> のまれた-3




――なんだ、本当に何もしないのか。
夢子と合流して半刻近く経つが、最初に言った通り、彼女は大人しく少し離れた場所に座っていた。一度もちょっかいをかけることもなく、話しかけてくることさえなかった。
――まったく、黙っていれば良い女なのに。
と、なんとなく思考したところで、文次郎はいやいや、と首を振った。
――なんだ良い女って!そんなわけあるか!
すぐに自分の意見を否定して、ため息をついた。
時々、こういうことがある。
無害ならいいのに、笑えばいいのに、悪戯に成功した時の得意げな顔は可愛いのに。
もちろん最後には『現実は残酷』と続くわけだが、時折浮かぶこの思考が、文次郎は常日頃から気に入らない。
この歳になって理由がわからないほど馬鹿でもない。しかしそれを認めるのは自分が許さない。ただでさえ日頃三禁には厳しいのに、相手があの夢子じゃ。
また深いため息をついたところで。
「――文次郎、疲れたの?」
「ぅおっ!?」
ずいと顔を覗き込まれて、思わず飛び退いた。その反応に、夢子はくすくすと可笑しそうに笑った。
「急に近寄るな!」
「あら、気付かなかったの?」
どうせ、情けないわね、とでも続けるのだろう。文次郎はそう思って眉を寄せたが。
「少し休んだらどう?」
と、存外優しい声で夢子が言った。
目を丸くした文次郎に、夢子ははい、と竹筒を差し出した。
「さっき汲んできたところ。冷たいわよ」
そう言って微笑んだ。
――優しかったら、いいのに。
またさっきのような思考が舞い戻ってきて、文次郎は慌てて首を振った。
夢子はその様子を見て目を瞬かせてから、残念そうに眉を下げた。
「やっぱり、余計なお世話だった?」
――くそ、なんでそんなにしおらしいんだよ!
文次郎は内心悪態づきながら、いや、と口を開いた。
「そうだな、確かに疲れたし、そろそろ休憩を入れようと思ってたところだ、うん」
「あら、よかった」
夢子が嬉しそうに笑った。文次郎は目を少し逸らして、彼女が差し出す竹筒を受け取った。
――調子が狂う。
少し頭が熱っぽいのを冷ますように、竹筒の中の水をぐいと飲んだ。

――ふふ、上手くいった!
――さて、ここに置いていったら風邪ひいちゃうわよね。
――……あ、どうやって潮江を部屋まで運ぼう。
――……あーあ。ごめんなさいってしとこう。
ぱちんっと両手を軽く合わせて、夢子はその場から離れた。

「こんな時期に外で爆睡するなんて、文次郎やっぱり徹夜は程々にするべきだよ!」
「違う!あれは徹夜のせいじゃな、ごほっごほっ」
「まったく。そのせいで風邪ひくなんて」
伊作は呆れたように言った。
「今度からは、徹夜は四回以内に抑えるんだよ!?」
「だーかーら!徹夜のせいじゃねえんだって!!」
――くそ、あのしおらしいのが演技だって、いつもだったらわかったはずなのに!
すべて夜のせい。雰囲気に呑まれた。
――あいつ、やっぱり鬼だッ!!

のまれた

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