> 初恋が迷子-2



教室のドアの上に掲げられたプレートには『三年三組』の文字。私や作兵衛の所属する三年二組の隣のクラスだ。
「あ、いた!」
目当ての人物を見つけた。失礼しまーすと言って、堂々と他クラスに乗り込んだ。よく友達が『あんたのそういう行動力だけは買ってあげる』と言うから、つまりこういう面は私の美点なのだ。
目当ての人物は教室の真ん中あたりの席に座って、お友達とお喋りしているようだ。相変わらずの美少年具合。これなら私が初恋するのもわかる気がする!
「浦風くん!」
「あれ、えっと」
「夢野さん、だよね」
「うん」
しかし目当ての人物はまともに私を覚えていなかったようだ。お友達の方が、私の名字を思い出してくれた。
目当ての人物は浦風藤内くん。お友達の方は三反田数馬くん。どちらもあまり関わりの無い私に声をかけられて不思議そうにしている。
「どうしたの?なにか用?」
「うん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い?俺に?」
浦風くんは目を丸くして人差し指で自身を指した。
「あのね、今日一日一緒に居ていい?」
『……はい?』
浦風くんと三反田くんの声が重なった。

「――初恋の人がわからない、と」
「そう」
「……へえ」
浦風くんはなんと反応すればいいのかわからないようで、眉を下げて視線をふらふらとさせていた。
「えっと、それで、なんで俺?」
「とりあえず手当り次第に」
「そ、そうなんだ」
多分いまいち理解できてないんだろうと思う。浦風くんの隣の三反田くんも丸い目を瞬かせていた。
さっきの休み時間は十分しかなく、状況を説明するには足りなかった。とりあえずその次が昼休みだったので、お弁当をご一緒しながら説明していたのだ。しかしまだわかってないらしい。これ以上説明のしようもないんだけどな。
「手当り次第、はいいんだけど。一番目が俺ってことだよね」
「そうだよ」
「それはなんで?」
と尋ねられて、ふふふと笑うと二人は首を傾げた。
「私もね、馬鹿じゃないの。可能性のある人から当たっていくのが効率的ってことぐらいわかるわけ!」
「そんなことは馬鹿でもわかると思うけど」
「……浦風くん厳しくない?」
「あ、ごめん」
別にいいけど。
「つまり、浦風くんが一番可能性あると思ったの!」
「ええー……」
浦風くんは困ったように眉を寄せて、ちらりと三反田くんの方を見やった。その三反田くんはまた目を瞬かせてから、苦笑した。
「なんで藤内なの?」
「顔が良いから」
『え』
あっさり答えると、二人は揃って目を丸くした。
「だってほら、ほとんど一目惚れなわけじゃん。だったらやっぱり、顔で決めたのかなーと思って」
「待って夢野さん。その発言結構最低だって自覚してる?」
「……ほんとだ!」
浦風くんの言う通りだ!顔で好きな人を決めるんだってさ!堂々とそんなこと言ってのけるのは誰だ!私か!
「……ま、所詮人の第一印象なんて顔で決まるんだからしょうがないよね」
「夢野さんって意外とそういう現実的なこと言うんだ……」
「とにかく!浦風くんの顔は私の知り合いの男子の中では一番好みなので、最初は浦風くんに突撃するべきだと思ったの!」
「……そっか」
浦風くんは複雑な表情を浮かべている。顔褒められてるんだから、喜べばいいのに。ああでも、浦風くんほどの美少年だと褒められ慣れてるか。
「ち、ちなみにさ」
「なに?三反田くん」
「えっと、その基準で言うと、どんな順番で回るつもりなのかな」
おっと三反田くん。私の計画を聞きたいのか。そんなこと聞いてどうするんだろ。別に言ってもいいけど。
「昨日よく考えてね、一番効率的な順番を考えたよ!ずばり、浦風くん、伊賀崎くん、三之助の順番!」
「……え、三人だけ?」
「うん!でもよく考えたら私の知り合いの男子もっといたの!だから付け加えなきゃ!」
「この子大丈夫かな」
浦風くんが心配そうな顔をした。大丈夫だよ!昨日は知り合いの男子に誰がいるか思い出せなかっただけだよ!
「ま、付け加えても左門と作兵衛が増えるだけなんだけどね」
「……」
そう言うと、浦風くんがちらりと視線を三反田くんにやった。つられて三反田くんの方を見ると、そっかぁ、と少し笑いながら俯きがちだった。
――……ん?
「……あ、ああごめん三反田くん!」
「え、なに」
「違うの!三反田くんと私も仲良しだもんね!そうだよね!三反田くんも付け加えなきゃね!ごめんね!」
――あ、あっぶねええ!もう三反田くんったら!こんな時にも影の薄さを発揮するなんて罪な子!
三反田くんとの友情崩壊フラグを破壊しようと、慌てて取り繕う。三反田くんはちょっと驚いたようにしていたが、やがてにっこりと笑ってありがと、と言ってくれた。彼が優しい子でよかった……。
「で、付け加えると順番はどうなるの?」
「とりあえず、浦風くん、伊賀崎くん、三之助、左門、作兵衛」
「……と?」
「……あ、三反田くん!!」
――おいこら夢野夢子!なに立て続けに三反田くんのこと忘れてんだよ!この鳥頭め!
三反田くんは苦笑してくれた。怒っていいよ、君。
浦風くんはため息をついていた。咄嗟にフォローしてくれてありがとうございました……。

とりあえず浦風くんに一日一緒にいる許可を貰った。休み時間の度に遊びに行き、放課後になると三年三組の教室に入り浸ってお喋りしていた。三反田くんは保健委員会の仕事だそうで放課後に入ってすぐ出て行ってしまったから、二人だ。
「あ、俺もそろそろ生徒会に行かなきゃ」
「お疲れ様だねえ」
「あはは。まあね。ありがと」
浦風くんは生徒会に所属している。今日も仕事があるようで、それまで時間が空いているからと私に付き合ってくれていたのだ。
「それで、結局どうだったの?」
「え?なにが?」
「……初恋の相手がどうのって話」
「……あ」
忘れてた、と思ったけど顔には出さないように笑って見せた。浦風くんはまたため息をついたので多分ばれてる。
「ま、多分違うと思う」
「……やけにあっさりと」
少し驚いたように言われた。
「なんで?」
「なんでっていうか、違うと思ったから違うと思う」
「……なあに、それ」
浦風くんは苦笑した。
本当に直感なんだけど。多分、初恋の人に当たったらわかると思うんだよね。なんとなく。
「一日付きあわせちゃってごめんねえ」
「うん、まあ、いいよ」
「でも前より仲良くなれてよかったよ」
「あはは。そうだね」
浦風くんは軽く笑って頷いた。
「一週間で一周しても初恋の人が見つからなかったら、また付き合ってね」
「やだよ!」
浦風くんは本気で嫌そうに否定した。悲しい。



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