05



我が中等部一年三組は、やけに馬鹿が多い。男子の半分くらいは成績表はアヒルさんだらけである。勉強しろよ勉強。代わりに運動は大得意みたいだけど。
そういうわけで。
「――だからあ、それさっきやったのと一緒だって」
「はー?違うじゃん」
「答え出す場所違うだけ。公式はさっきと同じの使うの!」
「えー?」
加藤は自身の数学のノートを睨んで首を傾げる。あとこいつのノートは相変わらず汚い。というか、字が壊滅的に下手。
「ちょっと黒木ぃ、この馬加藤なんとかしてよ」
「え」
加藤の隣で勉強していた黒木は、私の声に顔をあげて、一瞬の後に少し笑った。
「勉強見てくれって頼まれたのは花倉さんだよ。僕は付き添い」
「てか最初から黒木が教えた方が効率いいって、絶対」
「人に教えるのも勉強になるでしょ。いいんじゃない」
黒木はそれだけ言って、また自分の勉強に戻った。私も加藤を教える合間に宿題しようと思ってたが、加藤が五分に一回の頻度で手を止めるから自分の勉強は全く手付かずだ。ちくしょー。
あと一週間と三日で二学期の期末テストが始まる。終わればのんびりゴロゴロな冬休みが始まると思うと楽しみだが、その前のテストはそれなりに憂鬱である。
特に憂鬱なのは、そのテストで赤点をとりそうな勢だろう。
今も教室ではクラスの馬鹿数名が自習をしている。しているというより、大半は友達に言われて渋々って感じだ。それで言うと、自分から勉強教えてくれと私に頼んだ加藤はまだ救いようがあるだろう。黒木はそんなみんなのためにわざわざ居残っている。クラスで一番勉強出来るのは彼で、教える担当がわからない問題は黒木に回される。全部的確に答えるものだから、多分今回のテストもクラス一位は黒木なのだろう。
「できた!見ろ花倉!最後までいった!」
「どれどれ……おー!いいじゃん!全問正解!」
「よっしゃ!」
数学のプリントと解答を見比べてそう言ってやると、加藤はガッツポーズして笑った。まあ、半分くらいは私が教えたわけだけど、もう半分自力でやったと思えば進歩したと言えないこともない。
「俺今回は平均くらい行くんじゃね!」
「自惚れんな馬加藤が。田村先輩の影響?」
「げっ。やめてくれよ!」
加藤が眉を寄せた。以前教室に加藤を探しに来た田村先輩。どこのミキティですかというくらいの自惚れ屋な彼と、加藤は委員会が同じらしい。会計委員会。だからさあ、それさあ、『忍たま』と被ってるんだけどさあ……って、そういや今何時だ?
「花倉、数学終わったから次は英語……」
「うわ!もうこんな時間!加藤、私帰るから!残りは黒木にでも見てもらって!」
時刻は既に五時半。ギリギリの時間だ。
「えーっ」
「じゃーね!」
不満げに声を上げた加藤は無視して、私は荷物をまとめて教室を出た。心持ち早めの歩調で昇降口を目指した。

* *

はあー、とため息をついて机に伏したら、庄左ヱ門が苦笑して俺を見た。
「残念だったね、団蔵」
「もうホントやだ、アイツー」
「あはは」
笑いながら庄左ヱ門は席を移動した。さっきまで花倉が座っていた、俺の机を挟んだ前の席。花倉が座っている間は近いなーってちらちら気になったが、庄左ヱ門が相手だと全然気にならない。
「また『忍たま』観に帰ったのかな」
「今日は一い回!だってさ」
「へえ。ご愁傷様だね」
庄左ヱ門はそう言って笑った。一いといえば、今は中等部一年一組に所属しているあの四人だ。あいつらは特に一年生の時は子どもっぽくて生意気盛り、しかも実技が全然駄目だったから、あのアニメで自分達が出てくると恥ずかしすぎて引き篭りたくなるらしい。ま、そこはあのアニメで下級生時代を放送されている全員共通なんだから、しょうがない。

――あのアニメ、つまり『忍たま乱太郎』およびその原作漫画『落第忍者乱太郎』。俺も庄左ヱ門も他にもみんな。その作品の中の人間だった。

勿論、俺達は俗に言うサザエさん方式で生きていたわけじゃない。あの忍術学園に入学して、春が来たら進級、そして卒業して、それぞれ色んな人生を歩み、死んだ。そんな俺達の人生の、どうしてあの一年だけが切り取られてしまったのだろうと思う。せめて先輩方の下級生時代とか、百歩譲って俺達の上級生時代とかなら、こんなに恥ずかしい恥ずかしいと言いながら生活しなくて済むものを。しかも平日は毎日放送されるから、気が休まる時がない。とても辛い。
「団蔵、英語やるんじゃないの?」
「やる気切れたー!」
そうだよ!俺達室町に生きた忍者だぜ?なんで英語なんかしなきゃなんないのさ!
「まったく。花倉さんもこの時期くらいは最後まで残ってくれないかなー」
「無理だろーあいつ。よっぽどじゃなきゃ『忍たま』リアタイ逃さないよ」
「でも花倉さんいなきゃ、団蔵まともに勉強しないじゃん」
庄左ヱ門がさらりと言うので、うっと言葉に詰まる。事実だからちょっと辛い。庄左ヱ門は生まれ変わっても庄左ヱ門だ。
「ほら、問題集出しな」
「うえー……」
渋々机の中から英語の問題集を出して開いた。やる気出ねー。
「花倉さんも英語出来るんだから、団蔵もちゃんとやんないと」
「あーもう。はいはい」
庄左ヱ門にせっつかれて、俺はシャーペンを二回鳴らした。

俺が死んだのは、忍術学園を卒業してから三年後のことだった。生まれ変わって再会した元は組のみんなは俺の死の知らせを聞いていたというから、クラスの中では一番最初に死んだらしい。
学園を卒業して、家業の馬借の仕事をしながら、時々護衛などの仕事を請け負うフリーの忍者としても働いていた。多分人生で一番満ち足りた時だったんじゃないかと思う。仕事はやりがいがあるし、学んだ事すべて生かせるし、友人達ともマメに連絡を取り合って。――大切な奴もいた。
そんな俺の人生最高の時間が突然に終わりを告げたのが、俺が死ぬことになる半年ほど前。最後の半年は、仕事はすべて断って、友人の手紙も無視して、家の中へ引き篭って、膝を抱えてじっとしているばかりだった。
結局俺は耐えきれなくなって自害した。大切に大切にしていた、綺麗で華美な女物の簪を喉元に突き立てて。大切に大切にしていた奴への、俺の最初の贈り物。こんな派手な簪使えないよと、呆れたように照れたように、そしてとても嬉しそうに笑った笑顔を思い浮かべて死ねたので、それなりに幸せな最期だったんじゃないかな。

チャイムが鳴って、中等部生の下校時間があと十分に迫ったことを知らせた。自習をさせられていた奴らはよっしゃー!と声を上げ、自習をさせていた奴らはお疲れ様と笑う。
「団蔵、帰ろー」
「おー」
虎若に声をかけられた。こいつは喜三太や金吾と一緒に、三人で伊助に面倒を見られていたらしい。
廊下を歩いている途中、すっかり暗くなった窓の向こうで、先輩方が部活しているのが校舎からの明かりで浮かび上がっていた。高等部生は中等部生より下校時間が一時間遅いから、まだまだ練習を続けるのだろう。もうすぐテスト週間に入るし。
「団蔵、今回の数学できんの?」
「おう!さっきのプリントは全部やったぜ!」
「いいなあ。俺無理だよ。てか、伊助厳しいしー」
虎若が肩をすくめると、マフラーに顔の下半分が埋もれた。思わず笑うと、なんだよ?と言われる。
「いやー。マフラー似合わねーって思って」
「お前だって」
虎若は不満げに眉を寄せた。わかってるよ、俺も似合わねーって。
やっぱり、見慣れないよ。だって昔に生きた長さの方が、まだ長いんだから。
虎若は俺とは違って長生きしたそうだ。まだまだ逆転するのは遠いだろう。俺もあと五年はかかる。高校卒業まで。遠いよなあ。
「さみー」
「なー」
なんとなく呟くと、虎若も気の無い返事で返した。


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