04



『私には好きな人がいます。
大人しいけど、とても優しくて芯の通った素敵な人でした。
あなたは、好きな人はいますか?』

長次はその返事を見て、おや、と思った。
今までのやりとりでは、何が得意か何が不得意か、普段どんなことをしているか。その程度の話で、お互いに個人を特定できるような内容は避けていた。
なんだか、急に踏み込んできたような感じがした。
――でも、よく考えれば、当然なのだろう。
そもそもこの相手は、誰かに相談――もしくは愚痴――を聞いてもらいたくてこの本を図書室に置いたのだ。人の内面に踏み込んだ話題に入ること自体、元々の目的だとも言える。
――しかし、あまりこういった話題を他人と共有するというのは、慣れないことだ。

『私は恋人がいます。
お気楽なように見えて、意外と周りを見ているし、私のことをとても大切にしてくれます』
『その人のことは、好きですか?』
『好きですよ。そうでなければとっくに別れています』

長次は自分の書いた何の気なしの返事を見て、ふと思った。
全く知らない相手には、逆に思っていることを素直に話せるということ。この相手が白い本を置くことにした理由が、少しわかった気がした。

ふと隣に誰かが座ったのに気がついて、長次は読んでいた本から目を上げた。
隣に座ったのは満だった。彼は長次が顔を上げたのを見て、苦笑した。
「邪魔した?」
「……いや」
「ごめんな。読んでていいよ。俺も自由にしてるから」
満がそう言うので、長次はまた本に目を戻した。
満はいつも明るくて騒がしい奴だ。しかし、長次が読書しているのを見つけると、普段の騒がしいのは鳴りを潜め、その隣で静かに座っている。大抵は勝手に長次の肩を借りて居眠りしたり、自分も同じように本を読んだりして過ごす。
しかし時々、静かに本を読み進める長次を、隣でじっと見つめていることがある。最初の頃は気が散るからやめて欲しかったのだが、数ヶ月もすれば全く気にならなくなっていた。今も、長次の横顔を見つめる満と、気にせずに本を読み進める長次の構図だった。

『突然変なことを聞いてすみませんでした。答えてくださってありがとうございます』
『どうして突然そんな話題になったのですか』

きゃあきゃあと幼い笑い声が聞こえた。そちらを見ると、一年生数人が六年生一人に群がっているのが見えた。
「渚先輩、これ美味しいです!」
「お、本当か?」
「僕はもうちょっと甘い方が好きかも」
「えー、これで十分じゃない?」
「僕はお菓子ならなんでも好きでーす!」
「俺はタダならなんでも好きでーす!」
「しんべヱときり丸は参考になんないんだよなぁ」
――ああ、またやってるのか。
満はよく自分でお菓子を作る。いくつかを残して、他はすべて後輩達に配って回る。特に一年生は素直だから、大抵の場合は彼らが貰っている。そして感想を聞いているのだ。今日は一年は組の生徒達にあげているらしい。
「先輩、結局中在家先輩は説得できたんですかー?」
「おお……なかなか痛いところを突いてくるよな」
「断られたんですね」
「冷静に確認しないで……」
満が肩を落とした。何人かは慰めるように声をかけて、何人かはまあそうだよなーと顔を見合わせる。
「渚先輩も中在家先輩もお菓子作るの上手だから、本当にお店やったら遊びに行くのに」
「ねー」
「おお、ありがと。そう言われると嬉しい」
満が本当に嬉しそうに笑った。
「先輩、卒業したら本当に甘味処作るんですか?」
しんべヱの問いに、満は一瞬笑顔を消した。しかしすぐにまた柔らかく笑った。こんどは苦笑だった。
「うーん。長次に断られちゃったからなあ。やっぱり、実家に戻って家を継ぐことになると思う」

――長次も満も、やらなければならないことがある。
――長次は忍者になるし、満は遠い土地の地主になる。

『元々このやりとりを始めた理由は覚えておられますか。相談事、というか愚痴があるんです。
内容は他でもありません、私の好きな人についてです』
『恋愛相談ですか?そういったことには疎いのですが』
『そんな大層なものではありません。というか、むしろ恋愛相談より大層なものなのでしょうか。
私は、昔出会った好きな人に、どうにかして会いたいのです。でも、その人が今何処にいるのか、まったくわからないのです』



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