> らくがき-2



久々知兵助くんとは、一年二年と続けて同じクラスだ。
とても綺麗な顔立ちで、背も高い。それだけでも人目をひくというのに、加えて成績優秀で運動もできるからどうしようもない。どうしようもなく、かっこいい。
――もちろん私が彼に半年近く片想い中なのには、もっと大きな、しかし傍から見ればどうってことのない理由があるのだけど。
しかしその人気とは裏腹に、彼に恋人という存在がいたことはない。そりゃ中学の時はいたのかもしれないけど、少なくとも私の知る限り、高校に入ってからは多分無い。
話しかけづらい雰囲気というか、あまり女の子といるのを見たことがない。お友達の鉢屋くんとか尾浜はよく女の子といるけど、久々知くんはそんなこと無いってイメージ。時々思い切って話しかけてみても、短く返されて終わっちゃう。
恋愛なんかより勉強してる方が有意義、とか言っちゃいそう。と言えば失礼だろうか。
――いや、でも、ほら。今も真面目に授業聞いてるし……。
ちらりと右隣に目をやれば、久々知くんが綺麗な姿勢で前を向いている。背筋を伸ばして、目はずっと教壇で話を続ける古典の先生を見ている。時々瞬きする目は、男の子なのに女子も羨むようなまつ毛の長さ。やっぱり綺麗な人だなぁとまた思う。
――だからそんな完璧な久々知くんの隣にいるのに、居眠りなんかしてる場合じゃないんだってば!いろんな意味で!
そもそも古典はあまり得意でない。先生がつらつら話している、助動詞の活用形もきちんと頭に入れなければならないのだ。
というか、久々知くんに授業もまともに聞いてないような馬鹿って思われるのは絶対に避けたい。昨日席替えしたばかりでもう寝てる、とか思われたくない。
――ああ、でも本当に眠い!
活用形とか覚える必要ある?勘でいけるんじゃないの?べく、べから、べく、べかり。同じような音をスピーカーのように流し続ける先生が憎い。こんなの寝てくださいって言ってるようなもんだし、既に何人か寝てるし!
――昨晩と今朝。久々知くんに朝の挨拶しなきゃって緊張で、遅寝早起きだったのだ。
私はいつの間にか、机に頬杖ついて目を閉じていた。

* *

夢野夢子さんとは、一年二年と続けて同じクラスだ。
勉強もそこそこ、運動もそこそこ。俺は彼女を可愛いと思うけど、他の奴らに言わせれば「顔も別に普通」らしい。失礼だっての。
特に性格が良い。男女とも友人が多くて、基本的に人付き合いの悪い俺とは対照的。俺の友人でクラスメイトの勘右衛門とも仲が良いから、その延長だろう俺にもよく声をかけてくれる。その度に緊張と口下手で短い返事しか出来ないのが自分でも情けない。
――俺が彼女に長らく片想い中な理由は、強いて言えばそんなところだろうか。
先生の話していた内容をノートに書き写して、ちらりと左隣を見れば、夢野さんは頬杖をついて目を閉じていた。寝てる、と思って内心少し笑った。
席替えをする前、俺の席は大抵夢野さんより後ろだった。だから授業中の彼女の動向はよく知っている。後ろから観察しているなんて、彼女に知られたら嫌われそうだけど。
夢野さんは古典や社会などの文系科目が苦手らしい。というか、先生の話が長いのが我慢出来ないようだ。後ろから見ていて首がかくりと傾く様子は見慣れた。その度、内心で少し笑ってしまう。かわいいなあ、なんて思ったり。
夢野夢子、とノートの端に書いてみたり。
――なにしてんだろ、俺!
ちょうどノートのページが埋まったので慌ててページを捲り、先生の話す声に意識を戻した。
夢野さんは授業が終わるまで起きなかった。



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