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チャイムが鳴って、これから昼休みに入る。
きりーつ、れーい。ありがとうございました、と言い終わる前に男子数名がバタバタと駆け出したので、先生が大声で怒鳴ったが聞こえないフリらしい。
それを見送った私は、鞄から財布を取り出して、机をくっつけている友達二人に声をかけた。
「ごめん、私今日食堂行くから」
「えっ」
「珍しー」
「昨日購買行った時にさぁ、気になっちゃって!」
二人はその説明になるほど、と頷いた。昨日購買から帰ってきた時、二人とも有言実行で私に立花先輩と知り合った経緯を問い詰めてきた。正直に話すと何してんのー、と笑われた。加藤といい二人といい、なんなんだよもう。驚いたんだから仕方ないじゃん!
何はともあれ、友達二人がわかったと頷いたので、私も食堂に向かうことにした。人気のメニューはすぐになくなるとは聞くが、別に人気のメニューじゃなくてもいいしなあと思ったので、ゆっくりとだ。
食堂の券売機の前にはもう人は少なく、代わりにカウンターのところが列を作っている。あれに並ぶのか、と思ったらやっぱお弁当の方がよかったかも、と早速後悔し始めた。
「――雷蔵まだ決まらないのか?」
「う〜ん……」
知り合いを見つけたのでなんとなく安心した。初めての食堂利用に、なぜか緊張していたらしい。
「不破先輩、鉢屋先輩!」
「あれ、花倉だ」
「マドカちゃん、こんにちは〜」
「雷蔵、早く!」
「わ、ごめん八左ヱ門っ」
名前を呼んだ二人はこちらを見たが、不破先輩は隣にいた友人らしい灰色髪の先輩に急かされて慌ててメニュー睨みを再開した。
「お前も食堂かぁ。もう人多いから、待ってたら?」
「そうですねー」
鉢屋先輩の助言に従って、しばらく待つことにする。というか、まだメニュー決まってないし。
「不破先輩はまたいつもの優柔不断ですか」
尋ねると、灰色髪の先輩がため息混じりに言った。
「そうなんだよー。早くしてほしいんだけどなっ」
「八左ヱ門は慌てすぎだろう」
「お前と違って、雷蔵ラブじゃねーの!」
彼は鉢屋先輩の言葉にそう返してから、私を見てにっと笑った。
「なあ」
「ま、鉢屋先輩は不破先輩にくっつきすぎですよねえ」
「ふんっ。ほっとけ」
鉢屋先輩は開き直るような不貞腐れるような声で言った。
さて私もそろそろ決めないとな、とメニューを見ていると、あっと鉢屋先輩が何か気づいたように声をあげた。
「勘右衛門と兵助だ」
「あ、ほんとだ」
「雷蔵!」
「うぅ」
また不破先輩が反応したので灰色髪の先輩が不機嫌な声で名前を呼んだ。
メニューから目を離して階段の方を見ると、二人の先輩――ネクタイの色は不破先輩達と同じ――が歩いてきた。一人がおー、と右手を軽く上げて笑って見せた。
「みんなお揃いで」
「また雷蔵かぁ」
「そう」
鉢屋先輩が二人と話し始めた。彼らもご友人らしい。
「勘右衛門達も食堂?」
「俺は食堂だけど、兵助はお弁当」
さっき笑った先輩が答えた。確かに、もう一人の黒髪の人は片手にランチバッグを提げている。食堂利用だという方の先輩は、もう頼むものは決まっているそうでさっさと食券を買いに行った。
「雷蔵まだかよー」
「う〜ん……あとちょっと」
「先輩、何を悩んでんですか」
見かねて尋ねると、先輩は眉を下げて苦笑した。
「焼き鮭定食にするか、野菜炒め定食にするか」
「えー。そんなの鮭一択でしょ」
「野菜炒めってわざわざなぁ」
「俺もそう思う」
「私もそれだったら鮭だなあ」
言った途端に、他の四人が口々に焼き鮭定食を推し始めた。そうかなぁ、と不破先輩も押され気味だ。しかしそこでじゃあそうする、とならないのが不破先輩だろう。人の意見は参考にはするが、決定材料にはならないのだ。
「う〜ん……」
「じゃあ、私が野菜炒め頼むんで、先輩は鮭にすればいいじゃないですか」
「えっ」
提案すると、不破先輩は目をぱちりと瞬いて、いいの?と言った。
「いいですよ。私は別に何でもいいんで」
「本当?じゃあそうしよっかな」
不破先輩がほっとしたように微笑んだ。
早く買ってしまわないと昼休みが終わる。すぐに券売機で食券を買おうとお金を入れてボタンを押そうとした時。
「ああっ!ちょっと待った!」
「え!?」
「な、なに?」
大きな声がして、まさにボタンを押そうとしていた右手をがしっと掴まれた。不破先輩も同じらしく、二人揃ってその主を振り返った。
「兵助!びっくりするでしょ!」
黒髪の人だった。はあ、と少しため息をついて、まずは私の手を離した。
「ごめん。雷蔵、是非野菜炒め定食を頼んでくれ」
「は?」
急に意見を翻してきた。なんなんだ、一体。
「なんでです?」
「少し見ただけでは気づかなかったのだ!野菜炒め定食の方がいい!」
私が尋ねると、そんな答えが返ってきた。首を傾げる私の隣で、不破先輩はあっと声をあげて黒髪の人をじとりと見た。
「豆腐がついてたんでしょ」
「その通り!揚げだし豆腐!」
「……はあ、まったく兵助はっ」
豆腐?不破先輩は呆れたようにため息をついてから、私を見て苦笑した。
「ごめん、そういうことだから、僕が野菜炒め定食ってことでいいかな?」
「え」
いや、別にどっちでもいいけど。なんで先輩は彼の意見をあっさり聞き入れるんだ?
「わかりました、けど……」
「兵助はなぁ、豆腐大好き豆腐小僧、なんだよ」
鉢屋先輩が呆れた声で言った。なんだそれ、と思いながら、とりあえず焼き鮭定食の食券を買う。
「よくわかりませんけど、『忍たま』の兵助と被ってますね」
『えっ』
すると私の言葉に、名前の知らない三人が目を丸くした。なんだ?
「はは。ま、こいつの名前自体、久々知兵助っていうからな」
「は!?まじですか!?」
「ちょ、三郎!」
鉢屋先輩が笑いながら言った。久々知先輩というらしい彼が、慌てて鉢屋先輩の名前を呼んだ。
「あー、俺、カウンターで頼んでくるわ!」
「お、俺もー!」
何故か焦ったようにあとの二人の先輩がカウンターの方に行ったのを不思議に思いながら見送る。
「あの二人の名前、知ってる?」
と、久々知先輩が少し不満げな表情で言った。いいえ、と首を振ると、そう、と言って続けた。
「髪ボサボサのが竹谷八左ヱ門で、変なのが尾浜勘右衛門だよ」
「えっ!」
『兵助っ!』
「お前達だけ逃げるなんてずるい!」
聞こえていたようで、竹谷先輩と尾浜先輩が顔をしかめて声をあげた。久々知先輩はそれに顔をしかめて返しながら、彼らの方に歩いていった。
「えー……先輩方みんな名前被ってんですかー……」
「あはは、まあね」
不破先輩が苦笑して、注文しに行こ、と言った。私はそれについて歩きながら、本当に奇跡のような確率だと驚いていた。


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