怪談はニセモノだから面白い【宮地清志】


ひえっ、なんていう間抜けな声が漏れた。思わず、隣に座っている宮地くんの腕を掴んでしまう。

「お前、好きだよなー。怖がりなのに」
「怖くなければ好きじゃないでしょ。面白さ味わえてないもん、それ」

金曜日に一緒に晩ご飯を食べて、一緒に帰宅。大学生の頃からの付き合いだけど、私が社会人になって一人暮らしをはじめて、付き合い方が一気に「オトナ」になったような気がしている。
日曜日はバイトが朝イチからあるらしいので、夜ふかしできるのは今日だけだ。
まだ夏には早いというのに、どうしてか怪談番組がやっていた。トイレから戻ってきた私に「怪談やってるぜ?」と宮地くんはにやりと笑って、私をソファーへ呼んだ。
そうして、今に至る。
話の中盤、オチに差し掛かる度に「ひいっ」とか「っうわ」とか言ってしまう私を、不思議そうに見ていることが多い宮地くんは怪談が全く怖くないらしい。おかしい。本能から何かが欠如していると思う。

「このあと、女が後ろからじゃなくて前から出てくると見た」
「あーーー言わないで!! 宮地くん、製作者かのように当てるから言わないで?!」

新しいのを買うから、と実家から送り付けられた50インチのテレビにはでかでかと恐怖の表情をする女優さんが映し出されている。ぴちょんぴちょんという水音と、ハイヒールが鳴る音が流れる。宮地くんはにやにやとしたまま黙っていて、私は真剣に画面を見つめる。
女優さんが、恐る恐る後ろを見て、何もおらず視線を戻そうとした瞬間、その逆側から、髪を振り乱した女が飛び掛り、暗転。いやああああっ、という女優さんの叫び声の響きが残った。

「横だったね」
「くっそう、外した」

悔しそうに言う宮地くん。今度は私がにやにやする番だった。

「そういえば、仕事、どう? 平気か?」
「んー、大変だけど平気。こうやって、土日はゆっくりできてるわけだしね」

就活してる時の方が焦っていたような気がするし、とりあえず、仕事の大変さよりも無事に就職できたという安心感の方が大きいかもしれない。いや、それにすがってるだけかもしれないけど。

「それならいいけど。溜め込むなよ?」
「宮地くんが愚痴を根掘り葉掘り聞いてくるので、溜め込むものがありませーん」

テレビの切りも良かったので、シャワー入ってくるね、とソファーから立ち上がろうとしたら、肩をぐっと抱き寄せられてキスされた。

「ひとりで行けるか? 一緒に入るか? ほら、」

宮地くんは声のトーン落として囁く。

「シャワー浴びてると、後ろに誰かがいるような気がしてきて、振り向くと……ってやつ」
「あはは、全然怖くないよ。下心が見え透いてて」

下ネタ話してると幽霊が来ない、って有名な話だし。
宮地くんが「はやく行ってこい」と腕をぱっと離した。
服が仕舞われている引き出しから、パジャマ代わりのジャージの(普段は、七分丈だけど、宮地くんが来ている時はできるだけ可愛げがあるものをチョイスする)ショートパンツとTシャツを出す。
一日中、湿度が高くてじめじめしていた。なんだか体中がぺたぺたしていて気持ちが悪かった。
はやく入ろう。
そう思って、大して長くもない、むしろ短い廊下を小走りに洗面所へ。
服を脱いでいると、ぞわりと寒気がした。
あんなものを見たからなのか、言われたからなのか、ちょうど今、背を向けている洗面所の鏡を見ることはできなかった。
我ながら怖がりだなぁ、と内心で笑ってしまう。怖いけれど、この内側からぞわぞわと這い上がってくるくすぐったさが好きなのだ。怖い、という感覚が好きって、ちょっとMっぽいな。
ぶんぶんと頭振って、できるだけ視線を下げながら、風呂場のドア開ける。なんだか、冷たい空気が足元を通っていった気がする。
ドアを閉めて、シャワーを出す。なかなかお湯にならなくて、温度を上げた。お湯になったはいいけど、熱かった。少しずつ下げては見るが、普段使っている37度に近付くと水になってしまう。仕方ない、と40度で浴びることにした。
シャンプーを流す時に、少し目に入ってしまって、なんて災難続きだろうかと、目をシャワーで流した。涙の層も流れてしまって、目を瞬かせると違う痛みがあった。
ぞわぞわ、とさっきと同じような寒気がした。
よく怪談は見るけど、そのあともトイレ行くために部屋の電気を全て付けたりするけど、こんな風になにかを感じたのは初めてだった。
とりあえず、後ろに何かがいるような感覚はない。
これ以上考えると、逆にそう感じそうなので思考を切り替える。えーと、月曜日はなにやらなきゃいけないんだっけ。資料のホッチキス止めからかな。

ぺたり。

声を出さなかったのはすごいと思う。さすがに体がびくん、と思い切り驚いてますという反応を取ったのは仕方ないはずだ。
背中に何かが張り付いた。冷たくて、水分をたっぷり含んでいるようだ。右の肩甲骨にくっついて、少しずつ背中の真ん中に移動しつつ、落ちていっている。
ずる、ずる。
例えるなら、雨に濡れた落ち葉がくっついたような感じだろうか。うーん、ティッシュくらいの保湿性と重みがあるかな。

ぺたり。

増えた?! もう1枚増えた。それも同じようにずるずる、と私の肌の上を滑っている。
ちょうど、トリートメントしようとシャワーを止めていたのが、ミスだった。シャワーが出ていれば流せたような気がする。排水溝に流れていくところなんて見たくないけど。ていうか、何が付いてるの。
二枚目は、一枚目と滑る軌道異なり、背中から、腰へと向かって滑っていた。つまり、前に来てる。
もう数秒したら、たぶん見える。
視界の端っこに見えてしまう。
足の指先が、恐怖なのかなんなのか、じわじわとくすぐったさに近い疼きを見せる。焦りからくる、なんとも言えないぞわぞわ感だ。すっごい焦ってる時に感じるアレである。

あ、見えた。

「っっいやぁぁあああっっ?!」

嘘でしょ?!!? なんで、虫なの?! 髪の毛とか手とかとりあえず人類!!!! ねえ、ひとは?! なんで、なんで、うっすら黄色いなめくじなの?!
思わず叫んだ。目の前が真っ白になって、どたどたどたという音が聞こえてきて、がちゃん、と風呂場のドアが開けられた。

「どうした?!」
「宮地くんっ……!! 出たの!!」

ばっ、と振り返ると、宮地くんではないひとが私の本当すぐ目の前、目と鼻の先に立っていた。真っ黒で、まるで穴があいているみたいな黒目と目が合った。
ひっ、と声が出ない代わりに空気と唾液を喉奥に吸い込んでしまった。
体中の力が抜けて、床に思い切り尻もちをついた。お風呂だし、滑ってかなり痛かった。
転ぶ瞬間に、視線が下がって行く時、スローモーションみたいに目の前にいたひとの顔が見えた。
真っ青なくちびるから、黄色いなめくじが溢れていた。

「はるか!!」

尻もちの衝撃から顔を上げると、ドアを開けて、私の顔をのぞき込んでいる宮地くんがいた。
ほっとして、頬にあたたかいものが伝ってきて、まさかの私は泣いていて、自分でもびっくりしたんだけど、宮地くん方がはるかにびっくりしていた。

「ぇ、宮地くん、うしろ……」
「うしろ?」

手を差し伸べてくれた宮地くん。その手を取ろうとしたところで、宮地くんのすぐ真後ろに見えてしまった。

うわああああああ、という初めて聞いた宮地くんの絶叫。
そのあと、何がなんだか分からないうちに、びっしょびしょの私にタオル投げつけ、無理やり服を着せた(今から思うと、パンツまで履かされたのはかなり恥ずかしい)宮地くんは、私の腕を引っ張って、部屋を出て宮地くんの実家(宮地くんは実家暮らしだ)までバイクすっ飛ばした。
向かい入れてくれた弟の裕也くんが目を丸くしていた。話を聞いた後は大爆笑だったけど。

そして、私たちは怪談番組を見なくなった。ついでに、引っ越して、同棲はじめました。



怪談はニセモノだから面白い【宮地清志】

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