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お弁当を食べ終えて、友達と雑談している時だった。私の後ろに位置する廊下側の窓が開いて、両脇の友達がえっと声をあげた。なんだかデジャヴだなと思っていると、後ろから声がかけられた。
「乱太郎とそこのお前、来い」
『げっ!立花先輩!』
猪名寺と私の声が重なった。言ってしまった後に、失礼すぎるなと自覚。
案の定、立花先輩はすっと目を細めた。
「なんだその反応は」
「い、いえ……えっと、何のご用で」
とにかく話題を逸らした方が良いと判断。猪名寺もこちらにやってきて、同じく不思議そうにしている。
「一昨日の償いだ。今から購買に行くから、何か奢れ」
「えー……聞いてないんですけど」
「当然だ。さっき決めたんだから」
なんとまあ、しれっと答えなさって!お金あったかなぁと思ったが、そういや昨日お小遣い貰ったんだったと思い出した。言い訳しようと思ったのに、下手なこと言ってバレると後が怖そう。
「早く。昼休みが終わるじゃないか」
「わかりましたよぉ……ごめん行ってくる」
「帰ってきたら事情聞くから」
「えっなんで!」
友達二人に言うと、少し不満げな表情と共にそんなことを言われた。なんなんだよ、まったく。
猪名寺と連れ立って教室を出ると、先輩はよしと一つ頷いて歩き出した。ついて歩いていると、なんか付き人みたいな気分になってくる。
「そういえば、あの時一緒だった三年の先輩は……」
「何言ってるんだ、いるだろう、そこに」
立花先輩が振り返って、さも当然のように言うので、目を瞬いた。
肩を叩かれて目を遣ると、苦笑している件の先輩が猪名寺の隣を歩いていた。
「おおっ!?と、すみません、気づかなくて……」
「ううん、いいよ、慣れてる……」
なんか諦めが見える笑い方だ。す、すみません本当に……。
購買は地下にあって、階段を降りる時にすれ違う生徒達が多い。もうすぐ昼休みは終わりだから、みんな教室に戻るのだろう。
「こんな時間じゃ、良いのは無くなってますよね」
「仕方ないだろう。委員会の仕事が残っているんだ」
委員会……生徒会長さんか。
「大変ですねえ」
「まあな」
購買は食堂の隣に設けられたブースで開かれている。棚の前で立ち止まって物色する立花先輩を横目に見つつ、食堂のメニューを眺めた。お弁当派だから、食堂に来ることは滅多にないので物珍しい。
「何してんの、花倉」
「いやどんなもんかなって……っと、加藤か」
「お前が食堂に来るとか珍しいじゃん」
「私じゃなくて、立花先輩が」
「立花先輩?」
あそこ、と立花先輩達の方を指すと、ふうん?と加藤は首を傾げた。
「立花先輩と知り合いだっけ?」
「いや、知り合いっていうか……」
一昨日のことを話すと、だせーっと笑われた。うっさい。
「加藤は食堂で食べてたの?」
「うん」
「どれ?」
「これー」
加藤はメニューに貼ってある写真を指した。からあげ定食ですか。定番だけどいいよねえ。
「ここって美味しいの?」
「まあ、普通に美味しい」
「へえー」
「お前ここで食ったことある?」
「ないよ。気にはなるんだけど、結局ずっとお弁当だね。お母さんが普通に作るしー」
「へえ。うちはすぐ買って食べてって言うんだよな。弁当とか月に一、二回?」
そういや加藤がお弁当食べてるのあんま見ないかも。いっつも授業終わったら教室を飛び出していく。
「花倉さん」
「あ、はいっ」
声をかけられて振り向くと、立花先輩が呼んでる、と先輩が。
「三反田先輩、こんにちは」
「団蔵。こんにちはぁ」
知り合いなのかと思いながら立花先輩の傍による。即座にパンとカフェオレを渡された。
「お前はこれを買ってきてくれ」
「はあい。なんですか、一人二つずつ買うって感じですか」
それらを受け取りながら尋ねると、いや、と立花先輩は首を振った。
「他の二人はパン一つずつだ」
「え!なんで私だけカフェオレ付くんですか!」
「じゃんけんにしようかと思ったが、団蔵とお喋りしているようだったから空気を読んだんだよ」
「どのへんがですか!?」
猪名寺の方を睨むと、ごめんねっと軽く謝られた。いやいやいや。
「ちょっと納得行かないんですけど!」
「仕方ないだろう。離れていたお前が悪い」
「うわーっ最悪」
ため息をついて肩を落とした。立花先輩は平然としていて、その上早くしないと昼休みが終わるだろ、と急かしてくる。
この人苦手だ。『忍たま』の仙蔵はもう少し性格良いと思う。やっぱ二次元に限りますわー。
渋々両方をレジに持っていって会計を済ませる。二百四十円なり。くそぉ。
「数馬先輩、戻りましょー」
「ああ、うん」
いつの間にか加藤はいなくなっていて、猪名寺の声に、先ほどの私と同じく手持ち無沙汰にメニューを眺めていた先輩が振り返って頷いた。
結局この先輩の名前聞いてないなあ。猪名寺が数馬先輩って呼んで、加藤は確か三反田先輩って……。
「……え!?三反田数馬!?」
「へ!?な、なにっ?」
思わず声をあげてしまうと、先輩がびくっと肩を震わせて答えた。立花先輩が眉を寄せる。
「お前、先輩に向かって呼び捨てか?」
「えっ!ち、違います!すみません、思わず!」
両手を振って答えると、いいよ、と先輩は微笑んだ。
「花倉さん、数馬先輩の名前知らなかったっけ」
「し、知らないよ……え、三反田数馬先輩って言うんですか」
「そうだよ」
――ま、まじか!
「すごい!数馬と被ってる!」
「まぁた始まった……」
猪名寺が苦笑する。立花先輩と三反田先輩は不思議そうに首を傾げた。
「どういう意味?」
「あの、『忍たま』って知ってますよね!あれに三反田数馬ってキャラが出てきてですね!」
『げっ』
その話題を出した途端、先輩二人は顔をしかめた。
「お二人とも名前被ってますね!」
「あー……あはは」
三反田先輩は苦笑したが、立花先輩は不機嫌な顔でふんと鼻を鳴らした。
「その話題は出すなっ」
「立花先輩もからかわれた人ですか」
「は?なんだそれ」
「鉢屋先輩は、昔からよくからかわれたから『忍たま』の話題は嫌なんですって」
「お前、三郎と知り合いなのか」
立花先輩はふうんと呟いて、肩をすくめた。
「別にそういうわけではないが。気分がよくない」
「なんでですか。仙蔵なんか、人気キャラですよ」
「名前を呼ぶな!」
立花先輩はまた不機嫌な声で言って顔をしかめた。
何がそんなに嫌なんだか。私も肩をすくめて、口を閉じた。
――ああ、でも三反田先輩の存在感がまた数馬に似てるなー。変なの!
「生まれ変わりだったりして」
『はあ!?』
冗談を言ったつもりが、三人がやけに声をあげたのでこちらが驚いた。
「な、なんですか」
「生まれ変わり、って、なにそれ」
「いやいや、冗談じゃん。ほら、よくある二次創作の転生設定ってやつ」
「よくわからないけど、変なこと言わないでよ!」
猪名寺がやけに顔をしかめて言うので驚く。普段から大人しくはないが三組の中では比較的穏やかなタイプだから、こんな風に怒られるとは思ってなかった。
「え、っと、ごめん?」
よくわからないながら謝ったが、三人は顔を見合わせて難しい顔をするだけだった。
――変なの。


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