晴れ間


雨の音がする。空から雨粒が落ちてくる静かな音だ。灰色の冷たい空から地面を黒く塗り潰していくそれが、徐々に空気さえも冷やしていく。冷気で少し白くなった窓は、触ってみるとひんやりと冷たかった。




**

Scene.1

その日朝からずっと空模様は怪しかった。すっかり隠れてしまった太陽に、空を覆う雨雲。降ってくるのは時間の問題のような、暗い表情をした空だった。


案の定一時間目が始まる頃には空が泣き始めた。しとしとと、ゆっくり外の世界を濡らしていく。


雨は好きだ。しとしとと降る優しい雨の音も、友達と肩を並べて傘をくるくると回しながら帰る放課後も、心を静かに優しい気持ちにさせてくれる。

地面を激しく打つ雨は晴れたあとの空が好きだし、雨上がりの水溜まりに映る青空は心を晴れやかにする。


そう、嫌いじゃないのに。


(テニス、できないなあ)


今日は、練習はできないかもしれない。滴が伝う窓に映る自分の顔はちょっと暗い。長引きそうな雨模様に、窓の外を見ながら心の中で溜め息をついた。

放課後まで降り続けてしまえばコートはぐちゃぐちゃだし、外気は冷えきって外運動のテニスをするには厳しくなる。止んでもらわないと困るのだ。


教壇に立つ先生が穏やかな声で紡ぐ言葉を聞きながら、雨音をすぐ側にノートの端に開いた傘の絵とテニスボールを書く。


少し考えてから、その隣に閉じられた傘の絵と太陽を書き足した。








Scene.2

お昼になっても雨はまだ止んでいなかった。もうグラウンドは大きな水溜まりに変わっている。


(...池みたい)


明日の体育は外でサッカーのはずだ。もし止まなかったらグラウンドの土は抜かるんで、できないかもしれない。

椅子に座ってじーっと窓の外を見る。


止んで、止んで、雨。

心の中で念じる。それでもどうにも外の天気が気になってしまって、かたりと立ち上がって教室の窓辺に立った。

一筋も光が見えない雲を見上げながら、ほう、と息を吐く。


「止まないね」
「朋ちゃん」

隣にきた親友が、あちゃーこれは長引くかもねえと溢す。


「今日も練習?」
「うん」
「最近毎日してるね」
「そうかな?」
「そうよ」

くすくすと朋ちゃんが笑う。さーっと降る雨につられているのか、いつもより静かな教室でその声は鈴の音みたいに響いた。


「止むといいね、雨」


窓の外を見上げる朋ちゃんを見る。窓に寄り添うように立つ朋ちゃんの瞳が、水滴を受けてゆらゆらと煌めいているようだった。


「うん」


小さく微笑んで、同じように私も空を見上げた。






Scene.3

放課後の鐘の音がなる。帰宅部の帰っていく生徒と、部活動に向かう生徒で、廊下は騒がしい。

荷物をまとめて教室を出る。


廊下を歩きながら窓の外を見る。すぐに視線を昇降口にいる数人の生徒に向けた。閉じた傘を手に持ちながら、背伸びをする男の子や友達と連れ立って帰路に着く女の子。水溜まりを跳ねるように飛び避けて走る人もいる。


朝からずっと止まなかった雨は、放課後には段々と静まり返るように止んでいた。


遠くの方にある空を見る。太陽は出ていない。まだ覆われたままの雲は、気のせいかもしれないけれどその更に上で太陽の気配がする。俄に雲が明るく光っているのだ。


(なんだか、)

なんだかまるで、

この地雨のようにしとしとと長く静かに降り続けた今日の雨は、今の私の気持ちに似ている。


気持ちを晴らしてテニスに向き合いたいけれど、
壁にぶつかることもある。初心者の私には毎日が壁に向き合う連続で、今はまだテニスを上手にできる上での楽しみは分からない。


けれど、けれど、


窓枠に手をかける。鼓動が一つとくんと鳴った。


一人の男の子が昇降口の前で立っている。テニスバッグを背負った彼は、一瞬立ち止まって空を見上げたあとテニスコートに向かった。よく知ったその背中を無意識にまだ見ていたくて、瞳が彼を追いかける。

やがて姿が見えなくなっても、瞳の裏にある残像を思い出すように瞬きをする。それは、翻る青と白のジャージや、フェンス越しに見たサーブラインに立つ背中、黄色いボールが彼の赤いラケットから軌道を描く映像に移り変わっていく。


テニスの楽しさを教えてくれた彼に、一歩でも追い付きたい。ずっとずっと遠くにある背中だと知っている。ときには雨が止まないみたいに、心が泣いてしまうこともある。


けれど、いつかきっと、


「あ、...」


見開いた瞳で顔をあげる。


遠くの方で雲間から、ほんのたった一筋の光が射していた。灰色の雲は徐々に開けていき、二本、三本と陽射しが射し込む。

雲を割って降りてくる日の光に、ゆらゆらと揺れていた瞳が目覚めていく。
ぎゅうっと、窓下の枠に添えた指に力を入れる。



きっと、追い付いてみせるから。だから、立ち止まらずに走っていて。




遠くからの日差しを浴びるその一枚の窓は、光を乱反射させる雨粒できらきらと光っていた。










(煌めけ、この心)













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