夏でもチョコ食べますよ。


教室に戻り、お弁当をリュックから取り出したところで、高尾くんがいるのを見つけた。向こうも私が睨み付けているのにすぐに気付いたようだった。

「ほんっと、ごめん!!」

私の席まできて、ばちん、と顔の前で手を合わせた高尾くん。このあと、机に手を付けたら、某錬金術師である。

「ここで落としたら、もう次がなかったんだって! 期末で満点取っても足りねえかもって脅されてたんだよ!!」

自業自得だと思ったけれど、高尾くんの古典の成績がやばいのはクラスのみんなが知っていることだ。仕方ないか、と流していいところなのだ。クラスメイトとして、高尾くんの進級の邪魔をするわけにはいかない。密かな高尾くんファンにぶっ殺されかねない。(冗談です)

「で、どうだった?」
「平気だったよ」
「まじで? よかった〜、オレだったら一瞥してもらえるかどうか……」
「内容もなんにも伝えてないんだけど、そこは任せてもいいよね?」
「いいよいいよ、おっけー。言っとくな!!」

よろしくね、と言うと高尾くんは自分の席に戻ろうと私に背を向けた。そこで、宮地さんが言っていたことを思い出し、高尾くんのワイシャツの裾を引っ張った。

「あ、待って!! 宮地さん、呼んでたよ。轢き殺すって」
「うおっ!? ですよねー。佐藤に言われると、本当に殺されそ」
「そんなひどいことしないって!」
「分かってるって。お前にやられたら、メンタルとフィジカル、ダブルにショックだっつーの」

大して面白くないことに、ひとりでけたけたと笑っている。
そもそも、轢き殺すなんて実行できないってば。今の言葉は地味に刺さったぞ……。
昼休みは残り15分。いつも一緒に食べてる友達には、仕事で行けないからと伝えてある。

「なあ、付いてきてくんね?」
「今行くの?」
「早い方がいいっしょ」
「それはまあ……たぶん」

机に乗せたままのお弁当箱を尻目に、もう一度、三年生のフロアを訪れる羽目になった。三年生は階段を登った二階で、すぐ近くに職員室や進路指導室があり、教員がうろうろしているフロアでもある。高尾くんは、急いでワイシャツをズボンにしまい込んで、一歩後ろを歩く私を見て、にかっと笑った。シャツ入れたくらいでドヤ顔されても……。

「みーやじサンっ!」

教室の前、何人かで話していた宮地さんの後ろから高尾くんは、わざと驚かせるようにその肩を叩いた。案の定、宮地さんは「うわっ!」 と大きな声をあげて、廊下歩く人の視線を一瞬とはいえ独り占めにした。とても恥ずかしそうだった。
あっさりとその輪に加わった高尾くんが、やけに小さく見えた。ああ、バスケ部の人か。軒並み、身長がとても高い。高尾くんだって、大きいのに、それ以上。

「佐藤も来いって」
「え? あ、うん」

手招きされて、バスケ部高身長の輪に私も並んだわけだが、首が痛くなりそうだ。
集会とかでたまに壇上に上がっている人、たぶん、大坪さんは宮地さんよりも背が高いのか……。高尾くんが小さくてほんとざまあみろって感じだ。

「宮地から今、ちょうど聞いた」

坊主頭の先輩が呆れたように高尾くんを見る。宮地さんはうんうん、と大きく頷いている。

「確かに大会もない時期とはいえ、仮にも受験生なんだぞ? 分かってるか?」
「宮地サンなら平気じゃないすか? ていうか、木村サンだてそう思ってるでしょ?」
「まあ、簡単に引き受けた宮地が悪いとは思ってるけどな」
「木村?! 木村ひどい!! きむら!!」
「宮地、うるせえ」
「しっかりやれよ、宮地。当日はきちんと見に行くから」
「お前ら……」

坊主頭の先輩、木村さんがやれやれといったように大坪さんを見る。大坪さんは、とても優しげな笑顔で宮地さんに止めを刺していた。ぽんと肩を叩かれ、宮地さんは項垂れていた。これは確かに高尾くんの言った通り、宮地さんは、かなりの集客力のある人なのかもしれない。
宮地さんの視界に高尾くんが入ったようで、唐突に高尾くんの頭を鷲掴みにした。次いで、その指先に力を込め始める。

「いで!! 痛いっす痛いああいたっ!!」
「お前さぁ、色々言わなきゃいけないことあんだろ?」
「いだだ……さき!! 先に離して……!!」

ハゲたらどうしてくれるんすか! と頭をさすりながら恨めしそうな目線を送る振りをした高尾くん。宮地さんは、どうでもよさそうに一瞥してから、(所在なさげにしていた)私を見た。

「やるって言った以上、できるだけのことはするつもりだけど、女装とかじゃないよな?」
「なんにも聞かずに引き受けたんすか? って、オレのせいか」
「本当にな。一本、轢いとく?」
「一本ってどこ?!」

高尾くんが内容について説明するのかな、と思っていたのに、なぜか私を見てくる。私が話すの? と目線で訴える。おおっと、頷かれてしまった。仕方無しに、今決まっている限りのあらすじ(オチは内緒)と、宮地さんに出て欲しい役柄を伝える。

「そのくらいなら全然、平気だわ。え、っと、なにさんだっけ?」
「あっ、すみません……! えっと、 佐藤はるかです」
「佐藤……さんな。そっちは知ってんのかな? 俺は宮地清志、デス」

自己紹介ってこんなに恥ずかしいものだっただろうか。やけに頬が暑いけど、顔が赤くなってないことを祈るしかない。ていうか、宮地さんもうっすら顔が赤くて、余計に恥ずかしさが増してくる。宮地さんは、ふい、と右に目を逸らした。私も思わず下を向く。

「佐藤、もう予鈴鳴る」
「もう? お昼食べ損ねた! 高尾くんのせいで」
「おい、最後。オレも食ってねえし」
「なんのフォローにもなってないからね、それ」

腕時計を見ながら高尾くんがそう言ったので、私も同じように自分の時計を見た。確かにすぐにでもチャイムが鳴るだろう。次の授業は、移動じゃないので、そこまで急ぐこともない。

「なに、お前ら昼飯まだなの? これやるよ」

宮地さんが「手、出せ」と私と高尾くんに言うので、そのとおり手のひらを向ける。ポケットから何か取り出して私たちの手の上に乗せた。
透明のセロハンに包まれたチョコレートだった。

「この時期に、チョコレート、ポッケに入れるって流石にないっしょ……!!」
「はい、高尾にはもうやんねー。佐藤……サン、これも食っていいぜ」
「あ、呼び捨てでいいです。一年だし、普通に」
「ん、わかった。ほい、佐藤」

宮地さんは高尾くんから取り上げたチョコレートを上に掲げ、届かねえだろ、チビ尾、などとからかっていたが、その手を降ろして、チョコレートを私の手へ落とした。受け取って、高尾くんにドヤ顔して見せた。

「えー、なにその顔!! 宮地サン、オレの!! 高尾くんがこのあとの授業で空腹で死にそうになってもいいんすか?!」
「今日、やらかしたこと思えば、そのくらい甘んじて受けろ、絞めんぞ」
「もう、みゆみゆのカード引くの手伝いませんからね!!」
「あ、ちょっ!? それはずるいだろ! それ以前に今言うなよ!!」

ふたりがこっちを見た。高尾くんは相変わらずニヤニヤと楽しそうに笑っている。いや、いつもよりもかなり楽しそうに笑っている。緑間くんをからかって遊んでる時くらいか。宮地さんは、私と目が合うと、いやその、うーんと、と何かを言い出そうとしていた。
高尾くんが私の顔をのぞき込んで聞いてくる。

「佐藤は推しの子とかいねーの?」
「アイドルはあんまりかな。女優さんは結構好きなんだけど。あ、でも、あのグループならみゆみゆがダントツで可愛いとは思う」
「ですってよ、宮地サン?」
「なんで俺に言うんだよ」
「あ、ここまでしたのに隠す方向?」

片手で顔を多いながら、もう片方の手で高尾くんげんこつで軽く殴った、というところでチャイムが鳴った。

「やっべ!! オレ、教科書借りてこねーと」
「え、それ、ギリギリじゃん」
「じゃあ、宮地サン、そーいうことで!!」
「改めて、お願いします!」

お辞儀をすると、ひらひらと手を振り返してくれた。
廊下を早歩きで、階段は二段飛ばしで駆け降りた。高尾くんは、器用にも階段を降りながら、シャツをズボンから引っ張り出していた。



夏でもチョコ食べますよ。

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