> らくがき-4



帰る準備を済ませて、教室のドアから勘右衛門に声をかける。早く、と言うと、はいはーい、と相手は軽く手を振ってきた。
――で、返事しておきながらまだ来ない、と。
小さくため息をついた。勘右衛門は返事をしてから、夢野さんに声をかけに行った。
あの二人はとても仲が良い。二年も学級委員長のペアとして働いているわけだから当然なんだろうけど。
お互い名字を呼び捨てで呼んでいる。俺は互いに敬称が抜けないのに。
なんて、醜い嫉妬だろう。そもそもあまり仲良くないんだから、そんなこと思うのも夢野さんに悪い。仲の良い友達か、ただのクラスメイトか、彼女にとっての認識が違うだけなのだから。
「ごめんごめん!」
「三人も待ってるよ」
階段の前で固まっている三人を指すと、勘右衛門は苦笑した。
三人と合流すると、真っ先に三郎が遅いっと文句を言ってきて、それを雷蔵が諌めて、八左ヱ門は先に階段を下り始めて早く帰ろうと急かしてきた。
この四人とは幼馴染で、幼稚園から高校まで同じ学校という関係性だ。基本的に隠し事は無し、というか隠し事をしてもすぐに見破られる。
「三人とも聞いてよ、兵助ってば!」
だからこそ、勘右衛門の話し始めで奴が何を言おうとしているのか気付いた。
「ちょっと勘右衛門!」
「なんだ、面白い話か?」
「だいたいわかったかも」
「あれだ、夢野さんの話!」
「せいかーい!」
「こら!」
顔をしかめると、四人は可笑しそうに笑った。
俺だってこいつらに自分の片想いを教えようなんて思ってなかったけど、なぜか全員すぐに感づいて、相手まで特定されてしまった。以来ことあるごとに俺と夢野さんの話題を出してくる。主に勘右衛門が他の三人に報告するような形で。
「今日古典のノート借りてさー、兵助ってば隅っこの方にねー」
「ちょ、勘右衛門それは駄目!!」
――ああ、やばい!消し忘れてたんだった!見られた!
慌てて勘右衛門の口を押えたら、逆にその反応が三人の好奇心を刺激したらしく、なんなんだよぉとウザったい絡まれ方をした。やめろ、絶対教えない!
「って、そういえば勘右衛門、あのノートは?まだ返してもらってないんだけど」
尋ねると、勘右衛門が口を押える俺の手をぺちっと叩いた。じとりと睨むと、両手を上げて降参のポーズ。さっきのことは言わないという意味だ。
手を離してやると、勘右衛門はへらっと笑った。
「あれね、夢野に貸したよー」
――お前ほんと、覚えてろよ!
心の中で捨て台詞を吐いて。
実際はそんなことをいう暇もなく、俺は教室に向かって走り出した。

* *

一年の秋のこと。
職員室での用事を終えて廊下に出ようとした時、担任の教師に呼び止められた。
次の授業で配る問題集を教室に持って行ってほしい、というよくある頼み事だった。一応学級委員長としての自覚はあるので、私は快くその頼み事を引き受けた。のだけど。
――うっわ、なにこの量!
思っていた以上にその問題集は分厚く。担任は手伝ってあげたいけど今手が離せなくて、と忙しそうに席に戻って行った。正直半分ずつくらいに分けたい気分だったが、そんなことをするには休み時間が短すぎた。とても教室と職員室を往復する余裕はなかったのだ。
結局、両手でなんとか抱え上げて廊下に出た。
――『夢野さん』
その時だった。珍しく、久々知くんから私に声をかけてくれたのは。
――『それ……』
――『あ、これ?数学の問題集だって。頼まれたの』
その時の私は、久々知くんは物静かな人で近寄りがたいと思っていた。その時現れたのが尾浜や他の人だったら、手伝ってよ!と強請っただろうが、久々知くん相手にそれはなんとなくできなかった。
しかし、腕が千切れるかってくらい重かったのだ。正直立ち止まって会話するのも嫌だった。へらりと苦笑してみせながら、早く立ち去るか、もしくは手伝おうかと申し出てくれないかな、なんて思っていた。
そうしたら。
――『手伝うよ』
久々知くんはそう言って、私の抱えていた問題集を軽々と取り上げた。
――ふわっと重みが無くなったと共に、私の中でなにかふわっとした感情が生まれた。
久々知くんが持ってくれた量は、総量の約三分の二。手伝ってもらう、というよりは私の方が手伝っているような形になった。
――『あ、ありがと、久々知くん』
――『うん』
お礼を言うと、彼は一つ頷いてから、小さく微笑んでみせた。
――傍から見ればなんてことのない、しかし私にとっては大きな理由。
――私はこの時、久々知くんに恋をした。



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