> 夫婦喧嘩は犬も食わない-2



表の方で爆発音がして、ひっと小さく声を上げて持っていた籠を取り落とした。
――あー、さっき洗濯したばっかりなのに!
せめて家の中ならよかった。思いっきり外だ、地面の上!
「なんだよこの罠!」
苛立ったような声には聞き覚えがあった。一瞬疑問に思ってから、あっと思い至る。
――もう、三郎さんってば出迎えに行くとか言っておきながら!
相変わらずのいたずら好きには、今でもほとほと困らせられる。
汚れてしまった洗濯物は放っておき、家に入るのをやめて表に回った。
「兵助!」
「大丈夫?」
「なんとかなったけど!引き上げて!」
会うのはだいたい半年ぶりくらい。お久しぶりです、から入るべき挨拶だが、その前に言わなければならないことができてしまった。
「勘右衛門さん、兵助さん!」
「あ、夢子さんだ」
「夢子ちゃん!?ちょっとなにこれー!」
「す、すみませんでしたっ!」
落とし穴から勘右衛門さんを引き上げていた兵助さんと、やっと落とし穴から這い出してきた勘右衛門さんに、私は深々と頭を下げた。

* *

「もう!三ちゃんがお出迎えするって言うから任せたのに!ちゃんと罠のこととか忠告してよ!」
「いや、ちょっと出来心で」
「もう、いい大人のくせに!」
夢子が顔をしかめて怒るので、肩をすくめて目をそらした。そんな私の態度は気にくわないようで、夢子はさらにきつく眉を寄せた。
「おかげで洗濯物全部洗い直しなんだからね!?わかってるの!」
「わかったわかった!でもそれはお前が驚きすぎたんだろ」
「はあ!?言い訳しないで!」
夢子は怒鳴って私をきっと睨みつけた。結構本気で怒っているようだ。
これ以上は無駄と思ったか、夢子は苛立たしげに息を吐くと、洗い直しの洗濯物を詰め直した籠を持ち上げた。
「すみません、ちょっと失礼します。もう変なことしないでよ!」
前半は他の四人、後半は私に言って、夢子は裏口からさっさと出て行った。
ばしんっと強く戸が閉められて、はあ、と誰かが息をついた。
「まさか来て早々夫婦喧嘩に巻き込まれるとは思わなかった」
「犬も食わないよ」
「はいはい、悪かったよ!」
兵助と勘右衛門に向かって軽く手を振ると、まったく、と呆れたように返ってきた。
「っていうか、本当になんなのあの罠。危なかったじゃん!」
おもいっきり引っ掛った勘右衛門は不満そう。普段使える新米忍者として扱われているから、ただの家に備え付けた罠などに引っ掛かるのは気に入らないだろう。私はふふんと得意げに笑って見せた。
「当然だ、あの立花先輩とその他作法委員の奴らに手伝ってもらったんだから!」
私の知っている限りで一番えげつない罠を作るのは、立花先輩と現三年生のからくりコンビだ。頼んだら随分楽しそうにやってきた。一度その性能を試してみたいと思っていたので、さしずめ勘右衛門と兵助は良い餌だ。
「なんでそんな恐ろしい罠を家の前に仕掛けてんの」
兵助が眉を寄せて言った。それに答えたのは、私じゃなくて雷蔵だった。
「いやだって、こんな田舎の、しかも外れの方でさ、女性一人で住んでるの危ないでしょ」
「雷蔵の提案!?」
「そういえばそうだと思って、一応な」
仕事柄、私は家を空けることが多いから、雷蔵が心配して言ってきたのだ。また、そんなヘマをする気はないが、場合によっては恨みも買うような仕事であるのは否めない。
「ま、わざわざ先輩まで呼びだすとは思ってなかったけど」
「やるなら徹底的にやる主義なんだっ」
言いきって見せると、いーや、と八左ヱ門が首を振った。
「主義とかじゃないだろ。単純に夢子さんが心配だっただけ」
「うっわー、相変わらず」
「違う!」
雷蔵まで乗っかって笑うので、顔をしかめて否定した。否定したのに、四人ははいはいと軽くいなして取り合わなかった。
「俺、雷蔵と来てよかったあ」
「そうだよ、こういう貧乏くじひくのは八左ヱ門の役目でしょ」
「なんでだよ!」
八左ヱ門は納得いかないというように勘右衛門に反論するが、私もそれは正しいと思う。
そのままけらけらと笑っていれば、兵助があっと呟いた。
「そういえば三郎、結局あれはやめたの?」
「ん?あれって?」
「名前、三郎さんじゃなくて三ちゃんって呼ばれてたけど」
――ああ、さっきのか。
確かに、私は随分前からことあるごとに名前の呼び方を直すようにと夢子に言い聞かせてきた。今でもそうしているので、やめたの?という兵助の質問には否と答える。
「やめたわけじゃないけど、さっきは結構怒ってたから、そんなとこつっこんじゃだめだなと思って」
「それはわかるくせに、なんでさっき自業自得ーって言い方したの……あれで益々怒ってたよ、夢子ちゃん」
勘右衛門が言うのは正しい。それは私も自覚はしている。
「自分の落ち度とは認めたくないんだよねえ」
「うわっお前なあ」
雷蔵が笑って、八左ヱ門が呆れたようにした。その様子がちょっと気に入らなかったので、むっと顔をしかめる。
「実際驚きすぎだろ、籠落とすとか!」
「はいはい」
「まったく、あんないい子相手に、なに意地張ってんだかー」
兵助と勘右衛門が肩をすくめた。別に意地なんか張ってないし!
「そんなことしてたら、いつか愛想つかされちゃうね」
「うるさい、ならないっての!」
勘右衛門が煽るように言う。声を上げて答えれば、他の四人はどうだか、と顔を見合わせて笑った。



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