> 初恋が迷子-4



「こおおおらあああ三之助えええ!」
「あ、夢子大変だ。昇降口が逃げる」
「逃げるわけないでしょ!勝手に動くな!」
「夢子!三之助は見つかったか!」
「作兵衛!馬鹿一匹見つかったよ!」
「馬鹿に馬鹿って言われたくないんだけど」
「おいこら三之助」
「喧嘩すんな!」
作兵衛に怒られた。三之助のせいで。
「でも夢子、助かったよ」
「え、そう?」
作兵衛が笑った。彼の隣で縄に繋がれている左門が言った。
「最近は夢子が手伝ってくれるから楽だって!」
「お前らが勝手に動かなきゃもっと楽なんだけどな!」
……作兵衛、ほんとに苦労してるな。
「明日も頼むな!」
「うん!……あれ?」
作兵衛に頼まれてつい頷いてしまったが。
「私、なんで最近左門と三之助の捜索手伝ってたんだっけ」
元々、私はこの方向馬鹿二人の捜索なんかほとんどしたことがなかったはずだ。それがどうしたことか、この一週間と数日、こうして作兵衛のお手伝いをしている。
ふと正気に戻って呟くと、作兵衛がしまった、といった風に顔をしかめた。
「ねえ、作兵衛?」
「えーっと……」
「そういやなんでだっけ」
「んー」
三之助と左門も顔を見合わせた。作兵衛は絶対なにか知ってる。だって目を逸らしてるもん。
「……あ、そっか。最初は俺と一日一緒にいていいかーって話からだ」
「ああ、そうそう。で、次の日が僕で、その次が作兵衛だって言ってた!」
三之助が思い出して、左門が思い出した。そしてその会話を聞いていて私も思い出した。
「……作兵衛はめたな!」
「は、はめたんじゃないし!そっちが勝手に勘違いしただけだろ!」
そうだよ!元々この三人とは三日間だけ一緒にいるつもりだったんだ。それがなぜこんなに長い間付き合っていたのかと言えば。
――明日も頼むな!
この作兵衛の言葉に乗せられたのだ。本来の目的は別のことだったのに、あたかも私が方向馬鹿の世話をするためにここにいると錯覚させ、ずるずる一週間以上も手伝わされていたのだ!
――ん?本来の目的?そういやなんだっけ。
「……ああー!」
「うおっ」
「どーした、夢子」
思い出した!!
「――まだ初恋の人見つけてない!!」

浦風くんは『なんとなく違う』。
伊賀崎くんは『優しくない鉄面皮だから違う』。
三之助と左門は『方向馬鹿だから違う』。
作兵衛は『そうだったら気づくだろうから違う』。
――となると、やっぱり可能性残ってるのは浦風くんだよなあ……。
本当ならもっと早くにこの結論に達したというのに、作兵衛にはめられたおかげで時間がかかりすぎた。
他に知り合いの男の子なんかいないよね、さすがにもう忘れてるってことはないよね。
――なんか忘れてる気がするけど。
ま、いいや。とにかく、一周して当てはまりそうな人がいなかったんだから、仕方ないからもう一度浦風くんに突撃するしかないだろう。
「あーあ、いつになったら初恋の人に会えるのかなーっ」
放課後の校内には人が少ない。三之助を探しているうちに随分時間が経ってしまって、浦風くんが残ってたら前日の内に約束しておこうと思ったけど、やっぱりいなかった。三年三組の教室から出て、だらだらと昇降口に向かった。
「めんどくさいなあ」
独り言が激しいと自覚しつつ、ぶつくさ言いながら階段を下りる。
「そのうち自然に思い出すっていうか、わざわざ探さなくても良いのかなあ」
ため息交じりに、天井を見上げた時。
ふっと、床が消えた。
「――え、わ!」
違う!消えたんじゃなくて!やばい!
――落ちる!
思わず目をぎゅっとつぶった。
「夢野さん!」
――え。
驚いて目を開いたと同時に、ふわりと受け止められた。誰かの肩越しに、踊り場が見える。
「大丈夫?」
と尋ねられた。
はっとして肩を押して身を離すと、相手は心配そうに眉を下げていた。
私はぼーっとしたままゆっくりと頷いた。
「よかったぁ」
相手は微笑んだ。心底安心したというように。
「あ、ありがと……」
お礼を言うと、彼はうんと頷いて受け取った。
「夢野さんって、結構おっちょこちょいだよね」
彼は幼い子供に言うように、柔らかい声で言った。
「――この間も、ここで同じことあったじゃない」
と言って、彼は私から一歩離れた。
「じゃあ、気を付けて帰ってね」
ばいばい、と右手をひらひらと振って、彼は私が下りてきた階段を上ろうとした。
「――さ、三反田くん!」
呼び止めると、数段上がった先の彼が不思議そうな顔で振り返った。
「あ、明日ね、一日一緒にいてもいい?」
――あ、私すごく緊張してる。どきどきしてる。顔が熱い。
三反田くんは驚いたように目を丸くしていたが、やがて微笑んだ。
「僕は、いいよ。夢野さんこそ、忘れないでね」
三反田くんは笑って、階段を上っていった。
――きっと今度こそ忘れない。
――そうしたら、もう決まったも同然だろう。

* *

「三反田くん!」
「あ、夢野さん」
休み時間、藤内とお喋りしていると夢野さんがやってきた。
昨日の放課後、教室に向かう途中の階段でした約束。きっと忘れているんだろうと思っていたんだけど、夢野さんは本当にやって来た。つい驚いてしまった。
「ホントに覚えてたんだ」
「あ、あのね!一緒にいてください!」
一瞬どきっとした。
――って、なに期待してんだろ、僕。
不運が夢なんか見ても駄目だってば。僕は動揺を隠すように、いつも通りに微笑んで見せた。
「夢野さん、言い方悪いよ。今日一日、でしょう?」
「そ、そうじゃなくて!」
「え?」
まさかの否定。目を瞬かせた僕に、夢野さんは意を決したように僕をじっと見つめて。
「――今日一日じゃなくて、これからずっと!」
一瞬意味がわからなかったが。
夢野さんが真っ赤な顔で俯くから。

初恋が迷子

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