02



「おーい花倉」
「ん?なに、きりちゃん」
授業が全部終わって帰る準備も終え、さて早く帰ろうと思って席を立った時。きりちゃんが私の名前を呼んだので、首を傾げる。
「不破先輩が」
「不破先輩?」
言われて目を向けると、不破先輩がいつも通りのふわっとした笑顔で教室のドアの前から手を振ってくれた。
私は図書委員会に所属していて、不破先輩は同委員会の高等部二年生の先輩だ。
「お前に用事だって。じゃ、俺もう帰るから、また明日なー」
「あ、うん。ばいばい」
手を振り返していると、きりちゃんがそう言って不破先輩のいるドアを通って挨拶しながら教室を出ていった。
不破先輩が私に用事ってなんだろう。今日の委員会当番は私じゃないし……。
鞄を持って不破先輩の方に行くと、彼は眉を下げて申し訳なさそうにした。
「ごめんね、マドカちゃん。行こっか」
「はい?えっと、どこに」
「え?」
そのままなんの説明もなく行こうとしたので、慌てて呼び止めた。すると不破先輩は小首を傾げて、言った。
「今日の当番で僕の組んでる子が休みだから、中等部の一年生に手伝ってもらおうと思って……きり丸は用事があるから、代わりにマドカちゃんが手伝ってくれるって聞いたんだけど……」
そこであっと気がついた。あまりに普通の流れすぎて、まったく違和感が無かった。
――きりちゃん、私に仕事押し付けてったな!
何も言わずに先に帰れば、暇な私は不破先輩の頼みを断りきれないと踏んだのだ。まったくずる賢い奴!

きりちゃんの思惑通りなのは癪だが、実際不破先輩の頼みを断りきれなかった私は、図書室での仕事をきちんと全うした。まあ、一組の二人と二組の二ノ坪も手伝っているし、三組だけ両方サボりは駄目だよね……。
仕事が終わったのは午後五時半過ぎ。図書室の閉館時間が五時半だから、それからちょっと仕事をして終わりだ。
「失礼しまーす」
「うん、ありがとー」
一組の二人は不破先輩に挨拶して帰っていった。二ノ坪も同じように不破先輩に失礼します、と言ってから私に向かって小さく笑った。
「じゃあね、花倉さん」
「はーい。ばいばい」
小さく手を振って、二ノ坪も私と不破先輩に背を向けて帰っていった。ちなみに二ノ坪も『忍たま』キャラと名前が被ってる。この学校まじでそんな人ばっか……ああ、今日の『忍たま』、リアルタイムで見れるかなー。学校から私の家まで、歩いて二十分くらいかかるんだけど。
「鍵返しに行こう」
「はい」
不破先輩が笑うので笑い返す。『忍たま』リアタイのチャンスが遠のいていくうう、という内心は隠す。不破先輩だって私なんかと帰りたいわけじゃないんだから、そんなこと考えるなんて失礼にも程がある。
不破先輩はとても優しい人だ。当番の手伝いをさせたからと、私を送ってくれると言ってくれた。女の子扱いだって。すごく紳士的。
職員室に鍵を返して、雑談しながら昇降口に向かうと、不破先輩があっと呟いた。同じ方に目を向けて、ああ、と理解する。
「三郎」
「お、雷蔵。やっぱりもうすぐ来ると思った」
扉の前で一人立っていたのは、不破先輩の友達の鉢屋先輩だった。
鉢屋三郎先輩。彼は不破先輩の従兄弟だそうで、幼い頃からずーっと一緒だという。その言葉通り、今でも私が時々ひくぐらい不破先輩にべったりだ。
「で、また花倉が一緒かあ」
「鉢屋先輩、いい加減嫌そうにすんのやめませんか?」
「はは、悪い悪い」
鉢屋先輩は一度嫌そうに顔をしかめたが、私が指摘するとすぐにからっと笑った。この人はよく表情をコロコロ変える。一瞬本気で嫌がってるのかなと思うほど、演技は真に迫っている。
靴を履き替えて靴箱の群れから出ていくと、先輩方は二人でお喋りしていた。ホンット、この二人仲いいよね。
――そういう関係性、完全に被ってる。
鉢屋三郎という名前も、不破雷蔵という名前も。どちらもやはり『忍たま』のキャラと丸被り。しかも互いの顔が同一人物と思えるほど似てるのも、よく一緒にいるのも。本当になんなんだろうこの偶然。
不破先輩を真ん中に挟んで三人で並んで歩いていると、不意に鉢屋先輩が少し身体を前に傾けて私に目を向けた。
「花倉、急がなくていいのか?」
「はい?なんですか急に」
鉢屋先輩の質問に首を傾げると、鉢屋先輩はにやにやと笑いながら言った。
「ほら、お前六時には家に帰りたいっていつも言ってるんだって?」
「なんで知ってるんですかあ」
「庄左ヱ門が言ってた」
黒木か……。鉢屋先輩と黒木は共に同じ委員会に所属している。というか、生徒会だ。鉢屋先輩はこれでいて、生徒会の副会長さんなのである。
「何か用事あるの?」
「いいえー。観たいテレビがあるんですよ」
「忍たま乱太郎、だろ」
「えっ」
黒木の奴そこまで話してんの……と思っていると、不破先輩が驚いた声をあげた。
「マドカちゃん、あれ見てるの?」
「子ども向けアニメ見てて悪かったですね。いいじゃないですか可愛いんだから!」
しかし不破先輩は、そうじゃないけど、と手を振った。
「あれかぁ……僕あんまり見たことないな」
「そうなんですか?子どもの頃見てたでしょう」
「うーん。あんまり」
なんと。幼児期に一度は通る道だと思っていたのに!
「不破先輩と鉢屋先輩、キャラと名前被ってますよ」
「ああ……それは知ってる」
「今まで色んな奴にからかわれたからな!」
まったく!と鉢屋先輩はぼやいた。雷蔵も三郎も初期からいるもんなあ、と思いながらへえ、と頷く。
「で、子どもアニメが観たい花倉さんよ」
「その肩書きやめてくれますかね」
「あそこに丁度いい奴がいるぞ」
無視かよ、と思いながら、鉢屋先輩が指した方を見る。
「あ、加藤だ」
「あいつ自転車通学だったのな。知らなかった」
「ちょっと加藤に乗せてくれるか聞いてきます!」
「はあい」
「まじで頼むんだ」
だって『忍たま』リアタイに間に合うかどうかの瀬戸際なんだよ!あとできればおじゃる丸も見たいし!
先輩方から離れて、前方の駐輪場にいる加藤のところに駆け寄った。自転車の鍵を外して、両隣の自転車と接触しないようにとゆっくり自身の自転車を引き出している。
「かとー!」
「えっ。花倉っ?」
大声で名前を呼ぶと、ばっとこちらを振り返って、その拍子に右隣の自転車と接触してガシャンッと音を立てた。わわ、と慌てたようだったが、運良く倒れはしなかったらしい。
「なんだよ!危うく倒すところだった!」
「ごめんごめん。あんた今から帰るんだよね?」
「うん」
「お願い!送ってって!」
「はあっ!?」
両手を顔の前で合わせて見せると、加藤は目を丸くした。
「なんでだよ」
「委員会の仕事してたら、ちょっと時間やばいんだよ!このままだとおじゃる丸と『忍たま』に遅れそうなの!」
「お前はまたそれかよー」
団蔵が呆れた声をした。お願い!とまた言うと、えー、と困ったように眉を下げる。
「いーじゃん。乗せてってやれば。途中まで一緒だろ?」
「うわっ。鉢屋先輩、不破先輩」
追いついた先輩方に驚いた様子を見せてから、団蔵は少し眉を寄せた。
「途中まで一緒だって言ってもー……」
「加藤はホントに気が利かないよね」
「そういうこと言う奴は乗せない!」
「あー!うそうそ、ごめんって!」
本心が出てしまったよ。また両手を合わせると、加藤がため息をついた気配がした。でもこうしている間にも刻一刻と時間が過ぎているんだけどな。
「駄目ならしょうがないなー。花倉、やっぱり私達と帰るか」
「えっ」
「えー。まじっすか」
「なんだその嫌そうな反応」
「別にそんなことないですよ」
でも出来れば自転車がいいなー。
「じゃあな、団蔵。引き止めて悪かったよ」
「しょうがないね。行こっか、マドカちゃん」
「ちぇー」
結局鉢屋先輩がそのまま歩き出したので、それに続こうとした。ら。
「ちょ、別に乗せないとは言ってないだろ!」
と、加藤に腕を掴まれた。驚いて振り向くと、加藤は慌てて離した。
「なあんだ。素直じゃない」
「あはは。それじゃ、二人ともばいばい」
「え」
鉢屋先輩と不破先輩はそれだけ言って、あっさりと私達に背を向けた。あれ?なにその予想してました感。
加藤は不満げにちぇっと小さく舌打ちして、私の名前を呼んだ。
「花倉、急ぐなら早く乗れよ」
「え、ホントにいいの?」
「いいよ。男に二言は無い!」
「おー!さすが加藤!」
とにもかくにも、ちょうどいい足が見つかった。肩掛けにしていたスクールバッグを背負って、特に遠慮もせずに荷台に跨った。そのまま加藤の腰に手を回すと、加藤が深くため息をついたのが聞こえた。
「何その反応ー」
「べっつにー」
私の言葉にそう返して、よしいくぞー、と声をかけて加藤はペダルを踏み込んだ。


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