> のまれた-1



伊作はこの日、いつものように保健委員の当番として医務室にいた。
今日は二人ほどかすり傷と言ってやってきた以外、医務室への訪問者はない。いつもより平和な放課後のようだ。いいことだ。
暇だったので、溜まっていた包帯巻きの仕事を片付けることにした。取っ手をくるくる回しながら、ご機嫌にいつもの歌を歌い始めた。
「包帯は〜しっ――」
「――伊作!匿え!」
「いいっ!?なに!?」
バンッと音を立てて障子が開いた。びくっと肩を震わせてそちらを見たが、人影はない。
――今の声は……。
と考えようとしたところで、開いたままの障子の向こうに新しい人影が現れた。
「あ、伊作!」
「あれ、夢子?いらっしゃい。何か用?」
伊作が尋ねると、夢子――くの一教室六年生の夢野夢子が顔をしかめて質問で返した。
「文次郎、来てない?」
「文次郎?さあ、知らないけど」
「そう……どこに行ったのよ、あいつ」
夢子はそう呟いてから、さっさと医務室から出て行った。
文次郎に用事だったのかな、と伊作が思った時、頭上でかたりと音がした。
「助かった」
「あれ、文次郎!?」
屋根裏からとん、と降りてきたのは、先ほど夢子が探していた潮江文次郎その人だった。伊作が驚いているのを見て、彼は顔をしかめた。
「なんだ、気付かなかったのか?鍛錬が足りないぞ!」
「いやいや……いつの間に屋根裏に」
「医務室に逃げ込んですぐ隠れたに決まっているだろう」
――ああ、だから気付かなかったのか。
障子が開いてすぐに目をやった伊作だったが、それを上回る速さで屋根裏に隠れたのだろう。学園一ギンギンに忍者していると言われる潮江文次郎の名は伊達じゃない。
「……また逃げてるの?」
「仕方ないだろ、あいつが追いかけてくるんだから!」
「大変そうだねえ」
伊作はそう言ってから、じとりとした目で文次郎を見た。
「で、今日は何徹目だい?」
「……世話になったな!それじゃ!」
「こら文次郎っ!」
誤魔化して医務室を出て行った文次郎。保健委員長として、彼を追いかけようとした伊作だったが。
「文次郎!やっぱり医務室に隠れてたのねっ!」
「げっ!お前どっか行ったんじゃねえのかよ!」
「はっ!あの程度の策で私を撒けるとでも?観念しなさい!」
「ふざけんな!」
――僕より怖い子が追いかけてくれたからもういいや。
伊作はそう考えて、浮かせかけた腰を下ろした。
「夢子、相変わらずこわい」
そして軽くため息をついた。

くの一教室には上級生が少ない。六年生もほとんどおらず、夢子はそのうちの貴重な一人ということになる。
くの一教室六年生の中でも特に優秀と言われる夢子は、座学も実技も得意で、女としての教養も申し分なく、見目も良い。将来有望なくの一のたまごだ。
そんな彼女は忍たまに対する態度もくのたま然としている。下級生の頃より幾分マシになったものの、未だに何かあれば――たとえば毒入り団子を作った時とか――上級生、特に同じ六年生の忍たまを追いかけてくる。
忍たまにとって、一番恐ろしいくのたまと言っても過言ではない。
――が、彼女には誰にも知られていない、密かな考えというものがある。



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