> 夏も埋められない、僕らの-2



『仲良し五人組』って、よく言われる。
本当は、『仲良し六人組』ってずっと言われていたかったのに。

結局、予想通りに俺が全員分奢るハメになった。かき氷屋で人数分買って外に出ると、五人は近くの木陰に居た。三郎と兵助はさっきまでもそうだったくせに。
ほら、と渡すと、学級委員長の二人はにやにや笑ってありがとーっと受け取り、雷蔵はごめんねえと言いながら苦笑した。兵助は礼も何もなく、ちゃんと豆乳にしたか、なんて言ってきたので軽く叩いておいた。
「はい」
「ありがとう」
最後に夢子に渡すと、彼女は眉を下げて微笑んだ。申し訳なさそうに。
――気にしなくていいのにな。
「今日は暑いよなあ」
「だね」
かき氷の冷たさが身に染みる。よく考えたら、昼飯の後森に行ってからずっと水を飲んでいなかった。
「夢子、脱水症状とか出てないよね?」
「大丈夫だよー」
「無理して八左ヱ門に合わせる必要ないぞ」
勘右衛門と三郎が軽く笑いながら声をかけていた。夢子は微笑んで首を振る。
「全然、無理なんかしてないよ。大丈夫だよ」
そう言われるとそれ以上何も言えない。
二人はそうか、と言って笑ってみせ、誤魔化すようにかき氷を一口すくった。
――夢子が無理して俺達に合わせていることなんて、もうずっと前から気付いている。
俺もなんとなく無言になって、残っているかき氷を消化するのに専念した。
「いっ」
「あ、八左ヱ門キンって来たでしょ今!」
「ははっださー」
「うるせえ!」
この学級委員長達むかつく!

* *

私達は幼馴染。同じ町に生まれ育ち、同い年の子どもは私達しかいなかった。そりゃあ仲良くもなる。
九つの時、親の意向で私は忍術学園に入学することになった。その時一番に嫌だったのは、あの五人と離れてしまうことだった。だって、忍術学園は全寮制であり、故郷の町からそこに行くにはそれなりに時間がかかる。
その年の夏、私は他の五人に忍術学園のことを話してしまった。誰にも秘密、ということだったが、五人はそんな話を吹聴して回るような人間ではなかったし。
五人は話を聞いて、そっか、と何か考え込んだ。そして顔を見合わせて頷き合った。
――じゃあ、みんなでそこに行こう!
一番にそう言って笑ったのは、他でもない、夢子だった。
忍術学園へは、入学金さえ払えば誰でも入れる。ただし、入学金と授業料は勿論高くつく。
五人はそれぞれの親に頼み込んだ。入学したらバイトもするから、と両親と約束した者もいた。
そうまでして一緒にいてくれる彼らに、私は深く感謝した。同時に、やっぱりこの六人はずっと一緒だとも思った。
無事六人揃って忍術学園に行けることになって、私達は連れだって町を出た。
――ずっと一緒、ずっと一緒。嬉しいね!
そう、笑い合って。
しかし、そうではなかったのだ。
私達は、『仲良し六人組』ではなくなって。
『仲良し五人組』と、『夢子』の二つに分かれた。

「そろそろ帰ろうよ」
「そうだな」
空はかなり暗くなってきた。森の中はもう周りが見えづらいくらいの暗さ。雷蔵の提案は妥当だろう。
結局、この日は八左ヱ門がどうしてもと言うから一日中森の中にいた。多分日焼けも虫刺されも酷いんだろうな。あーあ、八左ヱ門のせいで。
「おーい、帰るぞー!」
「はあい」
森の少し離れたところで、いくつかの影が動いた。こちらに寄ってきてやっと、それぞれが誰かが判別できる。
「八左ヱ門、早く!」
「おー……ちぇっ結局見つからなかった!」
「探してた虫?」
「そう!また明日探さねえと」
一年生達と約束したんだよなあ、と八左ヱ門は頭を掻いた。
「明日は付き合わないからな」
「えーっ」
「甘味処巡るんだもんねー」
勘右衛門が楽しそうに言うと、夢子が笑った。

「ったく。女って甘味処好きだよなー」

八左ヱ門がそう言った一瞬、空気が固まった。
――何やってんだよ。
内心八左ヱ門に対して不満に思いながら、軽い口調で言った。
「勘右衛門はもっと自重しろよ」
「そうそう。太ると先生に怒られるぞ」
「ちゃんと運動もしてるし!」
兵助の言葉に、勘右衛門が不満気に口をとがらせる。
その隣で、夢子は眉を下げて笑っていた。
雷蔵が小突くと、八左ヱ門はバツが悪そうに眉をひそめた。

* *

夢子の家は俺と三郎、雷蔵の三人の家と近い。兵助と八左ヱ門の家は少し離れているから、さっき別れたところだ。
「八左ヱ門ったら、時間忘れてたよね完全に」
「そこがハチの良いところだと思うよ」
夢子は苦笑した。時間を忘れて後輩の為に虫を探し回るところ?まあ、そりゃあ良い奴だと思うけどね。
「……今日は、ごめんね」
ふと夢子がそんなことを言うので、俺達は顔を見合わせた。
「謝られるようなことなんか無いよ」
「そうそう」
しかし夢子はまだ俯きがちで、小さな声でううん、と呟いた。
「だって、お昼にも、私が疲れたからって、休憩とか、かき氷とか……」
「僕らも暑かったからだよ。ね」
「うん。かき氷、食べたかったし!」
雷蔵と二人で笑ってみせる。
――全然だめだ。
「……三郎も、さっき、気を遣わせちゃった」
「私が?どこでお前に気を遣ったかな」
三郎がしれっと首を傾げると、夢子はやっと少し微笑んだ。
でも、やっぱり申し訳なさそうに。

夢子が俺達と一緒にいる時に、こうして申し訳なさそうな顔をするようになったのはいつからだろう。
元々、夢子はお転婆でもなければ元気一杯というわけでもなかった。ただ、今よりはずっと明るかったと思う。
よく俺達と一緒に出かけて、外で日が暮れるまで遊び回る。むしろ俺達の中ではよく動く方で、三郎や兵助の方が落ちついていた。
――忍術学園に入学して、俺達は五人と一人に分かれた。
今考えれば当たり前だ。夢子は女で、くの一教室に入学したのだから。
忍たまはくの一教室の敷地に、くのたまは忍たまの敷地に、それぞれ軽々しく行き来できるわけではなかった。それでもよく一緒に遊んでいたから、下級生の間は『仲良し六人組』で通っていた。
しかし学年が上がるにつれて、夢子は俺達に紛れることができなくなった。
どうも俺達は見目が良かったらしい。幼馴染とはいえ、そんな俺達に囲まれる夢子が気に食わなかったのだろう。
夢子は強い子でもなかった。他のくの一教室の生徒に嫌われて、平気でいられるような子ではなかったのだ。
そういう経緯で、夢子は俺達から距離を置いた。
こうして長期休みに故郷へ戻って、その時だけ昔のようにいられるけれど。
――そこでも、夢子は俺達に紛れることができなくなった。



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