高尾くんあとで覚えてろ。


初めてその人を見て思ったことは、ただひとつだった。もちろん、声に出すつもりなんてなかった。しかし、思わず、ぽろりと口から出てしまったのだから仕方がない。

「巨人じゃないか……」

私が見ていたのは後ろ姿だったはずなのに、その人はどうしてか私の目の前に迫っていて、しかし、迫っていると言っても私の目前にあるのはその人の学ランボタンだった。顔なんて見えやしない。

「迷子か?」

どういう経路で出たのか、私にそう聞いた。首を思い切り反らせて、上を見上げると、染めてるのかと思うくらいの明るい髪色と、その高身長からはあまり想像のつかない童顔が見えた。

「いえ、迷子じゃないです」
「あっそ」

くるり、と踵を返して教室の扉をくぐっていってしまう。背筋を丸めて、まさにくぐるという表現がぴったりだった。本当に心から「くぐってるなぁ」と感心した。

「ちょっと、待ってください!」
「なんだよ」

ちらっと私の上履きを見て、舌打ちをした。一年か、と呟いて、首だけを私に向けたまま、あからさまに嫌そうな顔をした。私だって、嫌々なのだが、そんなことはこの人は関係ないことだった。
さっさと用件だけ済ましてしまおう。

「頼みたいことがひとつあるんですけど、いいでしょうか?」
「は? 俺に? うちのクラスの誰かとかじゃなくて?」

困惑なう、と顔に書かれている。私の顔にも似たようなことが書いてあると思う。

「……引き受けていただけませんか?」
「内容によるに決まってんだろ! もう少し詳しく話せ」

教室の扉の枠に手をかけて、できるだけ私の目線まで屈んだ、その人、三年の宮地清志さん。確かに、なんだかんだで優しい人、という評価は間違っていないようだ。

「文化祭で一年は演劇をやるんですけど、その特別出演を頼みたいんです」

190cm近い(って誰かから聞いた)人というのは近くにいるだけで威圧感がすごい。本当に、とにかくでかい。でかさをひしひしと感じることができる。

「お前のクラスに高尾和成いるだろ?」
「いや……え、っと、確かにいるには、いますけど……この件とは、あんまり関係ないといいますか」
「いるんだろ? あいつ締める」

笑顔でぼきぼきと指を鳴らす様は、どこぞの不良さながらで、もしかして傍から見ると、かつあげでもしているように見えているんではないだろうか。咄嗟に高尾くんを庇ったってしまったが、ぶっちゃけ今すぐ高尾くんなん売り飛ばしてもいいと思ってる。

「高尾くんのことは好きなだけ締めてもらって構いません。煮るなり焼くなり……!! だから、劇には出てください!! お願いします!!」

売り飛ばした。
急いで頭を下げた。ぶん、と大して長くもない髪が遠心力で円を描くくらいには勢い良く頭を下げた。ふと目に入った宮地さんの上履き。それなりに年季は入っているが、きれいに洗われているようで、しかも、書かれた名前の文字が無駄に達筆。

「実行委員か何かなんだろ」

ため息をつきながら、眉を寄せた。あとひと押しか?
私は、神妙な表情をして見せて頷いた。

「高尾が委員でもないのに、でしゃばって、心当たりがあるとかほざいたせいで、おま……きみがここにいる、ってとこか?」
「……全くそのとおりです」

初対面の後輩にお前という二人称を使うのは流石にはばかられたのか、きみ、と言い直した。
うちのクラスが劇に決まったのはいいとして、他にも何クラスかが文化祭で劇をやる。その数クラスのうちから、演劇賞が出される。やるからには一番を狙いたいじゃないか、と言い出したのは誰だったか。隣のクラスは担任に出演してもらうらしかったが、うちのクラスの担任なんて出したところで何にもならない。通行人A(おっさん)がいいところだろう。受けもしないし、滑りもしない。まさに通行人役を完璧にこなしてしまうだろう。
そこで、白羽の矢が立ったのが、宮地さんなのである。同じクラスの高尾くんが宮地さんを推薦したのだ。後輩のオレから頼めばいけるよ、そんなようなことを言っていた。
うちのバスケ部が強いのは知っていたし、一年生のレギュラーである高尾くんと緑間くんがいるので、それなりの感心もあったが、試合に応援に行ったりするほどでもなくて、名前を聞いても顔が思い浮かぶような浮かばないような……。そんなものである。友達が「宮地さんかっこいいよね!」 と言っているのは聞いたことがあった。
そんなことはどうでも良くて、言いだしっぺの法則により、てっきり高尾くんが頼んでおいてくれると思ったのだ。しかし、あの日、高尾くんは言った。
「オレから言っても、たぶん、取り合ってもらえねえんだわ。絶対、冗談だと思って流れちゃうの。だから、一緒に頼みに行こーぜ!!」
ここまではわかる。
「まさか、クラスのやつら、本気にするとは思わなかったよなー」
冗談のつもりだったの……? それにしてやけに具体的だったし、うちのクラスにはあまりにも魅力的な提案だったように思った。もう、この企画以外にはないだろうと誰もが感じることほどだった。それを完璧なプレゼンしておいて、今更、冗談だと……? ちょっと何言ってるのかな〜? と問い詰めたいとこだった。
それでも、企画を通した責任として、実行委員の私と一緒に行ってくれるだけまだましだろう。そこで私は折り合いをつけたのだった。
そして、いざ参らんと高尾くんと教室を出た。ついさっきのことである。
「あ!! 今日って単語テストの追試あるよな!?」
そういえば、ありますね。まさか、と悪い予感というよりは、そうなるだろうと読めた展開だった。
「オレ、行かなきゃ!! 大丈夫、あの人、なんだかんだで優しい人だから! つーか、女子には暴言吐かねえしな」
大きく手を振りながら、三年の教室とは真逆の方向へ走っていってしまった。
ひとりで行くのか?
それは全く問題はなかった。確かに三年の教室にひとりで乗り込むのはちょっと勇気がいったけど、同じクラスに私の先輩もいるはずだし、なんとかなるだろうなぁって。
結論から言えば、なんとかなったんだけど、まさかその宮地さんがこんなに大きいとは思わなかった。女子の平均身長が158cmだとして、190ー158=32。頭の上に30cmものさしを垂直に乗っけても足りない。
結論、デカさに怯んだ。

「あとで高尾に来るように言っておいてくれるか? あと、轢き殺すって言っといて」

分かりました、と返事をして自分の教室へ戻った。
なんとか、承諾を得ることができたよう……である。




高尾くんあとで覚えてろ。

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