> 初恋が迷子-1



大丈夫?と尋ねられた気がする。
ぼーっとしたまま頷いたのは覚えている。
相手は微笑んだような気がする。

私が覚えているのはそれだけ。

「――で、相手が誰だかわかる?」
「わかるわけねえだろ!!」
作兵衛は怒鳴った。そんなに怒んなくてもよくない?
「つーかな!今まで忘れてた時点で、それは恋じゃねえよ!」
「失礼だね。私は今でもその相手のことを思い出しただけで、すっごくドキドキするんだよ!」
「だったらなんで忘れんだよ!それ、いつの話だって!?」
「……覚えてない」
「ほら見ろ!」
作兵衛はひとしきり怒鳴ってから、はあ、と深くため息をついた。
私は最近初恋というものを経験した。記憶は曖昧だが、確か誰かに助けられたのだ。相手がどんな人だったか、状況はどんなものだったか、それはすべて忘れた。というか、ついさっきまで初恋したという事実すら忘れていた。
昔から物忘れが激しすぎると言われてきた。幼馴染みの作兵衛なんか、もう私の物忘れには慣れていると思う。今回のこともその一つだったのだろう。
「せめて次の日にでも言ってくれりゃあ、なんとか探し出せたかもしれねぇのに」
「探してくれようとする作兵衛さっすがー。かっこいー」
「てめえこんな時ばっかり調子よく……」
作兵衛は何か言いたげにして、結局二度目のため息で抑えた。
「相手の特徴とか覚えてねえのか」
「全然」
すぐに首を振ると、もっとよく考えろと怒られた。うーんと腕を組んで考え込む。
「……あ!」
「お。思い出したか?」
「うん!あのね、同級生だった気がする!」
「同級生……」
そうだそうだ。記憶の中の初恋相手のネクタイには、私と同学年だということを示す緑色のラインが入っていた。
「同級生って言っても、一学年百人はいるしなあ……」
「あ、でもね、知ってる子だったよ。多分話したことある子」
「じゃあなんで忘れるんだよ!」
「でも作兵衛じゃなかった」
「そりゃそうだろうな!」
お前を助けた記憶なんかねえよ!と。作兵衛声大きい。
しかし、私が話したことのある同級生の男子なんて、あまりいない。元々男子とそんなに仲良くないし、多分作兵衛を通して知り合った子達くらいしかいないはず。
「……よし!」
「ん?なんだ?」
「私、初恋の相手を探す!」
「え、どうやって?」
作兵衛がきょとんとして言った。ふふん、と笑って見せて、ぐっと拳を握って決意を示した。
「――心当たりのある子に一日中張り付いて、相手かどうか見極める!」
「……え、張り付いてって」
「作兵衛!私やるよ!」
――そうと決まれば、明日から早速行動開始!今日は速攻で帰って作戦会議!!
「ちょっと待て!人様に迷惑かけるような真似はすんな、ってこらあああ!!」
作兵衛が後ろで何か言っていたが、そんなことはお構いなしに、私は廊下を飛び出した。



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