運動部って怖いですね。


夏休みになってしまった。劇の台本がまだ完成していないので、ぶっちゃけなんにも進められない。ピンチだ。とりあえず、今の段階でできることは衣装だとか小道具だとかの買い出しだけだった。
部活の状況から、全員で集まる、という日を何日か設けて、あとは係ごとや来れる人だけということになった。
今日は午後からだから、と高尾くんが顔を出したその日は、ひたすらみんなでゲームをしていた。

「できることないんだろ? じゃあさ、もう少し集まるまで、なんかやろーぜ!!」

とかなんとか言いながら、当たり前のようにトランプを出してきた高尾くんにより、みんなでトランプすることになった。はじめはババ抜き。次は七並べで、そのあとは先生が持ってきてくれたお菓子をかけてずっとブラックジャック。大富豪をやらなかったのは、ルールを知らない子がいたから。高尾くんはよほど自信があったのか、すごくやりたそうにしていたけれど、すぐに空気を読んでブラックジャックの続行を宣言した。

「あ、佐藤さ、連絡先を宮地サンに教えてもいい?」
「ああ、うん。もちろん、やっぱり高尾くんに連絡頼むのは不便だよね、お互い」
「んーまあ、オレと宮地サンは毎日嫌でも顔合わせっからヘーキだけど。オレ知らないこと、いっぱいあるしな」

椅子の後ろの脚に体重をかけて、ゆらゆらと前後に揺れながら高尾くんは言った。私は1回、トランプ大会を抜けていた。バイトの面接の電話をしていたのだ。それから戻ると、高尾くんは私に個装されたクッキーをひとつ投げて寄越した。

「つーか、確かに俺が中継するって言ったけどさぁ、連絡くらい取れや」
「え、ゴメン。そんなに頼むことないし、そもそも悪いし、ぶっちゃけ、前日とかだけでもいいかなって。あと、合わせの時」
「まあいいや、今送った。確認して」

携帯電話を見ると確かに高尾くんからの通知がきていた。宮地さんの連絡先か……。ふと、メールアドレスを見ると、miyuという文字が入っていて、若干引いた。

「それ、ウケるよなー。あの人、どんな顔してこれ設定したんだろうな。本当にみゆみゆに懸ける情熱だけは、やばい」

そんな真剣な顔で言わないで欲しい。宮地さんのみゆみゆへの愛が、高尾くんの真顔でより一層強固なものなのだと痛感してしまう。意外な一面を知ってしまった。そんなにみゆみゆが好きなのか、あの人。宮地さんをかっこいいと言っていた友人が少し可哀想に思えてきたが、あいつは顔が良ければなんでもいいやつだったので、やっぱり何も可哀想じゃなかった。

「高尾くん、もうすぐで緑間くん来るんじゃないかな」
「うえ?! マジで!?」

廊下で電話をしている時に緑間くんが歩いているのを見かけた。あれは怒っている顔だったと思う。いつもプリプリ怒ってる時と同じ顔だ。激おこの時は、一度しか見たことがないが、ラッキーアイテムの右腕の欠けた土偶だった時に、机から落っこちかけて、それを死守しようとした高尾くんが失敗した時だった。高尾くん、悪くねーじゃんって誰もが思ったけど、土偶が落ちる前に、高尾くんが緑間くんのお弁当からからあげを奪おうとして、緑間くんの机が動いたのを私は見ていた。100%高尾くんが悪かった。
ピシャーンッッ!!
鋭い音がして、教室のドアが開けられた。勢い余って、ドアが戻ってきてしまい、教室入ってこようとした人を挟んだところは笑いそうになった。しかし、その入ってきた人というのが先輩で笑うわけにもいかなくなった。

「高尾!!!!! てめえ、エアコンのリモコン、口に突っ込んでグリグリすんぞ!!! 次サボったら、マジでぶっ殺す!!!」

その先輩は宮地さんでした。ちょっとタイムリーだな、なんてのんきに考えていられたのは、怖さゆえの現実逃避か、それとも実際には他人事だったからかは分からなかった。めっちゃびびったことは事実です。
すごい怒声だった。声の大きさも迫力も。耳がびりびりするくらいだった。

「宮地サンwwwいま、ちょ、ドアwwwww リモコンとエアコンってすっげえ語感似てまwwせんwwwヤバww」

高尾くん強い。慣れってすごい。慣れればいけるのか。まじか。
一緒にトランプをやっていたクラスメートは笑いなんて一瞬でどこかに吹き飛んで、完璧に俯いている。私も俯きながらちら見している。
高尾くんは未だに腹を抱えて、椅子を前後にしていて、ここにいる全員が命知らずさに尊敬しかかっているんじゃないだろうか。ついでに言えば、エアコンのリモコンって似てて言いづらいなってずっと思っていたし、グリグリってここで擬音使うんだって感心もしました。あと、リモコンを口内で回されたらとても痛そうだし、苦しそうで、想像しちゃっておえっときた。あの笑顔は容赦なく、あのプラスチックの塊で口を抉って、歯に当たるのも気にしないで、喉奥まで突っ込んできそうだ。

「わりいな、邪魔した。コイツは俺がやっとく」

やっとくってなんだ。殺っとく、か。
突然、怒鳴り散らしたことがバツが悪かったのか、気まずそうな顔をして、高尾くんの後ろまできた。がし、と高尾くんの首に手を伸ばす。首根っこを掴むことに持てる握力の全てを使っているかのようように見えた。高尾くんの笑い声が苦しいのか単に笑いすぎなのか判断はつかないが、過呼吸のように掠れ気味になっていく中、宮地さんは高尾くんを引っ張っていった。

「なんだったんだ……」

誰かがポツリと呟いた。その後、誰も口を開くことはなく、じっとりと重たい沈黙が流れた。その間、私が考えていたことは、運動部に入らなくてよかったとか、宮地さんがとてつもなく怖かったとか、高尾くんが強過ぎて、これからは敬意を持って接した方がいいのか、とかそんなこと。事情はよく分かんないけど、今日はバスケ部は練習がある筈なので、(本人は午後からだと言っていたが)クラスに顔を出していたのはサボりだったのだろう。悪いのは高尾くんだから、敬意は持たなくてよかったのだ。

「高尾はいるか?」

次の来訪者は緑間くんだった。首からかけたタオルで汗を拭いながら、ドアをくぐる。

「さっき宮地さんがすごい剣幕で連れていったよ」

私が答えると、そうか、とひとつ頷いた。

「高尾くん、なに、サボり?」
「午前はどこの体育館もほかの部活の割り当てでな。外周だったのだよ。それをアイツはクラス顔出すなどと言って途中で抜けおって……!!」

そういうことか、と納得する。クラスの練習日として、今日も教室は取っておいたが、まだ何にもやることがないのは知っていたはずだ。だからと言って顔を出さなくてもいいわけではないし、もちろんバスケ部だからっていう特別扱いもなし。ここが文化祭準備の矛盾点。やらなきゃいけないことはあるのに、行ってもやることがなくて手持ち無沙汰になる。だからって行かなくていいわけではない。行かないと後のクラスでの立ち位置がなくなるカモ。なんだか恐ろしいものである、文化祭とは。

「……すまないな、クラスの方に参加できなくて」

高尾くんはバスケ部的にはサボりでも、クラス的にはサボリではない。緑間くんの微妙な表情はここからきているのだろう。

「ううん、だって、来たってなにもないこと分かってるでしょ。高尾くん、トランプ持ってきてたし、サボる気満々だったよ」

決して高尾くんを売り払ったわけではない。緑間くんに心配をかけさせないための言葉だ。クラスに出られないことを心労にして欲しくない。ていうかぶっちゃけ、ここにいるのは夏休みにやることもない寂しい人だけなんだ……(確認済み)。ある意味、わたし達にとって高尾くんはひとつの潤いだったことは事実である。

「まあ、出てくれるのは嬉しかったけど」
「……クラスの一員として当然なのだよ」

緑間くんってこういうことよりも、絶対にバスケを優先するだろうし、クラスなんて、なんとも思ってないのかなと感じていたけど、案外、そうでもないのかもしれない。

「いま、休憩かなんかなんでしょ? 今日はもう終わるし、もっと男手が必要で忙しい時にはバンバン働いてもらうから、気にしないで練習戻って。ていうか、休憩して」

すまない、ともう一度、謝ってから緑間くんは出ていった。あとは流れでお開きになりそうだったが、私携帯電話には台本のデータが届いていた。それをこの場にいるみんなに転送して、台本の推敲をした。
そんなこんなをして、何人かが部活だとかバイトだとかで入れ替わり立ち代わり、最終的には、午前中とは全く違うメンバーになっていた。
朝は9時から集まっておきながら、気付いたら3時になっていた。これじゃあ、学校がある日と変わらないじゃないか、と少しショックを受けながら、とりあえず今出来ている台本のデータを保存した。家に帰ったら、印刷しとこう。
ぴろり、と携帯電話が鳴った。誰からのメールだろうか。
『宮地です。アドレスは高尾に聞いた。
午前中は悪かった。あの後、大丈夫だったか? クラスで気まずくなってないか心配でした。俺のせいだけど……。もしよければ、クラスの進捗というか、俺がいなくちゃけない日みたいなの、教えてもらえるか?』
宮地さんからのメールだった。早く決めなきゃなぁとは思っていたが、クラスの状況的になかなか決められないでいたことだ。諸々を含めて、メールで文字にするのはあまりに面倒くさかった。
『佐藤です。
部活は何時までですか。天文までそこそこ遅くまで残ってるので、直接、説明したいです。まだ決まってないことばかりで、色々相談したいことがあります。』
今は休憩時間なのだろうか。返信しながら、部活行っても暇なんだろうなと考える。先輩の話を聞く限り、文化祭の準備はギリギリでもなんとかなりそうだった。あとは月が出るまでの数時間を乗り越えられるか否か、だ。それによってその日の部活の有無が決まる。
あ、返信きた。イメージよりも早いレスだった。
『六時だけど、天文の方は平気なのか? 俺には決まったことだけ教えてくれれば十分だから』
こっちに合わせる気満々だ、この受験生。仮にも依頼したのはこっちだし、そもそも先輩なのにこんなに気を遣われてしまうとは。申し訳ない。
『平気です。六時に渡り廊下にお願いします。』
了解、とほどなくして返ってきた。私は教室の戸締りエアコン、電気を確認して、北校舎の地学室へ向かった。




運動部って怖いですね。

←backnext→





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -