灼く【黄赤】




『灼く(やく)――真夏の太陽によって地面や建物は暑く熱せられる。道路のアスファルトを踏むとふわふわと靴がのめり込む感じがする。海岸の砂浜などははだしで歩くことができない。「砂灼くる」「風灼くる」などの形でも用いられる。また「熱砂」「熱風」などとも用いられる(引用元・合本 俳句歳時記 第三版)』


灼けている礁に耳つけ濤を聞く 篠原梵




一年は外周、主将の一言でこの炎天下に放り出された一年生たち。その中には例にもれずレギュラーの黄瀬に姿もあった。
頭上から直接日光が、足元からはアスファルトの照り返し。じりじりという音が聞こえてきそうだった。首や額を伝う汗の感覚さえも分からなくなりそうなほどに朦朧としてきた頭を少しだけあげれば、揺らいで見えるアスファルト、もっとさきはまるで水でも張っているようだった。重い足をただ前へ前へと動かし続ける。
外周ってこんなにつらかったっけ? 前にも後ろにも他の部員の姿はなかった。いくら、タイムを計るからといって飛ばしすぎたかな、と振り返った時にはもう遅かった。
ぐん、と力強く引っ張られたかのように体が重くなった。あっという間に目の前には地面が迫っていた。




黄瀬は寒さに目を覚ました。体を起こしてぐるりと見回せばカーテンに囲まれていた。白いような青いような、でもどこか黄ばんでいるカーテンの隙間から、いつも自分が目で追っているあの髪色が見えた。淡い色のカーテンの合間から覗くその鮮やかな色。カーテンをゆっくりと開けてみれば、そこにはパイプ椅子に座り腕を組んで座っている赤司がいた。こっくりこっくりと舟を漕いでいる。
きっちりとネクタイまで締めている赤司に対して、自分はまだTシャツに短パンだった。汗でべたつく 首筋を軽く掻きながら、やっと気が付く。
オレ、倒れたんだっけ。
冷房が効きすぎているのか、不快なのでの冷風を遮りたくて白いカバーのかけられた薄い布団を引っ張り寄せる。
「ん……起きたか、涼太」
もう六時か、と腕時計を確認して呟いた赤司。カーテンを開け切り、ベッドの端へ近付き腰掛けた。黄瀬は赤司が何をするつもりなのか分からず、ただ黙っていると、いつも通りの笑みを浮かべて口を開いた。
「体調管理には気を付けろよ。全てできなければ、ウチのレギュラーたる資格はない」
「そうッすね」
今日は期末考査の最終日であり、授業はなかった。試験最終日であろうと、練習はある。むしろ、試験前一週間の部活停止期間を取り返そうとするかのようにハードな練習が待っていた。午前中から行われていた練習はいつもよりも開始が早いにも関わらず、下校時間ぎりぎりまで行われた。下校時間自体がいつもより早いのだが、それでも午後五時。ざっと七時間である。
下校時間を過ぎた校内はしんと静まり返っていた。
「ずっといてくれたんスか?」
「起きた時に一人だと何かと困るだろう?」
「それも……そうっスね」
昨晩のモデルの仕事の疲れを引き摺っていたことは自分でも分かっていたのに、倒れてしまった上、赤司にずっと付き添っていてもらっただなんて情けないし申し訳ない。いつ頃、倒れたのかは思い出せないが、少なくとも一時間近くはここにいてくれていたのだろう。それは赤司でなくてもいいはずだ。教師だってマネージャーだっていただろう。置いていかれたって、特に問題はない。
なんで、と聞きたくなった。どうせ、主将としての責任が云々、と返されていることは目に見えているので聞きはしないが。
「涼太」
体をよじり、黄瀬を見た赤司。髪と同じ、いや、髪よりも鮮やかで深い色をした瞳と目が合う。思わず目を逸らした。
「……なんスか?」
「こっちを見ろ」
「いやっス」
首ごとそっぽを向けば、赤司はふむ、とひとりごちた。そのままの体勢で腕を伸ばし、片方の手で黄瀬の頬を包んだ。冷気で冷えていた肌に赤司の手のひらの温かさがじんわりと広がった。赤司は黄瀬の頬を手で挟み、自分の方へ向かせた。黄瀬は一切の抵抗をせず、されるがまま再び赤司の顔を見る。
「なあ、涼太」
一瞬、宙をさまよった視線。まるで見たくない、というようにゆっくりと一度、その目蓋を閉じた。
「もしかして、怒っているのか……?」
「意味もなく、怒ったりしないっスけど?」
珍しく困ったように首をかしげている赤司が可愛かった。自分のことで戸惑わせているという感覚が気持ち良かった。赤司はもちろん、身におぼえなどないだろう。あくまで自分が一人で苛ついているだけだ。
「あんたは、それでいいんスか?」
「なにがだ?」
睨みつければ睨みかえされる。
「勝利、以外に手に入れたいと思ったんじゃないんスか? 勝利と同等に手に入れたいって思ったんじゃないんスか? あんなにも貪欲だったあんあたはどこにいったんスか?」
静かに問い詰めた。できるだけ、感情的にならないように。これはオレには関係ないことだから、と言い聞かせるも上手くいかない。赤司は、小さな溜息をもらして、腕を降ろした。
「……僕にとって、勝利と同等のものなど存在しない」
「そうやって、強がって、嘘ついて。なにか楽になった?」
オレが目で追うあんたは、いつも違う人を追っていた。そんなことは初めから分かっていたし、そんなあんただから気になったんだってことも分かってる。あんたはいつもそんな辛そうに笑って何を見てた? 何もしていないくせにただ傍から見て、ひとりで傷付いて、全く本当に馬鹿みたいだった。そんなあんたをオレだって見ていることしかできなかったんだ。本当はオレ自身に一番、苛々する。こんなのただの当てつけだ。
「あのさぁ、あんたは知らないと思うけどさ、あんたが黒子っちを黙って見てたようにオレはあんたを見てたんだよ」
止められない。今まで何もできなかった分が溢れるようにして言葉が出てきた。自分がぶちまければ、赤司もおなじように自分にぶつけてくれるんじゃないかと期待していた。そんな言い訳を自分に用意して、何も言わない赤司へ言葉を続ける。
「そんな黒子っちの目には青峰っちが映ってたの、オレよりあんたの方が分かってるスよね?まるでマンガみたいに矢印は全部一方通行でさ」


「ばっかみてえ」


吐き捨てるように言うと、なんだか笑いたくなってきた。喉の奥で笑う。引き攣ったような笑い声に赤司が眉を寄せた。
「何が、言いたい」
「オレだったら、って何回思ったと……!オレはあんたが好きなんスよ……」
「だから?」
澄ました顔でも精一杯の強がりだって分かる。些細な表情の機微だって分かってしまうことが悔しい気もするけど、一人で勝手に誇らしい。
「逃げてよ。ラクしてよ。いくらでも、オレを使って?」





誰かに名前を呼ばれた気がして、目を開ける。体のどこからも湯気が出ているような、全身が熱を纏っているような感覚に、突然、喉の渇きを覚えた。喉が乾いてくっついてしまうのでないかと思うくらいにカラカラだった。
「お。目、覚めたか」
「センパイ……。オレ、また倒れたんスか?」
「また? おー、外周に一人ですっ飛ばしたらしいじゃねえか」
濡らしたタオルが額からずるりと落ちた。スポーツドリンクを手渡され、それを浴びるようにして飲んだ。呆れているのか苦笑いでその様子を見ていた笠松は、身を起こした黄瀬の頭の左右に手をあてた。
「え、センパイ?」
「お前、ほんっとうに馬鹿なんだな。しばくぞ?」
「え? ええ?」
手を拳に握って、その手をぐりぐりとひねった。
「ぎゃぎゃぎゃ?! ちょ、まっ、センパ……! った、痛いっス!!」




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