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おっはよー!といつも通り元気にやってきた加藤を見て、私は席から立ち上がった。
加藤はクラスでも成績は下の方だが、委員会やら部活やらで頑張っており、しかも元気で明るい性格だから、クラスの人気者ポジションだ。さっきの挨拶も、飛び込んできてすぐにクラスメイトのほとんどが入り口に目を向けておはよー、と返した。私はそれと同時に席を立ったわけだが。
「おはよー、加藤」
「おう、花倉はよー」
加藤が彼の席にスポーツバッグを置きながらにっと笑った。いい奴だ。
――そう、こいつはいい奴だったのだ!
「加藤!私、今まで誤解してたよ!」
「え?なにを?」
私の力を込めた声に、加藤はきょとんとして首を傾げた。
「今まで馬鹿で救いようのない馬鹿だと思っててホントごめんね!」
「ちょっと待て!そんな風に思ってたわけ!?つか馬鹿って二回言ったよね!?」
加藤がショックを受けたように声をあげた。うん、二回言った。故意です。
「どーしたの?」
「乱太郎、きり丸、しんべヱ!聞いてくれよ!」
そんな加藤に声をかけたのは、クラスの仲良し三人組。俗に言う乱きりしんの三人だ。全員がやけに古風な名前で、またとても覚えやすい名前だ。
「花倉が俺の事馬鹿って言った!」
「え、事実じゃないの?」
「しんべヱ酷い!」
おそらく福富は素直に言っただけだ。小さな目を丸くして笑う。その素直さが辛いというのは、私もよくわかる。
「いや、馬鹿とは思ってるけど、今までただの馬鹿って思ってて申し訳なかったなーって」
「いやいや、馬鹿から離れてくれないかな?」
いやいや、馬鹿から離れられない程にはあんた馬鹿ですから。
「なんで急にそんな話になったんだ?」
きりちゃんが私に言った。うん、と頷いて、私は加藤に向き直った。
「加藤、あんた本当はとてもいい奴だったんだね!私びっくりした!」
「あれ?俺ってそんな言われ方するほどアレだったかな?」
「私、これからはあんたに優しくしようと決めたの!昨日の夜!具体的に言うと昨日の夜六時二十分頃!」
『ぎくっ』
言った途端に、その場の四人は肩を震わせた。どうしたのだろう。
「えっと……それは、なんで……?」
「聞いてよー!昨日の『忍たま』すっごい可愛くてよー!?」
そうしていつもの私の『語り』が始まった。たかが十分アニメにどんだけ語るんだとよく言われるが、『忍たま』にはそうさせるほどの魔力があると私は思う。
『忍たま』とは、言わずもがな某教育番組で毎週平日に放送されている『忍たま乱太郎』である。可愛い学園生徒、格好いい先生、面白いドクタケ達、などなどキャラ数が尋常じゃないしその上どのキャラも個性的で可愛い。
「――でね、昨日の話は団蔵回だったの!」
「げっ。まじかー……」
「げって何。別にあんたの話じゃないんですけど」
「わ、わかってるよ!」
顔をしかめた加藤に言い放つ。何アニメキャラと同列に並んでると思ってんの、恥を知れ。
「団蔵かわいかったあー。つか清八さんかっこよかったあー」
「へいへい、この面食いが」
「面食いで何が悪いってのよ」
イケメンをイケメンと言って何が悪い?そしてそれを好きと言って何が悪い。事実を客観的に述べてるだけで、美しいものを好くのは当たり前だ。
「それでいうと俺にももうちょっと優しくしないわけ?」
「は?なんで加藤に。なめてんの?」
「ほらすぐそういうこと言う……」
言われるようなことを言うからだ。
「『忍たま』の団蔵がかわ、可愛かった?から現実の団蔵もいい奴って?」
猪名寺が妙に言いづらそうに言った。うんと頷くと、へえー……と四人は目を逸らした。
「だって!名前が加藤団蔵とか、これは運命だと思うんだよね!あの団蔵があんなにかわいいんだから、この加藤もちょっとはそういうとこあんのかなって!」
「……そうかい」
加藤は疲れたような声でそう言って、最後に深くため息をついた。
お分かりだろうが、加藤のフルネームは加藤団蔵と言う。その名前はなんという奇跡か、『忍たま』に出てくる一年は組の生徒、加藤団蔵と丸っ被りなのだ。このクラスにはそういう生徒が何人か居て、さっきからお喋りしている乱きりしんもそうだ。きりちゃんは名字が違うが、そもそも『忍たま』のきり丸には名字がない。裏設定かなにかで彼の名字が被ってたら物凄い奇跡だ。まあ、ありえないと思うけど。
「今日の『忍たま』も楽しみだなあ」
「ちなみに、今日は誰が出るわけ?」
「今日はからくりコンビ!こと兵太夫と私の天使三治郎ちゃん!」
『げっ!』
少し離れたところで、二人の男子生徒が顔をしかめた。笹山と夢前。下の名前はそれぞれ兵太夫と三治郎。後者については、私が大好きな三治郎ちゃんと同じ名前なんて羨ましすぎる。
「よっしゃ!お前らも道連れじゃー!」
「うわ!団蔵さいてー!」
「もー!」
加藤がやけに嬉しそうに声を上げた。その態度に二人が文句を言うと、クラスのみんながけらけら笑った。
「ま、からくりコンビっていうか、一はが総出演なんだよね!」
『え』
クラスの男子が数人、一様に笑うのをやめて顔をしかめた。さっきまで話題に出ていた六人も含めて、学級委員長の黒木を筆頭に、二郭も佐武も皆本も山村も。
ええ、もちろんこいつら全員『忍たま』のキャラと苗字名前ともに丸被りである。
――全員爆発すればいいのに!羨ましい!

[あとがき]



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