TOV長編。


私を見つけたのは小さな綺羅星。

閑話休題




「それにしてもさぁ」

道中でカロルが後頭部で手を組みながらこちらに顔を向ける。
辺りをきょろきょろしたらみんな私を見ていた。
なんだ、顔に何か付いてる?


『えっ、え?』

「ユキセってなんで戦えるの?
もしかしてさ、ユキセもギルドの人だったりする?」

『ううん、ギルドには入ってないよ。
ついでに騎士団にもね……そんなに意外なこと?』

「そりゃ意外だろ。
足が速いとは思ってたが戦える素振りすら上手く隠してたしな」

『私的にはエステルちゃんが戦えることに驚きだけど』

「わ、わたしは師匠の方に教わったことがありますから……ユキセは誰から教わったんです?」

「例の武醒魔導器くれたってひと?」


子ども故の無遠慮なカロルの問いに乗っかってくるユーリの当然の疑問。
エステルに話を逸らして押し付けようとしたら上手いことエステル逸らし返された……。
こりゃ参ったな……。
あまり言い訳を考えていなかった。

まあ不利な方へと勘付かれることはあるまいが……。
そもそも彼らの持つ常識と自分の今まで起こった出来事は次元が違いすぎているのだから。
得物の柄を優しく撫でながら事実と嘘を半々に言葉を並べ立てる。

けれどそれは“この世界の私に稽古をしてくれた人間の話”ではない。
この世がひとつだけだという、
普通に暮らす上で当然の思い込みこそ、私は安心して嘘を吐ける。
この時点で嘘だと気づけたなら逆にそれは誇れるほど素晴らしい洞察力だろう。


『そ、強かったよ。
人としても、剣士としても強かった』


遠くを見ながら思い出すのは過去の自分ではなく、二人の師だ。

同じ黒の髪をした壮年の師。
そして鳶色の髪のもう一人の師。

黒髪の彼は死んでこの胸にあるエクスフィアとなってしまったが、剣を振るう上で全ての基本を教えてくれた。
もっと教えを請うことができれば更に強くなれただろう。
厳しくも兄のような頼れる存在だった。

鳶色の彼は旅の中で己れの信念と可能性を教えてくれた。
自分の今までの人生の中でたった一度、別の好きという感情を持ったきっかけの人。

もしかしたら、物語通りならば天使達と旅立っていったあの星は私が今いるこの星のすぐ近くにあるのかもしれないし、更に離れたところにあるのかもしれない。
下手すればそれすらも及ばない次元かもしれない。

まぁ、会いたいと思っても自分ではもはやどうにも出来ない距離であることには違いないので諦めもつくというものだ。
生きることに絶望して逃げて、物語が終わってからも影の中へと逃げ続けた私にはお似合いだろう。
自嘲しそうになる口角を上げる。


『だけど大のトマト嫌いなんだよねー』

「ふふ、なんか可愛いですね」

『でしょ?余り表情出さない人だったけどトマトに関しては渋〜い顔すんの。あれこれと理由つけて食べないの。
だから料理当番の時いかにトマトを入れようか悩んだもんだわ……』

「なんか子どもみたいだね……」


カロルが少し呆れた表情をした。
一応ギルドに属してるからか、何気に自立して達観してるだけあって大人に厳しい。
けれど道中の旅の話になるとワクワクした表情で聞きに入っていた。
話してもいいのか悩んだが別世界の話だし、まぁ、平気だろう。
自分がここにいる時点で異端である。

自分が帝都へ来る前、ロイド一行を護衛の団体として剣の指導をしてくれた存在と……、
ある町から旅立ったのだと嘘と本当を半分ずつ混ぜた話を聞かせた。


『護衛対象の団体も一年くらいの長期で遺跡を旅するような人で、結構個性的な人たちがいっぱいいたよ』


天然神子だったり企業の会長だったり凄い肉球好きだったり女好きだったり忍者だったり小さいながらもけん玉で魔法放っちゃったり遺跡モードで性格が変わっちゃったり真っ赤でそいつもトマト嫌いだったり。
あと、寡黙な藍色の人とたまに来て横入りしてくる小姑な蒼色。

個性的だけれど、とても好きだった仲間たち。

私だってこんな性格だ。胸を張って生きられるような人間ではない。
そして男の姿にも、女の姿にも変えられるなんて異質な性質を持っていたとしても、
どちらの姿であれ仲間だと認めてくれた人たちだった。

……最後は、こちらの世界へ生まれ落ちてしまって、二度と会えなくなってしまったけれど。


「そうなの?そんなの聞いたこともないよ?」

『まあ、かなーり地味な集団で普段はバラバラに生活してたしね。
私も彼も、偶然に出会ったものだからこれ以上は知らないな』

「ふーん、目立ちそうなもんだけどな」


神殿の封印を解いてダンジョンを進んだりしてたから遺跡巡りしてたのには変わりないだろう。
ただそこに世界を救うとかいう名目があるだけだ。
こんなことを言うと遺跡マニアが怒りそうなものだが。
当の世界を救うという重い立場にいた神子は気にせずにぽやぽやと笑ってそうだけど。

……駄目だ。これ以上考えると胸が苦しくなってしまう。


『昔話はここまでにして。さて、今の場所を確認しようか』


話を変えるため地図を広げて今の現在地を確認した。
測量ギルドのお墨付きの地図で高かったし最近のものではないが、新興都市が出来ることはないほど皆が結界内に篭りきりだから現在と相違はないだろう。
見たところ、一日野宿すれば昼には着くだろうから魔物に気をつけていれば大丈夫だ。
それとあの暗殺ギルドの連中が周りにいないかもちゃんと確認しないと。



* * *



辺りに魔物避けのホーリィボトルを振りまき、簡易的な野宿の準備をする。
いつもここらで移動式の宿屋があるはずだが残念ながら陽が落ちるまでに出会わなかった。
火を起こすために火打ち石を弾いてるときに聞こうと思っていたことを薪木を拾ってきたユーリに聞く。


『そういえば、なんでユーリ君たちはアレに追われてるの?』

「アレ?」

『あの赤眼の集団、いかにも悪そうな連中のこと』


下町で暮らしてる人間ですらあんな血生臭い奴らに追われることはそうそうないだろう。
エステルと出会った経緯は詳しくはわからないが、いつもおとなしく牢屋に入ってるような人間がどうして脱獄なんかしたのかも分からない。

合鍵もピッキングもこのまっくろすけが出来るものは生憎と無いはずだ、だから釈放されるまで反省として一日中牢屋に入れられることなどしょっちゅうなわけで。
正々堂々と真っ直ぐ殴りに行くような人間だというのはあそこでの生活で何度も見ている。

おかげでこちらとフレンの胃が痛くなる事案は何度かあった。
いい加減大人しくしてほしいとは何度か思ってないと言えば嘘である。
カロルが疑問を投げかける。


「騎士団以外にもあんなのに追われてるの?」

「なんか変なのに好かれるみたいでね」

「いったいこれまでに何をやってきたの……」

「全部を言うのは大変そうだな、なんせ21年分だ」

「……いや、もういいよ。何も聞かないから」

『一年ごとに大きな話題ある人生なんてそうそうないっての……。
どんだけ濃い生活送ってきたんだって話だよ』

「良い男には話題の一つや二つあるもんさ」

『へーへー、さすが色男。そこに痺れない憧れない』

「ユキセも大変なんですね……すみません」

『そんな、大変なんて。
爆弾抱え込んで一人でこなそうとする奴がそばにいるだけだし』


エステルみたいに多少謙虚さがあれば牢屋にぶち込まれる回数は減るかな……。
いや無いな。
その点に関しては残念ながら否定しか起きない。
こんな主人公やぞ。

このまっくろすけはいつも自分で抱えこんで行ってしまう。
もっと他人に甘えてもいいんだけれどなぁ、としみじみ思う。
下町には皆助けてくれるヒーローみたいなユーリのことを慕ってるのに。

下町という、皆が皆強くはない環境だからだろうか。
誰しもが言葉では表せないなにかを抱えて生きている。

本音を言わないという点では、自分も人の事は全く言えないか……。
隠し事だらけでお腹いっぱいである。
……まぁ話しても誰も信じられるはずもない出来事ばかりだ。



* * *



今は夜も一層更けた頃だろうか。
パチパチと火花の弾ける音と虫が鳴く声が耳に届く。
穏やかな風が癖のある髪をさわさわと揺らしては火花を少し騒がせていた。
辺りに魔物や盗賊が寄ってこないか見張っていたユーリが戻って近くに座る。


「ユキセー、もう寝ろよ」

『……ん?ああ、ごめん。つい』

「いつもこうなのか?」

『まあね、不寝番にはもってこいだよ。コレ』


ずっと歩きっ放しで疲れたエステルは既に眠っており、カロルも夢の中だ。
ラピードも恐らく浅く眠っているだろう。

既に時間は深夜を過ぎて月もそろそろ水平線に沈み、太陽が昇りそうな頃だった。
白んだ空が徐々に色を付けていく。

読んでいた本にしおりを挟んで閉じ、膝の上に置く。
何の本かと聞いてきたので貸そうかと聞いたら即座に遠慮すると言われ、さらにこんなの見てよく眠くならないなとまで言われた。
本嫌いめ。


「ユキセは結界の外にいる間はずっと一人旅だったのか?」

『まぁ、一人の方が気楽だったし傭兵を雇ってもあまり良い人材も金もなかったからね。
戦闘と旅の知識はあったから一人でもやってけたよ。
……そんなに意外?』

「帝都じゃ脚が速い、くらいしか感じなかったし最近まで馬車使って行ってたと思ってたところだしな。
そんなに昔のことも話さねえし」


まぁ下町じゃあそれが暗黙のルールみたいなもんだったしな、と焚火へ枝を一本放り投げた。

確かに外の人間が来ても何しに来たのかくらいしか聞かなかった。
独り身の女に根掘り葉掘り聞く輩は多かったが下町の人々はあまり出自を聞くことはしない。
自分にとっては無駄に嘘を吐く必要がなくなったから楽だった。

そんな暗黙のルールがあるからこそ、闇に紛れて暮らす者にとっては過ごしやすい環境で、帝都一治安の悪い場所でもあった。
みんな帝都に寄り添うように、結界にしがみつくように暮らしている。

昼の戦闘の一件は今回の旅でユーリにとって、町での自分と外での自分の違いが顕著に見えたから気になったのだろう。


『過去は話したとおり……。
それに死に物狂いに生きてた時もあったから……それのお陰かな。
お陰で今の仕事もあるしね、本当……芸は身を助けるとはよく言ったものだと我ながら思った』

「それにしても旅に行くにしては軽装じゃねえのか?」

『えー、胸元セクシーなユーリ君には言われたくないなぁ。
せめて防具とか付けようよ、剣士なんだし』

「んだそりゃ、俺はいいんだよ男だから。ユキセは女だろ、もっと気をつけろよ。
世の中優しい男ばかりじゃないんだぜ」

『ユーリ君もね、顔に傷ついたら男前台無しなんだからエステルに治してもらいなよ』

「顔だけかよ。もっと他の心配してくれよ」

『あとはフレン君に怒られないようにするんだね』

「それはお互いさまだろ?

……そういえば、なんでエステルの回復魔術受け付けなかったんだろうな。
前もそんなことあったのか?」

『んー……あったかなぁ。いくら特殊な方法とはいえねー……。
ホラ、武覚醒魔導器で魔術を放つには術式が必要でしょ?
結果としては普通の魔術だけどそこまでの過程が多分私には合わなかっただけだと思うよ』

「……んん?でも回復は回復だろ?」

『まぁ、食べたのが砂糖で作ったケーキか蜂蜜で作ったケーキか……くらいの認識で良いと思うよ?』

「なるほど、そのどっちかでユキセは引っかかったわけか」

『この例えがわかりやすいとはいえ直ぐに理解できるあたりほんと甘党だよね……』


夜中というのもあり本来目敏いユーリも疲れでか、それとも魔術とは縁の遠い生活だったからか頭がこんがらがったようだが、
適当ににそれらしいのをさっとそれらしい喩えを示したのだが、市販のアップルグミでさえバクバク食う甘党なので直ぐ分かってくれた。


体内のマナを乱すのは回復魔法に補助魔法……補助魔法の方は補助効果は多少得られるが、少し乱されても我慢出来るレベルだ。

今はエステルからのエアルによる魔術を受けてもこちらの術式を乱されない程度には魔導器に耐性を加えた。
何度か平気な顔してエステルのシャープネスを受けてその度に調整しなければいけなかったのでだいぶ負担がかかったが、これでしばらくは平気だろう。
こちらとしても受けられる効果は受けたい。

エステリーゼ……、ヒュラッセイン家は王家に連なる家の娘だけれど、すでにいる王位継承候補からは遠縁のため次期皇帝の候補から外れた姫君。
けれど王家の血筋ゆえ、先祖返りなどで何かしらのその血筋のみの能力があっても可笑しくはないはずだ。
民の王になり得る才の持ち主が国の頂点となるのだから、魔導器無しで魔術を扱えるのはとても大きな才となるだろう。

てことは、この国の始まりを調べれば彼女の特殊能力の仔細が分かるだろうが、
そう易々とそんな情報が得られるはずはない……か。


この不安定なエネルギー、エアルを人よりも……もしかしたら始祖の隷長(エンテレケイア)よりも多く操れる。
強制的に独自の命令を下すため本来のエネルギーの流れが不安定になるしエアルの消費量も比例して多い。
それが今のところ分かっているエステルの力。

その力を僅かでしか扱えない今だが、旅を続けるにつれ、それが本人にも扱えないほど莫大な物となったら……。

笑い話には出来なさそうだ。
……まぁどうせ港かダングレストまでの旅だし、エステルの御人好しがこちらにまで牙を向かないよう気をつけなければ。
その結果世界にとって悪となるならば最悪の決断はせねばなるまい。
せめてそうならないようにこの子が穏やかでいられたらいいのだけれど……。


「もう寝ろって」

『私、寝つきが悪いから先にユーリ君が寝てなよ。
一番旅に慣れてるのは私なんだからさ』

「でもよ」

『数時間後には交代してもらうから、ね?』

「はぁ……、分かったよ」


数時間後といってもそのときには既に朝だ。
ユーリが気遣わしげにこちらを見るのを軽く笑いながら受け流して、腑に落ちないと顔に出しながら寝るのを横目に見ながら暇つぶしに色付いていく空のなか、星を見ていた。


『(……ま、寝る必要なんてないだけなんだど)』


この体は、魂は人とは違う。
寝ようと思えば寝れるけど、寝たらきっとまたあの夢をみるから。
それなら寝たくはないのだ。
眠りを絶対必要としない生活は旅において、そして現状にとってそれは非常に便利なものだった。
しかし朝までずっと暇になるから本は必需品になる。

テレビもパソコンもない世界……か。
いつか元の世界に帰れるのだろうかと考えて首を振ってすぐさまその考えを消した。
止めよう、もうそんなものを今考えてもしょうがない。

そう思ってしまうくらいには時は残酷に、私を取り返しのつかない遠いところにまで流してしまったのだから。
はは、我ながらポエマーだなぁ。

寝ているみんなの方を見つめる。
久しぶりの遠出に声は出さないものの疲れてしまったのだろう、ユーリも静かに寝息を立てていた。
カロルは寝相と寝息が激しいが、なんだか少し魘されていた……大丈夫だろうか。
エステルは逆に少し幸せそうに笑っていた、おそらく楽しい夢でも見ているのだろう。
ラピードはいつも変わらない体勢で直ぐそばにキセルを置き寝息を立てていた。
彼も何か夢を見ているのだろうか。

それにしても誰かと旅をするなんていつぶりだろうか。
栞を挟んで閉じた本を置いてゴロンと寝転がる。
空には輝く今は亡き過去の星星たち。

また誰かと一緒に旅をするとは思わなかった。 いつまで続くかは分からない、けれど楽しいという感情は少なからず自分の中にある。

気がつけば焚き火も燃え尽きて煙がくすぶりかけていた。
太陽も既に地平線から顔を出して新しい一日の始まりだ。

結局朝までユーリを起こすこともなく、睨まれながらも少しは寝れたよと、
またけらけらと笑い流して朝ごはんを作る準備をするのであった。



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