あれは何年、いや、十何年前の話だっただろう
私は村の祭りで見た春の空と、その空によく似たあの人を決して忘れはしない





「おじさん達、迷宮攻略に行くんですか?」
「おじっ?!」
「ぶっ!!」
「ぐっ!!」


祭りの雰囲気で昼間の青空の下、お酒の樽を開ける大人たちの中に彼らはいた
丸テーブルを三人組で囲み、さあ葡萄酒を口に運ぼう……という彼らは私の言葉に三者三様の反応を見せた

一人は顔を真っ赤にして肩を震わせるそばかす顔の少年
一人はガックリうなだれブツブツ呟く美丈夫な青年
中でも一番目立ったのは困ったような笑みで青年の頭を大きな手でグリグリとなでる壮年の男性だった


「シンドバッド、嬢ちゃんに悪気はないって」
「うぅ、ヒナホホ……無くてもちょっとショックだったんだぞ」
「よしよし」


ヒナホホと呼ばれたそのおじさんは立ち上がると屋根に手が届きそうなほど背が高い
座っている椅子も隣にいる少年のものより大きいのに窮屈そうだ

迷宮とオアシスの中継地にあるこの村は迷宮攻略や観光のために立ち寄るお客さんのために旅籠が多い
剣や戦棍を持っているが、さすがに私と同じくらいとはいえ、子供を連れていくことはあるまい
いや、かの有名な迷宮攻略者シンドバッドは齢14で迷宮を攻略……ん?


「お兄さんたちもしかしてあのシン……」


続く言葉はヒナホホさんが私の頭に手を乗せたとき一緒に包み込まれた
私の頭など一握りに包み込める大きな手はゴツゴツして節ばっている


「お嬢ちゃん、しー」


自分の口元に指を添えてニッと口角をあげる彼はまるで太陽を背負う空のようだった


「しー」
「よし、いい子だ」


ヒナホホさんは私の頭を一なでしてまた笑った
私はなんだか照れ臭くて身体をもぞもぞさせた


「俺はヒナホホ。こっちはシンとジャーファルだ。お嬢ちゃん、名前は?」
「ナマエです」
「そうか。いや、俺にも娘がいるんだ。まだ赤ん坊だけどわんぱくでちょっと困っちまうけど、かわいい娘でな……将来はナマエみたいに美人さんだろうな」


そう言ったヒナホホさんの顔はどこか嬉しそうで、淋しそうだった


「ヒナホホさんは、まるで空みたいですね」
「空?」
「今日の空を見てください。あたたかくて優しくて、青く澄んで濁りがなくて、その大きな身体と心でみんなみんな包み込んじゃうんです」


私の言葉に彼らはまた三者三様の反応を見せていた


一人は前髪で隠れた目を輝かせてしきりに頷くジャーファルくん
一人は豪快に笑ってからかうようにヒナホホさんの背中を叩くシンさん

中でも一番目を奪われたのは耳を赤くして、苦笑いしながらお酒を煽る大きな大きなヒナホホさんだった





ずいぶん懐かしいことを思い出した

シンドリア王国の王宮前の広場では人々が今宵の謝肉宴のために忙しなく動いている
私も文官の仕事を切り上げ、バルコニーの装飾に思いを引き戻した


「よう、ナマエ」
「ヒナホホ様……本日の狩り、お見事でございました」
「ありがとな……どうかしたか?」
「いえ特に……ただ、今日のような美しい空を見ると、ヒナホホ様を思わずにはいられないのです」
「ハハッ、口説き文句みたいだな」


そう言ってヒナホホ様は微笑みながら私の頭をなでた
懐かしい。と思えるほどに、私は歳をとったのかもしれない


「だけど……まぁ確かに、俺もナマエと初めてあった頃を思い出すよ……ナマエはすっかり美人になったな」
「そんなことございませんよ。私はいつだって私です」
「言うと思ったよ……でもあの頃より変わったのは確かだろ?」
「フフ、そうですね。雲は移り変わり、あの村はなくなりましたが……いつだって空はあの時のままです」


私の貴方への気持ちみたいに、ちょっと位変わってもいいのに……なんてね







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