スイートオレンジ


コンコン。
今日もまた、愛しい音が鳴りひびく。
律儀に返事を待っているのが彼女らしい。
俺はクスリと笑ってから「どうぞ」とドアに向かって言った。

「おじゃまします……」

おずおず。といった感じで彼女が入ってきた。
毎回のことだけどそんなに緊張しなくてもいいのに。仮にも俺たちは彼氏彼女というやつなのだし、見ていて可愛いけど少し寂しいな。

ベットの脇に座った彼女から少し甘い香りがする。シャンプーを変えたのかな?
「優一さん」
鈴のような声で俺の名前を呼ぶ。
ここが病室だと言うことを踏まえてか少し抑えた声で、でも俺に聞こえるように口を近づけて。
ああ、かわいいな。食べちゃいたいくらいだよ。
「なんだい?」
彼女がこうやって名前を呼ぶときは、なにかしら手土産を出すときだ。
毎回毎回りんごやらももやらを持ってきてくれのは嬉しいんだけどお財布が心配。
俺は君が来てくれるだけで嬉しいのに。
まあでも、手ぶらで来るなんてことは彼女の律儀な精神が許さないんだろうな。
「今日はこれ……持ってきたんですけど」
いつにもましてもったいぶって取り出す彼女。
柄にもなくのぞき込んでしまった。
その小さな白い手には、
「マドレーヌ?」

頬を赤く染めて彼女は小さく頷いた。
「おいしいかわかんないけど……」
手作りらしい2つのマドレーヌは綺麗にラッピングがされている。
市販のそれにはない暖かさが感じられた。
「食べていい?」
微笑みながら尋ねると1つ手渡された。

口に含むと柔らかな甘みが広がる。あぁ、そっか。今日の彼女の香りはこれが原因か。
ゆっくりと味わって食べ終わると、彼女が不安げな顔で見上げてきた。
そんなところも可愛く見えてしまう俺って重症かな。
「とってもおいしいよ。流石俺の彼女だね。」
安心させるように微笑むと彼女の表情も柔らかく緩んだ。

その顔があんまりにも可愛いから、穏やかな春の陽気の中、その唇にキスを落とした。
「へっ……!?」
なんて間抜けな声を出して彼女は一瞬で固まった。
そんな顔も可愛いな。

「来週も作ってきて欲しいな。」
「もう絶対作りませんから!!」

甘い甘いオレンジマドレーヌ。




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