05



『その人は本当に素敵な人でした。
優しくて、しっかりした人でした。
私のことをよく考えてくれて、私はいつもその人に助けられていました』

相手が自身の好きな人のことを過去形で語るのは、昔出会ってから会えていないからなのか、と長次は気づいた。

『どれほどの間、会っていないのですか?』
『もうずっと前のことです。おそらく相手は私のことを覚えていないと思います』
『そんな相手を、ずっと探しているのですか?』
『はい。一生かかっても探し出すつもりです。
しかし、最近、疲れてきました。
その人が生きているかどうかさえ、私にはわかりません』

月の無い夜。
今夜中ずっと気を張っていたから、長次は学園の正門が見えて思わず息をついた。隣を歩いていた小平太は、門が見えるとあっと声を漏らして、笑った。
「長次!早く行こう!」
「ああ」
小平太の言葉に頷いた。二人は駆け足で門の前まで行った。あとは、この門を開くだけ。
「――これで、卒業できるな」
小平太は嬉しそうで安心したようで、それでいてどこか寂しそうに笑った。いつもの彼からは想像できないような、複雑な表情。
――卒業か。
長次は小平太の笑顔を見ながら、少し目を細めた。
小平太がぎい、と門を開いた。
「――長次っ!!」
同時に焦った声の誰かが飛び出してきた。
――誰かが、というか、一人しかいないか。
「長次、よかった!おかえり!怪我してない!?」
「なんだ満、お前今夜も出待ちしてたのか」
「小平太もおかえり。長次、早く報告済まして寝ないと!明日も授業あるんだから!疲れたでしょ!」
「相変わらず態度違いすぎるぞ」
小平太は可笑しそうに笑って、先に報告してくるなーと言って職員室に向かった。
夜に実習へ向かう度に、満はこうして門の前で長次の帰りを待っている。昔、冬に朝日が昇るまで待っていたことがあって、その時ばかりは長次も大層怒ったものだ。それ以来、長次は出来るだけ早く実習を終えて帰るようにしている。
「本当に怪我とかしてないね?隠しては駄目だよ?」
「大丈夫だ」
「そっか。そうだな、長次は優秀だから」
何度も同じことを確認して、ようやく満は安堵したように笑った。
満は忍者志望ではない。というか、六年まで学園に在籍しているのは本来おかしいのだ。彼は卒業したら遠い地の地主になる。元は礼儀作法を学ぶために入学し、四年に上がる前に学園を辞めるはずだったのだ。
座学は他の同級生と同じように授業を受けるが、実技はほとんど免除。今夜長次達が受けたような卒業試験も、彼だけはペーパーテストで済まされている。
「六年の卒業試験はすごく危険だって聞いたから、心配した」
――危険だとか危険じゃないとか関係なく、いつも心配しているくせに。
長次は思ったが、黙っていた。それはそれで、自意識過剰というか、気恥しい。
「……試験は合格した?したに決まってるか」
「……まあ」
「……無事に帰ってきて、よかった」
満はまたそんな風に言って、今度は長次を抱き締めた。
「――よかった。うん、本当によかった」
何度も呟く。
「……満」
「なに?長次」
「……泣くな」
満はすんと鼻を鳴らして、笑うように息を吐いた。
「泣いてないさ」
――涙声のくせに。
長次はまた黙っていた。
「俺だってわかってるよ。これでいいんだよ。よかったんだ」
「……そうだ」
「わかってる、のに」
ひゅうと満の喉が鳴る。また鼻をすする音。
「長次、長次」
「なんだ」
「――やっぱり、俺は」
何か言いかけた満は、しかしそのまま黙り込んで腕を解いた。
「……報告済まして、早く寝ないとな」
「……お前も早く寝ろ」
「はは、そうする」
満は小さく笑った。

月の無い夜。闇に慣れた目は相手の目がきらりと潤んでいるのを確認する。
――どこから漏れた光が、あの目に映っているのだろう。
ぼんやりと考えたのは、どちらの頭だろう。

『この時世では、そんな保証はありませんからね』
『そうですね。
その人は私よりも危険なことをしていますから、本当に心配なんです』

満はいつも顔を青くして、長次の帰りを待っている。

『私の恋人も、いつもそんな風に言います』
『無闇に心配すると、やはり鬱陶しいですか?』
『いいえ。ありがたいと思います』
『そうですか。よかった』



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