの肌を撫でる。つついて、撫でて。熱を取り戻し始める赤司くんの頬。思わず自分の頬をくっつけた。

「テツヤ近いよ」
「嫌ですか」
「さっきまでいやいや言ってたのはテツヤだ」
「あのときのボクは一人で年越す覚悟ができた上で楽しむ準備もできてたんですよ」

ボクの手とボクの頬に挟まれている赤司くんの表情を見ることはできない。

「寂しいだろう、やっぱり。僕も一人だったから」
「ミッキー探せばいいじゃないですか。というか、ボクが一人だっていうこと、どうして知ってるんですか」
「いや、知らなかったよ。元旦に家族団欒に僕が混じるのもどうかとは思っていたんだけどね、僕もまあ、寂しかったんだ。なんたって、あのディズニーランドに一人で帰るわけだし」
「あ、やっぱり泊まるんですね」

年越すんだから泊まるようなものだろう。図々しくて申し訳ないね。ほわん、と湯気をたてるココアに手を伸ばす。ボクも赤司くんの頬から手を離して熱いマグカップの表面を包んだ。

「ほら、美味しい」

ココアを一口飲んで言った。テレビをまっすぐ見ていて、ボクの方なんて見てくれない。
ボクが一人で年を越さなければならないのかと言えば、両親は安定の仕事で、祖母は叔父さんの方に行ってしまったからだ。たまにはこっちの孫のとこにもこい、と呼ばれてしまった。どうせ、休みなんて正月だけなのだ。すぐに練習が始まる。ウィンターカップは終わったばかりだけど。もう、先輩たちが最後の冬を終えてしまったのだ。

「終わっちゃったな」
「……どれのことです」
「そう言えば、12月31日って大晦日だけではなくシンデレラデーとも言うんだ」
「なんだかロマンチックな」

シンデレラはかぼちゃの馬車に乗って、舞踏会に行くね。そこで王子様に見初められる。二人は楽しく踊って、気付いたら時間だ。シンデレラは舞踏会の間中、時計を気にしていたでしょう。31日はみんな時計ばかりを見ていて、まるでシンデレラみたいだ。そんな風に言われているようだよ。
いつの間にやら飲み干してしまったマグカップの底には丸い跡が残っている。その茶色い丸を見ながら話した赤司くん。どこか納得がいっていないようだった。彼がそんことを想うかはわからないが、現実的なことをいうものだ。シンデレラは確かに時間が限定されていたけれど、時間を忘れるほど楽しんでいたと思っていた。原作が残酷なのは知っているし、ボクはどちらも話として好きだけれど、両方とも舞踏会の間は時計なんて気にしていないから、走ってガラスの靴を落とすのだろう。

「納得いかないって顔だね」
「ロマンチックじゃなかったので」
「じゃあ、ロマンチックなことしてあげる」

にやっと笑ってから、ボクからリモコンを奪う。
誰だこいつ。
ボクの知ってる赤司征十郎はこんなに甘くない。なにこれ。少女漫画なの。ボク、少年です。


いつの間にか紅白は終わって、やっぱり白組の勝ちで、ボクは急いでチャンネルを変える。そばも食べたし、冬休み用に買い溜めしておいたガリガリ君も一緒に食べた。今日、二本目ですよ……。小学校から、ガリガリ君を飽きるまで食べる、というのがあるのだけれど達成したことはない。できるだろうけど、なんとなくやらない。改めて考えるとなんでだろうか。

「嵐いないな」
「……赤司くん、見ました? タッキーがいる……帝国劇場にいません……翼くんと並んでる……」
「あ、ああ。たしかに。珍しいな」

山Pが出ると手を取り合ってから、炬燵に並んで『愛、テキサス』を踊るという……。赤司くんが踊るとは思わなかった。ヴィーナスも踊るし……。いや彼は日本舞踊やっていたはずだし、盆踊りくらい造作もないのだろう。

「カウントダウンはじまったね」
「はい、7、6」
「こっち向いて」
「はい?」

赤司くんの方を向けば、キスされる。テレビを横目に、クラッカーのようなめでたい音がした。

「もう、年明けちゃいましたよ」
「年明けるときにジャンプするだろう。あれの仲間って事で。ね?」
「ね? じゃないです。赤司くん、あけましておめでとうございます」
「うん、おめでとう。今年も宜しく」

さらりとボクの肩に手をかけて押し倒す。炬燵があってテレビは見えない。あースイッチ入っちゃった。だから嫌だったんですよ。半纏の前を締めていた紐を解き、パーカージッパーを下げる。中にきたTシャツの裾から温まった手を滑り込ませてくる。服の上から抑えたところでくすぐったいだけなのだけど、ここで自らTシャツの中に手を突っ込んだら恐ろしいことになるので、できない。

「姫はじめって知ってますか? 知ってますよね」
「しらない」

ロマンチックだっただろう、と耳元で囁くけれど、それどころではないのだ。だから嫌だって言ったのに。言ったのに。やっぱり、ボクの平和な年末は奪われていたのだ。玄関をあけた時から。お寺は近くないので除夜の鐘は聞こえない。今すぐ、彼の煩悩をどこかへやってくれませんかほとけさま。







あけましておめでとうございます。


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