眠る庭


たまに思い出したようにふわりとカーテンが揺れる。その隙間から庭の黄緑色をした芝生と、うっすらと晴れた青空をした春色がちらつく。木漏れ日を抜けてきた風が、掠めるように頬を撫でた。


(…ぐっすり)


こくり、こくりと揺れる頭と、閉じられた瞼。風を受けて前髪がふわりと上がる。陽光に透ける細い髪がきらきらと光っていた。


帰宅してもいつもは迎えてくれる声が聞こえないことと、一向に見えない姿に首を傾げて、覗いたリビング。そこに、ソファの端で眠る彼女がいた。何となく起こす気にもなれなくて、ソファを背凭れにたまに眠る顔をちらっと振り返る。そしてまた姿勢を戻す。何やってんだろ、と思うが何故か振り向いてしまう。


さらさらと、カーテンが揺れる。


三ヶ月ぶり。機械越しではない声も、綻ぶ表情も。本当は、玄関を開けたときに聞きたかった言葉があった。瞼を開けて欲しいとも思うのに、どうにも肩を揺すれそうにない。気持ち良さそうに眠っている姿に、徐々に肩の力が抜けていくのが分かった。

正直遠征と練習の疲れで身体はくたくたで、直ぐにでも眠れそうなほどだ。

くあっと一つ欠伸を溢して、ふと思い出す。



(……いつだったっけ)


まだ彼女が学生で、自分は目指すその上を見たくて今と同じように海を渡っていたとき。久々に電話をしたら、日本にいる彼女が電話口で初めて口にした。迷うように、小さな声で。



『……待って、ます』


息を止めたのを覚えている。囁くような小さな声に、機械を通した声にはっきりとした思いを感じて。初めて聞いたそれに、あのときどこかで安心している自分がいた。

あの頃からだ、帰ってくる意味が少し違うものになったのは。あいつが迎えてくれるときに言う言葉が聞きたくて。七文字のその言葉に、心地好く疲れていた身体と心が緩むのが分かっていたから。



(…多分気づいてないんだろうな)


言葉一つでこうも自分を動かしている、その事実に。それも彼女が思う、もうずっと前から。


思い出していくあの頃に、まるで記憶をなぞっていくような気持ちで静かに息を吐く。ちょっと悔しいような、幸福なような。それでも彼女も自分と同じであると知っているから、やっぱりこれは幸せなんだろうと苦笑いを溢した。


(…オレ、)


「………リョーマくん?」


背後で起きたばかりの少し舌ったらずな声がした。その声に振り向く。
さっきまで眠っていたその人が、目を擦ったあととろんとした瞳をぱちぱちと瞬いてこちらを見ていた。


「あれ?夢?」


小さな声で独り言を呟いて、またぱちぱちと瞬く。その様子に少し笑った。


まだ眠そうだなと思っていると、ぱちりと何度か瞼をしばたたかせた彼女が、突然ふわりと頬を緩ませる。

窓の外から風が届く、重ねた日々の中で知った、居心地の良いこの場所に。



「おかえりなさい」


ゆっくりと瞳を細めたあと、そう言って変わらぬ笑みで微笑んだ。その顔が今よりも長かった三つ編みをしたあの頃の少女と重なる。
気のせいではなく、それがとても幸せそうな笑顔に見えた。


「……」


ねえ何度でも、


「ただいま」


その言葉に想いを返したい。










眠る庭(ほら瞼を開けて)








2016.09.14 加筆修正



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