あっちこっち前途多難【三輪秀次】


体が貫かれるのをしっかりと感じた。光の立方体がバラバラと降ってくると思ったら、そんな中から、細い光が一筋、飛んできた。やけに弾速遅いなぁ(本当に気のせいかな、っていう程度)とは思っていたが、そういうことか。
私が大量かつゆっくりのメテオラの壁に真正面から突っ込んでいる間に出水も真正面から、小さなアステロイドを棒上にくっつけたものを放ったようだ。
「三輪にはチクってくれるなよ〜」
意地の悪い笑みを浮かべて、ぴらぴらと手を振っている。
訓練室の床に倒れ込んだ私の腹のあたりから、黒いものが不規則にごふっ、と漏れてくる。映画の中で血をこぼす時とそっくりだなぁ、なんて間の抜けたことを考えながら、スコーピオンでも投擲してやろうかと腕に力を込めた。
出水があからさまに「いいこと思いついた」という表情をした。ちらり、とカメラを見た。米屋が外でモニター観戦しているはずである。
「佐藤ばいばいきーん、なんてな!」
そう言って、口元に手に当てた。ゆっくりと、曲線を描いて私の方へ向けられた手のひらから、ピンポン玉程度の光の塊が現れる。それは、私に向かってまっすぐと飛んでくる。その速度が遅いのは、動けない私への当てつけだろう。アステロイドの軌道が真っ直ぐなのは、なんだかんだ言って出水が馬鹿だからだろう。
まるで投げキッスだ……。こいつ、馬鹿かよ。馬鹿なんだな!! ドヤ顔で私を見下ろしている。
投げキッス風にするなら最後までそれっぽく、ふんわり投げてくれたっていいじゃないか。ていうか、まじでちゃら臭いな、出水。1回くらい殴らせろ。
トリオン露出過多。すぐに、トリオンで構成された戦闘体から実体へ戻された。部屋を飛び出て、モニターを見ているはずの米屋の元へ。
「おつかれ〜」
米屋の隣には出水が立っていて、さっきと同じように私に手を振っている。米屋はなんだか気まずそうというか、楽しそうな出水に対してテンション低めなのである。
「なあなあ! オレ、可愛くなかった?」
「は? いっぺん、首はねてやりたい」
親指で首を掻っ切るジェスチャーをして見せる。出水は相変わらずお気楽そのものに笑っている。
「あのさー、出水、お前ほんとに首掻っ切られるかもよ?」
申し訳なさそうな米屋。出水は、首を傾げたがすぐに「あっ」と声を上げた。
「いつ? いつ終わったの、隊長会議!!」
「お前がアステロイドの裏で、工作し始めた頃」
う〜ん、とひとつ唸って腕を組んだ。出水は私に一瞬、目をやってからため息をついた。うるさいやつである。考えるなら黙ってしなさい、まったく。
「てことは、ぶっ刺す瞬間もふざけてるところもかぁ。三輪は過保護すぎんだよ、自分だって日和りまくりのくせに」
「ね、米屋も相手してくれるんでしょ?」
ぶつぶつと文句を垂れている出水は放っておいて、私は米屋に話しかけた。
「んー、でも、もう三輪帰ってくるしな」
「なに、三輪とはやるのに私とはやってくれないわけ」
「三輪ともやんねえよ。さっき捕まえたんだよね、お前も知ってんじゃね? ホラ、」
「あ、クガユーマって子か。めちゃくちゃ強いらしいね」
ふたりとも苦い顔を私へ向けた。そんなに強いのか……。A級の任務に関しては、口外禁止のものも多くて、そのほとんどを知ることはかなわないが、なんやかんやと聞こえてくるものである。私がクガユーマくんを知ったのは、割と最近だが、クガくんの名前が知れ渡った頃に、クガくんが三輪隊と戦闘したというものをちらっと聞いた。どうも負けたとか。なんで出水まで、変な顔をするのか。コイツも負けたのかな。ざまあみろ。
「三輪って忙しいやつだからなぁ。どうせ、明日の朝には相手してもらえるんだけど」
「仮にもA級7位の隊長に毎日稽古つけてもらってんだから、誇りに思えよー?」
「米屋が威張ることじゃないでしょ」
「まー、そうなんだけど。オレらの大事な隊長サマですし、大事に扱ってもらいませんと」
「言われなくても、三輪が師匠って私の一番の自慢だから放っておいていいよ。でも、模擬戦には付き合って」
出水が再び「あっ」と米屋の言葉に対して取った反応と同じそうにした。どこを見ているのか。出水の視線の先を追った。
「オレ、このあと任務入ってんの。じゃな。お前はさっさと強くなっちまえよ、つまんねえから!」
はいはい、私が弱すぎてですね。最後の最後まで嫌味を忘れない出水である。まあ、出水の人を小馬鹿にしたような態度は、悲しきかな変えようのない本人の性格だが、あれはあれで出水の戦闘スタイルを成り立たせるために必要なものなのだ。というか、出水があの性格じゃなければ、あんな戦術は出てこなかったりすることも多いのである(とても褒めている)。すぐ勝負がついてしまうのは、私が弱いからなのでしかないわけで、決して、出水の戦い方も出水も嫌いではない。出水が皮肉っぽいは事実以外の何ものでもないが。
出水は曲がり角に太刀川さんを見つけ、太刀川さんの元へ走っていいってしまった。
「あ〜、いいなぁ、出水は」
「太刀川さんと殺りあえて?」
同じ隊とはいえ、出水がしょっちゅう太刀川さんと模擬戦をしているという話は聞かない(太刀川さんが模擬戦をしょっちゅうしているという話は聞く)。たぶん、そこをつつくと出水の地雷が発動するのではないかと踏んでいる(地雷だけに)。出水が太刀川さんを尊敬して……? とにかく憧れているだろうことは、話していれば分かる。太刀川さんって随分な戦闘狂らしいから、出水じゃ物足りないとか、そんななんだろうな。
「うん。まあ、できたとしても三輪以上に瞬殺されるの目に見えてるんだけど、1回くらい目の前で太刀川さんの孤月見てみたい……!」
「瞬殺じゃ、見れねえじゃん」
「ほんとだ!! うわっ、もっと強くならねば……」
「お前の憧れの人って太刀川さんなの?」
「三輪に聞いたの? ううん、太刀川さんじゃないよ」
隠していたわけではないから、米屋が知っていても困りはしない。少し恥ずかしいというだけで。でも、三輪にしか言っていなかったので、当の三輪がどんなタイミングで米屋にそんな話をしたのか、それは少し気になった。
「じゃあ、1回だけな。ちゃんと本気でやってやるから安心して瞬殺されろよ」
訓練室の扉を顎で指して、米屋が言った。

1回だけ、と言った米屋を三輪を使って丸め込んで、計5回の模擬戦に付き合わせた。その全てをモニターで見ていた三輪から、的確で厳しい評価を聞いてきた。もちろん、米屋もボロクソ言われてた。私も米屋も返す言葉もなかった。
「三輪隊は今日、暇なの?」
「ああ、任務はない」
「ミーティングあんだよな?」
米屋の問いに頷いた三輪。
B級なりにも任務があって、私の所属する隊はこのあと任務が入っていた。それまでの時間をできるだけに有効に使いたかったので、もう少しふたりには相手をしてもらおうと思っていたのだが、それは難しそうだ。
「しっかし、なんつーの? お前も十分、戦闘バカだよな……」
「いやいやいや!! そんなことないって、ねえ、三輪」
米屋には言われたくない。同類として扱わないでくれ。
ダメ出しは自販機の前のベンチに座って行われた。手元の缶はじゃんけんで負けた三輪のおごりである。仕返しなのか、おごってくれたのはブラックコーヒーだった。米屋と私は、コーヒーを飲む前から苦い顔をしていたが、三輪は涼しい顔して「飲んでいいぞ?」なんて言ってきた(なんやかんや言って、米屋も普通に飲んでいた)。分かってないでやっているのなら、それはそれで腹が立つ。ブラックコーヒーを好んで飲めるのがかっこいい、それを高校生の密かな憧れのひとつだと信じているのは私だけか。そんなことを思うのは。
おおっと、三輪から返事がない。
苦いわすっぱいわ、特に美味しさは感じられない缶コーヒーちびちびと消費しながら、三輪を窺った。
「三輪……?」
「陽介の言いたいことは分かる」
「だろ? よえーくせにすぐに模擬戦付き合って、って、そればっか」
確かにすぐに模擬戦やろうって言うけれども。勝つのは好きだし、模擬戦するのも好きだ。任務で近界民倒すのも楽しい。弱いのも確かだけど、どうして模擬戦やりたがるかといえば、それが近道だからだ。
「お前の言う戦闘バカっていうのが、戦闘が好きなやつのことなら違う。佐藤は戦闘がしたいんじゃなくて、多種多様な戦闘の形式をできるだけ多く接したいというところだろう。求めているのは、その瞬間じゃなくて、結果……いや、経験か」
「よく分かってるね……さすが、三輪だなぁ」
驚いたことに、三輪のは私の言いたいことをほとんど代弁してしまった。ほとんど、というのは自分自身どうやって言葉にしていいか全く検討も付いていなかったからである。言われてみて、初めて形が見えた。
「……悪かった、勝手なことを言って」
「でも、合ってんだろ? な、佐藤?」
「そうそう、まさにそんな感じでちょっとびっくりした」
米屋が三輪を肘でつちた。一瞬、険しい表情をした三輪だが、すぐに目を逸らしてしまった。ちょっと俯き気味だ。
「おい、秀次、照れんなって」
「照れてない! どこに照れるような要素があるんだ?」
三輪が米屋にラリアットを仕掛けたので、ちょっと横にずれる。これで思う存分、絞め上げられるだろう。こういうのを見ていると男子って羨ましいと思う。ギブギブっ! と叫んだ米屋の首に回していた腕を外した。
「ほんと……三輪の分析、正確すぎる。私よりも私のこと分かってるよね」
「お前らみたいに大雑把じゃないからな。見ていれば分かるようなことだけだ」
相変わらず返す言葉がないぞ……。
「お前ら、じゃなくて佐藤だけだろ。俺は大雑把でも、自分の戦力の把握くらいできてますー! お前は佐藤だけ見てればいいの」
やっちまった、という表情で私を見た。何をやっちまったのか分からないので、助けを求められても困る。
「なんだって……? 陽介、お前はもっと把握しなくてはならないものがあるだろう? 今度、補習で任務出れないとか言ったら、戦闘体の缶バッチをバラに変えてやるからな」
バラを胸に付けて槍を振り回す米屋は一度、見たことがある。前のエイプリルフールの時だったと思うまさか、そんなネタを引っ張り出してくるとは……。三輪もたまにふざけたりするのだ。久しぶりに見た。
米屋が把握できていないものといえば、自分の学力が低すぎることか。一応、バカな自覚はあるようだが、バカな実感はないようだから。補習で任務に出れないってどういうことだ。かなり、優遇というか、特別処置を取られているはずなのに、それでも外せないところまで成績が追い込まれたのだろうか。どんだけバカなんだ。もう、想像がつかない。
目線で訓練室を示した三輪の顔は、いつもどおり真顔だが、それなりに怒っているのがうかがえた。
「覚悟しろよ、陽介」
「悪かったって、言葉のあやってやつでさぁ、まあ、やるからには勝ちまっせ、隊長サマ」
さっさと任務に行け、と三輪がしっし、と虫でも払うようにしたので渋々そこを離れた。時間はギリギリだったから、そろそろ行かなくてはいけなかったのだが。それでも、三輪と米屋の模擬戦とか見たかったなぁ。

昼休みを告げる鐘が鳴った。学校に来る途中に買ってきたパンが入ったビニール袋を持って、米屋は教室後方の出水の席へ向かった。
「いずみー、飲みもんちょうだい。買ってくんの忘れた」
「自販行けよ」
「いいじゃん、ひとくち」
「しゃあねえな」
机に突っ伏していた出水の後頭部に出水の筆箱を乗せて、机の横にかかっていたリュックから紙パックを取り出す。出水は体を起こすと同時に筆箱を落とした。数秒、床の筆箱を見ていたが、なんで、と小さく呟いてから、それを拾った。
「まだ、寝ぼけてんのかよ」
「もう起きた」
出水は弁当の包みを解いて、弁当箱を広げた。米屋はすでに焼きそばパンにかじりついている。
「昨日さ、ちょっとしくってさ、三輪に両手ぶち抜かれてから、首飛ばされたんだよな〜」
「なにしたわけ?」
出水が食べようと、箸でつかんだ唐揚げに食いついた。米屋が唐揚げを咀嚼しはじめる。出水のピースサインがまっすぐに目元目掛けて飛んできた。ぶっころす、とその目は本気である。すんでのところで、体を捻って躱したが、その体重移動に椅子が付いてこなった。椅子と共に派手な音を立てて床に倒れ込んだ。どうした、どうしたとクラス中の視線が刺さった。
「は、ざまあ。で、なにやったんだよ」
一度、床についてしまった焼きそばパンを見つめながら、椅子を起こす。さっきまでと同じように、後ろ向きに座った。そして、何事もなかったかのように焼きそばパンを頬張った。
「お前は佐藤のことだけ見てろって言った」
「んで、あいつは何にも気づいてないと」
「三輪がやんわり誤魔化したしな。誤魔化さなくたって気づかねえよ、バカだもんあいつ」
お前にだけはいわれたくないだろうな、と佐藤の代わりに思う出水だった。しかし、三輪の態度だけで気付け、というのは流石に酷だとは思うが、これだけ周り(米屋と出水)が色々言っているのだから、もう少し考えてみたらどうだ、とは感じている。
「三輪といい、お前といい、過保護すぎんだよ。特にお前な」
三輪は当事者なのだから、慎重だろうが過保護だろうが仕方ないだろう。減った唐揚げの分ということで、米屋から焼きそばパンを大きくひとくち徴収しつつ考える。三輪はボロを出すことはないが、米屋の微妙な言動はいつか取り返しのつかないことになって、三輪が振られるのでないか、と。それはそれで面白いが、そんなことを言ったら出水も首を飛ばされるだろう。そのその、あの三輪が、普通に恋愛をしているというだけで爆笑ものなのである、できるだけ長引かせたいじゃないか。
「えー、俺、過保護かぁ?」
「はっきり言って、うっとうしいな」
「うっわ、傷付くわ〜」
「つーかさ、なんか、こう……三輪がやきもち焼くっつうのが想像つかないんだけど」
「毎度、焼きまくりじゃん」
確かにそうなんだけど……、と言葉を詰まらせ出水は唸った。どうして、自分が一瞬でも三輪のことを思考しなくてはならないのか、背中に寒いものが走ったが気付かなかったことにしておこう。オレは、可愛い女の子のことだけを考えていたいのに。あと、みかん。
すぐにひとつの結論に辿り着く。
「あれはやきもちじゃない!」
「突然、言い切ったな、どした」
「お前なんか言っただろ」
この三輪の恋バナは、三輪が自覚する前に米屋が発覚させたらしい。そのせいで、出水はさることながら、三輪隊は全員が知っていうという。しかし、奈良坂と小寺が進学校組なので佐藤のことを知らないため、大事に至っていない。ギリギリで三輪のストレスが肥大するのを防いでいる要因はそれである。
「三輪が、オネーサンの話持ち出したから、佐藤が強ければなんにも問題なくね? って言った」
「だから、あんなに面倒見いいのか」
だから、という接続詞正しくはなかった。卵が先か鶏が先か、という話である。三輪が惚れる前から、三輪は佐藤に稽古をつけていたのだから。
「で、お前の過保護とどう関係あんの」
「秀次には笑顔でいて欲しい、でどう?」
「キモい。そもそも、あいつ笑わねえから」
「三輪が気付いてねーから、気付かせたくねえんだよ」
「あー、湿っぽくなってきた、おえー」
出水が弁当箱を閉じた。米屋もクリームパンの最後ひとくちを放り込んだ。ちなみにクリームパンの前にコロッケパンとチョコクロワッサン食べていた。焼きそばパンと合わせると4つである。パン4つともなると、出水の持ってきた500mlのパックを共有するも辛く、後で飲みものを買いに行こうと決めた。
「と思うじゃん? 実は俺も佐藤が好きなんだぜ」
「はい、つまんないから。それこそ、冗談でも首飛びそう」
「じゃあ、今度見てみろよ」
「何を」
「佐藤が負ける瞬間を見てる三輪」
うん? と首を傾げた出水。すぐに、そんなピンポイントな……、と呟いた。
「見れば分かるぜ、オレみたいなやつでも気ぃ遣っちまう理由」
自販行ってくるー、と教室を後にした米屋。出水は米屋の言葉の意味がまだ分かってはいなかったが、本人の言う通り、見れば分かるのだろう。どちらかと言えば、俺みたいなやつ、という発言の方が引っかかった。成績は目も当てられないほどに酷いが、他人との距離感の測り方が上手い米屋はそれなりにいつも気を遣って生きているはずだろう。オレに謙遜なんてやめてくれよな、と出水は机からPSPを取り出した。

孤月が、鋭い音を立てた。三輪の放った弾丸が掠ったのだ。なんとか一発凌いだが、もう一発、ほとんどタイムラグなく放たれている。それは頬のすぐ横を通っていった。三輪がこんな風に外すことはない。これは怒られるな……。三輪は言いたいことができると、私が避けられる程度に撃って、攻撃を緩めてから叱責する。
「何を見てるんだ! 銃口の角度から軌道を読めって言っただろ!!」
予想通り、攻撃を緩め、大きな声を出した三輪。反論として成り立っているかも分からない言葉を叫びながら、今だ、と踏み込みを深くする。ぐん、と膝に負荷をかけて飛び上がった。
「真正面が一番、近道だったんだってば!」
「これで終わりだ、諦めろ」
三輪がため息をついた。相も変わらず、余裕綽々なのようで。
銃声が3発。たぶん、右左左の順。思い切り振りかぶった私の孤月に二発目の銃弾が当たる。軌道が若干逸れたが気にしない。残りの二発は、順番に私の左腿と右の脇腹に入った。肩周辺に当たらなかっただけ良かった。
三輪はもう、私の間合いの中だ。振り下ろした孤月を三輪が銃身で受ける。高い金属音が響いた。
「もらいっ!」
孤月を握っていた手を開く。三輪が銃身で押した力がほとんど抵抗なくかかり、孤月は私のはるか頭上へ放物線を描いた。左腕で三輪の襟を掴み、抱き寄せるようにした。胸元に硬く冷たい銃身の感触を感じる。時間稼ぎにもならないほど一瞬かもしれないが、これで片腕は封じた。右手を平手打ちの要領で、振り下ろした。右の手のひらから伸ばしたスコーピオンを三輪の肩口目指して刺した。ぐさり、と偽物の肉に突き刺さる感覚がしっかりとスコーピオンを握った手のひらから腕へ伝わってきた。骨か繊維か、引っかかりながらも、手のひらを押し込んだ。薄い刃が三輪の首へ沈んでいった。
「……ッ!」
三輪がわずかにバランスを崩した。右肩から下が麻痺したように動かなくなる。重力だけではない重さがかかって、地面へ向けてだらり、と落ちた。手が離れると、スコーピオンも消え失せ、三輪の襟元から黒い煙が上がった。
銃声が二発。
腹部に思い衝撃が走った。
「いまの引き分けでしょ?!」
三輪のいるブースへ駆け込む。三輪は寝っ転がったままだ。片手で顔を覆って、黙っていた。微動だにしない。考え事をしているのかなんなのか、パソコンがフリーズしたみたいに全く動かずにいることが、たまにあるのだ。
机から椅子の背もたれを引っ張り出す。キャスターが付いた椅子に座って、くるくると回る。話しかけたって、この状態じゃ反応はないだろう。すぐに復活するはずなので、放っておく。
今日は土曜日だから、学校がないので時間に追われることはない。ゆっくりと待つことにしよう。時間が経つにつれ、机に置かれたモニターの数字が増えていく。いつまでもここにこもっている訳にはいかない。
とりあえず、隣のブースに置いてきた自分の荷物は回収してこよう。
そう思い、椅子から立ち上がった。
「佐藤」
後ろから腕を掴まれた。振り返ると、いまだ顔を覆ったまま、空いたもう片方の手が伸ばされていた。
「どうしたの、三輪?」
聞くも、すぐに口が開かれる気配はない。頭の回転が早い三輪がこれだけ考え込むってことは、なんだかすごい量の情報が脳内を飛び交ってそうだ。何をそんあに考えることがあるというのだろうか。
次の言葉を待った方がいい、と判断し、腕を掴まれた状態で停止する。とはいえ首を後ろへ捻ったままをキープするのはつらいので、三輪へ向き直る。
うーん、長い。タメが長い。やっと、声かけてきと思えば、まだ溜めやがる。
三輪を驚かせないようにできるだけ、ゆっくりと動いた。三輪の膝の横あたりに腰をかけた。昨日、夜ふかしをしたせいで、寝不足だった。三輪の顔を見ると朝だな、と目が覚める習慣ができているので、模擬戦とかにその影響が出るということはないが、もう緊張の糸はどこかへ解けていってしまった。つまり、眠い。めちゃくちゃ眠い。体全体が、少しずつ重くなってくる。薄い膜のような熱に包まれている感覚だ。三輪の手がひんやりと冷たくて、その冷たさで起きていられているような感じである。
「さっきみたいな戦い方はやめろ」
さっきと言っても、はや十数分前のことになる。三輪は上半身を起こして真っ直ぐに私を見た。腕は掴んだままだった。
どういうこと、と聞くまでもない。自分自身でもよく分かっている。いい考えだとは思ったし、それなりに成功もした。負ける前提で戦うことは死を近付けるだけだ。
トリオンによる戦闘体を用いて戦えば、緊急脱出のシステムが適用されるので、死ぬことはほとんどありえない。しかし、例外もあれば、このシステムが整ってから決して長い年数は経っていない。そして、なにより、遠征をした場合はその限りではないのだ。
「相討ちなんて考えるな」
真剣に三輪が言う。
「分かってる。任務なんて放って逃げろ、でしょ」
真面目な三輪らしくない発言だが、何回か言われたことがある。近界民に殺されるくらいなら逃げろ、と。初めて聞いたときは、本当に三輪か? と思ったが、三輪のお姉さんのことを考えれば分からなくもなかった。あくまで三輪は近界民を殲滅したいのであって、その目的を果たすために逃げることは決して、近界民に屈したことにはならない。
「……姉さんがお前くらい強ければよかった」
三輪の腕が離れる。
「三輪が教えてるんだし、私が死ぬことはないよ」
「当たり前だ、次が待ってるだろうし、もう出るぞ」
考え事タイムは終わったようだ。もう、いつもどおりの三輪である。荷物を取りに行っている間、ブースの外で待っていてくれた。
「なんか奢る」
自動販売機の方へ向かって歩き出した三輪の一歩後ろをついて行く。待たせて悪かった、とかそういう意味を込めた三輪なりのお詫びなのだろう。別に気にしなくていいのに、そうは思いつつも、せっかくだし奢ってもらおうじゃないか。稼いでるしね、A級隊員。何も言わないでおいた。
「座ってろ」
自動販売機の前のベンチに私を座らせ、かばんを隣に置いた。ズボンの後ろのポケットから財布を出して、小銭を入れる。少しの間、悩んでいるようにも見えたが、私にはそれよりも三輪のかばんについているストラップの方が気になってそれどころではなかった。
デフォルメされた犬である。小さいぬいぐるみがぶら下がっているのである。どっかで見たことのある犬だ。そうだ、米屋のバッチの犬だ……。
「これでいいか?」
聞くつもりがあるなら、初めに聞いてくれ。今度、コーヒーだったら怒るぞ、なんて顔を上げてみれば、コーンポタージュの缶がそこにあった。
「コンポタ好きなの、知られてたのか……」
「夏でも飲むくらいだから、相当には好きなんだろ?」
「うん……実は三輪もブラックよりも微糖の方が好きだよね」
「……ブラックも別に嫌いじゃない。気分によりだ」
三輪の手の中の微糖コーヒーの缶をちらりと見た。三輪は、ふい、とそっぽを向いた。














あっちこっち前途多難【三輪秀次】

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