06



冬休みが終わった。卒業試験を終えてから、六年生は本格的に就職活動を始める。冬休みは、その忙しい時期の間に入るため、何人かは実家に帰らずに学園に残っている。
長次はその何人かには入っていない。入学してからずっと変わらない日程で、年末年始は実家で過ごした。

『返事がなくて、心配です。何かあったのでしょうか?』
『お忙しいのでしょうか。最上級生ですし、当然ですよね』
『一週間』
『見たら、一言でいいので返事をお願いします』
『二週間』
『お加減が優れないのでしょうか』
『心配です』

なんだろう、これは。長次は首を傾げた。
年末年始に帰省している間に、この相手は一人で二頁を埋めていた。心配の言葉の数々の間に、こちらを気遣うような言葉。
ただ実家に帰っていただけだ。どうしてこんなに心配されるのだろう。冬休みには実家に帰る生徒が殆どだと、相手も知っているはずなのに。
――というか、この相手は帰省していないのだろうか。
長次が学園を出ていたのは二十日ほど。その間に、この相手は全部で十五の言葉を残している。おそらくここ最近は毎日通っていたのだろう。六年生ならいざ知らず、この相手は五年生だ。学園に残るなんて随分珍しい。
――不破にでも聞けば、特定できそうだ。
まあ、そんなつもりはないが。

『随分心配させてしまったようで、すみません。帰ってきて驚きました。
年末年始は毎年実家に帰っていました。六年生だから学園にいると思っておられたのでしょうか。知らせておけばよかったですね』

新しい頁に返事を書いて、本を閉じた。

満が顔を輝かせて笑った。
「長次ーっ!ただいまー!」
「……おかえり」
冬休みが終わってから三日後。やっと満が学園に戻ってきた。彼の実家は遠いから、帰省から戻るにも時間がかかる。
「疲れたー!あ、お土産買ってきたぞ!後で渡すから!」
「気にするな」
歩いて十日以上かかる道程だ。馬を使えばいいのに、という意見はよく言われているが、曰く両親に無駄な出費は許さないと言われているそうだ。良家のお坊ちゃんであるが、学園に長く居座るのを許して貰っている手前、当然だという。菓子を作るのも無駄な出費に入るので、彼はバイトもしている。学園にいる間は、ただの一般生徒と変わらない。
満が部屋に向かったのを見送って、長次は図書室に向かった。

「――長次、まだその交換日記続いてるんだ」
声が掛かって、長次は珍しく慌てて本を閉じた。
「……早かったな」
「お土産、地元の煎餅買ってきたんだ。みんなで食べようと思って、さっき伊作達の部屋に置いてきた」
他の三人は伊作と留三郎が集めてる、と続く。長次は自分で見つけると言ったのだろうと推測する。長次に関することについては自分がやりたい、と満はすぐに主張する。
「すぐ行く」
長次は机から離れて、白い本をいつもの場所に置いた。
「……それ、どれくらい続いてるんだ?」
目を細めて白い本を見つめる満の問いに、長次は少し眉をひそめた。図書室では静かに、だ。
二人は揃って図書室を出た。当番の怪士丸が少し会釈した。
この白い本を見つけたのは秋の中頃だったか。
「……もうすぐ三月になるな」
「ふうん」
満は少し顔をしかめた。
「ほんと、羨ましい」
「まだ言っているのか」
「だって俺は長次と交換日記なんかしたことないし!」
「必要ないだろう」
面と向かって会話ができるのに。何がそんなに気に入らないのか、長次にはわからない。
「……長次、俺とも交換日記しよう!」
「面倒だ」
「なんでさ!この相手とはしてるのに!」
「……こっちは、相談に乗ってるんだ」
「相談?へえ。知らない同士なのに?」
「その方が言える事もある」
「ふうん。そんなもんかね」
満は依然として不満げだった。
しばらくして、また満が言った。
「じゃあ、手紙は?」
「……なにがだ」
「交換日記が駄目なら、手紙の交換。それなら一回で済むし、面倒じゃないでしょ。ほら、俺への愛を沢山詰めてくれて構わないぞ!」
冗談っぽく言うが、本当に手紙を書くとなれば、うんざりするような甘い言葉を羅列するのは満の方だろうと簡単に予想できる。
「……嫌だ」
「――なんで?」
満が立ち止まった。長次が一歩先で振り返ると、満は眉を寄せて長次を睨んでいた。
――そんなに怒るようなことか。
長次は目を瞬いた。
「長次、手紙の一通くらい構わないでしょう」
「……なにをそんなに怒る」
「あんな誰ともわからない奴とは三ヶ月もやりとりしてやってるくせに、なんで俺とは駄目なんだよ」
「だから、」
「俺、長次との間に何か形になるものを残したい」
その言葉に、長次はふと息を詰めた。
「なんでもいいんだよ。交換日記がどうとか、手紙がどうとかいうことじゃなくて。だって、俺達は卒業したらもう会えないかもしれない」
――かもしれない、と満は言うが。
――わかっているんだろう。認めたくないだけで。
「手紙の一通でも構わない。なんなら一言だって。それだけでいいから、何かが欲しい」
――卒業したら、おそらくもう二度と会えないこと。
――だからこそ。
「……無理だ」
「どうしてだよ!」
長次が首を振った。満が怒鳴った。
「――何も残さない方が、互いのためだ」
長次はゆっくりと言った。
満は、泣きそうな顔をした。

『すみません。必要以上に心配してしまいました。
確かに、六年生は学園に残っているという印象があったので。何かあったのかと』
『そうですか。私はそこまで就職活動に切羽詰まってはいませんので、帰省していたんです。
あなたは、帰省しなかったのですか?五年生なのに』
『はい、ちょっと体調が悪くて。もうすっかり良くなりましたが。無闇に心配してしまったのも、精神的に弱っていたからかもしれません。ご迷惑をおかけしてすみませんでした』
『構いません。体調管理にはお気をつけください』
『ありがとうございます』

「あ」
と、伊作が呟いて、慌ててそれを隠した。
しかしもうすぐプロの忍者になろうとしているその場の全員は、その隠した物を目敏く確認していた。長次も。
勿論、その隠された物の持ち主である満も気づいている。顔をしかめた。
満様へ、と整った小ぶりの文字で書かれた一通の手紙。その文字はどう見ても男のものではない。
実家から持ち帰った土産の中に添えられた手紙。
――満が卒業したらすぐに結婚する予定の、彼の許嫁の書いた手紙だった。



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