TOV長編。


私を見つけたのは小さな綺羅星。

アスピオの有名人




エステルがちょうど手前を通っていた男性に声をかける。
二人に気付かれずにユーリが疑いの視線を向けるが、ローブを着た不審者はこの彼ではないようですぐに止めた。
相手ローブだからといってすぐ剣を抜こうとしないだけマシ……マシか?
エステルがそのローブの男に真っ先に聞きにいく。


「あの、少しお時間よろしいです?」

「ん、なんだよ」

「フレン・シーフォという騎士が訪ねてきませんでしたか?」

「フレン?ああ、確か遺跡荒らしを捕まえるとか言ってた……」

「いま、どこに!?」

「さあ、いま研究に忙しくてそれどころじゃないからね」


なんの研究かは知らないが、フレンの行方は知らないとそのまま立ち去ろうとする男性をユーリが止める。
若干面倒臭そうな表情をしたが律儀に答える男性に、次のこの質問はちょっと刺激的だったようだ。


「ちょっと待ってくれ。ここにモルディオっていう天才魔導士がいるよな」

「なっ、あの変人に客!?」

「さすが有名人、知ってんだ」

「あ、いや、知らない……俺はあんなのとは関係ない……」


早歩きで去ろうとする男性をユーリがつかんで引き留める。
そこまで嫌なのか。


「まだ話はぜんぜん終わってないって」

「もうなんだよ!」

「どこにいんの?」

「奥の小屋に一人で住んでるから勝手に行けばいいだろ!」


振り払うように逃げていったが、さして問題ないので傍観してたカロルとラピードと一緒に彼らの元に向かう。
人一人に対してここまで対面することを避けるなどよほど変な人物なのだろう、
とカロルは眉を寄せながらユーリに会って平気なのかと怪訝を漏らす。


「名前出しただけで逃げられるなんておかしいよ」

「そりゃ魔導器(ブラスティア)ドロボウだしな。
嫌われてんのも当然だろ」


けれど、ピンキリとはいえ国から魔導器の核や筺体が山ほど流れるこの施設でわざわざ犯罪を犯す必要はあるのだろうか。
結界に使われる魔導器ならともかく、水の流れや性質を変える魔導器の核など、なにもアレ一つだけではない。

研究したいなら国が保証してくれる。
なら、なんのためにわざわざ犯罪を犯す?
と、考えれば奴さんの目的は金か、其れとも……と考えているとモルディオ宅に行くらしくカロルが少し遠くでこちらを呼んでいた。
置いてけぼりにされる前に彼らのもとに歩く。

せめて彼女に変に怨まれないよう動くだけだが果たして許してくれるかどうか……彼女的に魔導器ドロボウだなんて不名誉な称号、すごく怒ると思うし。

控えめにこんこんと扉を叩く。しかし返事はない。


「いないみたいだね。どうする?」

「悪党の巣に乗り込むのに遠慮なんか要らないって」

「だ、だめです。これ以上罪を重ねないでください」

『(そうだそうだ)』

「じゃあ僕の出番だね」


小心者、長いものには巻かれる。
責任を負いたくないため中立派を装うとしながらエステルの後ろからコクコクと頷く(しかしいろいろ手遅れな)元日本人をよそに、
小屋の鍵を少し前に披露してみせたカロル先生のピッキング技術で開ける。

カロルとユーリをどう止めさせたらいいかを知らないエステルは、ひたすらあわあわと慌てるだけだった。
遠慮の文字もなく堂々と入っていくユーリとカロルに、エステルは玄関で立ち止まっていた。


「すっご……こんなんじゃ誰も住めないよ」

「その気になりゃあ、存外どんなとこだって食ったり寝たりできるもんだ」


扉の向こうを見てみると、
大きな水晶が邪魔なほどに鎮座する屋内は本や模型だらけで、かろうじて足の踏み場があるだけだった。
キッチンや水場がないのでどこで食事をとってるのか気になる。
おそらく、というか確実に内装が以前よりも酷くなってる気がする。


「ユーリ、先に言うことがありますよ」

「こんにちは、お邪魔してますよ」

「鍵の謝罪もです」

「カロルが勝手に開けました。ごめんなさい」

「もう、ユーリは……ごめんくださ〜い、どなたかいらっしゃいませんか?」

「いないなら好都合っ……てユキセなに笑ってんだよ」

『いや、見てて面白いなと』


すげぇ棒読みだぁ。
一片の謝罪感も無いいっその潔さに手で口を塞ぎ目の前の漫才に思わず吹き出しながら、一緒にゴミ……じゃなくて本屋敷と化した小屋のなかを探すことにした。
ここで魔導器が見つかるとは思わないが、下町のために頑張ってるユーリのことも無碍にはできない。


「ねえ見て見て、魔導器の模型だよ」

「ふーん、器用なやつもいんだな」

「巨大魔導器ですね、さすがに動いていませんけど」

「巨大魔導器?」

「結界魔導器などを含む大きな魔導器を巨大魔導器と呼ぶ、です」

「それも本で読んだのか」

「見てみると、ここにいる方は熱心な勉強家みたいですね」

「まじめに勉強してるやつが、必ずしも正しい行いをするとは限らないってことだな」

「わ、表紙取れそう」

「本は丁寧に扱ってください!貴重な知識が書かれているんです!」

「は、はい……」

『ここの家人は全部読破したのか、この量を。
凄いなぁ』


あたりに積み上げられた書物はどれもかなり難解そうな専門書ばかり。
たしかにここは専門職の人間が集まる町アスピオだが……折り目や破れが付くほどに読み込まれたものもあって彼女の読解力に改めて感心した。

この本は……うわ、全部手書きで書かれている。
かなり貴重な本を、こんな山積みの本達に突っ込むとは……。

この世界の印刷事情についてだが……。
この世界に活版印刷は魔導器無しでもできる数少ない技術のひとつなため、比較的本を作るのに手間は少ないがそれなりに時間は掛かる。
なので数がかなり少ないか一冊だけのものが多い。

一方、魔導器で転写技術を用いて大量印刷する方が大量に作れる反面、
その魔導器を作る費用もバカにならない……が、本を大量に作ることでその費用は抑えられる。

しかしこの世界では結界で閉ざされた世界。
メールや電話など便利なものは無論無いしもちろん配達も3ヶ月以上はザラ。
手にしたくても結局は自分で探さなければいけなくなる。

結局この世界の本は趣味だろうが研究目的だろうが、需要のある本は価値が高い。

どのみち本はよほど大衆向けではない限り専門店も少ないので、元の世界のようにタイトルのみで探すことは容易ではないのである。
本の著者もまた、世に出すには命懸けなところもある。
国の検閲に引っ掛かったら犯罪者の道へGOである。
表現の自由などは無いので中には隠語を用いて書く作者もいるほどだ。

なので、客が求める本を他の探査ギルドに探してもらい受け取りにいき、
また著者が出した本を市場に出す手引きも管理も商売として細々とやってるのがあの老夫婦が営む「星空書店」。

そしてギルドへ依頼、荷物の受け取りをするのが店員(私)である。
エクスフィアの力で重い本だろうが大量の本だろうが余裕で持ち上げられるので、初対面の相手には最初ドン引きされるのがたまに傷。

若い頃は夫婦自らさまざまな本を求めて世界を旅していたようで、この世界を旅できる実力を有していたようだ。
目的があって世界中を旅している点では、旅篭を営んでるヒッチ兄妹のようなものだろう。

結界の外に出ることもあるから私を採用したのだろうけれど、採用した決め手が私にはいまいちわからないのが現状だ。
一番これが採用基準だったのではと有力視してるのが重い荷物を持ち上げることと戦えることとギルドへの依頼をスムーズに行えることだが……。

面接のはずの、のんびりとした茶会の時も余所に話されても構わない程度の、御誂え向きなことしか話してないしなぁ。
なんで雇ったのかの真意はまだ分からず。

もちろんこの世界にも大昔の先人が使っていた古代の文字があるが、それを解読して読むのもよほどマニアじゃないとしない。
この家に置かれた大量の本の中にはそれも含まれていて、本当にリタは博識博学であると思う。

ちなみに私はもうこの家に入ってしまってるが、(本への関心をしながら普通に)エステルはまだ外で律儀にこの家の持ち主の許可が得られるまで立っているつもりのようである。


「中に入ったらどうだ。寒いだろ、そこ」

「これ以上罪を重ねるわけにはいきません」

「気にしなくていいのに」

「不法侵入の罪は、禁錮一年未満、または一万ガルドの罰金です」


それならユーリは毎日のように牢屋に入るほどやんちゃしてるし、無い袖は振れないし禁錮とか罰金とかは脅しにもならないよなぁ……。
と、のんきにカロルと黒板を見ながら思った。
エステルによると術式が書いてあるらしい。


「それにしても汚ったない字。ボクのほうがキレイに書けるよ」

「字が汚ないヤツは心が綺麗っていうけどな」

「ならボクは字も心も綺麗なんだよ」

『ふーん……(文字の丁寧さだけで本人の心が推し量れるなら大したもんだよなぁ。
でも心に余裕ある人なら丁寧な字を書くか)』

「エステル、術式の意味分かるか」

「火を使った術式に似ていますが、私にはちょっと……」

「でも、ちょっとは分かるんだよな。俺にはサッパリ」

「ユキセは?」

『んー……なんとなく?くらいではある』


カロルの問いにぼーっと見ながら適当にそう答えるとへぇとユーリは意外そうな声を漏らしていた。
どんな言語でもある程度は脳内で変換されるのでだけれど。

こういった術式をただ見ると変換機能が邪魔してきて正確に読めなくなるのが難点だ。
だから知識を少しでも身に付けようと語学と剣術以外で寝もせずに勉強し続けたのだがまだ理解までにはほど遠い。

書物が無造作に高く積み込まれた山からごそりと僅かに音と微かなエアルの流れを感知してそそくさとエステルのそばへと帰って避難した。

嫌な予感がしたもので……。
謎の行動にエステルもハテナを浮かばせている表情だ、かわよい。

辺りへ本を散らして、ホラーさながらに登場したローブを羽織った人物は、
苛々を抑えずにそのまま詠唱し始めた。
突然の第三者の登場に小心者のカロルはたいそう驚いていた。


「ぎゃあー!!あう、あう、あうあうあう……!」

「……うるさい、泥棒は、ぶっ飛べ!!」

「えっちょっと!?ぎゃあああ!!!」


……やれやれとため息を吐く。
それを教えず一人だけ逃げた私も私だけれども。
ユーリの後ろに隠れても、早々にその場からサッと逃げられ盾を無くしたカロルはファイアボールの直撃を免れながらもゲホゲホと煙りにむせていた。

見事に壁に穴は空き、ギシギシと不安な軋みが小屋全体に響いた。
パラパラと小石が落ちる音もする。崩れないかが心配だ。

爆風によりフードが外れ短い茶髪が露わになる。
まさかの出来事の連続でエステルが大きく驚いていた。


「えっ、お、女の子!?」

『まあ、男とは誰も話してないしねぇ……』


最初から知ってた風の溢れた言葉に少女へ剣を向けたユーリがギロリと睨んできた。
おお怖い怖い。
降参のポーズで手を挙げてひらひらさせる。


「こんだけやれりゃあ帝都で会ったときも逃げる必要無かったのにな」

「はぁ?逃げるってなによ。
なんで、あたしが、逃げなきゃなんないのよ?」

「そりゃ、帝都の下町から魔導器の魔核を盗んだからだ」

「いきなりなに。あたしがドロボウってこと?アンタ常識って知ってる?」

「まあ、人並みには」

「勝手に人の家あがりこんで、人をドロボウ呼ばわりした挙げ句、剣を突きつけるのが人並みの常識!?」


まあ返す言葉も無い。
空を仰がざるを得ない事態に溜め息をつくほどだ。

さすが法やら諸々のしがらみに嫌気がさして騎士を辞めただけある。
というかそこから行き着く先は犯罪ではなかろうか。
いや、確実に罪人である。
どうすりゃいいのこの青年。

小さな狂犬と化した少女がガルガルとラピードとカロルへと噛み付いてたところで待ったと手で制した。


『まったまった、ほらドードー。
この子はあまり関係ないから落ち着いてって』

「落ち着いていられるわけ……ってこの声!
アンタ三年前こっちが研究で忙しいって時に横からいちいち質問ばかりしてきた奴ね!
見なくなったと思ったらコイツラのグルってわけ?」

『あー、あ、うん。声で分かるの?
というかえーと違……いや合ってるような?ないような?』


調教を試みるも見るも火に油を注ぐような結果になってしまった……。
相手がヒートアップしてしまいタジタジになっているとすっとエステルが横から入って彼女と向き合った。
突然の相対にリタもたじろぐ。正直助かった。


「な、なによアンタ?」

「私、エステリーゼって言います。突然こんなかたちでお邪魔してごめんなさい!
……ほら、ユーリとユキセとカロルも」

「ご、ごめんなさい!」

『ごめんね、あのときちゃんと挨拶もせずに消えちゃって』

「……」


カロルは素直に謝ったがまだ疑ってるユーリは顔を逸らすだけ。
謝罪しそうにもないユーリを早々に諦めたエステルは溜め息をついた。


「で、あんたらなに」

「えと、ですね……。
このユーリという人は帝都から魔核ドロボウを追って、ここまで来たんです」

「それで?」

「魔核ドロボウの特徴ってのがマント、小柄、名前はモルディオ!だったんだよ」

「ふ〜ん。確かにあたしはモルディオよ。
リタ・モルディオ」

「背格好も特徴と一致してるね」

「で、実際のところどうなんだ?」

「だからそんなの知らな……、あ、その手があるか。
ついて来て」

「はぁ?
お前意味わかんねえって。まだ話が……」

「いいから来て、シャイコス遺跡に盗賊団が現れたって話、せっかく思い出したんだから」

「盗賊団?それ、本当かよ」

「協力要請にきた騎士から聞いた話よ、間違いないでしょ」

「その騎士ってフレンのことでしょうか」

「……だな、あいつフラれたんだ」


ユーリが面白そうに笑う。
外も中身も紳士も外道も、魔導器関連じゃないならそこらのじゃが芋か石ころと同じよ、と本来なら断れない要請をさらっと断るのは彼女らしい。

まあ彼女のことだから魔導器以外の生命体はほぼじゃが芋か石ころと同じだろう。
ならエステルを知った彼女はエステルという存在をどう見るんだろうか。


「知り合いってなら早く言えよ」

『まさか名前だけで犯人が知り合いとは思わないでしょ、想像してみなよ。
あまり無いファミリーネームだけれどさ、
変人だらけの街のなかでも変人だと変な意味で有名な彼女がまさかの魔核ドロボウだと思いもしないって』

「ほんとうか……?」

『そりゃあ付き合いの長さでいえばユーリ君の方が長いけど、そんな悪いことする子じゃないよ』

「そういえば外の人も遺跡荒らしがどうだとか言ってたよね?」

「つまり、その盗賊団が魔核を盗んだ犯人ということでしょうか……」

「さあなぁ」


脳内ではすでに答えは出ているのだろうけれど、答えを明確にせずにそう答えるユーリに肩をすくめる。
暫くして用意を終え、ローブを脱いだリタが二階から降りてきてさっさと行こうとすたすた扉へと歩く。


「とか言って、出し抜いて逃げるなよ」

「来るのが嫌ならここに警備兵呼ぶ?困るのはあたしじゃないし」

「行ってみませんか?フレンもいるみたいですし」

「捕まる、逃げる、ついていく、
どーすんのかさっさと決めてくんない?」

「……わかった、行ってやるよ」


ここで足止めされるのも困るし、私にはこんなところで騎士に捕まりたくないしあまり関わりたくない個人的な理由もあるので、
リタについていく以外を選択するなら、ユーリの頭を殴って気絶してでも引きずっていこうかとも思ったがひとまず平気なようだ。

目の前のまっくろすけが何かにビクつき両腕をさすっていたのは気のせいだろう。
ここから出てさらに東だと言うリタに一行と共についていった。


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