相合い傘シンドローム【宮地清志】


その日は快晴だった。
そう、午前中までは。
天気予報を見損ねた日に限って、帰宅する頃には天気が崩れる日が多いような気がする。朝に雨が降っていて、午後は晴れた、というのなら害がないから気にならないのだが。
今、ようやっと豪雨というレベルから落ち着いて、駅まで走っても許せるかな、というところまできた。と言っても、雨に打たれても痛くない、とかその程度。屋根から出たら、ものの数秒でびしょ濡れになることに差異はないだろう。

「あれ、佐藤? 傘ねえの?」

昇降口でどうしようかと悩んでいたわたしの後ろから声をかけたのは、ひとつ上の宮地先輩だった。
宮地先輩は、わたしの横に並んで「これは傘なしはムリだろ」とわたしのつむじに向かって言った。
その先輩の手には紺の傘があった。
じっとそれを見つめる。

「ちょっと待て。俺とお前の身長差を考えろ」
「じゃあ、先輩はいたいけな後輩を置いてひとりで帰るんですか?」
「言うと思った……。仕方ねえな、入れてやる」

やったー、わたしが喜んでいると宮地先輩はがさがさとバスケ部のエナメルから何かを取り出した。そして、差し出した。
首を傾げると、「かっぱ」と短い返答。

「お前が着るの。んで、俺の傘に入る」
「いや、それなら、かっぱだけ貸してくれれば十分なんですけど」
「女子高生がかっぱだけ着て帰るかよ。お前の方が似合うから着ろ」

なに矛盾したことを言っているんだろう。
宮地先輩が傘を差したら、わたしはやっぱり濡れるだろうし、わたしが傘を差したら、宮地先輩まず傘に入れない。そこまでは分かっている。だから、かっぱだけを貸してくれれば問題ないんだけどな。

「俺だけ傘差して、かっぱ着たお前を抜かすのって、なんか忍びないだろ。お前がかっぱ着てれば俺も安心してお前を傘に入れてやることができる」

分かったか? と聞いてきたので頷いて応える。
先輩がかっぱ着るという選択肢もあったような気がするが、それは貸してもらう人間が提案できるものではないし、傘を差さずにかっぱだけ着て歩いている190cmの男子高校生って、ちょっと視線を集めそうで可哀想だ。

「かばん持っててやるから」

お言葉に甘えて、リュックを渡す。小さく巻かれた半透明のレインコートを広げてかぶる。さすがに大きい。裾は引きずらないにしろ、長い。まあ、ハイソックスが濡れなくていいのかもしれない。
フードもかぶったところで宮地さんが、

「ほら似合う」

と吹き出した。失礼な先輩だ。着せたのはあなたですよ。

「こんなに余裕あるならリュック上から着ればよかったかなぁ」
「その方がいいな」

いつの間にか、わたしのリュックを前に背負って両手を空かせて「ばんざーい」と言うので万歳したら、そのままレインコートを脱がされた。

「ほい、リュック。ボタン取るの面倒だろ?」

確かにこの大きさじゃ、ボタンをしっかり全部外さないと脱ぐのは大変だった。しかし、ひとのこと、子供扱いしすぎだろ、この先輩。まったく、失礼な。
こうなれば、意地だ。
リュックを背負って、今度は自ら万歳して見せる。
先輩は笑うのかと思いきや、呆れたようにため息をついて、やっぱり上からかっぱを着せてくれた。

「いやー、お前、それでいいのかよ。華のセブンティーンがよ」

かなり腑に落ちない。

「先輩も、まだセブンティーンじゃないですか。はじめにやったの先輩ですからね?」
「俺がやるのとお前がやるのじゃ、全然違うだろ。先輩のこと、顎で使うのはどうかと思いまーす」

そういうことじゃないってば。後輩とは言え、セブンティーンの女子に万歳させて、かっぱとは言え、服を脱がせたという事実に気付くべきだ。

「フードかぶれ。じゃ、行くか」
「おっけーです」

宮地先輩が傘を広げて、歩き出す。
うーん、さっそく濡れている。傘が遠い。
かっぱなかったら、アウトだ。先輩の方を見上げると、それでもかなり寄ってくれているようで、学ランの肩は濡れていた。

「先輩、わたし、かっぱ着てるんで、傘もうちょいそっちでいいですよ」
「じゃあ、もっとこっちに寄れ」
「なに言ってるんですか」
「お前が微妙にキョリ空けるから、こうなるんだよ」
「えーいや、でも、それは恐れ多いと言いますか」

これ以上、密着すると特になにも思っていない先輩であっても、謎のドキドキ感が生まれかねないので、遠慮したかった。今どき、相合い傘くらいで恋に落ちたくはないよね。宮地先輩のことは前々から、かっこいいなぁとは思っていたし、憧れてるっていう友達も見てきた。だからこそ、良い先輩以上に思うようなことにはなりたくない。

「俺が濡れるだけだな」
「なんでそういうこと言うんですか。寄らざるを得ないじゃないですか」
「寄れっつってんだから、はじめからそうしろ、バカ」

大人しく、傘の内側へ。おかしいな、学ランとかっぱとセーラー服越しなのに、宮地先輩の体温を感じる気がする。これ絶対に気のせいだ。気のせいだって分かってるのに、ぼんやりじんわりなあったかさを触れてる左腕が主張してきていた。
落ち着け、わたし。いいか、気のせいだ。宮地先輩なんて、色んなもの揃えすぎてて、逆に好きとかない、そういうタイプだろ? ああ、分かってるって? それはすまなかったな、でも、お前、いま、「やっぱりかっこいい」って思ったんじゃないのか?
脳内でアメリカ人みたいなやつが話し出したが、その隣で「やっぱりってなんだよ?!」と叫んでいるやつもいる。最近、流行りの脳内の感情を擬人化して会議するやつがわたしの脳内でも行われているらしい。いや、行っているのはわたしだけど。

「そういえば、佐藤って彼氏いないの?」

おおっと、フラグか? はっはっは、やってくれるじゃないか。フラグってなんだよ、やめてくれ、もうあと一歩で落ちるから!!
今日の朝、銀魂読み返していたせいかな、この脳内会議のノリは。

「いませんよ、突然なんなんですか」
「この間、男と歩いてんの見かけたから彼氏だったのかと」
「今だって彼氏じゃない男のひとと歩いてるんで。むしろ、今まで一緒に歩いたひとの中に彼氏がいたことないですね」
「えっ、あ、なんか悪い」
「そういう先輩は、今はフリーなんですか?」

面白そうなので、少々突っ込んでみることにした。
特に意味は無い。困ってる宮地先輩が見たかっただけかな。

「俺が常に彼女いるみたいな言い方するなよ。ずいぶん前に振られたよ。他校じゃ、やっぱりしんどい」
「実際、多いと思いますけどね。来るもの拒まずってやつなんですか?」
「恋人らしいこと、ほとんできないけどいいか、って聞いたらいいって言うから」
「ふうん、宮地先輩は好きなひといないんですか?」

いるって答えられたらショックだろうな。それって、向井くんが結婚しちゃった時のショックと同じ種類のショックだからね。

「いるっちゃいるけど、そいつの彼氏になりたいってのはないな」
「あー分かります。って、わたしが言っていいのか分かんないけど」
「たまにアホみたいなこと話せるだけの今の関係が一番楽しいんだよな。それ以上にも以下にもなりたくない」
「大事な出会いだったんですねー。っていうか、いま、すごいこと言ってません? それ、わたしに言っちゃっていいんですか?」
「誰かに言ったりしないだろ、お前」

だから別にいいよ、と言った。
信頼されているようで何よりだ。口の固さには自信がある。
もう駅が見えてきた。えらい長いかっぱ着た女子高生とえらい背が高い男子高校生が相合い傘をしている様子はやはり変なのだろう。駅に近付くにつれ、増えてきた通行人の目線を感じた。特にわたしには視界を遮るものがない。

「かっぱ脱げ。さすがに、ここじゃやらねえからな」
「分かってますよ。こっちも困りますから」

レインコートのボタンを外して、水を払う。なんか袋くらい持ってないかな。わたしのなけなしの女子力にすがってみたところ、ポーチから可愛らしいビニール袋が出てきた(お土産用とかで多めにいれてもらった某ディ〇ニーランドの袋だ)。わたし、グッジョブ。その可愛らしいビニール袋にかっぱ畳んで入れる。

「ありがとうございました。おかげで濡れずに済みました。むしろ、先輩が濡れちゃって……タオルいります?」
「あるからいいよ。あと、俺、傘差すの下手で、どうせ濡れんだ、いつも」

かっぱを受け取り、代わりに傘を渡してきた。
え、傘?

「いやいや、受験生だしやっとスタメン入ったんでしょ? 風邪なんか引かせたらわたしがぶっ殺されますよ」
「誰にだよ」
「学校の誰かに!」
「平気だから、うっわ電車きた。じゃあな」

宮地先輩は傘を無理やり押し付けて走り出した。爽やかな笑顔で一度振り向いて、気をつけろよ! と手を振ってくれた。

落ちた。

思い切り、きゅんって何かが鳴ったし、宮地先輩の声がリフレインだし、心臓がどきどきしている。
嘘だろ……ゴールテープ目前で顔面からすっ転んだ気分だった。




相合い傘シンドローム【宮地清志】

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