カカオ親子



シルヴァラント編




「あら、もしかしてソウマくん?」


名前を呼ばれたので振り向けばアイテムショップを営んでいるショコラの母親、カカオだった。
彼女とは顔なじみで道具を購入する際にちょっとおまけしてくれたり、ショコラの仕事先にも世話になっていたことがあった。

意図もせず道端で、しかも久しぶりに顔を合わせたので、苦笑いを作りながらカカオの元へ近寄る。


『あ……お久しぶりです、カカオさん』

「まぁ、帰ってきたのね!旅人さんからあなたの名前が出てきたからもしやと思えば……。
その様子だとあの人は……」

『残念ながらまだ……』

「そう……。でもソウマくんが無事で良かったわ」


おかえり、と裏のない笑顔で言ってくれるカカオに少し照れ臭いもののはにかみながらただいまと返した。
こんなはみ出し者の自分でも世話してくれた人の一人だ。

少し自棄になってた時期があって、何もかも逃げ出そうとした時に出会ったのがこの家族だった。
父親は先のディザイアンとの戦で亡くなり、祖母も人間牧場に無理やり連れていかれ、
遺された自分たちも悲しいはずなのにおせっかいを焼いてくれたのがこの家族だ。

自分はといえば、記憶喪失と嘘をついていたとはいえ、急激な環境の変化とキツい鍛錬に心が追いつかなった。
嘘をついている状況は文化の何一つも違う環境への拒否感を強くさせた。

鍛錬の理由が見つからなかったんだ。
最初は何かをしていた方が気が紛れるだろうと誰かが言い始めてやりはじめた。

思ってたよりきつく、気が紛れるより余計に目的のない鍛錬が悲しかった。
周りはこの街のため、人を守るために日々鍛錬を続けている。
その中に紛れながら優しいメニューで鍛錬をやっていた自分。
慣れない男の肉体。

うまくいかないことばかりで鬱憤が溜まってしまったのだろう。
けれど愛する人を二人も亡くしたカカオとショコラが健気に笑顔でご飯を作ってくれていたり、
料理の作り方を教わって作った料理の味はどこか元の世界と似通っていた。
そして美味しかった。
大学の生姜焼き定食には涙が溢れた。

主人公一行に出会おうが出会わなろうが、
きっと世界中を廻ることが必要だと心の隅で感じていて、結局鍛錬は諦めななかった。

戦う術を持たない彼女たちでも当たり前にここで生きているし、決して平面の向こうのポリゴンではない。
そして彼女たちを守っているのはエルルたちなのだ。
自分も誰かを守れるような人間になっておきたい、戦える人間になりたいのだ。

その後に隊にとって大事件が起こるのだがそれはまた別の話。

おかえりと何でもなく、気軽にそう言ってくれるのがなによりも嬉しい。
この家族はこの街の中で信頼できる数少ない一人だ。


『ショコラちゃんは?まだ案内やってる?』

「ええ、ショコラにも会ってあげたら喜ぶわよ」


ショコラにも帰ったら早くただいま言わないと怒られちゃうからな。
軽く頭を下げて歳の近いからか顔のおかげか、仲の良いショコラの元へと走った。
この時、このままカカオの元にいれば良かったのかもしれないと悔やむことになるとは思いもせず、ショコラの仕事場へと足を踏み入れた。



* * *



「ソウマっ!?いつの間に帰ってきたのよ!」

『ただいまショコラ、仕事上手くいってる?』


協会で巡礼の案内役をしてるショコラが驚いたあと、微笑んでこちらへ向かって来る。
何ヶ月ぶりだろう、彼女と話すのは。
すぐにぷりぷりと怒った表情で詰め寄ってくる。


「相談もせずにいきなりいなくなるなんて酷いじゃない!」

『あははごめん……ちょっとのつもりがだいぶ伸びちゃってさ。
はい、お土産』

「え、ホント?じゃあ許してあげよっかなぁ」


ショコラの手に渡したのはアスカードで売られてた風の精霊を模したとかいう皮細工のストラップ。
一応お守りらしいし効果は分からないが、厄除けを兼ねてたくさん持っているのだ。そのうちの一つはお礼にと船乗りのマックスの元へと渡った。
観光地がある土地でよく作られるような客が好むお土産だ。

けれどなかなかそれらしい良い見た目だし、ショコラの仕事のお守りになってくれるかもと思いそれを選んだ。
それを渡したら可愛いと言ってくれた。良かった良かった。
さっそくワンピースのベルトに付けてくれてどう?と聞く彼女に似合ってるよと褒めたら百点満点の笑顔をくれた。


『そういえばエルルさんは?町を歩いても見当たらなくて』

「エルルさんは今日は演習の方でいないわよ」

『そっか、エルルさんにもお土産渡そうと思ったんだけれど……』

「一発殴られてから、かもね。相当怒ってたし」

『うへぇ……』


それだけは勘弁したいなぁ。
けれどそれだけのことはしてるから大人しく一発殴られたほうがマシかもなぁ……。
遠くない未来にくる頬の痛みに思わず手で摩った。
歯が折れないといいな……。


「……それで、見つかった?
えっと……手掛かりとか、それらしいもの……とか……」

『……』

「そう……残念ね。
でもソウマが無事に此処へ戻ってこれて良かったって私、思ってるのよ」

『ショコラ……ありがと、これでまた隊長探しが続行できるであります!』

「なに馬鹿言ってんのよ。あんたは一度エルルさんに怒られてからよ」

『……いや痛いのは嫌だ、逃げる!』

「そ?別に私は怒られないからいいけど、ソウマのこと聞きに行ったとき、地の果てまで追いかけてやろうか……て鬼みたいに怒ってたからせいぜい逃げ回るのね〜」

『ひっ、そんなご無体な……なら一緒に謝りにきてよ!』

「いやよ」

『え〜』


げんなりとした気分でガクンと項垂れる。
修練の回数が足りなくて半ば泣きべそかいてたのを副隊長によりビシバシと文字通り尻叩かれて、平和ボケした日本でのほほんと生きていた自分はどこの自衛隊訓練だ!と
マジ泣きしながら一人でこの町の周りを走っていた。
元の世界ではパワハラの一つにでもなりそうなもんだがもちろんこの世界にハラスメントという言葉も訴える機関もない。

まぁ、それで自分のこの男の肉体での限界を知ることが出来たのは大きいだろう。
この肉体柔軟性もあるし、女の時よりも圧倒的に体力がある……いやゼロに近い体力と比べても意味はないか。
どの武器が合うかも隊長と一緒に考えてくれたし……。

基礎訓練は副隊長、技術の強化は隊長がそれぞれ鍛えてくれた。
優しさに関しては隊長が圧倒的に甘い。
弟のような感覚なのだそうだ。

その副隊長がエルル。女性、赤髪の似合う美女だけれど年齢は秘密。
ぼんきゅっぼんでスタイルはとても羨ましいほどに良い。
自分的には軽く見積もっても二十代後半か三十かと思ったが今の自分の見た目は女ではなく、男なので絶対に殴られる。
……これ以上の推理は辞めておこう。

確かにたいへん厳しいものはあったが副隊長のお陰でこの世界でエクスフィア無しでも剣を振れるほどの体力が付いたので、厳しい指導は感謝しているのだ。
男は強くてなんぼという厳しい視線があるので男は生きるだけで大変なんだなぁ……と感じて諦めの境地に至った。

水泳とか月のものがある時に男は楽だなと愚痴っていたがそんなことはない。
男は男で甘く見られるところはあるし体育会系という名の同調圧力がすごいし、女の影が見えなきゃ同棲愛者かと疑われるし、女の子と視線が合わさるだけで嫌われるか好かれるかのどちらかだ。

女の時はこんな思いはあまりしなかったかな……いや、当てはまる人は結局当てはまるか。
男も女もどちらとも大変だ。
逆にどちらとも体験できるというのは貴重なのかもな……。
そう思った方が今のところ楽である。


『ワインの一本か二本は持って行くかぁ』

「あら、ワインなら入荷次第即売り切れよ?」

『げっ。ワインブームがそこまでなんて聞いたことないよ……』

「まぁ、お母さんに頼めば一本くらいは融通が効くかも」

『本当!?持つべきものは友だなぁ!』

「まぁアンタは手伝いしてくれてるからね」


きっとこちらの事情を見越してのことだろう。よかった。
借りは必ず返してねと言われて頷こうとした瞬間、騒がしい音と耳を疑うようなその言葉によって遮られた。
相当慌てていたので少し落ち着かせようとしたが、それでも彼は慌てていた。


「た、大変だよショコラっ!
道具屋の奥さんが……カカオさんがディザイアンに……!!」

『!!』

……ディザイアン?
ショコラへと振り向いたら蒼ざめた表情をして釣られるように自分も肩が強張る。
きっと自分もショコラと同じように蒼ざめた表情をしているに違いない。
下手な冗談ではないようだった。


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