#01




暗闇の中に聞こえるのは、たくさんの機械が駆動する音だけだった。羽虫の大群が耳元にいるかのようだ。それはひどく不快で耳障りだった。
それだけの量の機械が動いているにも関わらず、室内は寒い。駆動音の中にクーラーも含まれているのだろう、そしてそのための換気扇も。
照明がついていなくとも、何かに躓くようなことはなかった。
今やどこに何があるのかなど預かり知らぬところではあったが、大規模な改修工事したという話も聞かない以上、置ける機材と場所は自ずと限られてくるはずだった。
あの頃から、何も進歩していないのだ。
増える機材も減る機材も大してないに決まっている。
ふん、と鼻で笑って、ゆっくりと歩を進める。
声を出しても誰にも聞こえないことは分かっていたが、口の中だけで南無阿弥陀仏と唱えた。ご愁傷さま、と声をかけることがあまりにも生々しく思えたのだ。ちょっとした逃避だ。
行き止まりだった。正面へ手をかざせば、勝手に扉が開く。

「数は」

挨拶なんていらない。ひととして扱われてはいないのだから。お前らに「人間」扱いされたくない、と言うのは強がりにしか聞こえないのかもしれないが、事実にもほかならない。

「5体」
「了解しました」

扉を開けた先は、陽光がさんさんと降り注ぐ空間。欄干の下は、真っ白い階段がとぐろを巻いて地上まで続いている。
吹き抜けた最上階。部屋ではない。あくまで塔の頂点だ。階段の終点があるだけだった。
かつん、かつん、と靴裏を鳴らしながら、男は長い階段を降り始めた。


なんでもない平日のお昼時。小さな遊園地はもはや、大きく豪華な公園と呼ぶにふさわしい。
その敷地内の小さなステージに公平 京助(きみひら きょうすけ)は立っていた。
ステージ下には、日に晒され、雨に晒され、塗装の剥げた白いベンチ。埋まり具合は、ここ数日の中では多い方だった。
左右のスピーカーからは、テーマソングが流れている。
なんという名前なのかは分からないが、不穏なBGMと共に黒と緑の禍々しいフォルムの敵役が出てきた。あっさりと敵の部下に捕らえられてしまった司会のおねえさん。きゃー助けてぇ! なんて騒いでいるが、演技が白々しい。
ただ、子供たちは真剣な目をしていた。
クラッカーでも鳴らしたかというような音。京助は、他のアルバイトと共に、袖から舞台の中央へ走り出た。スピーカーから流れる、自分の着ているスーツ役の声に合わせてポーズを決める。なんとかグリーン! と聞こえて、そこでバック転して見せる。
2回転して、再び決めポーズ。まばらながら、おお、という歓声と拍手が送られた。
ヒーローショーの裏方のアルバイトに応募したはずが、ちょっとしたアクシデントで京助は舞台に立たされていた。バック転が決めポーズの一貫であるグリーン、そのグリーン役のアルバイトが急遽、休み。かろうじてとはいえ、バック転ができる京助に白羽の矢が立ったのは、仕方の無いことだった。
ヒーローが出たというのに、どうしてか僅かな子供たちの歓声の種類が変わらない。気持ち悪いフォルムの敵役が出た時と同じだった。
じっと真剣なままなのである。
真剣、という表現はいささかずれているような気がした。見るからに怯えた表情をしているのだ。
あれ、と思い色付きの薄いレンズ越しに客席を見る。レンズには小さな傷がたくさんついていて、もはや曇っていたが、目を凝らす。視線の先は舞台ではない。舞台よりやや右、客席から見れば左にあたる林だ。
林は、この小さな舞台と隣のアトラクションであるお化け屋敷との堺だった。木の間にお化け屋敷の裏方である管理室がある。
何かがいる、それは舞台上の誰もが思っていた。レッドやイエローを演じているアルバイトも、敵役をやっているアルバイトも司会のお姉さんもだ。
しかし、舞台上からでは、袖が邪魔をして、その方向を見ることはかなわない。身を乗り出して確認をしたい気持ちはあったが、仮にも仕事中なのだ。
そうも言ってられなくなったのは、ひとりの少年の悲鳴が上がった時だった。
まだ小学生にもならないだろう、幼い男の子の甲高い悲鳴がひときわ大きくなった時、蝉の鳴き声がぴたりと止んだ。
何かがおかしい、から、何か危険が迫っている、に意識が変わった瞬間だった。本能が緊急事態だと告げていた。
京助は舞台から飛び落り、叫び声の主である少年を真正面から見ることの出来る位置へとやってきた。
敵役とは似ても似つかないほどに洗練された格好をした、服と呼ぶにはいささか、メカニカルな、例えるならばヒーロースーツだろうものを着用した人間。体格からして男だろう。
自分の着ている、全身タイツに模様を付けただけのヒーロースーツなどとは天と地ほどの差もある、けれど、それは「むしろ」ヒーロースーツだった。
少年を片腕に抱えて、もう片方の腕で、その首を絞めようとしていた。
京助は、自分の幼少期に見ていた特撮ヒーローたちが脳内を駆け巡り、そして、ふと思ったのだ。
「あいつはヒーローだ」と。
黒い密着性のあるスーツに、つや消しの黒い塗装を施された装甲を肩や胸板、肘膝などの関節につけていた。フルフェイスヘルメットのような、しかし、もっとすっきりとしたシルエットの頭部は、ただ丸く、視界を確保するためか、目があるだろう位置だけが素材が異なっていた。ただし、それも真っ黒だったが。
京助が躍り出ると、マスクの(おそらく)男は、目線を京助に向け、同時に腕の拘束が緩み、少年を落とした。故意ではないように見えた。京助に意識がいったので、少年からは逆に意識が逸れたのだろう。
ちら、と狭く濁った視界の端で、咳き込む少年を見た。這うように逃げ出す。少年の母親と思われる女性は手を口元にやり、地面にへたり込んでいた。真っ青になった顔は幾らかの安堵で僅かに緩んだ。
目は逸らせない。いま、目を逸らしたら、また別の誰かを襲う。根拠の無い謎の確信があった。
保護者や、子供たちが叫びながら逃げていく音がぼんやり遠くに聞こえていたが、はっきりと聞こえるのは、男のヘルメットもといマスクの下の息づかいだった。まるでダースベイダーのような息づかいだ。マスクに阻まれた呼吸は苦しそうにも聞こえなくはない。
好奇心が旺盛なわけでもなければ、ひとを助けたいなどという社会福祉や正義感に溢れた心も持っていると思ったことはない。
うっかり飛び出てきた自分の行動が不思議だった。果たして、何に突き動かされて、こんなにも危険だと体中が訴えるような男の前に出てきてしまったのだろうか。
ここからどうしよう、そんな疑問がここにきて浮かんだ。
男がかぶりを振った。
殴られる!
本能的に両腕で頭をガードする。
ここにきて自慢でも何でもないが、京助はケンカというものをほとんどしたことがなかった。ただ、体力と運動能力には自信があったので、それが裏目に出たのかもしれない。
焦る気持ちと裏腹に、頭の隅で冷静に考えられる自分が残っていたこと気が付く。
何においても、大事なのはよく見ることだ。
拳を見極めればいい。そしてバックを取れば勝ちだ!
いつ読んだのかも思い出せない漫画のコマが頭をよぎる。果たして、その記憶が、京助の冷静な判断から導き出されたものなのだとしたら、あまりにもお粗末な脳みそである。
腕の間から、男を見る。避けられる、思うよりも早く足は動いた。
一歩横に飛び退き、勢いだけで男の腕の下を通り抜ける。振り切った拳が頭上をかすったが、幸いフルフェイスのヘルメットをかぶっている。仮にもヒーロースーツなのだから、マスクと呼ぶのが正しいのか。
男は当然振り返り、蹴りを繰り出す。
低い蹴りに、うわっちょ、という間抜けな声をあげて、両足でジャンプしてかわそうとしたところで、右ストレートが目の前に迫った。
バシィッ!!
小気味よいほどの音がした。
いつの間にか、京助と男の間に入ってその拳を受け止めた別の男がいた。

「これ使ってみろ。ベルトつけて、これを挿す」

空いている方の手が後ろにいる京助に向かって、何かを放った。
視界を狭め、暗くすることしかしないゴーグルを外す。ここで初めて、グリーンがゴーグルキャラで良かったと思った。他のスーツだったら、レンズはマスクに付いている。後から外すことなんてできなかった。

「強いですね! すっげー、おっさん」

緊張感のないコメントが出てきた。
渡されたものは、黒い機械だった。バックルの部分が、いかにも機械然としている。たくさんのボタンとつまみがあった。ゴムのベルトを急いで腰に巻き、機械の裏側の金具をはめる。かちり、という音と共に、挿すように指示されたまた別の機械が光り始めた。タバコケースほどの大きさのこれまた黒い何かだった。上部に青い光がちかちかしている。
挿すってどこに?
機械を眺めるが、穴のようなものは見当たらない。しかし、悠長に首を傾げている時間もない。

「早くしろ!! こっちは生身なんだぞ!!」

ヒーロースーツの男は掴まれた腕を振り払うことが出来ないのか、左の拳までも繰り出し、掴まれていた。
膠着状態に陥っているようではあったが、本人の言う通り生身だからなのだろうか、徐々に押されているようだ。

「あ、入った」

ボタンのひとつを押すと、蓋が空いて、まさにタバコケースが入るくらいの隙間がそこにはあった。金色が覗いている方を下に突っ込んだ。バッテリーを入れる時と全く同じ感覚であった。正しいかどうか分からない。

「右端の、四角いボタンを押せ」

どれだかよく分からないなりに、適当に押した。いくつか押してみたところで、ウィーンと、機械の駆動音がベルトを通して体へ伝わってきた。
おっさん、と咄嗟に京助が呼んだ男が、膝蹴りを黒いマスクの男の腹に見事に決めて、そこから走り出した。全速力で。

「え、どこ行くんだよ!?」
「だから、こっちは非武装だっつってんだろ」

あっという間にステージの逆端あたりまで逃げてしまった。
その様子を見ている間に、駆動音が大きく響き始めた。
まるで脳の中に機械があるかのような振動だ。体の内側から鼓膜を震えさせる大きな音に平衡感覚が狂う。ぐらり、と傾く体。辛うじて膝をつく前に、音も振動も止み、目を開ける。
目の前は何かの画面。薄い緑色は光るディスプレイだ。視界の右端に数字が出ている。あと、左端には、十字円が組み合わされたマーク。

『おい、聞こえるか』
「うわぁっ!? 近っ!! どこってか、逃げたおっさん!?」

声が耳のすぐ横からした。ばっ、と右耳を押さえるが、そこにあったのはヘッドホンのような耳を覆うプラスチックだ。アルバイトのグリーンのスーツにはそんなものはない。

『あいつの動きを止めろ、ケンカくらいできんだろ』
「あんましないから分かんないけど……」
『消耗させられればなんでもいい』
「時間稼ぎ?」
『弱れば、弱点が見えてくる。二重丸が浮かび上がったら、そこを撃て。俺の組み立てが終わるまでは死んでも持ちこたえろ』
「ハァっ?!」

わけわかんねえ!!
敵は容赦ない。会話中にも攻撃の手はやまない。はたから見れば独り言にしか見えないのだが。
マイクもどこか内臓されているのだろう。疑問を抱く暇もなく男の言葉に受け答えし、目の前の男の拳をいなす。
眩暈のあとからやけに体が軽い。そのおかげで、蹴りにも拳をとりあえず受け流すことができていた。とはいえ、流すだけでは埒があかない。
ええー殴るの……。
なんとかしなくてはいけない。それは確かだった。子供の首を絞めようとしていたことは確かだし、この黒いヒーロースーツの男が正気でないことも確実だ。
けれど、誰かを殴ったことなんてない人間が突然、やれと言われてできるかと言えばそうではないのだ。

『ここに来るまでに何人もの子供殺しかけてるぜ、一応殺してはいないが』

京助の躊躇している様を見てか、そんな言葉がかけられた。
男が京助を正義感から飛び出してきたと思っていることが伝わってくる。出てきたはいいものの腰が引けてしまって……とでも思われているのだろう。スピーカーの向こうで呆れたようなため息をついたのが分かった。
どれも違うと否定したいところだが、面倒くささがそれを上回った。大人しく、ヒーロースーツの男を倒してから文句を言えばいいのだ。それが一番手っ取り早い。
反撃してやろうじゃねえの!!
飽き始めたのなんなのか、敵はちらちらと園内に視線を遣るようになった。まるで片手間で相手をされているようで、京助のイライラが募る。

「ぅぅおりゃあっ!!」

真正面から突き出されるパンチを掴み、その腕を引き寄せ、腹部の膝蹴り。腕を離して、もうひと蹴り。
あっけなく吹っ飛んだ敵が、ベンチを薙ぎ倒すようにした。

「あれ?」

力は込めた。ぶっ飛ばしてやる、とも思った。しかし自分と変わらないくらいか、少し高い身長の、しかも特別細いわけではい(つまり、中肉中背の)男が、蹴られたくらいであんなに衝撃を受けるだろうか。手応えがあったことは認めるが、今までのパンチやキックだって、いなしていたというよりかは「いてえ……!」と思いながら受けるのが精一杯だったのだ。
そんな力のある男が軽々しく飛んでいった。
ポカーン、と間抜けにも口を開けていると、スピーカーから『気持ちいいだろ?』となんだか見当違いなコメント。
ふと、両手を見ると、今までは緑色だったのが黒くなっている。素材も薄っぺらい布ではない。伸縮性がありつつも強い素材だということを示す適度な厚みがあった。
さっきの眩暈から、体の調子がおかしかったが、見た目もおかしなことになっているようだった。

「なんすか、これ」
『いいから、畳みかけろ、今すぐ』
「ええー、なんか」
『ガキは殺さなくても、お前のことは殺しにかかってくると思うぞ』
「は?! ころ!?」

なんて物騒な単語が。
ゆらり、と立ち上がった男の腕には剣があった。包丁よりもやや大きいくらいの、小ぶりな剣だ。その刃も黒い。

「武器あるなんて聞いてねえっ〜!!」
『もう少しだ』

この男は律儀なひとなんだな、と考えつつ、剣を振り回す敵から逃げ回ることしかできなかった。
最初から抜いておけよ! と言いたくなるくらいには、剣捌きがうまい。鋭く振り下ろされ、かわしたと思ったところで的確に喉元へ突きが伸びてくる。あわや、と背を仰け反らせて避けた。そのままバランスを崩しかけたところで、男の腿に赤く二重丸が描かれているのを見た。

「あった!!!」
『いいタイミングだな、こっちも丁度だ。なんとかパンチ1発でも食らわして、取りに来い』
「ラジャー!」

崩れた体勢、その低い姿勢を利用して、片腕で自身の体を支えつつ、足を薙ぎ払うように回し蹴りを決める。一瞬の隙で十分だった。京助は駆け出し、ゴーグル越しに何かを掲げている男の元へと向かう。ノーブレーキで、コーナーを曲がるように大きな銃を受け取って、敵の目の前へ戻っていく。走りながらも、耳元から指示が聞こえ続け、把握したことは、この大きな銃のリアサイトとゴーグルの十字印が連動しているので、なんでもいいから、標準があったらぶっぱせ、ということだった。
かれこれ何分経ったのか分からないが、ずっと戦闘し続けている京助は疲れ始めていた。さっきの全力疾走もあって、肩が上下している。そのせいか、なかなか標準が合わない。
チッ、と舌打ちをして、ぶれ続ける十字の向こうの男を睨みつけた。
そもそも銃が重い!!
脇に抱えていると、さながら機関銃のようだが、弾は3発しか入らないらしい。外したら、死ぬからな、と脅されている。

「ああー!! もうっ! 定まんねえな!!」
「っちょ、うっわ!」

ガキンッ!!
するどい金属音が響いた。
敵の剣をうっかり、受け止めてしまったのである。狙撃用かと思わせるほどに長い銃身が。

『っっっ!! なんてことすんだ馬鹿野郎っ!! 俺の最高傑作なんだぞ!! それダメになったら、俺ら死ぬっつってんだろうが!!!』
「耳元で叫ぶなよっ!」
『悪い、1発適当に撃ってダッシュで後ろ下がって脇締めろっ!!』
「わかった!」

当たっても死なねえからそいつ!! 言われた瞬間、引き金を引いた。どこに当たったのかは確認しなかったが、とにかく敵がわずかでも動きを止めたので、10メートル近く離れた。
真正面から剣を振りかぶりつつ、もの凄いスピードで走ってくる敵に圧倒されつつも、銃をじっと構えて脇を締め、衝撃に備えて足腰に力を入れる。

『3、2、1、引けっ!!』

ゴーサインにコンマ数秒も遅れずに、京助は2度目の引き金を引いた。
グンッ、と押し寄せた反動をなんとか受け止めながら、後ろへ無抵抗に倒れていくヒーロースーツの男を見た。

「終わった……?」
「おつかれさん、回収するから持ってこい」

スピーカー越しではない声だった。振り返って、見ると手招きをしている。起き上がる気配がないヒーロースーツの男を一瞥した。

「うっとうしいから、メット取れ」
「あ、ハイ……おれ、どうなってるんです?」
「鏡なんか持ってねえよ。あ、メットで見ろよ」

自分の目の当たりを指さして見せた。頷いて、ヘルメットを取った。ぷはっ、と新鮮な空気を吸い込む。
ヘルメットの正面が見えるように持ち直す。ヘルメットの傷ひとつないシールドに、婉曲した自分の姿が写った。

「うわぁ、なんかカッコいい……」
「俺はセンスいい方だしな」

黒いスーツは後ろで倒れている男とどこか似通った雰囲気ではあったが、胸板や肩を覆う装甲はつや消しの銀で、黒く入ったラインがかっこよかった。さっきまでは、青い光が黒いラインに沿うように光っていたのを戦闘中に見たような気がしただが、今は見ることができなかった。

「とりあえず、仮りのデコードしろ」
「でこ……?」
「ベルトから、カートリ、じゃなくて箱みたいなの取り出せ。ボタン押せば出てくるから」

ベルト指さされ、視線を下げる。
ボタン、と言われても、ボタンだらけである。そのうちの1/3くらいはつまみだが。
そんな京助の困惑を感じたのか、一歩近付いて、少し背を曲げた。ちょうど持ったヘルメットの下に潜り込むような形になり、その腕を上げて、じっと男の後頭部を見つけた。すぐに、かしゃん、という軽いバネの元が聞こえた。

「お前、なんか夢とかある?」

突然、なんだ?
怪しさしか感じられない問いだった。黙っている京助の手のひらに黒い機械を乗せた男は、一瞬、目を宙に泳がせたあと、まっすぐに京助を見た。

「大学出て、一部上場の大企業に就職してエリートサラリーマンになること、デス」
「おー、それはいいな! それを叶えてやるから、ソレ、これからもやってみないか?」

男が指をさしたのは、京助だった。しかし、流石に「ソレ」が何を意味するのかくらいわかった。雰囲気では。しかし、思考が追いついてはいない。そもそも疑問だらけである。
はぁ? と若者丸出しの生意気な態度を出さずに済んだのは、目の前の男の雰囲気のせいだろう。
長身かつ、逞しい体躯。短い黒髪が、まるでアスリートのようだった。鋭いが、若干たれ目なところが、更に愛嬌を減らしているようで、真顔で見つめられるとそれだけで、まるで威嚇されているようだった。
しかし、男の瞳は真剣そのもので、そして、どこか切実な空気を醸していたのだ。そんな男の風貌に若干、萎縮していたところもある。

「えーっと、大学とバイトの妨げにならなければ、べつに……」
「本当か!! 途中で辞めさせられないけど、いいんだな?」
「うえっ?! あ、はい」

ぱぁぁっと男の顔がほころんだ。こんな強面も笑うのか、と失礼なことを考えつつ、嬉しさ余ってなのか、京助のことを胴上げでもしそうな男から一歩二歩と後退して離れる。

「俺は、柾 虎太郎(まさき こたろう)だ」
「公平 京助です……」
「タメでいいし、呼び捨てで構わないぞ。そういうところに興味はないんでな。ただし、おっさんは嫌だ」

差し出された手。今時珍しいが、握手を求められた。すぐに、それが握手だと気付けなかった自分が恥ずかしかったが、それを気取られる前に、とすぐにその手を握った。
温かく大きな手のひらだった。





(2016/03/13 08:10:01)


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