しようか【米屋陽介】*


米屋の変形された弧月の切っ先が私の眉間に向かってまっすぐと伸びていた。わたしは振りかぶった腕をゆっくりと下ろして、降参だと伝える。

「あのさ、佐藤」

急に改まってどうしたんだろう。話を始める前に、その槍を下ろしてくれないかな。物騒だよ。あと、できたらトドメ刺してくれないだろうか。情けをかけられたみたいでむかつく。

「オレとセッ」

私は左腕で槍の先端を逸らして、右腕を、というか右で裏拳を米屋の腹に叩き込んだ。ついでに手の先からスコーピオンを出して、腹をえぐらせていただく。うぐ、という呻きが小さく聞こえた。
今回の模擬戦で一番いい動きをした、と思った。

「モニター誰? 出水?」
『おう』
「いますぐ、全部消して」

モニターが回っていることを表すランプが順々に消えていく。スピーカーから聞こえてきた僅かなノイズに笑い声が混じっていた。あいつ、絶対、今ごろ爆笑してる。絶対に。

「米屋くん、もう一回、よく考えてから言ってみてくれる? さっきのは聞き間違いだったかもしれないし?」

まだ1個、ランプがついてるぞ。

「出水? ふざけてると課題見せてあげないから」
『うーっす、いま消します』

ばちん、と最後の1個も消えた。
腹から黒い煙をもくもくとくゆらせている米屋は弧月を脇に置いて、正座していた。

「オレとセックスしようって言おうとしました」

キリッといつになく真面目な表情で言った。

「決め顔してもムダだから」
「えー、でもお前、オレの顔好きじゃん」
「それはそれ、これはこれ」

バカだけど、こういうところマナーは守れるやつだと思ってた。バカだけど、ムードとか分かってくれていると思ってた。
米屋の顔は確かに好き、それは事実だ。だから、決め顔でそんなこと言われたらかなり照れるんだけど、とにかくひたすら今はそれどころじゃない。そう、それどころじゃない。

「と、思うじゃん?」
「どれのこと言ってんの」
「それどころじゃないってとこ」
「心を読むなよ?!」
「いやだって、顔に出てる」

どこがそれどころじゃなくない、のか30文字以内で説明してくれないだろうか。
手始めに、出水を口封じのために締めなきゃいけないし。

「出水なら放っておいていいぜ」
「だから心を読むなってば?!?」
「よく考えた末だって言ったらどうするよ」
「バカがない頭使うな、って言う」
「さすがにひどすぎねえ?!」

ひどくないな。どうしてそういう大事なことを出水なんかいる前で言うかな。出水がいなかったら、ぎりぎり許した。

「あとでもう一回言うから」
「え?」
「もう一回! 言うから!!」

米屋の顔がちょっと赤いし、むきになるのは珍しい。
もう一回ってなんだ。次は3回目だな。
米屋が先に戻ってしまった。ひとり残された訓練室の何も無い空間で、もう一回、と呟く。
とりあえず、私も戻ることにした。


「準備おっけー?」
「おっけー、帰ろ」

米屋と私は付き合ってる。出会いはボーダーだけど、よくよく考えれば、同じ学校だった。こういう関係になってからは、そんなに長くないけど、付き合い自体はもう2年目か。早いものだ。

「今日はウチくるだろ?」
「うん、行くよ」

本部を出て、住宅街を歩く。米屋のうちにはよくお邪魔させてもらっている。
第一次大規模侵攻の際に母親を亡くして、今は父とふたり暮らしの私は父が仕事で遅くなる日なんかはよく友達の家で厄介になっていた。

「ウチ、今日誰もいねーんだよ」

うっわ、これ恥ずいな……と片手で顔を覆った。指の間からこっちを見ていた。シャツの襟から覗く首筋が赤い。きっと顔も赤いだろう。夕日のせいではない。
指の隙間から見える、米屋の吊った目。ただでさえ、この目が好きだっていうのにそんな見せ方をされると、困る。

「なんだっけ、法事か。米屋、任務あって行けなかったんでしょ」
「あーうん、そうなんだけど」
「どした?」
「お前、バカなの?」

心底呆れたように言われてしまった。米屋にだけはバカって言われる筋合いはないはずなんだが。

「ヤろうって言って、家に誰もいねえって言ったんだけど、意味分かってる?」
「あ! 分かった!!」
「やっぱりバカだろ?!」

納得した。うん、おっけー。理解できました。確かにバカだな、このくらいのことを結び付けられないなんて、って、え? ちょっと待て。

「さっきのは冗談じゃなかった?」
「冗談じゃなかった」
「シンキングタイムください」
「だから、もう一回言うって」

あー!! そういうことね、とても納得。すごく納得。今はシンキングタイムなんだ。さっきから継続して与えられていた、ということか。
とりあえずメシはオレが作るから、とそっぽを向いた米屋が私の手を握った。米屋の手は、あまりあたたかくない。

「照れてんの?」
「うるさい」
「かわいいなー」
「お前はもう少し身の危険を感じてくれねえかな?」
「危険? なんで?」

盛大なため息をついて米屋は、話題を変えた。今日出た課題の話とか、模擬戦の時の話とか。
米屋家に着いて、荷物を下ろす。確かに誰もいなくて静かだった。米屋が着替えてくるから、と部屋に引っ込んでしまったので、勝手にテレビをつけさせてもらう。

「オムライスでいい?」
「うん! 米屋のオムライス食べたい」

制服から着替えた米屋が聞いた。
料理もできて、腕も立って、顔もいいって割と好条件が揃ったやつだ。と思うじゃん? これがありえないくらいバカなんだよなぁ。
やればできそうな頭だと思う。あれだけの実力持ってるんだから、頭の回転は決して遅くない。むしろ、私なんかより圧倒的に速く回る。戦場で正しい場所に行けて、人を配備する方が、英単語覚えるよりも難しいわけないはずなんだが、そうじゃないらしい。それは米屋が男の子だからなのか。まあ、あとはそれ含めて才能か。

「エプロン似合うね」
「オレ、なんでも似合っちゃうタイプよ?」
「知ってる」

Tシャツと短パンにエプロンを付けて、キッチンに立っていた。食材を切る音、炒める音とテレビの音が混ざっている。ソファーの背もたれに体重をかけ、身を乗り出す。

「文化祭で劇やるんだよね、裏方?」
「と思うじゃん。なんと、通行人Dと町のチンピラ3と喫茶店のバイト」
「多いな、全部ちょい役っぽいけど」
「見に来なくていいぜ? ほんとに」

これはなんか隠してるな。文化祭につきものの女装とかかな。いま、セーラー服着た米屋が脳裏に浮かんだ。結構似合うじゃん。見たいな。

「行かないわけない、行くよ」
「来なくていい」
「なんで。女装するの?」
「……バレた?」

彼氏の女装見たいっていうのはおかしいかな。彼氏の、ってわけじゃなくて米屋の、女装が見たいんだけど。
言ったら引かれるか? いや、かなり今更な気がする。

「見たい。絶対、似合うよ」
「それ、褒めてねーから。もうできるから、皿とか出して」
「了解」

スプーン、コップ、お皿を出して、お皿は米屋に渡して、それ以外は食卓に並べる。いつも米屋の家族がみんないるから、ふたりだけのご飯というのは少し寂しい。

「たまご、うまくいったと思わねえ?」
「わっ上手いね。彼女として立つ瀬がない」
「気にすんなよ、今さらだから」

ふんわりと黄色い卵からは湯気が立っていて、柔らかな匂いもふわふわと漂ってきていて、一気にお腹が空いてきた。

「ケチャップくらい私がかけてあげよう」
「ハートの中にようすけって書いて」
「おっしゃ、任せろ」
「やっぱ、女子力足りねえよ、佐藤」

私がハートを思い切りミスって、いびつな楕円形にしたことで米屋は一瞬、固まったのちに大爆笑した。そして、代わりに私のオムライスになにかよくわからないもの(それが何か分からないだけで線は真っ直ぐだし、何かが描かれているということははっきりと分かるあたり私とは大違いだ)を書いた。棒人間と台形だ。

「なにこれ」
「弥生時代の銅鐸に書かれたなんかの絵」
「あー!! 見たことある!! でも、ここに書く意味は分かんないな!」

普通に上手いし、ハートすらミスった私には言えないか。できるか分からないことを安請け合いしてはいけないな、と思いました。

「米屋の方が女子力あって虚しいし、美味しい」
「さんきゅ。オレもお前の方が男気あるんじゃないかって思うわ」
「私もたまに思う」

作ってくれた米屋の代わりに、洗い物とか片付けは私がやった。米屋のお母さんの手伝いをちょこちょこしているうちに、食器の場所だとそういうことは頭に入ってしまっていた。

「佐藤」
「ん?」
「オレとセックスしよう」

食器をしまっていた私に、さっきの私みたいにソファーの背もたれから身を乗り出した米屋が言った。
忘れていたわけじゃないけど、考えてはいなかった。
答え自体ははじめから決まってはいた。

「……いい、けどお風呂には入らせて」
「え、ほんとに? と思うじゃん、とか言わねえ?」
「それは米屋の口癖であって、私のじゃない」

風呂沸かしてくる、とリビングを飛び出した米屋。
私は片付け終えて、ソファーに座った。ここからどうなるんだ? シミュレーションしようとして、やっぱり辞めた。迂闊なことはしない方がいいと思った。
雰囲気的には「オレと結婚しよう」って言ってもおかしくなさそうだった。いやまあ、結婚申し込まれたら困るけど。
そもそも、こういうことってこういう風にするものなのだろうか。勢いだけでっていうのも困るが、改めて宣言されても困る。
覚悟を決めろってことなのか。やっぱり、覚悟を決めなきゃいけないようなことなのか。
お父さん、なんかごめんね。果たして父に謝る必要があるのか分からないが、今、ふと頭によぎった。

「すぐ沸くから」
「風呂上りに着る服ないや」
「…………オレのTシャツ着る?」

今の間はなんだったんだろうか。別に脱ぐんだから制服でもいい、とかナチュラルに考えられるくせに、後から恥ずかしさが襲ってくる自分の脳の回転の遅さはどうにかならないのだろうか。
リビングへ戻ってきた米屋は、見るからに上機嫌だった。私の隣に座って、置いてあったリモコンを取ろうとして失敗していた。うわっ、とか言いながら手を滑らせたが、なんとかキャッチできている。
そんな米屋を見て、急にいたたまれなくなってきた。

「どうしよ、恥ずかしくなってきた」
「そういうこと言うなよ!? オレ初めっからそうだから!」

意味もなくチャンネルを回しまくる米屋から、リモコンを取り上げる。突然、訪れた沈黙に頬の内側が熱くなってきているのを感じる。
目は合わせられない。
そんなことをしたら、恥ずかしさで死んでしまう気がする。少しの不安と嬉しさと、どうしようもないほどの恥ずかしさが脳みそをどろどろに溶かしているようだった。
そういうことをするんだ、って突然、実感が湧いてきて、そう思った瞬間から熱くてくらくらする。こんなんで本番は大丈夫なのかな。

「顔、赤いぜ」
「米屋もね」
「佐藤……そんな顔されると、」

オレがしんどい、と言って、俯いていた私の顎をすくい上げてキスをした。目を閉じる寸前に見える、伏せかけの米屋の目が好きだった。
角度を変えて、数回。くちびるが触れるだけのキスをして、私の頭を腕の中に抱え込んだ。何も見えなくて、米屋の体温に包まれている感覚が、中途半端な緊張をほぐしてくれた。

「早く、出てきてくれよ」

頭の上からそんな言葉をかけられた。ぎゅうっと強く抱きしめられて、すぐに解放される。
さすがにこんなところで鈍感を発揮できるほどバカじゃないので、米屋が我慢してくれてることは分かっていた。
こんなにもギリギリだっていう表情の米屋を見たのは初めてだった。うっすら頬を紅潮させて、私の大好きな吊り目を軽く細めて、眉を寄せたその表情が色っぽい以外のなんだっていうんだろう。体のど真ん中が、ぎゅんっと締まるような感覚がして、米屋の色気に充てられてるんだ、なんて思う。

「うん、すぐ出てくる」
「あ、えっとTシャツ」

手早く着ていたTシャツを脱いで投げ付けてきた。それを受け取って、私は風呂場へ急いだ。


もちろん泊まるつもりなんてなかったから、新しい下着なんてあるはずもない。仕方が無いから、さっきまで付けていた下着(ちゃん上下揃ってて良かったって心底思った)をもう一度付けて、米屋のTシャツを着る。白いTシャツはミニ丈のワンピースみたいなものだったけど、その色のせいで水色の下着が透けていた。
米屋のTシャツ大きいなぁ、とか、米屋の匂いするなぁ、とか思いながら、脱いだ制服を抱えてとりあえずリビングへ急ぐ。

「出た、よ……?」
「部屋行くか」

米屋が目を合わせてくれない。これみよがしに逸らされる。私もその方が助かるけど。
手を引っ張られて、部屋に入る。いつも、ごちゃっとしてるのに今日はきれいだ。
ぐんっ、とひときわ強く腕を引かれて、ベッドに倒れ込む。

「エロすぎ……」
「米屋のせいだよ」
「あんまり煽んないで」

私にTシャツを渡してしまったせいで、米屋は上半身裸のままだった。風邪を引いてしまわないだろうか。
私に覆いかぶさるようにした米屋。額にキスをされる。思わず目を閉じて、すぐにまぶたの上にそれが落とされた。後頭部に回ってきた米屋の大きくて、熱くも冷たくもない手のひら。
ただ落とされていただけのキスが止まって、そうっと目を開けた。

「あ、オレが風呂入ってねえ」
「いいよ、全然」

米屋の首に腕を伸ばす。抱きつくようにして、米屋のうなじにべたり、と触れる。汗ばんでいた。

「汗かいてるね」
「お前が嫌じゃねえならいいんだけど」

困ったように眉を下げていた。ああ、好きだなって思う。
手のひらを米屋の首から、自分の顔の前に持ってきて、少しだけ舐めた。

「ちょっとしょっぱい」
「っっおまえなあ……!」

えい、と米屋のカチューシャを取って、ベッドの下に投げた。私よりも長いんじゃないかっていう髪が重力に従い、落ちる。

「べつにお風呂なんて行かなくていいよ」

米屋の匂いきらいじゃないし。ちょっと汗くさくたって、やっぱり全然きらいじゃない。
米屋は変な顔をしていた。かゆいところがあるのに、かけない、みたいなむずがゆそうな表情だ。

「それはオレのセリフ」

米屋が私の首筋に顔をうずめて、すん、と匂いを嗅いだ後に、べろりと思い切り舐めてきた。くすぐったくて、肩が震えた。米屋の髪が顔にちくとく刺さるのもくすぐったかった。

「っぇ、あ、ん……、どこ触っ」
「はるか」
「そん、なことわか……ってるっ」

Tシャツの下から、ぬるい米屋の手が入り込んだ。首筋同様に少し汗ばんだそれは、私が風呂上がりということもあってか、スムーズに肌の上を滑ることはできていなくて、指先がつっかえつっかえ、ゆっくりと上がってきた。Tシャツも少しずつめくれていっているようで、ついに米屋と私を遮るものがなくなる。

「……よ、っすけのばか」

脇腹を撫でていたと思えば、その手は背中に回り込んできてあっさりとブラのホックを外した。大して大きいわけではないが、それでも束の間の解放感があった。すぐに肩紐だけでひっかかっている形となったブラの居心地悪くなった。
初めてにしては手際がよすぎるんじゃないだろうか。ていうか、本当にはじめてか?
決して全体重はかけないようしつつも少しずつ体重をかけてくる米屋。どんどん身動きが取りにくくなるが、同時に接する面が増えていく。
米屋の手は、依然として変わらぬ温度であるのに、手の触れたあと、そこに何か薬でも塗ったかのように熱くなった。かっ、と内側から。
米屋の重さで、少し息が苦しくなってきていた。目の前の、影の中のその表情はやはり真剣でありながらも楽しそうなので、故意なのだろう。

「っくるし、米屋、って、ぅん?!!」
「脱がさない方がいい?」

ちら、と米屋の目線が上を向いた。うなずいて応える。
部屋に入った勢いで初めてしまったので、照明はしっかりと私たちを照らしていた。私は、米屋の下にいて、その明るさをはっきりと感じさせられることはないけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。

「そんなとこ触る、の……?」
「もっとすごいとこさわんだよ」
「だけどさっ……!!」

ホックの外れたブラは首元までせりあがってきていて、そのすぐ下では米屋の手が若干、遠慮がちに私の左の胸に当てられていて、そうっと動かされている。押すようにしたり、全体を包み込んでゆすってみたりと、ぶっちゃけ何が楽しいのか分からないけれど、割としつこい。私は恥ずかしさにできるだけ目を伏せて、自分のブラに半ば顔を埋める形でぎゅっと目をつぶった。

「だめ?」
「なにが」

ゆるゆると揉まれているうちに、変な気持になってきた。たまに先端にかするのが、どうにも経験したことのない感覚を伴っていて、ともすると変な声が出そうだった。
余裕のない私は、ひねり出した三文字で返事をした。

「気持ちよくないならやめる」
「分かん、っなっぅぁ、そこ、ぁっ」

手のひら全体を使っていたのをやめて、親指の腹で先端だけを触り始めた。ぐりぐりと回したり、たまに押してみたり。たまにびりびり、と体の中心から足の指先まで何か痛みに近いようでくすぐったいような、それにしては刺激的なものが走っていく。そのたびに、肩が跳ねて、どうしようもないほどの恥ずかしさに見舞われた。

「ぅ、っふ、そこば、っか……っいや」

すると、手がTシャツから抜かれたと思えば、米屋は身を起こした。ずっと強く目をつぶっていたので、見上げた米屋が少しちかちかした。
胸の下くらいまでめくり上がっていたTシャツに顔を突っ込んできた米屋。素肌に髪が当たるとくすぐったいんだってば。
胸にあたたかい吐息がかかって、次の瞬間、べろり、と舐めあげられた。厚みがあって、やわらかいものが圧力をかけてくる。

「感度よすぎねえ?」
「うっさい、んなと、こでしゃべるなっぁ」

はじめてだから、よく分かんねえけど、と米屋がしゃべるたびに熱い吐息が肌の上を滑っていった。どうしようもなくて、米屋の背と首に腕を回していたわけだが、その腕が剥がされた。
Tシャツの中から出てきて、ついでに私のブラを引き抜いて、体を起こした。

「痛かったら、殴る前に言えよ」

冗談めかしてるけど、ああこれびびってんな、っていう表情をしていた。緊張しているようだ。ていうか、私のブラどうする気なんだろうか。
あまりにも緊張しすぎてて、どこか痛々しささえあって、思わず腕を伸ばした。片手で米屋の頬を撫でて、ごめん、とこれも思わず口から出た。

「なんで、謝んだよ」
「がまんさせてる」
「……はずかしいから、見んな」

視線を下げれば、ズボンが苦しそうで、私が言うが早いか、手で目隠しをされた。熱くはないのに、じっとりと手汗で湿っていた。指の隙間から漏れる部屋の明かりに焦点合わせた。
どちらかといえば、細い、けれど節ばった指が私の視界を塞いでいた。五感のひとつが消えるとその他に過敏になったような気がする。
米屋の指が腹の中央をつつーとなぞった。そして、ゆっくりとパンツにかかっていった。目隠しをされているからの不安と、こんなところ見てはいられなかっただろうなという安心が一挙に押し寄せてきた。頭の中はいろいろなことでぐちゃぐちゃになっているのに、感覚だけは、常に米屋の触れている一点や二点にだけ、はっきりと集中されていた。むしろ、なにを考えても、気を逸らそうとしてもそこからは逃れられなかった。

「陽介、好きだから、いいよ、気にしないで」

指先からだって、米屋の躊躇とか緊張が伝わってきていた。目隠ししていた手をどかして、米屋の顔を見る。真っ赤だし、なんていう顔をしているんだ。欲情してるんだ。
これが、米屋か。
息を飲んだ。
大好きな目は細められ、どこを見ていいのか分からないというように視線は揺れて、でも私へとすぐに戻ってくる。赤い頬も険しく寄せられた眉も、それでも不敵に上がった口角と。

「そういう男前なことばっかだな、お前」

米屋は微笑んだ。らしくないほど、優しく。



もうちょい言葉選べなかったの? とあとで聞いたら、米屋は真面目に「伝わらなかったときの恥ずかしさを思ったらああするしかなかった」とのことだった。ちなみに、出水は「オトナの階段、一緒に登ってくれませんか」を推していたらしい。それはかっこつけすぎじゃないだろうか。それは伝わらないだろうから、ということで却下になったとか。たしかに。なんのことか気づくまで相当かかっただろうな。たぶん、先に米屋が答えを言わなくてはいけなくなって、結局は同じところに帰ってくるわけだ。米屋の選択は正しかったし、最短ルートだった。
出水と仲よすぎだよな。今日のこと、少しでも話したらさすがに別れるからね、三輪にチクるからね、としっかり釘を刺しておいた。





しようか【米屋陽介】*

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