Before the world blinks


"世界が瞬く"

たとえば、熱した頬が冬の冷気に触れて身体の芯が痺れるような、そんな感覚。




**

吐き出した形をもたない白い息が名残惜しむように消えていく。揺らいで霞む様は冬空を曖昧なもので表しているようだった。

底冷えする夜とは、こんな寒さのことを言うのだろうか。隠れていない肌を、見えない刺が容赦なく刺す。その寒さに思わず漏らした吐息を追いかけて見上げた濃紺と銀が散らばる夜空を見上げた。冬の空は空が高いと聞く。空気も澄んでいるらしい。何も確かめる術はないのに、何故か冬の空だと感じるくらいには高い夜空だった。


(……寒い)


外気に晒された頬が痛い。呟きに冬だからなと自答して、一度瞼を閉じた。身体の芯が冷たい。肩には少しばかり力が入っている。こんなときばかりは、早く夏が来ればいいのにと思う。夏は茹だるような暑さに辟易するだろうし、秋は眠くなるし、また冬が来て指先は悴む。そのあとに春が来る。別段季節に好き嫌いはないが、四季がある海の向こうの母国は今思えばそれなりに過ごしやすいのだと今更そう感じる。


首元に巻いたマフラーを上げようとして、ふと今は星影が零れてはいないだろう地を不意に思い出した。



そう言えば最近、名前に季語の入ったそれを携帯のアドレス帳から引っ張り出していない。思い出した途端、無意識に記憶のなかにあるあの声を探し始める。最後に会ったのは空港だった。あの日もたしか寒かった。


泣き笑いと温もりを抱き締めた、冬日だったあの日。それからまた冬が来て、月日が経った。あのときは一番近くにあった温もりが、時間と凍える寒さのせいで上手く思い出せない。

覚えきれてはいない、けれど知ってしまった温度。

僅かに身体のどこかで名前の分からない感情が動き出す。疼き始めた感情に、眉をひそめた。油断すればポケットの携帯に伸びそうになる手を、遊ぶようにもてもて余す。


自分が今したいことは分かっている。分かっているけど、自覚したのは初めてだった。


(ほんと、厄介だな)


声が聞きたくなる、そんな感情が自分の内に存在するなんて知りもしなかった。



ただそんなことさらっと言える性格なら、二年も言葉を呑み込んでいない。全くもって食えない先輩なら清々しいほどの笑顔で言えるような台詞なんだろうが。
寒空の下で燻り続ける熱を感じて感覚が麻痺する。
本当なら、本当なら声だけじゃ足りない。その辺の自分の感情を、彼女は見首ってる。たまにくるエアメールは見えないはずの遠慮という感情が文字を透かして見えてくるようだった。

ちりちりと焦がすものをどうにかしたくて、振り切るように漆黒の空を仰ぐ。そうして、音もなくふわりと一つ二つ降ってきたものが髪に触れた。


吐き出した息に粉雪が霞む。


(...あ)

そうして、今更のようにはたと気づいた。確かにないはずの温度。なのに悴んだ指先に温もりを与える手袋と、首筋を覆う毛糸の肌触り。今のこの冷えた身体を温める存在に、瞳を徐々に見開く。


瞼の裏でまた一つ声を思い出す。


『リョーマ君を、温めてくれますように…―』


二度目の冬の贈り物。自分はいないからと、電話口できっと微笑んで言っていた。


(...、あぁやっぱだめかも)


諦めたように苦笑いを漏らす。どうしようもない。
寒くて寒くて、蘇ってしまった声を求めて柄にもなくああだこうだと悩んで、結局そこに行き着く。

誰よりも冷え性で意外に頑固なあの少女は、こんな寒空の下でもきっとラケットを振っている。与えられはしないけれど、赤らんでいるだろう指先に願わくは熱が宿るように。素直ではないから本当の気持ちは言えない。何気なく何でもない様子を装って、聞きたい声がある。


家に着くまで残り十分。携帯のアドレス帳から、春を思い起こさせる名前を引っ張りだした。







Before the world blinks(瞼の裏に君を)






2017.2.21加筆修正





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