> お前は可愛くない!-2



「女装の追試ならそうと最初から言え……」
「ごめんごめん。だって、他の人に頼んだら『お前みたいなデカいのの女装と一緒にいるとか絶対に嫌だ』って言われてさー。失礼だよね」
「当然の反応だろ……」
片手を額に当てて、三木ヱ門は深くため息をついた。さっきの三木ヱ門の顔も、相当失礼だと思うんだよね。あの『なんだこれは』っていう顔。
「というか、なんだよ女装の追試って」
「ほら、この前の試験。別に女装がバレたわけでもないのに、学園に戻ってきた途端に不合格って言われて」
「……まあ、あれは先生から見て違和感が無ければ合格、だからな」
俺としては真面目に試験を受けたつもりだ。なのにあっさりと不合格通知を出されて、結構ショックだったんだけどな。
「しかし普通にしていれば女装の試験ぐらい別に問題ないだろう。何したんだ、お前」
「なにもしてないよ!ほんと、真面目に受けてただけ!」
「嘘つけ」
本当なのに。三木ヱ門は呆れたように俺を見上げた。
そりゃあ、俺が女装に向かないタイプだってことは自覚している。山田先生でもあるまいし。この男としても高めの身長と、それなりに鍛えている身体で、女物の服装と化粧なんて化け物以外の何ものでもない。でも、授業としてそういうものがあるんだから仕方ない。もし先生がそこを見て不合格と判断したなら、それは大いに反論の余地があるはずだ。
「先生が、追試は誰かアドバイスをくれる奴を一人連れて行っても良いって言ってくれてねー。三木ヱ門がいいなあと思ってたんだけどいつも会計委員会で忙しいから。すっごいありがたい偶然」
「私にとっては全くありがたくない……」
またため息。失礼だなあ。
――追試とはいえ三木ヱ門と一緒に町に行けて、俺はかなり嬉しいんだけど。
まあわかっている。昨日もそれとなく『逢い引き』って単語を出して反応を見てみたが、気持ち悪い言い方するな!と一蹴された。完全に脈無し。あーあ。
少し落胆しながら町に向かっていると、突然三木ヱ門がぴたりと足を止めた。
「どうしたの?」
振り返ると、彼はじっと俺の足元を見つめていた。不思議に思って見降ろしてみても、特に何もない。
「……夢子、それなら私がありがた〜いアドバイスをしてやろうじゃないか」
「え」
その言葉に顔を上げると、三木ヱ門は腕を組んでふんと鼻を鳴らした。
「この私が一緒にいるんだ、今度は追試なんていう不名誉な結果は絶対に許さん!」
――あ、なんか三木ヱ門の優等生スイッチが入ったみたいだ。
三木ヱ門は、女装の授業でもクラス一の成績を誇っている。
「まずは歩き方だ!」
「あ、歩き方?」
「そうだ!全然だめだ!」
なに、歩き方って。そんなこと気にしなきゃいけないの?
「お前の歩き方は完全に男のそれだ。そんな風にしているから、裾がすぐに乱れる。女としてそれは絶対にありえん!」
「いや、別にそれくらい良いんじゃ」
「それくらい……?」
反論してみると、三木ヱ門は顔をしかめて俺を睨むようにした。
「お前はそもそも見た目からして女らしくないんだ、せめて立ち居振る舞いくらい女らしく見せようと努力しろ!そんなことだから不合格になるんだろうが!」
「ええー……」
「あと話し方!普段と同じように話すとすぐにボロが出る!そうならないように気を付けて丁寧な言葉遣いで話すなんて、初歩だろうが!」
「そ、そうなの?」
「丁寧な言葉遣いで!」
「そ、そうなん、ですか?」
「よし!」
三木ヱ門はようやく説教を終えて、歩き出した。
――なんか、出だしから面倒くさいことになった。
ため息をつこうとした時、三木ヱ門がおい、と声をかけてきたので慌てて呑み込んだ。
「さっき言っただろ、歩き方。もっとお淑やかに!」
「はーい……」
「伸ばさない!」
――どうやら、鬼教官を連れて来てしまったようだ。

道中何度か歩き方と話し方の注意を受けつつ、なんとか町に到着した。
――もう、後は変なことにならないように大人しくどっかの店で休んでいよう。
そう思って三木ヱ門に声をかけようとしたが、その前に三木ヱ門にがしっと腕を引かれたので振り返る。
「こ、今度はなに……ですか」
「一応今は女って設定なんだから、男に腕を引かれたら多少よろめくぐらいした方がいいぞ」
――細かいんですけど!
内心そうつっこみながら次は気を付けますと返したら、それから、と続いた。まだあるのか。
「女なら化粧品の店や小間物屋に少しは興味を持っている素振りを見せろ。普通に無視して行こうとするな」
「また細かいところを……」
「そういう細かいところに気を付けないで、完璧な女装などできるか!」
「俺、別に及第点もらえればそれで……」
「私がいるんだから及第点で妥協はしない。あと一人称が違う」
――やっぱり人選間違えた。
三木ヱ門と二人で出かけるという魅力に目がくらんだか。まさかこんな面倒なことになるなんて!
思わず軽くため息をつけば睨まれた。誤魔化すように笑って見せる。
「わかったわかった」
「話し方」
「……わかりました」
厳しすぎる。既に結構な疲れを感じながら、また前を向いた。そして目に入った店を見て、思わずあっと声を上げてしまった。
「三木ヱ門、三木ヱ門!今日の委員会活動で虫とり網壊れちゃったから、新しいの買ってきていい?」
「お前合格する気あるのか!?」
「え」



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