TOV長編。


私を見つけたのは小さな綺羅星。

エッグベア戦




ラピードと自分はしばらくまともな戦力にはならないだろう。
この鼻がもげそうなほどの悪臭でふらふらだ。
服や体に臭いがつかないといいけれど……。
リ◯ッシュが欲しい。ファ◯リーズでもいい。
とにかく消臭剤が欲しい。

ガサリ、と茂みからなにかが動く音が聞こえカロルが真っ先に驚きの声をあげた。
「ひいっ!」と情けないビビり声が響く。

茂みが動いたことで警戒し各々武器を取り、
自分も鼻を押さえながらも得物を鞘から抜いた。


「き、気をつけて、ほ、本当に凶暴だから……!」

「ユキセは下がってろ」

『うぃ……』


いつでも戦いに参戦できるように得物に手を置くのは忘れない。

怯えた表情で言いながら笑っている脚を隠すことなく素早くユーリの後ろに隠れるかなりビビっているカロル。
魔狩りの剣は魔物討伐専門のギルドなので必然的にに魔物の戦闘ばかりのはず。
本当にどうしてあの子魔狩りの剣に入れたんだろうか……。


「そう言ってる張本人が真っ先に隠れるなんて、いいご身分だな」

「エ、エースの見せ場は最後なの!」


ユーリがハイハイと適当に流しつつ視線は茂みの方から離さない。
カロルも怯えてはいたものの怖いもの見たさか茂みに視線を向けた。エステルも緊張した面持ちである。

しかし茂みから出てきたのは……。
別の小さな魔物、鳥型のくちばしを使った攻撃をしてくるアックスビークだった。
それに一同は少しホッとする。


「な、なんだ。ただのちっちゃい魔物じゃん」


怯えて損したとカロルは笑う。
皆が警戒を解こうとしたが、鼻は今は利かないが自分の聴覚は別の足音と大きな気配が動く音を拾った。
さすがにガサゴソと大きく藪を揺らす音はみんなにも聞こえただろう。


『……もう一体いるよ!』


その言葉に緩みはじめた気を引き締め、聞こえた茂みからの来訪者を出迎えた。
先ほどの魔物よりも巨大な身体。いままでの魔物とは体格が違う。
なるほど、小さな魔物たちはコレから逃げていたわけか。


「なるほど、カロル先生の鼻曲がり大作戦は成功ってわけか」

「へ、変な名前勝手につけないでよ!」


カロルの予想通りのエッグベアの出現。
初のこのパーティでの巨大な魔物との戦闘だ。カロルが燃やした実の臭いを嗅ぎつけてエッグベアがこちらに殺気を向けながら唸り声をあげた。


「ひいいっ、デカいよー!!」

『泣き言は終わってからね!カロル君臭いんだから!』

「ボ、ボクが臭いんじゃないんだから〜っ!」


探し当てた布を顔に巻いて出来るだけ嗅がないようにする。
ラピードは慣れたのかそれとも鼻が麻痺したのか分からないが、よろめきながらも態勢を立て直し武器を咥えてエッグベアに向かっていく。
ラピードにも布を巻かせてあげたいが、ラピードは武器を咥えることができなくなってしまう。

巨体だが動きは愚鈍、しかし一撃が重い。
爪が少し掠るだけで肉が抉り取られるだろう。
スプラッタが嫌なら避けるしかない。
しかし人間よりも知能の低い獣相手なため、比較的にやりやすい相手でもある。

軍用犬のハイブリッドとして育てられたラピードが囮となって素早く足払いを掛ける。そこにユーリとエステル二人の攻撃が入った。
カロルも怯えつつも力任せだが折れて扱いやすくなった大剣を叩きつけていく。
自分も脚に目掛けて斬りつける。


「蒼破!」

「スターストローク!」

「が、臥龍アッパー!」

「グァウッ!」


数の暴力か少しずつ体力を削られ相手も最初の頃よりも動きが鈍くなったが、比例するように攻撃も激しくなってきた。
カロルにエッグベアの手が振り下ろされそうになり、防御に遅れたカロルが立ち止まる。

あと少しで爪が届きそうになるところを間を滑り込んで守護方陣を放った。
エアルで構成された膜が自分と背の低いカロルを包み込みエッグベアの攻撃を防いだ。
弾かれてエッグベアがわずかによろめくが、まだまだ元気だ。


『守護法陣ってね、怪我は?』

「だ、大丈夫!ありがとう!」

『どういたしまして。
気をつけて、手を止めると痛いどころじゃ済まない』

「ユキセ!無茶だけはするなよ!」


エステルのスターストロークで仰け反ったところを更にユーリが追撃しよろめかせた。
態勢を直そうと上半身を屈ませようとしたところで腰に付けていた投げナイフを飛ばして目へと命中させる。


「ナイスヒットだぁ!」

『この程度で戸惑うと思ったら大間違いだよ!』

「よろめいてます!」


エッグベアが痛みで暴れている間は攻撃しない方が良いので、
近すぎないでヒットアンドウェイを心掛けるよう指示を出せばみんな頷いて従ってくれた。

背後に回り込み脚の健を突く。
鋭い刃が皮膚と筋を断ち血が剣を濡らしていく。
そして疲れきったところで一斉に技で叩いてく。
討伐の大筋なんてどれも似たようなものだ。


『ユーリ君、トドメお願い!』

「任せとけッ!
これで終わりだ!牙狼撃ッ!!」


左手に持ち替えた剣を突き刺し、右手で拳を鼻っ面に叩き込んだ。
強烈な一撃が決まり崩れ落ちるエッグベア。
重たい巨体が倒れ、動かなくなったことを確認すると気が抜けたカロルの声が聞こえた。
はじめての大型魔物との戦闘が終わった。


「か、勝った?ボクたち勝ったの?」

『あいご苦労さん。死んだ振りしなくて良かったね。
ちなみにこの熊さんに死んだ振りは効かないから』

「い、いいまさら死んだ振りなんてしないよっ!」


あとはエッグベアの爪を取るだけだ。
エッグベアって見た目熊だし哺乳類だが実は卵生だとか、卵を食べるからエッグベアだとか言われてるけど真相はどうなのか。
しかも卵がころっとどこからか落ちてきたし。
こんな見た目して卵生とは想像できないがもしかしたらいつの間にか卵でも持ってるのか?


「カロル爪取ってくれ。オレ、わかんないし」

「え!?だ、誰でもできるよ。すぐはがれるから」

「わたしにも手伝わせてくだ……うっ」


エステルも向かってきたが、エッグベアの惨状に思わず顔を背けた。
そりゃね、目にナイフぶっささってるし。身体中傷と血だらけで無残な姿だ。多勢に無勢だったし。

意識するとやり過ぎた感はあるが相手は肉食、獰猛だったのでしょうがない、銃があれば麻酔でもって安楽死くらいはできただろうが。
森の中で出会った熊さん宜しく爪を下さいと歌いながらハイ差し上げましょうなんて言ってくれそうな優しい熊がいるのは歌の世界だけだろう。
……歌の世界でも爪は普通要らないか。


『どうせなら皮とか他の部位も取れば良いんじゃない?お金にもなるし』

「え、ユキセ出来るの?」

『うん、勿体ないし』

「……ねえユキセって帝都に住んでるんだよね。
いったい何してる人なの?」

『本屋の店員』

「……本屋さんって戦闘や剥ぎ取りも仕事なの?」

『さぁ?といってもほぼ手伝い兼卸した本の受け取り人なだけだし、いまどきお小遣い稼ぎで魔物を倒す帝都の人間なんて私ぐらい……だとは思うよ?』


安全な結界の外に出てまでお小遣い稼ぎに魔物を倒しにいくのはこのご時世では商人かギルドの人間くらいだろう。
「ユキセ、手見せてくれ」と言われて素直に手を差し出せばまじまじと指の間とかを見てくるユーリ。しまいには腕の筋肉までじーっと見られてしまった。
その目は疑われてるな……。
たしかに戦えなさそうな体付きだから仕方ない。


「肉刺(まめ)もねぇしな……」

『代謝が良くてみんな治っちゃうんだよね。元からそんなに肉刺できないよ』

「そうなのか?とりあえず戦えるってんなら戦闘に加えていいんだな?」

『どーぞどーぞ』

「本屋の店員だから戦えないのかって、
てっきり思ってたけど……」

「ちっちっち、オンオフの切り替えはちゃんとしてるからね。」


このサーベルは刃は特殊な鉄鋼で作られているが護拳の破損で幾度も修理には出したものの未だにもってくれる相棒だ。

使い古された得物を持ってるとはいえ鍛錬した跡も見えない、回復速度の速い肉体では側から見れば護身用の武器を持っただけの店員にしか見えない、か。
見方によれば剣なんて本当に自分で使い古したのか分からないわけで。

これでも戦えるんだから、と得意げに話しても信じてる目をこちらに向けていない。
そんな馬鹿な。

爪に関してはまだ死体に耐性のないエステルがいる手前で皮の剥がれたエッグベアを見せる訳にはいかないと思ったので、代わりに薬に使える爪は余分に頂戴した。
熊の胆のうとかも薬にも金にもなるんだけれど、内臓取り出すと余計スプラッタな光景になっちゃうし無理だろう。
カロルはなんだか遠い目をしてたけれど気にしないことにした。


『あ、ナイフ取るの忘れてた』


ブシッとなんか不快音が出てしまうが出たものは仕方ない。
エステルの肩がビクッとしたが完全に目を逸らしていたので見えていないだろうが、出所はどう見てもエッグベアからである。


「何も聞こえてません……あれは気のせいです……」

「ワフゥ……」


短めのダガーナイフなので深く刺さってしまい、勢いよく引き抜いたらなんとも言えぬ音が出てしまいラピードに睨まれてしまった。
自分でも良い投擲が出来たなと自画自賛していたんだけれど素人前では駄目だったらしい。
……ごめんて。


「も、もう動かないよね?」


ナイフを要らない紙で体液を拭い仕舞う。
ちょっと汚い。後で洗って錆びないように脂を塗っておかないといけないだろう。
カロルの怯えっぷりを横目に、
私はほかに得られるものはないかと死体を物色していてユーリがそろりと背後に近寄ってるのに気付いたのはラピードとエステルだけだった。


「うわああああっ!」

「ぎゃあああ〜〜〜〜〜っ!」

『〜〜っ!う、煩いカロル君……叫ぶなら事前に……』

「ご、ごめっ……て、いや!事前には無理だから!」

「驚いたフリが上手いなあ、カロル先生は」

「あ、うっ……はっはは……そ、そう?あ、ははは……」


ユーリの悪戯っ子精神に溜め息をつきながら隣で叫ばれてキンキンと痛む耳を押さえる。
カロルは急な脅かしに腰が抜けたようだ。
小さい子相手になにやってんだか、ケラケラ笑うユーリを睨む。
人一倍嗅覚と聴覚に優れてると話したばかりで巻き込まれた私を見て、エステルも少し怒っていた。


「ユキセもビックリしてたな」

『それはユーリ君の大声にビビっただけであって!』

「どーだかな」

『てか巻き込んでおいてソレ!?』

「もう、ユーリ!ひどいですよ」

『そんなこと言うとまたコブラツイストかますか、ユーリ君が寝てる時に隣で怖ーい話を百個くらい耳元かつ棒読みで囁くよ……!?』

「え、何それ怖い」

『ちなみにね百個全て話すと本物がd』

「は、はいユキセ!もう帰りましょう!用事も済んだことですし!ね、ね!?」



あ、エステル怖い話ダメなんだ。



* * *



漸くしてラピードも自分もあの臭いが消えて体調が回復し、新鮮な空気に一人と一匹で感動しあいながら(変なものを見るまっくろすけがいたがラピードが片付けてくれた)ハルルへと帰る途中、なにやらちょっと懐かしい声がクオイの森に木霊した。


「ユーリ・ローウェル!森に入ったのはわかっている!素直にお縄につけーい!」

『え、この声ってまさか……』

「この声、冗談だろ……。ルブランのやつ、結界の外まで追ってきやがったのか」


やっぱりか!
うわ、何日振りだろう。
下町だけでなくなぜこんな森の中までこのまっくろすけは追いかけられているのだろうか。

理由はすでに答えが出ていた、なんたってこのパーティには素性を隠した姫君までいるのである。大方十中八九それだろう。
足音はルブランの他にもあと二つある、ということは一緒にいるのはやはりあの凸凹コンビだろう。
事態がよく掴めてないカロルが頭上にハテナを浮かべていた。


「え、なに?誰かに追われてんの?」

「ん、まあ、騎士団にちょっと」

「またまた、元騎士が騎士団になんて……」


冗談でしょ?といった感じでこちらを見るが誰もユーリが無罪である声は上げない。
自分はエステルを連れてきた方法が正攻法ではないと理解してユーリに理由を聞きたいが本人は素知らぬふりをしていた。
それなら知らない、無関係だ。
どちらかと言うと自分はいつも巻き込まれる側である。


「え、え、ええ〜っ!!」

『しっ』


カロルの大声にすぐに口を塞ぐ。
しかしあちらは曰く付きの森に怯えて聞こえてないようだ、こちらからはあの人たちの声がよく聞こえるのに。
……あ、そうか、エクスフィアの力のお陰だった。


「す、素直に出てくるのであ〜る」

「い、今ならボコるのは勘弁してあげるのだ〜」

「噂ごときに怯えるとは、それでもシュヴァーン隊の騎士か!」


怯える凸凹コンビに叱咤するルブランさんの怒声。
魔物以外人っ子一人会わなかった森だし、騎士すら入ったことがないなら無理もないような気がする。
それにあの凸凹コンビとその隊長だ。
悪い人たちではないが……、いや、止めよう。
昔と比べたりしたってって何にもならない。


「……ねえ、何したの?器物破損?詐欺?密輸?ドロボウ?人殺し?火付け?」

「脱獄だけだと思うんだけど……。ま、とにかく逃げるぞ」

『他にも余罪がありそーだけど』

「ほっとけ。それよかユキセ手伝えよ」


共犯しろとな、そうボヤくが本人は素知らぬふりをした。
そそくさと草木を集めて二人でささっと茂みっぽくあつらえる。
近くで見るとバレそうだが、暗い森の中だ。
人間の裸眼でも分かるまい。


「だ、だめですよ!無関係な人にも迷惑になります!」

「誰も通りゃしないよ。なんせ、呪いの森だからな」


噂の真実は森の中に……か、本にありそうな言い回しだ。
森の外へと向かうユーリにラピードと自分もついていく。
遅れてエステル、最後にユーリのさりげない問題発言で固まっていたカロルが慌てて追いかけてきた。

そりゃあ、元騎士が騎士の隊長に追われるなんて普通はあってはならない状況である。
しかし、知り合った時からトラブルに自ら突っ込んでるまっくろすけなら一般よりも倍の確率で舞い込んでくるイベントだ。
追われる立場は帝都で何度も経験済みなのである。

罪を重ねているのを傍観してる私が言うのもあれだけれど、
いつかそのしっぺ返しが本人や周りの人間に降りかかってこないと良いけれど、と人生の先輩は思うよ……。



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