愛は売っておりませぬ(性描写有り)





窓を開け放ったところでさげた簾が揺れることはない。風が吹けばまだましだっただろうに、とじっとりと湿った不快な空気の中、ひとりでにゆらゆらととどまることのない淡い灯りを見た。

「愛ってお金で買えると思いますか?」

僕のような人間が聞いては本末転倒というものなのでしょうけれど。
はだけた女物の着物はほとんど肩にかけているだけという様で、室内の湿気と事後とあってか汗ばんだ体は淡く紅潮していた。恥ずかしそうに前をせっせと合わせながらもその薄く柔らかいくちびるから紡がれる言葉は凛とした音に乗せられて男の耳を犯す。

「買えないだろうな」
「そう、ですよね」
「俺が金を出して買えたものはお前の時間と痛みってところだろう」

枕元に投げ捨てられていたシャツをたぐり寄せ、腕を通す。ぺたぺたと湿気った皮膚に綿がくっつくようで気持ちが悪い。風のある日なら脱いでいた方がましだったかもしれないが、どうせ裸でいようともわっとした重い空気が循環することもなくたゆたっているだけなのだ。
背中にしだれかかってきた重みがじわじわと温度を伝える。こんなにも体の内側は火照っているというのに白い肌を撫でる自分の手のひらはいつも冷たく冷えている。自分でも夏場は重宝するが寒い時期や愛しい人に触れるときは困りものでしかない。冷たくてごめんな、と傷ひとつない桃のような肌に指を這わす。とっくのとうに慣れましたよ、と男を正面に向かせゆっくりと押し倒す。帰らなければと思って通した袖は、あれよという間に脱がされてしまう。ぼんやりと揺れる蝋燭の灯が影も揺らす。お情け程度に重ねられた着物の合わせの境が、男に跨ることによってあっさり開く。つい先程まで繋がり、ひとつになっていたというのに今は別の生物として触れ合った肌。それは、熱を分かつだけで決して溶け合うことはない。橙と黒と、そんなグラデーションを着物の内側に広げ、肋骨のくぼみや薄い胸板、胸のかざりまでもはっきりと見せる。光と影に彩られる白い裸体。伏せられたまつげの先がふるふると震え、冬の早朝の空のような硬く冷たい透き通った碧が薄い皮の下へと隠れた。男の腕を掴んで、自らの胸板の押し付ける。今まで弄り倒したせいかぷっつりと、小さな突起物はは手のひらの中央で存在を主張する。

「っん、僕だけでいいので……いかせてください」

胸からほんの僅かに手のひらを浮かせ、かざりのてっぺんだけが触れるように男の腕を動かす。手のひらでくりくりと転がされるそれは男には見えない。くちびると同じ特別な皮膚で紅く彩られたところ。

「ふ、んぅ……っぅ、した、さわって?」

熱い吐息と共に溢れる小さな矯声。喉元を熱いものが撫でて、思わず息を飲む。男自身にはなんの刺激も与えられてはおらぬというのに、細められた瞳や、顎を伝って落ちてくる数滴の汗、普段の凛とした声からでは想像の付かないほどの甘いなき声、重なった体温、それら全てが何度も熱を吐き出したはずの中央に再び熱を集める。せめて、と思い自由な片手は視界を閉ざす。目蓋を押さえ付ければ、その他の感覚がさらに鋭くなるだけ。声に従い、目を開ける。薄く開いたくちびるから絶え間なくこぼれる甘い響きを捉える度に、どくり、どくり、と体の芯から伝わってきた。手を自分の太腿の上のものに伸ばす。熱いそれの先端は湿っていて、割れ目を指の腹でなぞっただけで質量を増やす。

「ひ、ぁ、つめた……いゃ、ん」

つん、とつついてみたり、竿を握り込んで根本側から少しずつ指で圧をかけてみたりを繰り返す。太腿に割れ目からこぼれた先走りが落ちる。ぽた、ぽたり、と伝わってくる速度が上がる。男がそちらへ集中している間に、掴まれた腕は何も成していなかったようだ。我ながら不器用なものだ、と腕を振りほどく。男が弄った通りに声をあげるのが楽しくて、上をつまんだら次は下へ。たまには上を繰り返す。かざりに爪を立てる。上から押せば薄い皮に沈み込む。指を離して少しすればまた勝手に小さな頂きを作るのだ。そんな様を見るのも好きで、その間は手の動きがおざなりになってしまう。不満そうに、

「……やだ」

などと言われて我に返る。右手で強弱をつけながら胸のぼたんを抓り、下は一番の先端を指の腹でぐりぐりと抉るように圧迫し続ける。たまに引っ掛けるように爪をかすらせると、ひときわ高い声があがる。たまに喉がかすれてひゅう、と空気が鳴ることもあった。そんな時には決まって口付けをする。ほんの数秒だけくちびるを塞ぐのだ。鼻息まで止めて、口を離した瞬間に息を吸おうと口を広げるのにタイミングを合わせて根本を強く握る。開けたばかりの口を急いで閉じて声も出さず、目を強くつむって懸命に刺激に、快感に持っていかれないように堪える姿に男はため息を漏らす。足りない酸素を補給したくてぱくぱくと金魚のように口を開閉させるが、そんな暇は与えない。代わりに刺激ばかりを与える。自分の吃立も刺激を求めている。喘ぐ度に先端が白い腹部に擦れて、小さな快感が生まれる。

「ぁは、っ……んぁ、いきた、いぅ」
「俺も……ん」

男の言葉と同時に細い指が男自身に絡みついた。男よりもよほど巧みに指を使う。同じ生物の同じ部位だとは思えなかった。喘がされていた身が一瞬に男の求めていたとおりの疼きをもたらし、男は格好悪いと思いながらも声を出した。
男の声を聞く度に、ゆるく弧を描く唇。
絶え間なく、緩急を付けて絡みつく指はさながら、異国の蛇を思わせる。白く細く優雅に籠に仕舞い込まれた、がらくたのひとつ。深い影の中でも自分の上をあんな綺麗なものが這いずっているのだと思うとまた、どくり、と熱が先端へ溜る。ぎりぎりまで張り詰めた自身を早く開放したくて手を伸ばしそうになるが、今その手に収まっているものも十分に熱く苦しげなのだ。
いいか、と吐息まじりに告げる。言葉にはならず、音が返ってくる。嗄れてしまった声に荒い息遣い、それでも潤ったなまめかしい音が、男の名を呼んだ。


「わたしは愛など売ったことはありませぬ」

そうか、と答えた男は一度も振り返らずに部屋をあとにした。


2015/12/16 23:01:29
(男娼もの落書き)


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